熊本市立必由館高等学校では、普通科改革の一環として、2024年度から「文理総合探究科」を設置しました。キャリア教育とESD(*1)を学びの土台に据え、教科の枠を越えた探究的な学びを実現するため、学校設定教科「必由学」を新設しています。さらに、DXハイスクールとしての環境整備を進め、生成AIやデータサイエンスを活用した学習を日常的に行っています。地域や行政、大学との連携を重ねながら、生徒一人ひとりが主体的に学びを設計し、自らの進路を選び取る力を育んでいます。
(*1)ESD:持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development)
お話を伺った先生

- 上野 正直(うえの まさなお)
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校長。2022年~2023年熊本市教育委員会教育改革推進課に教育審議員として着任し、熊本市立高校2校と熊本市立ビジネス専門学校の学科改編、カリキュラムマネジメント、入試改革に着手。2024年に同校に着任。生徒主体の学びや地域と連携した教育等、新しい取組に校長としてリーダーシップを発揮している。前職は中学校校長。

- 森田 勇(もりた いさむ)
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主幹教諭。文理コース主任。カリキュラム開発・研究部部長。保健体育を担当。2019年に同校に着任。普通科改革の一環として設置された「文理総合探究科」において、カリキュラム開発・研究部の部長として、各教科と連携しながら学科全体のカリキュラム設計を進めている。
文理総合探究科とは
本校は、普通科改革の一環として2024年度から「文理総合探究科」を設置しました。これまでの普通科では、教科ごとの学習が中心となり、学んだ知識や技能を社会や自分の生き方にどう結びつけるのかが、生徒にとって見えにくいという課題がありました。
文理総合探究科では、文系・理系といった枠組みを越えて、各教科の見方や考え方をつなぎながら学びを深めていきます。学科全体のカリキュラムを、探究を軸として構成することで、生徒が与えられた問いに答えるだけでなく、「何のために学んでいるのか」や「教科で学んだ知識や技能をどのように活かしていくのか」を考える機会をつくっています。
探究学習は、生徒自身が興味・関心のある題材から選ぶことができる。生徒の要望に応えるために、熊本市役所と連携し、熊本市が抱える地域課題を、市役所職員と一緒に考える場も探究学習の一環として提供している。
学びの土台となる学校設定教科「必由学」
文理総合探究科の学びを支えているのが、学校設定教科「必由学」です。必由学は、言語能力、情報活用能力、問題発見・解決能力という3つの資質・能力を育てることを目的としています。これらは、どの教科にも共通して必要となる資質・能力であり、生徒が実社会に出てからも役立つ大切な力です。
必由学では、データを集めて分析する力だけでなく、「自分はどう感じたのか」「なぜそう考えたのか」を言葉にすることを大切にしています。単なるインプットとアウトプットではなく、「インプレス(印象を受け取る)」「エクスプレス(感情を伴って表現する)」というプロセスを重視しているのです。
そのため、授業では一つの正解を求めるよりも、多様な考えが並ぶことを歓迎します。生徒同士の対話も、結論を急ぐ話し合いから、互いの考えをじっくり語り合う時間へと変化してきました。必由学で身につけたスキルは、その後の各教科や総合的な探究の時間で何度も使われ、学び全体をつなぐ共通言語として機能しています。
熊本市立必由館高等学校が策定した独自の学校設定教科「必由学」。ESDやキャリア教育、STEAM教育、ICTなど、学校で学んださまざまな知識や技能を横断的に活用できるよう設計されている。(提供:熊本市立必由館高等学校)
教科を越えて学びをつくる
探究的な学びを学校全体で進めるためには、教科の枠を越えた連携が欠かせません。本校では、教員同士が互いの授業を見合い、学び合う機会を意識的につくってきました。公開授業週間や、ICT活用に詳しい教員による校内研修などを通して、他教科の授業から学び、自分の授業に取り入れる試みを続けています。
