特別支援教育について

長野県 下高井農林高等学校(公立)

都道府県名 長野県
学校名 長野県下高井農林高等学校
学校所在地 長野県下高井郡木島平村穂高2975
研究期間 平成20〜21年度

1.概要

1 研究課題

 基礎学力充実のための「わかる授業」や農業実習を通したSST(ソーシャルスキルトレーニング)を実施するなかでの、発達障害のある生徒を中心とした特別な支援を必要とする生徒への個に応じた学習指導に関する研究

2 研究の概要

  1. 校内の支援体制を構築するとともに、教職員の生徒理解をより深めるための研修会を実施する。また、関係機関と連携し、生徒の実態把握および個別の指導計画の作成・実施・評価を行う。
  2. 小学校から中学校で学ぶ基礎的内容について、個々の理解の程度に応じて学び直す学校設定科目「カルチベーション」を設け、教材の研究開発、TT(チームティーチング)による授業方法を研究する。
  3. 数学・外国語の習熟度別授業を実践するなかで、少人数学習集団における支援生徒の学習理解にとって有効な指導方法を研究する。
  4. 農業実習の指導内容を分析し、SSTの観点からの支援生徒に対する指導方法を研究する。

3 研究成果の概要

  1. 職員研修によって特別支援教育についての理解が進み、学校全体として「特別でない特別支援教育」を推進する体制の整備が進んだ。「わかる授業」としての授業のユニバーサルデザイン化の取組は、支援対象の生徒だけでなく一般の生徒に対しても有効であり、学校全体の学習意欲の増進や学力の向上につながった。
  2. LD傾向のある生徒は、学校設定科目「カルチベーション」のドリル学習に取り組むことにより、通常の授業でも教科書を読んだり、問題を理解したりといった場面で困難さを感じることが少なくなり、コミュニケーション授業の効果と相まって、自己肯定感を高めながら通常の授業にスムーズに適応することができた。
  3. 学級を対象としたSSTやコミュニケーション授業を行うことは、すべての生徒の自己肯定感を高め、一人一人が認め合う融和的な集団づくりのために有効であった。また、少人数のグループによる共同作業を行う農業実習は、SSTの観点からの授業展開によって、通常の授業のなかでコミュニケーション能力を培い、人間関係づくりの基礎を養うことが可能である。

 

2.詳細報告

1 研究の内容

(1)発達障害のある生徒に対する指導方針
ア 生徒の実態(把握方法も含めて)

(ア)生徒の実態

 近隣高校の統廃合の影響で発達障害のある生徒や学力が極端に低い生徒が増加し、生徒の学力幅は今後さらに拡大すると予想される。発達障害やその可能性のある生徒のなかには、基礎学力の不足から学習への意欲を欠き授業に集中できなかったり、学習集団のなかで孤立してしまう生徒が多くみられる。
 生徒意識調査(平成19年6月実施)によれば、「学校で嫌なこと」として授業をあげた生徒が58.7%、また、学校への要望として「わかりやすい授業」をあげた生徒が27.4%である。基礎・基本が身についていないだけでなく、何をどのようにしたらよいのかわからない生徒に対しては、学習内容の修得と同時に学習方法も指導していく必要がある。

(イ)実態把握の方法

 校内委員会では、以下の1.〜9.の諸調査による情報を収集・整理し、生徒の実態を把握した。

  1. 保護者アンケートによる調査
  2. 中学校訪問による調査
  3. 保健関係の調査
  4. 生徒・保護者との面談
  5. 総合生徒理解検査
  6. 授業実態の調査
  7. チェックシートによる調査
  8. 定期テスト・実力テストの成績
  9. 専門家による諸検査

1.~5.については、おもに新入生を対象として4月までに実施し、6.〜8.は全校生徒を対象として5月までに実施した。なお、5.の検査は「TK式テストバッテリーM2」、7.のチェックシートは文部科学省全国実態調査(平成14年3月)と同一の質問項目・判断基準を用いた。また、9.については校内委員会で必要と判断した生徒に対して、保護者の了解を得た上で実施した。

イ 指導方針

(ア)基本方針

 本校には発達障害だけでなくさまざまな要因(いじめ・不登校・非行・外国籍・精神疾患等)による学習困難の生徒が在籍している。本校の基本方針は、そのような特別な教育的ニーズのある生徒への全校的支援および関連機関との連携による支援を、「特別でない特別支援教育」として進めようとするものである。

  1. 学校生活の中で特別な支援を必要とする生徒の実態を把握し、全教職員が何らかの形で対象生徒とのかかわりを持ちながら、学校全体として特別支援教育を推進する。
  2. 障害の有無、医師の診断の有無にかかわらず、学校での生活や学習を進めていく上で、何らかの支援が必要であると全教職員で判断した生徒を対象とする。
  3. 保護者との連携を密にしながら、生徒が困っていることの実態を理解し合い、学校と家庭が共通認識でその改善にあたる。
  4. 特別支援学校等の専門知識を有する教員、スクールカウンセラーや臨床心理士等の専門家、その他の関係機関との連携及び支援体制を整備する。

(イ)校内委員会の設置

 本校では既存の「不登校・いじめ対策委員会」に特別支援教育に対応する機能を加え、対象となる生徒への支援についての検討が多様な角度から行えるように、組織の強化・拡充を図った上で、平成20年度から「不登校・いじめ対策・特別支援教育委員会」として校務分掌に位置づけた。この委員会は、教頭、特別支援教育コーディネーター、各学年主任(3名)、教育相談係(3名、うち1名は養護教諭)、生徒指導係の9名で構成され、校内支援体制の中核組織として次のような役割を担っている。

  1. 特別な支援を必要とする生徒の実態を把握した上で、個別の指導計画を作成し、実施・評価・見直しを行う。
  2. .全教職員の共通理解のもとに特別支援教育を実施するために、対象となる生徒の実態や必要とされる支援の方針・内容・方法等について周知する。
  3. 特別支援教育についての理解を深めるために、研修会や事例検討会を企画・運営する。
  4. 保護者や関係機関(教育・研究・医療・福祉・行政等)との連携・連絡・調整を行う。

 校内委員会は月1回開催され、支援対象の生徒の状況を把握した。さらに、対象の生徒毎に少人数の個別支援チームを編成し、日常的に生徒の情報交換を行うことで、組織的な支援がより効果的に行えるよう配慮した。

(ウ)支援対象生徒と支援内容

 現在、LD(学習障害)、ADHD(注意欠陥多動性障害)、HFPDD(高機能広汎性発達障害)等の診断を受けている生徒、また、診断は受けていないが発達障害の疑いがあり、特別な支援を必要とする生徒が各学年に在籍している。本校ではこれらの生徒に対して、個別の指導計画を作成し、それぞれの状況に応じて次のような支援を行った。
 支援1:生徒の学習内容の理解度に配慮しながら、経過観察をする。
 支援2:カウンセリングを主体とした指導を行い、学校・家庭その他への不適応状態を緩和させる。
 支援3:通常の学習指導に加えて、能力に配慮した内容の指導を行う。
 支援4:通常の学習指導では学力の向上が困難と思われる生徒に対して、さらに詳しい検査を行い、専門家のアドバイスに基づいた指導を行う。

