令和3年12月27日
スポーツ庁長官 室伏広治
はじめに
新型コロナウイルスの感染拡大による1年の開催延期を経て今夏開催された、東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京大会」という。)は、夏季大会では57年ぶりの自国開催で、異例の無観客開催となったが、その中でも日本代表選手団はすばらしい活躍を見せ、日本中に大きな勇気と感動をもたらした。東京オリンピックでは、27個の金メダルを含む58個のメダルを獲得し、8位以上の入賞者も近年の大会から大幅に増加するなど、過去最高の成績を収めた。加えて、金メダル及びメダル獲得の最年少記録の更新など若い世代の活躍や、女子種目における過去最多のメダル獲得など女性アスリートの活躍も目立った。東京パラリンピックにおいても、過去最多に匹敵する51個のメダル獲得や入賞者の大幅増など優秀な成績を収めたほか、世界記録を含む数々の記録更新や、史上最年少メダリスト及び史上最年長金メダリストの誕生など幅広い世代の活躍に国民が沸いた。
スポーツ庁では、2016年のリオデジャネイロオリンピック・パラリンピック競技大会(以下「リオ大会」という。)後、東京大会に向けた国際競技力向上のための取組・支援を強力で持続可能な支援体制として構築・継承することを目的に「競技力強化のための今後の支援方針(鈴木プラン)」を策定し、これを基に毎年の予算を拡充しながら、関係各機関とともに取組を進めてきた。これまでの取組の成果が、2018年の平昌冬季オリンピック・パラリンピック競技大会での好成績、更には上述の通り歴史的な快挙達成を含む好成績を収めた東京大会での日本代表の活躍に現れているといえる。
一方で、東京大会において期待された成績を残せなかった競技・種目もあり、これまでの施策の成果と課題について、令和3年4月に設置した「競技力強化のための施策に関する評価検討会」において評価検証を行った。同検討会の報告書を踏まえ、我が国の国際競技力の維持・向上のための取組を掲げた、「持続可能な国際競技力向上プラン」をここに示す。
本プランは、基本的にオリンピック競技(以下「オリ競技」という。)・パラリンピック競技(以下「パラ競技」という。)、夏季競技・冬季競技共通のものとする。冬季競技については、今冬に控える北京冬季オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「北京大会」という。)の結果も踏まえながら、冬季競技の特性や競技環境にも配慮した取組を進める。
イギリスやブラジルは、自国開催時のメダル獲得の水準をその後のオリンピックでも維持しており、我が国の国際競技力の真価が問われるのは、正にこれからである。東京大会等におけるすばらしい成績を一過性のものとせず、東京大会のレガシーとして、今後、本プランに基づく取組を着実に進める。その際、夏季競技については3年後に迫るパリオリンピック・パラリンピック競技大会(以下「パリ大会」という。)に向けた取組を加速しつつ、並行して2028年、2032年のオリンピック・パラリンピック競技大会(以下「オリ・パラ大会」という。)を見据え、冬季競技についてはまずは北京大会が迫っているが、その先の2026年、2030年のオリ・パラ大会を見据え、少子化等の大きな社会構造変化も的確に捉えながら、中央競技団体(以下「NF」という。)が中長期の展望の下、戦略的にアスリートの発掘・育成・強化を進めていく必要がある。また、オリ・パラ大会のみならず、各競技の世界選手権等を含む主要国際大会も重要な指標となる。目先の大会のみならず中長期の視点を持ち、戦略的・計画的な取組を着実に進めることとする。
また、現時点でオリ・パラ大会の実施競技となっていない競技についても、本プランに基づき、国際競技力向上のための取組を支援する。
東京大会での好成績を一過性のものとせず、かつ少子化が進む我が国において持続可能な国際競技力向上を図っていくためには、より多くの優れた能力を有するアスリートを見出し、育成・強化する仕組みを構築するとともに、デジタル技術の積極的な活用等を通じてスポーツ医・科学、情報等の知見に基づく質の高いトレーニング環境の整備等を行うことにより、全てのアスリートが可能性を発揮することができる環境の実現を図ることが求められる。
こうした基本的な考え方に基づき、以下3つの方向性の下、各施策を推進する。
(1)アスリートの発掘・育成・強化の取組のシステム化・プログラム化
アスリートの発掘・育成・強化の取組は、競技団体、地方公共団体、その他関係機関等、様々なところで行われているが、これら各機関における取組について必ずしも十分な相互連携が図られていない。様々な関係機関による発掘・育成・強化を、我が国の国際競技力向上に向けて有機的に連携させ、一貫した戦略的な取組となるようシステム化・プログラム化を行う。
(2)居住地域等にかかわらず全国でスポーツ医・科学、情報等によるサポートを受けられる環境の実現
