2025年に創立145年を迎える岩手県立盛岡第一高等学校は、45年目となる海外派遣事業をはじめ、国際交流学習に積極的に取り組んでいます。2015~2019年度にはスーパーグローバルハイスクール(SGH)の指定を受け、グローバル社会に対応できる開拓者の育成をめざしてきました。2020年度からは、SGHとしての学びを踏まえながら地域の課題に目を向け、地元自治体や企業の支援のもと、総合的な探究の時間「M探」をスタート。「地球規模の視野で物を考えつつ、地域視点で行動するグローカル人材の育成」に取り組んでいます。
お話を伺った先生

- 佐藤 幸久(さとう ゆきひさ)
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「まなびデザイン課」主任(地歴・公民科)。教員歴35年目。2012年度同校に着任。2020年度より学びデザイン課主任として国際交流活動や授業改善、図書館やICT環境整備などを担当。
盛岡一高のMと学びのMを掛けて「M探」をスタート
本校の総合的な探究の時間「M探」のMは、盛岡一高のMと学びのMを意味しています。スーパーグローバルハイスクール(SGH)の指定期間(2015~2019年度)は、グローバルという視点を意識して進めていましたが、身近な課題と結びつける意識が薄く、自分ごとにできずに調べ学習で終わりがちであるという課題もありました。そこで、地域で起こるさまざまな課題は世界各地でも同じように課題となっている、という観点から探究を行うM探をスタートしました。
M探は、1、2年で計2サイクル取り組みます。2年間同じテーマで深める生徒もいれば、テーマを変える生徒もいます。1人で活動する生徒もグループで活動する生徒もいます。探究するテーマは、基本的には個々の興味・関心をもとに設定しており、千差万別です。
1年ではガイダンスのあと、外部講師によるデータの活用法、計画の立て方などのワークショップを行い、夏季休業期間にフィールドワークに取り組みます。2学期も探究活動を進め、1月のクラス発表会では班ごとに情報端末の画面で発表スライドを見せながら自分で取り組んだ探究を説明し、評価基準に沿ってお互いを評価。班内で選ばれた生徒がクラスの前に立って発表し、さらにクラス代表を選出します。
クラス代表になった生徒による学年発表会は1月末に開催。さらに校外の大きなホールで全体発表会を1、2年合同で2月末に開催します。1年生はこの発表を見て、翌年度の活動の方向性を考えます。2年生が取り組んでいたテーマをさらに発展させたり、引き継いだりすることもあります。
1年のM探で1月に開催したクラス発表会の様子。「害獣被害とジビエ料理の開発」や「温泉地の活性化」など、岩手県ならではのテーマも多かった。
2年ではジャンル別に取り組む。深めるためのアドバイスを意識
2年では、生徒が選んだテーマをもとに、ジャンルに分かれて取り組んでいます。テーマの類似性や共通性にもとづいて生徒がまとまり、医療系や観光業系など十数程度のジャンルを設定し、それぞれに担当教員がつきます。主に校内での活動になりますが、生徒たちが自ら外部の方に声をかけて学校に招いたり、放課後にフィールドワークに取り組んだり、基本的に活動内容は生徒の主体性に任せています。自ら外部の人とかかわりをもつ生徒も多く、それを通じて学ぶものはたくさんあります。
一方で、イベント参加などの「活動だけ」に終わらないようにしていくことも課題です。2年生の取組からテーマを引き継いだ1年生が、イベントへの参加などは引き継いでいるものの、探究になっていないというケースもありましたので、活動内容からテーマを深めるためのアドバイスを意識しています。
3年で探究の意味を振り返り未来につなぐ
SGHの指定期間からM探開始の1年目までは、3年生の英語発表を探究活動のゴールに設定していました。しかし担当教員から、「3年生ではM探での学びが大学の学びへとつながるように深めていきたい」という意見が出ました。一方で英語発表も大事な機会ですので、翌年からはM探の英語発表を2年の後半に移動し、3年では、自分が取り組んだ探究的な学びにどういう意味があるのか、社会の中での意義、自分のめざす進路の学びとどうかかわるか、といったことをまとめる時間としました。社会の課題に対してどのように還元・発展させることができるのか、最初はわからなくても活動のなかで気付いたり、別の問題の対処に応用することを考えたり、というところまで高めることができればと考えています。
なかにはM探の取組を「大学の学びとは全然関係ない」と位置付けてしまう生徒もいます。しかし、進路がM探のテーマとまったく異なる分野だったとしても、探究テーマも進学先も生徒自身が選んだものですから、アプローチを変えれば関連が見つかるかもしれませんし、卒業後の大学での学びに活きることも出てくるかもしれません。そういうアドバイスをしながら、3年では最後のまとめとして、探究学習が大学の学びなどにつながるイメージをもつことをゴールにしたいと考えています。