ウ 成果と課題

(ア)支援体制の在り方

 特別支援教育に関わる専門的な教職員が配置されていない本校では、全校の教職員が何らかの形で支援にかかわる「特別でない特別支援教育」を目指しており、校内委員会を中核とする支援体制を構築し、組織的な支援を行ってきた。
 教職員へのアンケートでは、校内支援体制の在り方について「現状のままでよい」と回答した教職員は、平成20年度の68.4%から平成21年度の85.7%へと増加しており、支援体制の整備が進んできているといえる。また、研究発表会(平成21年10月27日実施)の参加者からも、「全校をあげた取組に感心した」「全教職員の協力の跡が見られた」「全教職員による支援という姿勢がすばらしい」等、肯定的な評価を多く得ることができた。
 一方、前述の教職員アンケートには、一部の教職員への仕事の集中を懸念する意見もみられた。また、今後の課題として「教職員の加配が必要」という回答も多かった。特別支援教育コーディネーターや学級担任等、一部の教職員が担うような支援の在り方では、有効な支援を行うことはできない。現在の校内委員会を中心とするチーム支援の体制が、生徒への有効な支援に結びついているかどうかを、今後も様々な事例を通して検証していく必要がある。

(イ)実態把握

 高校入学前に中学校までの支援に関する情報を得ることができた生徒は、入学直後からの支援が可能となり、自己肯定感を低下させることなく高校生活に適応することができた。また、その後の支援会議に保護者や専門家に加わってもらうことで、より適切な支援を継続することができた。また、入学後の生徒の実態把握に関しては、チェックシートによる教職員の「気づき」と校内委員会による日常的な生徒状況の把握が有効であった。
 一方、今後の課題として、保護者の理解や協力が得られない場合の支援の在り方や、把握した情報を全教職員が共有し具体的な支援に結びつけていくための個別の指導計画の活用があげられる。また、発達障害だけでなく、さまざまな要因による学習困難の生徒に対応するために、教職員一人一人の生徒理解を深めるための技術・能力の向上と専門家と連携した教育相談体制の充実が必要である。

(2)発達障害のある生徒に対する授業やテストにおける評価方法等の工夫
ア 授業の際の配慮事項等

(ア)授業のユニバーサルデザイン化

高校生の発達段階においては、支援対象の生徒を学習集団から取り出して個別に支援を行うことは難しい場合がある。支援対象の生徒の意欲と自尊感情等を考慮し、教科担当者は学習内容の理解度に配慮しながら、「授業のユニバーサルデザイン化」による次のような支援を行った。

  • 一週間のスケジュールを掲示し、学習に見通しを持てるようにする。
  • 言語指示はやさしい言葉で簡潔に、ゆっくり、はっきり伝える。
  • 一度で理解できない場合は指示を繰り返す。
  • 全体指導や集団指示を理解できないときは個別に言う。
  • 板書の際は、文字の大きさ、量、色を意識し、キーワードのみ書く。
  • あらかじめ記入しやすいプリントを用意しておく。
  • 絵や図、文字やモデルを補助的に用いる。
  • 作文を書くときに、写真や資料などを手がかりとして与える。
  • 文章題を解くときに、キーワードに注目させる。
  • メモを活用する。

(イ)学習支援員による支援

 「国語総合」(1学年、3単位)の授業において、学習支援員(元高校教諭、国語科)のTT指導による次のような支援を行った。

  • 今、教科書のどこを読んでいるのか、プリントのどの部分をやっているのか、何について質問しているのか、わからなくなってしまっている時に場所を示す。また、板書のどこを写すべきなのかがわからなくなってしまっている時に、板書を一度紙に大きめの字で書いたものを渡す。
  • 教材の文章やワークシートプリントの問題文等の理解を補助する。文意が理解できないと思われるとき、「誰が」「どこで」等、読解につながるような質問をする。ワークシートプリントの個別学習では、語句の意味を辞書で調べる部分と、文章を読んで内容を理解することで答えを出す部分の区別ができないことがあるので、読み直すべき箇所を示し、具体的な質問に変える。
  • 授業に集中できずに、別のことを考えている様子がある時に声をかけること。授業の後半に疲れて何もできなくなってしまう様子が見られる時に、「黒板のあの言葉だけはここに書いておこう」等、今何をすればよいかを具体的に伝える。
  • 他の生徒との会話がうまくできずに緊張していると思われる時には、間に入る。
  • 授業中に課題等が終わらなかった場合は、昼休みや放課後の時間を利用すればよいことを伝えて安心させる。

(ウ)少人数学習集団による支援

 数学担当者2名と英語担当者2名の授業を同時に展開することで、少人数学習集団による習熟度別の講座を編成した。4月に講座分けテストを行い、標準コース約30名、基礎コース約10名を目安として、学力の実態を重視した講座を編成した。

1.数学の授業の際の配慮事項

  • 生徒のペースに配慮しながら授業を進める。
  • 簡単な計算でも筆算する。
  • 板書は大きな字で生徒のペースで書く。
  • 演習では少しの助言で解決できそうな問題、自力解決できそうな問題を探していく。

2.英語の授業の際の配慮事項

  • 「読む」「聞く」「話す」「書く」の4分野ともバランスがとれるように配慮する。
  • 理解不足の箇所は、簡易な説明を繰り返すことで定着を図る。
  • 備え付けの黒板1面に加え、手作り移動黒板を4台同時に使用し補助用具とする。
  • 現在学習している箇所はどこなのかを付記することにより徹底を図る。
  • 生徒の聞き漏らし等を考慮し、板書したものは1時間中消さないようにする。
  • 図表、絵、イラストを用い、視覚を通して感覚的に理解できる工夫をする。
  • 板書に費やす時間を減らすため、前日までに黒板5面に板書を済ませる。
  • 質問の正解は予め黒板に付記し、その上に目隠しを張っておく。目隠しをはぐことによりゲームに似た趣向を取り入れる。
  • 次回の授業内容を予告し、心構えを作るように工夫する。
イ テストにおける配慮事項等

(ア)テスト前の指導

  •  テスト前にテスト範囲のまとめを行い、生徒が忘れかけている部分についての振り返りをさせた。その際、特に重要な部分については繰り返し行った。
  • テスト前に予想問題を配り、傾向を確認させた。

(イ)テスト問題の工夫

  • 選択肢や語群を設ける等、答えを導き出すためのきっかけを多くした。
  • 言葉のみによる選択肢の他に、実際の写真などを用いた選択肢を設けた。
  • テスト問題の漢字にふりがなをふった。