教科が違えば、扱う内容もアプローチも異なります。しかし、探究的な学びという視点で見てみると、共通する工夫や考え方が多くあることに気づかされます。そうした気づきを共有することで、授業づくりの幅が広がっていきました。
ICTや生成AIの活用についても同様です。得意な教員が中心となり、校内で教え合う機会を設けながら進めてきました。外部研修で学んだことを持ち帰り、実際の授業で試し、その成果を教員同士で共有する……。その繰り返しが、学校全体の学びの質を少しずつ高めています。
DXハイスクールがもたらした学びの加速
DXハイスクールとしての取組は、生徒の学びを大きく広げています。デジタル探究室の整備や、3Dプリンタの設置、データ分析ツール、生成AIの活用により、探究のプロセスそのものが変化しています。
情報を集める、整理する、分析する、仮説を立てる、表現する……という、これまで時間がかかっていた工程が短縮されたことにより、生徒はより多くの試行錯誤を重ねられるようになりました。その結果、授業のテンポが上がっただけでなく、生徒自身が主体的に学びを進める場面が増えています。
高校生のうちから、統計データ(RESAS、e-stat等)を活用したデータサイエンスや、AIによるマーカーレス動作分析アプリの利用、3DプリンタやハイスペックPCを活用したデジタルものづくりを体験できることは、生徒の将来にもつながる重要な経験の一つだと考えています。こうした体験を通して、生徒はデータや技術を活用しながら試行錯誤し、自分の考えを形にしていくプロセスを学ぶことができます。この経験は、進学や就職など進路選択の場面だけでなく、その先の人生のさまざまな場面で、情報を読み取り、自ら判断し、表現していく力の土台となってくれるはずです。
学びが「加速した」という感覚は、こうした取組からも実感しています。
2年生の総合的な探究の時間で行われていた「デジタル探究班体験」の様子。
AIによるマーカーレス動作分析アプリの実演も生徒たちが主体となって行った。
地域とつながる探究の場
本校の探究は、学校の中だけで完結するものではありません。熊本市役所と連携し、実際の社会課題をテーマに学ぶ機会を設けています。行政の視点から地域課題を知ることで、生徒の問いはより具体的になっていきます。
外部の人と出会い、異なる価値観に触れることは、ときに戸惑いも生みます。しかし、その戸惑いこそが、新たな問いを生み出すきっかけになります。
学校は、生徒・教員・地域・行政が交わる「汽水域」のような存在でありたいと本校は考えています。多様な考えが混ざり合う場でこそ、学びは深まっていくからです。
取材日は、熊本市役所の産廃物計画課、環境政策課、改革プロジェクト推進課など、さまざまな課の職員が同校を訪問し、教室ごとに分かれて地域が抱える課題について説明を行った。生徒たちは、自身の興味・関心に応じた説明が聴ける教室に足を運び、それぞれの探究活動につなげていた。
自分のやりたいことを進路先に選ぶ生徒が増えた
こうした取組を重ねる中で、生徒の進路観にも変化が見られるようになりました。進学先を「どこに行けるか」ではなく、「何を学びたいか」「どんなテーマに向き合いたいか」を基準に考える生徒が増えてきたのです。
自分の興味関心を言葉にし、その理由を説明できるようになることで、生徒は自分自身の選択に責任を持つようになります。文理総合探究科、必由学、DXハイスクールの学びを、「生徒が自分の人生を自分で考え選び取る力」につなげていくことが大切です。
これからも本校は、学びを知識の習得だけで終わらせることなく、生徒一人ひとりの「やりたい」をカタチにできる学校であり続けたいと考えています。
※本記事の情報は取材時点(2025年12月)のものです。
熊本市立必由館高等学校
熊本市に設置された市立高等学校。2024年度に従来の普通科を学科改編し、「文理総合探究科」を設置した。文系・理系の枠を越えた学びを軸に、学校設定教科「必由学」や探究活動を通じて、生徒が学んだ知識や技能を社会や自分自身の生き方と結び付けて考える力の育成をめざしている。また、2024年度から文部科学省の「DXハイスクール」採択校としてICT環境の整備を進め、データサイエンスやデジタルものづくりを取り入れたSTEAM教育を展開。地域・行政・大学などと連携しながら、生徒一人ひとりの主体的な学びを支えている。