アスリートが健康を維持しながら安全に競技することはもとより、質の高い戦略的なトレーニング等により効果的に競技力の向上を図るためには、科学的根拠に基づく発掘・育成・強化が不可欠である。こうした認識の下、居住地域や年齢等にかかわらず、全国のアスリートがスポーツ医・科学、情報等によるサポートを受けられる環境を実現する。
(3)地域における競技力向上を支える体制の構築など、国と地方の競技力向上施策の連携強化
我が国の国際競技力向上を持続可能なものとするためには、各地域におけるアスリートの発掘・育成・強化の質を高め、これが切れ目なくNFの選手強化活動とつながる、地域と一体となった競技力向上サイクルを確立することが肝要である。都道府県競技団体(以下「PF」という。)、地方公共団体、都道府県体育スポーツ・障害者スポーツ協会、各地域のスポーツ医・科学センター、大学及び企業等の関係機関が力を結集して、各地域のアスリートの発掘・育成・強化に取り組み、これら関係機関とハイパフォーマンススポーツセンター(以下「HPSC」という。)[1]やNFとの連携を図ることにより、地域の競技力向上を支える体制を構築するなど、国と地方の競技力向上施策の連携強化を進める。
我が国の国際競技力向上のためには、NFが中長期の強化戦略プランを策定し、これを実践・更新しながら、選手強化活動に総合的・計画的に取り組むことが不可欠である。リオ大会以降、NFが策定した強化戦略プランの実効化のため、独立行政法人日本スポーツ振興センター(以下「JSC」という。)、公益財団法人日本オリンピック委員会(以下「JOC」という。)及び公益財団法人日本パラスポーツ協会(以下「JPSA」という。)日本パラリンピック委員会(以下「JPC」という。)が協働して支援を行ってきたほか、メダル獲得可能性が高い競技を選定し、重点的な支援を実施してきたが、これら一連の取組が成果を上げ、東京大会等における日本代表選手団の活躍にもつながったことから、これらの取組を以下の通り継続的に実施する。
国際競技力の向上には、優秀なコーチ・スタッフ等を含む人材の育成・配置が欠かせない。NFの選手強化活動全体を統括する強化責任者、ナショナルチームの強化責任者、現場指導者であるコーチ、サポートスタッフ等、それぞれが求められる役割を果たせるよう、以下の通り、人材育成・配置を進める。
NFは、アスリートの発掘・育成・強化、競技普及など多くの役割を担っており、国際競技力の向上、更にはスポーツの振興を図る基盤である。NFが自己収入の確保に努め、組織基盤の強化を図り、自立してその役割を十分果たせるよう、以下の取組を行う。
持続可能な国際競技力向上のためには、中長期的な視点を持った戦略的な取組が求められる。少子化等の大きな社会構造変化も的確に捉えながら、次世代を担うアスリートの発掘・育成を進めるとともに、競技からの離脱にもつながる不適切指導等の根絶はもとより、現役アスリートとしての活躍の先にあるキャリアも見据えて取り組むことも重要である。
また、パラ競技における発掘事業は、競技の裾野を広げるだけでなく、競技との出会いにより選手のみならず家族や周囲の人々を勇気づけることにもつながるため、継続的に支援していく必要がある。
これらのことを踏まえ、東京大会に向けて取り組んできたアスリートの発掘・育成・強化の取組を更に強固なシステムとして確立していくため、以下の通り、各NFにおけるアスリート育成パスウェイの構築を支援する。
持続可能な国際競技力向上を図るためには、地域と一体となってオールジャパンでアスリートの発掘・育成・強化に取り組むことが不可欠である。居住地域や競技環境に左右されることなく、全国のアスリートがスポーツ医・科学、情報等によるサポートを受けられる環境を整備するなど、競技団体、地方公共団体、都道府県体育スポーツ・障害者スポーツ協会、企業、地域のスポーツ医・科学センター、大学等が連携したアスリート育成のための仕組みづくりに取り組む。
(1)スポーツ医・科学、情報等による国際競技力向上のための研究・支援の推進
我が国のスポーツ医・科学研究の中枢機関であるHPSCの機能強化を図ることはもとより、HPSCを核として我が国のスポーツ医・科学分野の研究・支援を推進し、NFにおける科学的根拠に基づく選手強化活動の充実を図ることは、国際競技力向上に不可欠であるとともに、アスリートが健康を維持しながら安全に競技を実施するためにも極めて重要である。
また、社会全体のDX[5] が進み、諸外国においてもデータ収集・分析等を含めたアスリート支援の高度化・専門化が加速する中で、デジタル技術等の積極的な活用は、我が国が厳しい国際競争を勝ち抜いていくための鍵となるほか、アスリートが国内外のどこにいても必要な情報や支援にアクセスできる環境、更には感染症等による制約を受ける状況下でも選手強化活動を継続的に実施できる環境を整備する観点からも欠かすことができないものであることから、以下の通り取組を進める。