(ウ)テスト後の指導

  • テストの誤答分析、授業の行動観察による学習方法の指導を行った。

ウ 評価における配慮事項等

 「関心・意欲・態度」「思考・判断」「技能・表現」「知識・理解」の4つの観点に基づく評価規準を設け、テストの成績や課題の提出状況に加えて、出席の状況や授業への取組を評価に反映させた。
 支援対象の生徒の評価は他の生徒と同一の基準で行ったが、テストについては上で述べたような事前指導を行い、到達目標に達しなかった場合には、追試験や補習指導を行った。また、課題の提出については、課題を小刻みに提示することや早い段階からの提出指示を行うように配慮した。

エ 成果と課題

(ア)授業のユニバーサルデザイン化

 生徒による授業評価アンケート(平成22年2月実施)の結果、「先生の話し方は明瞭で、話す速度は適切ですか」「授業の進める速度は適切ですか」「板書や資料等は見やすく、整理されていますか」「理解度にあわせて教え方や工夫されていますか」という評価項目に関して、90%を越える生徒が、「あてはまる」「だいたいあてはまる」と回答した。そして、「この授業を受けて、学力の向上や技能の向上を実感しましたか」という評価項目についても90%の生徒が肯定的な評価をした。また、公開授業(平成21年10月27日実施)の参加者からも、「すべての生徒を対象とした特別でない特別支援教育が成果をあげている」「とても丁寧でわかりやすい授業」「生徒がモチベーション高く学習にのぞんでいる」等の評価を得ることができた。
 これらのことから、支援対象の生徒の特性に配慮した授業のユニバーサルデザイン化は、一般の生徒に対しても有効であり、学校全体の学習意欲の増進や学力の向上にも資するものであるといえる。一方、各教科・科目の特性にあったユニバーサルデザイン化の在り方については今後も研究が必要である。

(イ)学習支援員による支援

 生徒による授業評価アンケート(平成22年2月実施)の結果、90%の生徒が「国語の授業にサポートの先生が入ってよかった」と回答した。理由としては、「質問がある時にすぐ聞ける」「気軽に質問ができる」「授業がスムーズに進んだ」ことをあげている生徒が多かった。また、公開授業(平成21年10月27日実施)の参加者からも、「TTの先生の存在が大きい」「TTの先生がいてくれるとありがたい」「TTとの連携がよかった」等の評価を得ることができた。
 このような成果が得られた理由としては、担当していただいた学習支援員が、国語科教諭としての経験だけでなく、特別支援学校で勤務した経験を併せ持つという、「専門性」の高さがあげられる。

(ウ)少人数学習集団による支援

1.数学

 自分の困っている状況を面に出せなかったり、自分のやったものを見られないようにしたりして時間を過ごす生徒や、「わからない」と言えるようになるまでに半年以上かかった生徒もいた。このような、数学で嫌な思いをしてきた生徒たちが、少しでもその思いを払拭できるように授業を進めてきた。最終達成度は生徒によって異なってよいと考え、やればできるという自信を獲得することを最優先にした。本校の習熟度別授業は小学校までの算数に困難があるグループと、中学校までのことは概ね理解できているグループになる。中学校までのことは概ね理解できているグループのなかには、授業の内容が易しいと感じている生徒もいるので、1年間の最後にそのグループには一歩上の内容を扱い、その他の生徒は1年間の授業内容の反復練習をした。
 生徒には、授業用ノートの提出を学期末に課している。支援対象の生徒の中には記述に変化がある者がいた。その生徒のノートは、4月当初は問題の解答のみがつめて羅列したものであった。それは自分だけにしかわからない主観的なノートであった。それが、7月の上旬には徐々に自分の考え方が示されるようになり、自分のみの理解だけでなく、他者が見ても理解できるような客観性のある解答が示されていた。そこには、教科担任の指導とともに生徒の心の成長が相まって、そのような記述ができるようになってきたと思われる。

2.英語

 少人数のため、各人に対して毎時間3〜4回の質問することができた。そのため生徒の反応と理解度を確認することができた。授業終了後できるだけ早く、各生徒の取組状況をワークブックで点検し、次回の授業の組立の参考にした。通常規模の講座編成では時間がかかりできないことである。一方、少人数のため、時として馴れ合いに陥った。よい意味での緊張した雰囲気をいかに作り上げていくかが課題である。

(エ)評価について

 教職員へのアンケートでは、支援対象の生徒の単位認定に関わる評価方法については、約6割の教職員が「検討が必要である」と回答している。高等学校卒業程度の学力の保障を考えた場合、支援対象の生徒に対して評価規準の変更や緩和などの特別な配慮をすることについては難しい面がある。
 この点に関して、高等学校新学習指導要領(平成21年3月告示)では、「学習の遅れがちな生徒など」については、「生徒の実態に応じ、例えば義務教育段階の学習内容の確実な定着を図るための指導を適宜取り入れるなど、指導内容や指導方法を工夫すること」としており、本校では、今後、学校設定科目「カルチベーション」の実践的研究を進めるなかで、評価の観点の工夫や生徒の実態に合わせた科目設定等について検討していきたい。

(3)発達障害のある生徒に対する就労支援
ア 支援の方策と内容

(ア)相談支援員によるソーシャルスキルトレーニング

 平成21年度は臨床心理士を相談支援員として配置し、支援対象生徒へのSSTを行った。事前に授業中の生徒の行動観察を行った上で、主にコミュニケーションスキルとセルフコントロールのトレーニングを実施した。

(イ)ハローワークとの連携

 進路指導の一環として、希望者を対象に夏期休業中の2日間を利用して、ハローワーク主催のジュニア・インターンシップ(就業体験)に参加させた。参加にあたり、支援対象の生徒より希望のあったスーパーマーケットの担当者に、予め以下の旨を伝え、了承の上受け入れていただいた。

  • 指示を出す場合には、端的かつ具体的に紙に書いて示していただきたいこと。
  • 客とのコミュニケーションがうまくとれないことが予想されるので、レジ等でなく主に品出しをさせていただきたいこと。
  • 指示されたことについては一生懸命に取り組める真面目な生徒であること。
  • 就業体験であると同時に支援という意味合いを持つということを理解いただき、協力していただきたいこと。

 企業側にはよく理解していただき、温かく受け入れていただいた。また、作法に則った礼状を出させる等の事後指導も行った。

(ウ)就業支援センターとの連携

1.支援会議への参加

 北信圏域障害者就業・生活支援センターの就業支援ワーカーとジョブコーチに支援会議に参加していただき、支援対象生徒の卒業後の進路について、アドバイスをいただいた。

2.事業所見学・就業体験

 2年生の支援対象生徒の自己理解を深めるための事業所見学(平成21年12月21日および平成22年2月9日実施)や就業体験(平成22年3月10日〜12日実施)に協力していただいた。

