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埼玉県

埼玉県立飯能高等学校

教科の壁を越えて、データで「答えのない問い」に向き合う。生物研究×情報Ⅱの共同研究の実施:埼玉県立飯能高等学校

  • 取材・文・撮影・編集:株式会社シード・プランニング
  • 素材提供:埼玉県立飯能高等学校

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埼玉県立飯能高等学校では、DXハイスクールの取組として「教科横断型・仮説生成型プチ共同研究プロジェクト」を実施しています。生物研究でデジタル顕微鏡を用いて取得した細胞分裂の画像を、情報Ⅱを学ぶ生徒が生成AIや統計的処理を用いて定量的データへと変換し、妥当性を議論しながら新たな仮説を生み出していく学びです。外部講師との連携も取り入れ、「答えのない問い」に協働的に取り組む姿勢を育てています。

お話を伺った先生

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發智 祐助(ほっち ゆうすけ)

2018年度、埼玉県教育局県立学校部高校教育指導課に着任し、主に高校入試を担当した。2023年度、埼玉県立飯能高等学校の教頭として着任し、校内の組織改革、校務のICT化を進める。

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正司 豪(しょうじ ごう)

情報科教諭。2024年度より埼玉県立飯能高等学校に着任し、情報科と地域創造学(探究)を担当。また、2024年度から早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程に在籍し、生物と情報など教科横断的な探究学習に関する研究を行う。

機器導入で終わらせない――学びの時間を“つくり直す”DXへ

本校がDXハイスクールに採択されたとき、まず考えたのは、「せっかくの機会を“機器導入”で終わらせたくない」という思いでした。端末やツールが増えても、授業が変わらなければ、生徒に残る学びの質は変わりません。逆に言えば、授業の組み立てさえ変えられれば、ICTは“学びの時間の使い方”そのものを変えてくれる可能性があります。

そこで我々がまず問い直したのは、「この学校で、どんな学びが“いま”必要か」です。社会が変化し続ける中で、生徒が将来直面する課題も、正解のある問いばかりではなくなっています。情報があふれ、生成AIが“それらしい答え”を返してくれる時代だからこそ、答えを受け取るだけでは足りません。自分で問いを立て、根拠を集め、他者と議論し、仮説を更新し続ける力が必要になります

ただ、この力は「探究の時間」だけで育つものでもありません。日々の授業の中で、問いを扱い、根拠を扱い、考えを言語化し、他者とすり合わせる経験を積み重ねる必要があります。そう考えたとき、学校の中にある学びの資源を、教科の枠を越えてつなげられないかという発想が生まれました。

DXハイスクールの機会を生かすために、導入する機器や研修、授業での活用方法までを具体的に検討しながら、学校全体で準備を進めていきました。DXハイスクールの予算を活用して整備したものの一つが、生物研究で使用するデジタル顕微鏡です。観察の結果を画像として残せることで、その場限りの“見て終わる学習”ではなく、あとから見返したり比較したりできる「共有できるデータ」へと変わります。この変化が、生物研究の学びを教科横断へ広げる入口になりました。

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DXハイスクール予算で整備したデジタル顕微鏡。(提供:埼玉県立飯能高等学校)

観察だけで終わらせない、データ分析へつなぐ設計

観察で得た画像が「共有できるデータ」になると、次に必要になるのは“そのデータをどう扱い、どう意味づけるか”という視点です。ここで本校が接続先として意識したのが、情報Ⅱの授業でした。

情報Ⅱでは、データを数値として取り出す方法を考え、処理の手順を整理し、条件を変えて試し、結果を比較して改善するという“分析のプロセス”を学びます。顕微鏡画像をそのまま眺めて終わりにするのではなく、画像解析によって定量化し、分類や比較の基準を作り直しながら精度を上げていく。生物研究で得た観察結果を、数値化・比較・検証できる形に落とし込み、分析につなげられる点に可能性を感じました。

本校では、その分析を実際に前へ進める手段として、生成AIも活用しています。情報Ⅱの授業では、早稲田大学の方を講師に迎え、生成AIを用いた画像解析の考え方や手順を学びながら、画像解析プログラムの作成に取り組みました。生徒にとって生成AIは「答えを出す道具」ではなく、画像データをどう処理すればよいかを試し、改善し、再現性を高めていくための“試行錯誤を加速させる手段”になります。

こうして、生物研究の観察を出発点にしながら、情報Ⅱで定量化・分析・改善のサイクルを回し、議論を通して仮説生成へつなげていく、「生物研究×情報Ⅱ」の教科横断型・共同研究プロジェクトを実施することができました

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共同研究プロジェクトの概要紹介。(提供:埼玉県立飯能高等学校)

観察→数値→議論→仮説 教科の“見方”を往復させる授業

本校の共同研究は、教科の得意・不得意を埋め合うための“協力”ではなく、教科の見方・考え方を持ち寄って、新しい問いを生むための“接続”として設計しています。生物研究の授業が持つ「観察」「分類」「解釈」と、情報Ⅱが扱う「定量化」「分析」「モデル化」をつなげ、その往復の中で仮説が立ち上がる授業を目指しました