①HPSCにおけるスポーツ医・科学、情報等の研究・支援の充実
②NTC競技別強化拠点における機能強化
③大学等とHPSCとの連携による我が国のスポーツ医・科学研究の推進と人材育成
東京大会は、オリンピックの女子種目で過去最多のメダルを獲得し、パラリンピックの女子種目でも4大会ぶりに二桁となる16個のメダルを獲得するなど、女性アスリートのすばらしい活躍があった。こうした活躍を持続的なものとし、更なる活躍を実現するため、トップアスリートはもとより、ジュニアやユース世代も含め、女性アスリートが健康に競技を継続できるよう、科学的根拠に基づく育成・強化のための環境整備が必要である。
また、インターネット上の誹謗(ひぼう)中傷などアスリートを取り巻く昨今の状況を踏まえ、全てのアスリートが心身ともに健康な状態で競技に取り組み、大舞台で最大のパフォーマンスを発揮できるようにするためには、メンタルトレーニングを含む心理サポート[9] の充実を図り、アスリート・ウェルビーイング(アスリートが身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること)の向上に向けた取組を行う必要がある。あわせてアスリートを支えるコーチ・スタッフ等のメンタルヘルスも重要である。こうした認識に基づき、以下の取組を実施する。
① 女性アスリートが健康に競技を継続するための環境整備
②心理面での支援の充実
自国開催のパラリンピックが閉幕した後も、継続的に、我が国のパラアスリートが国際舞台で活躍することを通じて、パラ競技の裾野が広がり、障害の有無にかかわらず誰もがスポーツを楽しめる社会を実現することが望まれる。また、若年層のみならず幅広い年齢層や重度障害のパラアスリートの活躍を目指す視点も重要である。これらを踏まえ、オリ競技とパラ競技の支援内容に差を設けないオリ・パラ一体の強化を前提にしながら、パラ競技の更なる国際競技力向上に向けて、以下の取組を進める。
本プランに掲げる今後の取組については、オリ・パラ大会等における競技成績などを踏まえて、その成果を検証し、随時見直しを図ることとする。
[1] 東京都北区・西が丘にある国立スポーツ科学センター(JISS)とナショナルトレーニングセンター(NTC)の機能を一体的に捉えた、JSCが運営する我が国の国際競技力向上の中核拠点
[2] 複数の競技において活躍する海外のハイパフォーマンスディレクター等の例も参考にしながら、NFの選手強化活動全体を統括する強化責任者や世界トップレベルのワールドクラスコーチに求められる資質能力を整理した育成プログラム
[3] 様々な障害のあるアスリートができるだけ公平な条件の下で競技ができるよう、障害の種類・程度等によって競技のためのクラスを割り当てること
[4] アスリートの育成過程を「Foundation、Talent、Elite、Mastery」に分けたオーストラリアのフレームワークを基に、我が国の競技スポーツの基盤を踏まえたアスリート育成の在り方を根拠に基づいて段階的に見える化した枠組みとしてJSCが開発したもの(https://pathway.jpnsport.go.jp/ftem/)
[5] 「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)Ver.1.0」(平成30年12月 経済産業省)において、「DX」は、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」と定義されている。
[6] Virtual Reality の略。コンピュータ上に仮想的な世界を作り出し、あたかも現実にそこにいるかの様な体験をさせる技術。(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20180615/siryou3.pdf)
[7] Augmented Reality の略。現実の環境にコンピュータを用いて情報を付加することにより人工的な現実感を作り出す技術の総称。情報を付加された環境そのものを示すこともある。(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20180615/siryou3.pdf)
[8] オリ・パラ大会などの大規模な国際競技大会において、アスリート等が競技へ向けた最終準備を行うため、「選手村」付近の施設を活用し、医・科学、情報等に基づくコンディショニングやトレーニングなどのサポート機能を提供する施設
[9] 心理サポートには、カウンセリング、メンタルトレーニング、コンサルティング、心理療法、個別サポート、集団サポート、オンラインサポート、講習会を含む。
[10] 代表的なものとして、激しいトレーニングの影響による、利用可能エネルギー不足、無月経、骨粗しょう症が女性アスリートの三主徴と呼ばれている。
[11] クラス分けに関して専門的知識を持ち、その判定等を行う者
以上
スポーツ庁 競技スポーツ課