イ 成果と課題

(ア)相談支援員によるソーシャルスキルトレーニング

 相談支援員がソーシャルスキルトレーニングを実施することで、支援対象生徒は「自分の意見を伝える」「相手の話をきちんと聴く」「多くの人の前で役割や責任を果たす」といった、コミュニケーションの力を発揮できるようになった。自分自身を相手に伝えることが不得手である支援対象の生徒は、他者がしっかりと聴いてくれているという安心感の中で、自分をアピールすることができるようになった。これらのことから、今回のコミュニケーションスキルを中心にした講座は、生徒たちの自己肯定感を高めることや、一人一人が認め合い、温かい言葉をかけあうことのできる集団づくりに有効であったと考える。
 今後の課題としては、すべての教職員が日常的にSSTの観点から、わかりやすい形で学校生活の支援していくこと、また、平成21年度より実施しているコミュニケーション授業の中で、学級を単位としたSSTを充実させていくこと、さらに、高校卒業後の進路を考えたキャリア教育といった観点から、社会で生活することや働くことに関する学習やトレーニングを実施していくことがあげられる。

(イ)ハローワーク・就業支援センターとの連携

 校内で行ったソーシャルスキルトレーニングの実践場面として、ハローワークや北信圏域障害者就業・生活支援センターとの連携による就業体験を実施した。
 ジュニア・インターンシップは、たった2日間とはいえ、支援対象の生徒が社会に出て、任された仕事を無事に遂行し得た達成感・充実感は、勤労観・職業観の形成に役立った。また、今後は北信圏域障害者就業・生活支援センターとの一層の連携を図り、年間を通した継続的な就業体験を計画し、支援対象の生徒の自己理解を深め、自己決定、自己表現の力を育み、将来の自立、社会参加に向けた取組を充実させていく必要がある。

(4)一般の生徒に対する理解推進等の指導の在り方

ア 指導の工夫と取組

(ア)人権教育講演会

 人権教育の観点から、発達障害を含むさまざまな障害を持つ方々への差別といじめについて考えることを目的として、平成20年度入学生を対象とした講演会を実施した。

  • 期日 平成20年6月4日
  • テーマ 「どうしていじめちゃいけないか」
  • 講師 秦健二先生(NPO法人「遊び塾」代表)

(イ)ソーシャルスキルトレーニング

 周囲の生徒の自己肯定感を高め、一人一人が認め合える集団づくりを目的として、自己コントロールと対人関係の作り方を学ぶSSTを、平成20年度入学生の各学級を対象として3時間ずつ実施した。

  • 期日 平成20年12月18日・24日・25日
  • テーマ
    1時間目 「自己コントロール」
    2時間目 「対人関係スキル」
    3時間目 「自己肯定感」
  • 講師 小林淳先生(臨床心理士・長野大学講師)
イ 成果と課題

(ア)人権教育講演会

 講師の先生ご自身の障害やいじめられた体験の話は、多くの生徒の心に響く内容であり、「発達障害のことを初めて知った」「よく理解してだれでも持っているいいところを認め合いたい」等の感想があった。今後の特別支援教育の充実を図る上で、一般の生徒への人権感覚を基盤とした障害理解の推進が必要である。

(イ)ソーシャルスキルトレーニング

 実施後の生徒アンケートには「コミュニケーションは大事だということを学ぶことができた」「たくさん声をかけ合えたので楽しい気持ちになった」「みんなで協力してやると皆楽しい気持ちになる」等、肯定的な感想が多くみられた。
 集団のSSTは、すべての生徒の自己肯定感を高めるのに有効であり、一人一人が認め合い、温かい言葉をかけあうことのできる集団づくりのために必要である。
本校では、平成21年度入学生から、学校設定科目「カルチベーション」のなかで、融和的な学級づくりのための「コミュニケーション授業」を実施している。

(5)教職員や保護者の研修等
ア 研修会開催の回数・時期・研修内容等

(ア)平成20年度教職員研修会

・第1回研修会
期日 平成20年5月21日
内容 高校における特別支援教育の推進と課題について
講師 永松裕希先生(信州大学教育学部障害児教育学研究室・教授)

・第2回研修会
期日 平成20年6月3日
内容 LD(学習障害)のある生徒の学習指導について
講師 立山俊夫先生(さくら国際高等学校・学習支援員)

・第3回研修会
期日 平成20年9月6日
内容 ソーシャルスキル教育の理論と実践
講師 渡辺弥生先生(法政大学文学部心理学科・教授)

・第4回研修会
期日 平成20年11月19日
内容 事例研究
講師
 伊藤潤先生(長野県飯山養護学校・教頭)
 山田富佐子先生(長野県飯山養護学校・教諭)

(イ)平成21年度教職員研修会

・第1回研修会
期日 平成21年5月21日
内容 特別支援教育における進路支援について
講師 市村綾子先生(北信圏域障害者就業生活支援センター・就業支援ワーカー)

・第2回研修会
期日 平成21年9月2日
内容 発達障害の理解と支援
講師
 山口政佳先生(松本圏域障害者相談支援センター・ピアカウンセラー)
 山口由起子先生
 (松本圏域障害者相談支援センター・コーチングアドバイザー)

・第3回研修会(モデル事業研究発表会)
期日 平成21年10月27日
内容 高等学校における特別支援教育の推進について
講師 樋口一宗先生
 (文部科学省初等中等教育局特別支援教育課・特別支援教育調査官)

イ 成果と課題

 教職員へのアンケートでは、平成20年度および平成21年度に実施した7回の校内研修について、ほとんどの教職員がこれらの研修により発達障害と特別支援教育についての理解が促進されたと回答している。
 全校の教職員が何らかの形で支援にかかわる「特別でない特別支援教育」の推進ために、教職員の研修内容等への要望を把握し、生徒の具体的な支援に結びつく研修を企画・運営していくことが今後の課題である。

(6)その他の支援に関する工夫
ア 学校設定科目「カルチベーション」のカリキュラム研究

(ア)学校設定教科「教養基礎」・学校設定科目「カルチベーション」の設置

1.設置の理由

 本校生徒のなかには、義務教育の早い段階から学習内容が“わからない”、したがって授業が“面白くない”と感じてきた生徒が多数在籍していると考えられる。しかも、それらの生徒は他の生徒と比較されることで、場合によっては学問自体に興味をなくしている傾向があるのではないかと思われる。
 このような状況を受けて、学習内容が“わかっていた”義務教育の早い段階まで立ち返り、そこから学び直しをする場が必要と考えられた。そこで、生徒自ら発見した課題を、周囲の進度を気にすることなく、自らが解決する学習方法として学校設定教科「教養基礎」・学校設定科目「カルチベーション」(1学年4単位)を設け、平成21年度より実施することにした。