生物研究の授業では、まずデジタル顕微鏡の扱い方や観察の視点を丁寧に押さえます。体細胞分裂を扱うときも、細胞の状態を見分けるにはどこをどのように観察すればよいのか、染色の意味は何か、核や染色体の見え方は何に左右されるのかといった点を確認します。こうした“観察の前提”が曖昧なままでは、後の分析もあいまいになってしまうからです。

実験では、植物の根端分裂組織を染色し、分裂中の細胞をデジタル顕微鏡で撮影します。観察結果を画像として端末に保存できることで、生徒は同じ素材を使いながら、その後の学習を進めることができます。

また、撮影した画像を自動で処理・分類する解析プログラムに任せるのではなく、まず生徒自身の手で「数値にする」体験を取り入れています。ここで扱う数値とは、顕微鏡画像の中にある明るさの違い、たとえば細胞核部分の輝度を数として取り出したものです。画像解析サイト等を用いて輝度分布を抽出してみることで、「見た目で感じた違い」がどのように数値として表せるのかを実感することができます。

この段階で重視しているのは、正確に分類することではありません。「どの数値に注目すれば違いを説明できそうか」「その区別は本当に妥当と言えるのか」と問いを立てながら考えることです。観察が得意な生徒が数値の扱いに迷い、数が得意な生徒が「この指標なら使えそうだ」と提案し始める。教科の見方が交差する中で、議論が生まれ、問いが立ち上がっていきます。

情報Ⅱでは、生成AIの扱いを「何でも答えてくれる存在」にはしません。探究の進度を整理したり、手順を言語化したり、統計処理や可視化の方法を考えたりと、生徒の思考を前へ進めるための補助輪として位置づけています。結論そのものを生成AIに作らせるのではなく、生徒自身の考えを整え、検討できる形にするために使うようにしています

教科横断の核にあるのは、チームでの議論です。生物側の観察の文脈と、情報側の定量化・処理の視点が、同じ材料の上で交わることで、「このデータは何を表していると言えるのか」「どこが不確かか」「精度を上げるならどこを変えるべきか」といった問いが生まれます。最後はアウトプットとしてまとめ、発表まで行いますが、狙いは発表そのものではありません。結果を踏まえて新たな課題を見つけ、仮説を立て直し、検証を続けていく。そのプロセスを通して、生徒たちには“考え続ける力”を身に付けてもらえればと考えています

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DXハイスクール予算で購入した大型モニターを用いた発表の様子。生物研究と情報Ⅱの両方を受講している生徒は多くないため、情報Ⅱの生徒が休み時間等の授業外に、生物研究を受講している生徒に話を聞きに行く場面も見られるなど、生徒の主体性や積極性が高まったという。

数字にひるまず動き出す――「分からない」を抱えて進めるように

この取組を続ける中で、いくつか印象的な変化が見えてきました。

一つ目は、生徒が「とりあえずやってみる」方向に踏み出しやすくなったことです。データ分析は初手でつまずきやすく、数字が並ぶと手が止まることがあります。ところが、生成AIを“次の一歩を探す相手”として位置づけると、「質問してみる」「手順を確認する」「別の見方を探す」という行動に移りやすくなります。もちろん生成AIの答えをそのまま採用させるわけではありませんが、問いが途切れにくくなることで探究が前に進む感覚が出てきます。

二つ目は、「じっくり考える」ことを恐れなくなった点です。仮説生成は時間がかかります。すぐに“それっぽい結論”を出せても、根拠が薄ければ学びは深まりません。共同研究では、結論を急がせるよりも、「どこまで分かっていて、どこから分からないのか」を言語化させることを重視しました。不確かさを抱えたまま議論を続ける経験は、問題演習では得がたい学びです。

三つ目は、教科を往復する中での“学び直し”です。生物の用語が曖昧だと分類基準も曖昧になりますし、情報の処理の意味が分からないと結果の解釈もできません。だから生徒は、必要に迫られて学び直します。学び直しを続けたことで、生徒たちにしっかりと知識を定着させることができました。

四つ目は、協働の質の変化です。共同研究は分担して終わる活動ではありません。妥当性を議論するには、全員が材料を理解している必要があります。欠席した生徒がいれば、自然と操作を教え、役割を調整する動きが出ます。難しい課題に向き合うほど、協働が“必要なもの”として立ち上がる。共同研究の授業を通して、生徒同士のつながりも強くなったと感じています。

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発表後は、聴講していた生徒たちから質問も飛び出すなど、活発な議論が行われた。