2.目標

a 高校の教科学習にスムーズに連結して学力の伸長を図るために必要な、高校入学前における学習によって身につけているべき基礎的な学力の定着を図る。
b コミュニケーション能力等、社会人としての基礎的な教養を培う。

3.内容と取扱い

a ドリル学習(週3時間)
 高校の学習に入るために必要な基本的事項(国語的分野、数学的分野、英語的分野)については、生徒自らが課題を設定し、学習、自己採点を行って進めるドリル学習を中心として、生徒の個別の質問を受けながらTTによる指導を行う。ドリル教材の作成にあたっては、基本的に教師の援助がなくても進められるよう、問題と解答をセットにしたものを考えた。

b コミュニケーション授業(週1時間)

  • 外部講師によるコミュニケーション実習形式の授業
  • 実生活と結びついた実習形式の授業
  • 暑中見舞、年賀状、近況報告等の手紙の書き方や、マナー、エチケット等
  • 読書(自主選定本)

4.評価方法

 「カルチベーション」は、自ら発見した課題を自ら解決するという自学自習の形態をとるため、その評価は他の教科科目で行われているような相対的な評価とはなりえない。そのため、自らの課題をどのように、どこまで達成できたのかを観点別評価に照らして、あくまでも生徒自身が評価する形とした。

a 生徒は、1時間のドリル学習を終えた段階で、各自の進度を記入する。
b 生徒は、1・2学期末に「今学期を振り返って」、年度末に「一年間を振り返って」について、文章によって学習の振り返りをする。
c 「一年間を振り返って」を文章にすると同時に、評価シートによる自己評価を行う。
d 「カルチベーション」を運営する特別委員会は、年度末に、生徒の自己評価を尊重し、出欠等を考慮して最終的な評価とする。

(イ)学校設定科目「カルチベーション」の実践

1.ドリル学習

a 学習形態
 国語的分野、数学的分野、英語的分野、基礎教養のドリル学習を週3時間実施した。授業担当者は担当教科にかかわりなく、10名が2名ずつTTの形で実施した。

b 学習状況
 生徒1人あたりのドリル実施枚数は、前期(4月〜9月)の1授業時間あたり平均8.8枚、通年では平均5.3枚であった。最も多く実施した生徒は、1授業時間あたり前期平均17.3枚、通年平均9.5枚のドリルに取り組んだ。また、最も少なかった生徒は、1授業時間あたり前期平均3.8枚、通年平均2.1枚であった。

c 成果と課題
 生徒は夏休み前まで平均1時間あたり約9枚のドリルに取り組んだ。想定したスピードよりかなり速い速度であるが、量をこなすことで問題解決方法を感覚的につかんだと思われる。そのことが「頑張った、わからないところが減った、うれしかった」等の感想に見られるように達成感・満足感となり、学び直しの目標に適っていると思われた。
 支援対象の生徒たちは、1授業時間あたりの実施枚数を見ると全体の平均を下回ってはいるが、漢字パズルやアルファベットの書き取りといった取り組みやすいものから入る傾向が見られ、徐々に自分の課題を明確にしながら、苦手分野のドリルに取り組む姿や意欲が見られるようになった。
 通年でみると、大半の生徒は達成感を持ち、「基礎が身についた」「苦手だったところができた」等、肯定的にとらえている。一方、「まわりがうるさい」「ためにならない」「つまらない」等の否定的な感想もあった。自主性を重んじることと集団としての約束事を守らせることをいかに調和させるのか、ということについて今後の研究が必要である。また、TTの体制は整っていたが、ドリル自体が自学自習を想定して作成されたものなので、授業担当者から働きかける機会は少なかった。自学自習を中心とする授業形態のなかで、どのように生徒とかかわっていったらよいのか、今後の課題として研究していかなければならない。

2.コミュニケーション授業

a 学習形態
 外部講師を招いてのコミュニケーション授業を1学期に週1時間ずつ計10時間、マナー・エチケットに関する授業を3学期に4時間実施した。

b 成果と課題
 1学期に実施した外部講師による実習形式のコミュニケーション授業では、戸惑いを見せた生徒もいたが、多くの生徒が達成感や満足感を得ることができた。1学期には対人関係の構築がスムーズにできなかった生徒のなかには改善が見られた生徒もおり、集団づくりの面からみても有効であったと思われる。3学期に実施したマナー・エチケットに関する授業では、挨拶や立ち居振る舞い等に触れた。実生活ではいわゆる「照れ」があり、わかっていてもできないことを体系的に取り上げたことは有意義であった。ほとんどの生徒は「将来役に立つ」と肯定的にとらえていた。
 友人関係を築くことを苦手としている支援対象の生徒たちは、この実習を通じて、多くの生徒とのかかわりを持つことにより、コミュニケーションをとることの楽しさを味わえたのではないかと考える。
 今年度は、授業を専門的知識・経験を持つ外部講師にお願いしたが、今後は本校教職員による実践ノウハウの構築や年間を通じた実施計画等が課題と考える。

(ウ)総括と今後への展望

 設置の理由でも述べたように、本科目の目的は自学自習による学び直しである。この目的に対して、生徒の感想からも読み取れるように、多くの生徒がよい機会として地道な取組を見せた。特に、高等学校の学習において基本となる「教科書が読める」「質問内容を理解する」といった点に関してみると、国語的分野のドリル学習への取組がよく、一定の効果が得られた。
 LD傾向が見られ、特に読み書きに困難さを抱えた支援対象の生徒は、漢字を中心とした国語的分野のドリルに取り組むことにより、通常の授業内でも教科書を読んだり、問題を理解したりといった場面で困難さを感じることが少なくなり、コミュニケーション授業の効果と相まって、自己肯定感を高めながら通常の授業にスムーズに適応することができた。
 一方で、自らの困難さに気づくことができずに、取組に甘さの見られた生徒もいた。このような生徒に対してどのような支援が可能なのか、難しさを感じる。また、本科目は生徒が個々のペースで進めるため、困難さを抱えた生徒の中には1年間の取組では十分に学び直しが行えなかった者がいると考えられる。このような生徒に対して2年次以降、各教科指導のなかで学び直しの機会を作っていくことが必要と考える。さらに、TT形式による教師側のかかわり方についても検討を要すると考える。

イ 農業実習を通したSSTに関する指導方法の研究

(ア)農業実習を通したSSTの効果について

 農業実習は少人数で編成された実習班に分かれて行われる。班作業の場合にはチームワークが求められ、班員どうしでコミュニケーションを取らなければ作業が進まない。班作業では、相手のことを考えて協調したり、できない部分についてはお互いがカバーし合ったりして、非言語的コミュニケーションを取りつつ協力して作業を進めざるを得ない。また、話の中身が実際の作業に必要な具体的な内容なので、言語的コミュニケーションも取りやすい。支援対象の生徒は、そうした関係の中で少しずつ話ができるようになり、言語的・非言語的コミュニケーションや人間関係づくりの基礎が作業を通じて養われることになる。
 また、農業実習の中では、実習にふさわしい服装とその理由、挨拶の仕方、火気の取扱い、刃物の扱い方、農具の片づけ、実習中の衛生管理等を学ぶことが不可欠である。その点、実習班は少人数なので、教師は生徒がどんな特徴を持っていて、どんなことに気をつけなければならないかを把握しやすい。例えば、刃物を人に渡すときは危険なので、刃を人に向けて渡さないように生徒全員に注意する。その際に、一度言葉で言っただけでは指示が入りにくい生徒がいることを把握しているので、その生徒に対しては再度注意を重ねたり、実際に動作で示し確認したりする。
 支援対象の生徒は、少人数教育による教師の個別の働きかけのなかで、危機回避のルールや仲間との共同作業のノウハウなど、社会で働くために必要な社会的能力を学習していくことになる。また、自然の流れのなかで見たり、聞いたり、感じたりすることができるので、ゆっくりとした理解と、自然を通じた豊かな気持ちを育てることにより、コミュニケーションを図ることができる。

(イ)今後の課題

 2年次以降は専門性のなかでの資格取得を目指しているが、安全面からみて慎重な傾向を持つ生徒は、資格を取得しても活用しようという積極性がなく、できる人に任せてしまう傾向にある。また、全員受験のような伐木等取り扱い特別教育、刈り払い特別教育においては試験終了時の補習ではなく、事前の指導によって取得してから困らない指導も行っている。この機械なら、この作業なら、私に任せろという自信と、人に教えてあげることができるところまでの訓練が必要となる。
 専門教育において40名を一講座として実施する授業と実習においては、実習担当教諭が配置されている。従って、TTという形式を取らなくても、危険を回避するようにもともと配慮されている。さらに、本校のように1コース20名という少人数講座ということになれば、さらに細かいところまで注意が行き届く。このように農業教育においては、SSTという言葉は用いられなくても、社会性を育む指導が従来も行われてきたように思われる。今回、改めて農業実習の在り方について再検討する機会を得ることができ、SSTの観点からその有効性を検証することができた。

2 研究の方法

(1)研究委員会の設置
ア 構成
NO 所属・職名 備考
1 長野県下高井農林高等学校・校長
2 長野県下高井農林高等学校・教頭
3 長野県下高井農林高等学校・教諭 コーディネーター
4 長野県下高井農林高等学校・教諭 校内委員会委員長
5 長野県下高井農林高等学校・教諭 カルチベーション研究
6 長野県下高井農林高等学校・教諭 少人数学習研究
7 長野県下高井農林高等学校・教諭 SST研究
8 長野県下高井農林高等学校・教諭 教務係
9 信州大学教育学部・教授 障害児教育学
10 長野県飯山養護学校・教頭
11 北信圏域障害者支援センター・就業支援ワーカー
12 北信圏域障害者支援センター・ジョブコーチ
13 飯山市立第三中学校・教諭 コーディネーター
イ 委員会開催回数・検討内容
(ア)研究協議会

関係機関の外部研究委員との研究協議会を2回開催した。

開催日 検討内容
1 7月2日 モデル事業実施計画
2 3月2日 実施状況の説明・指導・助言

(イ)校内委員会

開催日 検討内容
1  4月 9日 基本方針・委員会の役割・今年度の重点確認
2  4月16日 活動計画・ スクリーニング実施
3  5月14日 生徒状況・ スクリーニング結果分析・職員研修会
4  6月18日 生徒状況・カウンセリング・SST
5  7月 9日 生徒状況・個別の指導計画
6  7月23日 生徒状況・就労支援
7  8月27日 生徒状況・ カウンセリング・SST
8  9月17日 生徒状況・カウンセリング・SST
9 10月15日 研究報告会
10 11月19日 生徒状況・ SST・就労支援
11 12月17日 生徒状況・ SST・就労支援
12 1月21日 生徒状況・ SST・就労支援
13  2月25日 今年度のまとめ
ウ 特別支援教育コーディネーターの指名や個別の教育支援計画の策定等具体的な方策

(ア)特別支援教育コーディネーターの指名
 特別支援教育コーディネーターに指名された教諭は、本年度、2学年主任と学級担任を兼ねていた。

(イ)個別の教育支援計画の策定等具体的な方策
 通常の学習指導では学力の向上が困難と思われる生徒に対して、さらに詳しい検査を行い、専門家のアドバイスを求め、個別の指導計画に基づいた支援を行った。

エ 成果と課題

 研究協議会(平成22年3月2日開催)において、外部研究委員(信州大学教育学部教授)より、次のようなご意見をいただいた。

(ア)全体を通して

 本事業の構造は、生徒の支援ニーズに対応できる校内支援体制の構築と、具体的な支援としての教育課程の弾力的な編成および授業内容・方法の検討から組み立てられている。特に、授業内容・方法の開発に関する取組に特徴があり、個々の生徒に応じた授業の在り方と学習環境の効果的な設定において、今後の後期中等教育における特別支援教育に多くの示唆をもたらすものと評価できる。

(イ)教育内容・方法について

 本事業の教育内容・方法に関する取組の一つは、「わかる授業」の開発という授業のユニバーサル化であり、このことは特定の発達障害のみを対象としたというより、すべての生徒の必要性に応じて提供されるものとなっている。このような方向性は、特別支援教育が特定の障害カテゴリーを対象とする考え方から、教育ニーズに応じた支援へと転換した趣旨と合致するものと考えられる。具体的には、学校種という枠組みを取り払い、生徒の理解できるところから出発する「カルチべーション」という科目の設定であり、それを支える豊富な教材開発である。これらの取組と開発された教材は、他の高等学校に利用可能な汎用性の高い成果であると言える。
 もう一つは、農林高校という特質を活用したソーシャルスキルトレーニング(SST)プログラムである。コミュニケーション授業、農業実習を通したSST、個別のSSTの3つの内容から構成されているが、特に農業実習における共同的作業を通したプログラムとこれらと連動する就業体験の試みは、本校で行われたモデル事業の大きな特徴と言える。今後、他のSSTと比較して農業実習で行うことの意義、特徴を明らかにされることが期待される内容である。

(ウ)課題

 上記で述べた教育内容・方法に加え、今回のモデル事業では少人数学習、支援員を含む教職員の人的資源、教育課程編成に関連する制度といった要素が、その成否に大きく関係している。すでに、平成21年8月に提出された特別支援教育の推進に関する調査研究協力者会議・高等学校WGの報告書で指摘されているように、支援員の充実や特別の教育課程の編成とこれに関連して通級による指導等の新たな制度設計に関連する議論が、本事業で明らかになった研究課題に大きく関わっており、これらのさらなる検討と充実が今後の高等学校における特別支援教育の発展に不可欠であると考える。