教科横断は“細部”で決まる――迷子にさせない設計

教科横断の実践は、やってみると想像以上に“細部”が難しいと感じます。そのため本校ではいくつかの工夫を積み重ねてきました。

まず、定量化をいきなり自動化しないことです。最初は手動でやる。自分の目で見た違いが数値としてどう現れるかを体験する。その経験があるからこそ、後でプログラムが吐き出した数値を疑えるようになります。

次に、探究の“現在地”を常に確認することです。教科横断は情報量が多く、生徒が迷子になりやすい学びです。「いまは課題設定」「いまは情報収集」「いまは整理・分析」「いまは表現」と教員が今やるべきことをアドバイスすることで、生徒たちは迷いなく目の前の課題に集中できるようになります

さらに、生成AIを「禁止/自由」の二択にしないことです。「ここは使う」「ここは使わない」を授業設計に埋め込み、AIが“思考の代替”にならないようにします。

最後に、共有の仕組みを整えることです。画像、結果、考察メモなどを同じ場所に集約し、誰でも参照できるようにする。どんなに小さい気付きでも同じ共有場所に入れておくことで、議論が「記憶」ではなく「根拠」に基づくようになります。小さく見えて、探究の質を左右する大事な条件だと感じています。

便利さに流されない――生成AIを“学びの道具”にする責任

この取組を進める中で、現場自身にも迷いがありました。生成AIに限らず、新しいものを授業に取り入れる際には、「安全に運用できるか」「学びとして成立するか」という二つの不安が常につきまといます。便利さは魅力ですが、授業が“楽になる”方向にだけ進んでしまうと、生徒の思考は浅くなりかねません。そこで、ICTは作業を省くためではなく、試行錯誤の回数を増やすために使うという考え方を大切にしています。時間が短縮できる部分があれば、その分を問い直しや議論に充てる。そうした授業への転換を意識しています。

また、教科横断を成立させるには、教員側も「自分の専門だけで完結しない」状態を受け入れる必要があります。正直に言えば、最初は手探りでした。しかし、手探りであることを隠すより、「一緒に考えながらやっていく」という姿勢を見せた方が生徒も授業に対しやる気を出してくれたと感じています。教員がすべてを知っている前提ではなく、根拠を一緒に積み上げていく。そのスタンスが、この取組には合っていると感じています

さらに現実的な判断として、機器を導入して終わらせないことも重要です。次年度以降も“活用され続ける仕組み”にしなければ、機器は棚の飾りになります。使う人を増やす、アイデアが出る土壌をつくる、研修と共有を回す。学校としての文化にしていくことが欠かせません。

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アウトプットの一部に生成AIを活用するなど、あらかじめ使用する場面を限定することで、生成AIに頼りすぎない授業を実施することができた。生成AIの活用にあたっては、ソフトバンクからノウハウの提供を受けるなど、外部事業者の協力を得ながら実施した。(提供:埼玉県立飯能高等学校)

「次はこうしたい」が連鎖する授業になるように

共同研究は、やればやるほど「次はこうしたい」が増える取組です。

今年度は年度当初から計画を立てることができたため、目標は昨年度と同じでも、そこへ向かうプロセスをより丁寧に組み立てました。昨年度は2学期からの実施となり、生成AIの扱い方や細胞分裂の復習を十分に確保しにくいまま共同研究に入る場面もあったため、今年度は1学期のうちにこれらを確認し、その上で共同研究へ進む構成にしました。準備を前倒しすることで、基礎理解を整えた上で共同研究に入れるようになり、生徒が議論や仮説検証により多くの時間を使える設計にできたと考えています。

今後は生物研究分野での広がりも検討しています。観察対象が変われば画像の特徴も変わり、分析の方法も変わります。そこに新しい問いが生まれます。顕微鏡画像を“データとして扱う”経験が、別の教材・別の単元にも波及していく可能性があります。

また、教科横断の組み合わせも固定する必要はありません。たとえば身体の動作解析など、体育と数学・情報をつなげる構想もあります。重要なのは、ソフトが答えを出して終わるのではなく、抽出されたデータを材料に、生徒が問いを立て直すことです。「教えて」と言えば情報が返ってくる時代だからこそ、何を根拠に、どう判断するかを扱う授業が必要になります。

私たちが目指しているのは、DXハイスクールという制度の“活用実績”ではありません。生徒が、他者と協働しながら、答えのない問いに向き合う学びを日常にしていくことです。顕微鏡の一枚の画像から始まった共同研究が、教科の枠を超え、授業の時間の使い方を変え、生徒の思考の深さを変えていく。その変化を、これからも丁寧に積み上げていきます。

※本記事の情報は取材時点(2025年12月)のものです。

埼玉県立飯能高等学校

埼玉県飯能市に位置する全日制普通科の高等学校。地域に根ざした教育を基盤に、教科横断型の探究活動やDXハイスクール事業に取り組む。生物研究と情報Ⅱを接続した共同研究など、観察・定量化・分析を往還する授業を展開。生成AIやデジタル機器も活用しながら、生徒が仮説を立て、議論を通して考え続ける力を育む教育を推進している。

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