(2)専門家チームの活用

 本校では、地域に置かれた「専門家チーム」の活用や組織構成は行わなかったが、下記の専門家からの指導助言をいただいた。

ア 構成
NO 所属・職名 備考
1 信州大学教育学部・教授 障害児教育学
2 飯山赤十字病院・医師 児童精神科医
3 スクールカウンセラー 臨床心理士
4 北信圏域障害者支援センター・就業支援ワーカー
5 長野県飯山養護学校・教育相談担当 上級教育カウンセラー
イ 専門家チームの活用状況

 信州大学教育学部教授には、研究協議会において、モデル事業全般についての指導助言をいただいた。医療機関との連携が必要なケースについては、飯山赤十字病院児童精神科の医師に学校での対応に専門的な指導をいただいた。また、スクールカウンセラーには、生徒・保護者のカウンセリングと教職員の生徒対応についての助言をいただいた。北信圏域障害者支援センターの就業支援ワーカーには、研究協議会おいて、本校の今後の就労支援の在り方について助言をいただいた。飯山養護学校の教育相談担当には、支援会議に出席していただき、支援方針や個別の指導計画の作成・実施・評価に関する助言をいただいた。

ウ 成果と課題

 教育、医療、福祉、それぞれの専門の立場から、貴重な助言をいただき、支援対象の生徒への適切な支援に結びつけることができた。地理的な問題もあり必ずしも十分な活用状況ではなかったが、電話やメール等を利用し情報や意見の交換を行い、専門的な指導を活かしていきたい。

(3)関係機関との連携
ア 他の高等学校や特別支援学校との連携

(ア)他の高等学校との連携

 特別支援教育において先進的な取組を行っている県内外の高等学校を視察し、情報交換を行った。視察したのは、高知県立高知北高等学校、神奈川県立田奈高等学校、群馬県立前橋清陵高等学校、長野県立望月高等学校、静岡県立土肥高等学校の5校である。

(イ)特別支援学校との連携

 近隣の長野県飯山養護学校と連携し、生徒の実態把握や事例研究、本校の特別支援教育全般に助言をいただいた。特に、教育相談担当教諭には支援会議にも出席していただき、支援方針や個別の指導計画の作成・実施・評価に関する助言をいただいた。

イ 発達障害者支援センターやハローワーク等関係機関との連携

(ア)発達障害者支援センターとの連携
 長野県発達障害支援センター主催の研修会に参加させていただくとともに、精神保健専門員から、生徒の支援についての助言をいただいた。

(イ)ハローワークとの連携
 ハローワーク主催のジュニア・インターンシップを利用し、支援対象の生徒の就業体験を実施した

(ウ)北信圏域障害者就業・生活支援センターとの連携
 北信圏域障害者就業・生活支援センターの就業支援ワーカーとジョブコーチに支援会議に参加していただき、支援対象の生徒の卒業後の進路について、アドバイスをいただいた。また、事業所見学や就業体験にも協力していただいた。

ウ 地域の教育施設や人材等の活用

(ア)地域の教育施設との連携

 地域の小・中学校の特別支援教育コーディネーター連絡会に参加させていただくとともに、特に、支援対象の生徒の出身中学校の特別支援教育コーディネーターとの情報交換を行い、本校での支援に活かした。

(イ)地域の人材等の活用

 「国語総合」(1学年、3単位)のTT指導にご協力いただいた学習支援員(元国語科教諭)には、地域の高等学校や特別支援学校での指導の経験を活かしていただいた。支援対象の生徒へのSSTを行っていただいた相談支援員(臨床心理士)には、地域の中学校でのスクールカウンセラーとしての経験を活かしていただくことができた。また、コミュニケーション授業の講師として、地元のレクリエーション・コーディネーター(日本レクリエーション協会)の方々に、対人関係ゲームの指導をしていただいた。

エ 成果と課題

 発達障害のある生徒は、義務教育段階での適切な支援により、高等学校においても「困り感」はあるものの落ち着いた学校生活を送っている場合が多い。適切な支援を継続的に実施するため、幼保、小・中学校との連携を更に深めていきたい。また、地域の行政・福祉・就労機関との連携は、まだ十分とは言えないが徐々に進みつつある。特別支援教育連携協議会等の場を活かしながら、「個別の教育支援計画」の策定を進めたい。

(4)関連事業等との連携

 本年度については、関連事業等との連携は実施していない。

3.今後の我が国における発達障害のある生徒の支援の在り方についての提案等

 授業の支援の仕方には様々な方法があるが、より効果的な支援のために必要なのは、生徒との信頼関係であると考える。発達障害の生徒は、幼い頃からうまくいかない経験を積み重ね、「生きづらさ」を抱えてきており、人を信頼する力が育っていないことが多い。思春期の自己改編の時期にそれを育て直そうともがくので、高校生になってから中学までは見られなかった問題が起こることもある。
 信頼関係を築くには、支援者が生徒の困っている気持に徹底して寄り添い、生徒の今の有り様を丸ごと受けとめる時間を積み重ねる必要がある。そして、生徒が「困っていること、できないことを訴えても大丈夫なのだ」と確信を得なければならない。それには、「学校や社会に適応する」という指導の目的をいったん離れて、生徒が今、一生懸命に生きることを支える支援者が必要な場合もある。そのためには、個別援助ができる技術や知識を持ったソーシャルワーカーや特別支援教育士などの専門職の配置を検討すべきであると考える。

4.その他特記事項(エピソードを含む)

 特記事項なし

5.総括

1 研究のまとめ

(1)特別でない特別支援教育

 2年間のモデル事業研究で、私たちが目指してきたのは、通常の授業や学級における支援、いわば、「特別でない特別支援教育」である。それは、私たちがこれまで取り組んできた高等学校における教育実践を、特別支援教育の視点から見直す取組であったと言ってもよいだろう。
 障害の有無、医師の診断の有無にかかわらず、生徒一人一人を丸ごと理解して、その教育的ニーズに応じた教育を進めようというのが、私たちの考える高等学校における特別支援教育である。発達障害だけでなく、さまざまな要因(いじめ・不登校・非行・外国籍・精神疾患等)による学習困難の生徒に対応するために、研修・事例研究を通して教職員一人一人の生徒理解を深めるための技術・能力を向上させること、また、専門家と連携した教育相談体制の充実が必要である。
 また、このような「特別でない特別支援教育」を可能とするのがチーム支援であり、その前提として求められるのが、教職員の「同僚性」であると考える。特別支援教育コーディネーターや学級担任等、一部の教職員が担うような支援の在り方では、有効な支援を行うことはできない。校内委員会を中心とするチーム支援の体制が、生徒への有効な支援に結びついているかどうかを、今後も様々な事例を通して検証していく必要がある。

(2)わかる授業

 発達障害やその可能性のある生徒は、認知面の特性や行動面の特徴等から、通常の学級において教科学習に困難を示す場合が多い。このような学習面の不全感は自己評価の低下を招き、様々な二次障害による学校不適応の要因になる。
 本校では、「わかる授業」の実践を通して、このような特別な支援を必要とする生徒への個に応じた指導の在り方の研究を行った。
 その特徴は、第一に、通常の授業のユニバーサルデザイン化を進めたこと、第二に、教育課程を工夫し、義務教育段階の基礎的内容を学び直す学校設定科目「カルチベーション」を設定したこと、そして、第三に、少人数学習やTT授業による指導形態の工夫を行ったことである。
 それぞれの実践の成果と課題については前述したとおりであるが、これらの実践は、私たちに「わかる授業」づくりの前提となる生徒理解の大切な視点を提示してくれた。
 それは、第一に、学習目標を明らかにして、授業の技術を磨き教材を工夫することは当然のことであるが、その前提として、小・中学校で何を学び学んでいないのか、何が身についていないのかという、一人一人の生徒の「学びの履歴」を把握した上で、授業展開を工夫しなければならないということである。
 第二に、授業が「わかる」という認識の過程を、生徒の学習への努力に帰結させてしまうのではなく、認知面の特性を理解した上での教材の工夫や授業展開の工夫によって、一人一人の生徒の認識を、どのように「わかる」という段階まで高めることができるのか、という視点である。

(3)ソーシャルスキルトレーニング

 本校では、特別な支援を必要とする生徒への個別のSSTを実施するとともに、それらの生徒を含む集団へのSSTについての実践的研究を行った。
 通常の授業において、特別な支援を必要とする生徒への個に応じた指導を行うためには、それを可能とする集団づくりが大切である。学級を対象としたSSTやコミュニケーション授業を行うことは、すべての生徒の自己肯定感を高め、一人一人が認め合う融和的な集団づくりのために有効であった。
 また、少人数のグループによる仲間との共同作業を行う農業実習は、SSTの観点からの授業展開によって、通常の授業の中でコミュニケーション能力や人間関係づくりの基礎を養うことが可能である。
 また、ソーシャルスキルトレーニングの実践場面として実施した就業体験(社会参加)は、次のような点で生徒の発達の契機となることが期待される。
 第一に、就業体験によって自分の得意なことと苦手なことを自覚し、生徒の自己理解を深める「自分発見」の場になるということ、第二に、生徒が学校での勉強の意味や必要性を再確認する「学びの発見」の場になるということ、第三に、様々な課題に真剣に取り組んでいる大人との出会いによる「人間の発見」の場になるということ、第四に、自分も社会で役に立つことができるという自己効力感を得ることによる「自尊感情の獲得」の場になるということである。
 今後は、コミュニケーション授業のなかで、学級を単位としたSSTをさらに充実させていくこと、また、高校卒業後の進路を考えたキャリア教育といった観点から、社会で生活することや働くことに関する学習やトレーニングを充実させていきたいと考える。また、教職員がSSTの観点から日常的に、わかりやすい形で学校生活全般の支援していくことも考えていきたい。日常生活のマナーや授業の規律、態度など、SSTという言葉を使わなくてもよい取組で生徒にどう返していくのか、返し方の工夫が必要である。

2 今後の課題

(1)校内支援体制の在り方

 本校には発達障害だけでなく、さまざまな要因による学習困難の生徒が在籍している。そのような状況を考えた場合、高等学校における特別支援教育は、発達障害を含め、教育的ニーズのあるすべての生徒を対象として考えなければならない。したがって、生徒の多様な教育的ニーズに対応できる校内支援体制の在り方について、今後の研究を進める必要がある。
 特に、高等学校の場合、特別支援教育の「専門性」をどう確保し、維持していくのかという課題がある。さまざまな教育的ニーズのある生徒が多く在籍する高等学校に対しては、スクールカウンセラーが常駐し、臨床心理士や精神科医との連携について、恒常的に助言・指導を受けることができるようなシステムを確立することも検討しなければならない。

(2)関係機関との連携

 診断のない発達障害傾向の強い生徒は、すでに二次障害が生じていたり、支援をしようにも保護者の同意が得られない等の問題が生じている。この点において、高等学校段階からの特別支援教育には限界があり、行政・福祉・教育機関が連携した早期発見・早期支援のシステムを地域に確立していく必要がある。
 一方、発達障害の診断のある生徒は、義務教育段階での適切な支援により、「困り感」はあるものの落ち着いた学校生活を送っている場合が多い。高等学校においても、適切な支援を継続的に実施するため、地域を含め、幼保、小・中学校との連携を更に深めていきたい。

(3)評価方法の工夫

 本校の教職員アンケートの結果、支援対象の生徒の単位認定に関わる評価方法については、約6割の教職員が「検討が必要である」と回答している。高等学校卒業程度の学力の保障を考えた場合、支援対象の生徒に対して評価規準の変更や緩和等の特別な配慮をすることについては難しい面がある。
 この点に関して、高等学校新学習指導要領(平成21年3月告示)では、「学習の遅れがちな生徒など」については、「生徒の実態に応じ、例えば義務教育段階の学習内容の確実な定着を図るための指導を適宜取り入れるなど、指導内容や指導方法を工夫すること」としており、本校では、今後、学校設定科目「カルチベーション」の実践的研究を進めるなかで、評価の観点の工夫や生徒の実態に合わせた科目設定等について検討していきたい。

(4)移行支援の取組

 卒業後の移行支援に関して、行政・福祉・就労機関との連携を確立する必要がある。また、大学、短大、専門学校に進学した生徒に対しての継続した支援が重要になってきており、相互の情報交換が今後ますます必要になってくると考える。

(5)教育条件整備

 本校の教職員アンケートの結果、高等学校の特別支援教育を充実させるための課題として、「教職員の加配が必要」という回答が最も多かった。本校が、この2年間モデル事業として取り組んだ、少人数学習や学習支援員によるTT指導、カウンセリングやソーシャルスキルトレーニングは、いずれも高等学校における学習支援や生活支援に有効であることがわかった。しかし、それらの支援を継続して実施していくためには、教職員の加配、学習支援員、スクールカウンセラー、臨床心理士の配置等、人的な条件整備が不可欠であると考える。

6.モデル校の概要

1 学級数と生徒数(平成21年5月現在)

課程 学科 第1学年 第2学年 第3学年 合計
学級数 生徒数 学級数 生徒数 学級数 生徒数 学級数 生徒数
全日制 農業 科 2 82 2 68 2 73 6 223

2 教職員数(平成21年5月現在)

校長 教頭 教諭 養護教諭 非常勤講師 実習助手 事務職員 司書 その他
1 1 25 1 5 3 3 1 5 45

お問合せ先

初等中等教育局特別支援教育課

(初等中等教育局特別支援教育課)

-- 登録:平成22年07月 --