地元自治体や企業が日常的に学びをバックアップ
地元の企業や自治体のバックアップは、M探の充実につながっています。
盛岡市が実施している「盛岡まるごと学びの場プロジェクト」では、高校生が地方創生について主体的に学ぶ事業を実施しており、本校はそのモデル校として「地方創生」をテーマに盛岡市と連携して取り組んでいます。
例えば、生徒の希望をもとに地域課題に取り組んでいる魅力的な大人を複数人一度に招き、生徒はそれぞれ自分のテーマに合わせて講師の話を聞いたり、ディスカッションしたりします。地域課題や地域の大人が考えていることを学び、さらに自分のテーマを深めるための、外部への窓口になっています。
また、盛岡市には「盛岡という星でBASE STATION」(通称:盛星ベース)という交流拠点があります。東京圏などの若年層を対象に、地域おこし協力隊の方が常駐し、盛岡市民や定住・移住を考えている人などが、町や企業とのつながりを創出する場なのですが、高校生の探究活動の支援も行っています。生徒が相談にのってもらう、外部の方を紹介してもらう、生徒がイベントを企画した際には会場を提供してもらうなど、さまざまな形で支援いただいています。
さらに、TOLIC(東北ライフサイエンス・インストルメンツ・クラスター)という産学官連携組織がM探に協力してくれています。TOLICは、アルプス電気の盛岡工場が2002年に閉鎖されたときに、そこの技術者たちが立ち上げた医療系を中心としたスタートアップ企業の集まりです。世界的な企業も多く、皆さん技術者集団なので、プロダクト系に取り組んでいる生徒も実物の制作などで協力していただいています。連携協定を結んでおり、会員企業による技術や知識の提供に加えて、予算的な支援も得ています。SGHの指定を受けて探究学習を行っていた際のテーマは文系的な内容が多く、理系的な要素が弱い面もあり、理系生徒の探究へのモチベーションが高まらないという課題があったのですが、TOLICの支援によって、理系分野でもやりたいことが実現しやすくなりました。特に医療分野での最新技術に触れることができることもあり、「勉強は受験のためと思っていたが、人々を幸せにするために勉強することに気付いた」と、勉強する意味や目的を再認識した生徒もいました。
そのほか、高校生向けの県内の企業見学会にも参加しています。基本的には高校卒業後に就職する生徒を対象としたプログラムなのですが、地元企業が抱えている課題、最先端の技術、社会貢献などについて、直接話を聞く機会となっています。
40年以上続く海外派遣事業や台湾との交流も継続
本校では40年以上、海外派遣事業や海外交流を行っています。この取組をM探によりさらに充実させていく予定です。
創立100周年の記念事業として、海外派遣事業「白堊の翼」が1980年からはじまりました。生徒10人程度を2~3週間海外に派遣する事業で、盛岡の友好都市であるカナダ・ビクトリアへの派遣など、コロナ禍の一時期を除き現在まで続いています。
また、SGHでスタートした海外研修旅行は、当初はアメリカ・ボストンなどに行っていましたが、現在は持続可能な研修先として比較的近い台湾との交流を進めており、2年生の修学旅行で、関西と台湾のどちらか選択制にしています。台湾の高校生を本校に迎える行事もあり、生徒同士もメッセージアプリ(LINE)などで日常的に交流が続いているそうです。今後は、探究の発表をリモートでつないで、台湾からコメントしてもらうなど、日常的につながる関係を構築していきたいと考えています。
スーパーグローバルハイスクール海外研修において、台北市内で街頭インタビューに取り組む様子(提供:岩手県立盛岡第一高等学校)
さらに、TOLICとの連携の一環で、ドイツ・デュッセルドルフで開催されている医療機器の国際見本市「MEDICA」へ、TOLICの出展スタッフとして生徒を体験参加させていただいています。生徒は現地で実際に商品を外国人のバイヤーに説明・販売する体験をして、多くの刺激を受けていました。
ドイツで開催された医療機器の国際見本市で海外バイヤーに説明する生徒(提供:岩手県立盛岡第一高等学校)
教員は指導ではなく、良い質問を投げかけることが役割
M探は全職員体制で取り組んでいますが、教員が自分の専門について教えているわけではありません。1年では学級担任が、2年では各ジャンルの担当教員がファシリテータとして、時間を管理したりしています。教員は必ずしも、生徒が探究するテーマに詳しいわけではないので、内容についてあれこれ指導することはできませんし、生徒も求めていないと思います。ただ、教員が疑問に感じたことを生徒に伝えて、それに対して生徒が答える場を定期的に設けることで、生徒たちは足りない部分に気付いて、さらに探究を進めていくことにつながると考えています。そこで、教員に対しては良い質問を何度もしてくださいとお願いしています。「どうしてそう思ったのだろう?」「ほかの人はどのような意見だった?」などと投げかけ続けてもらえればと考えています。
また、生徒は学校が知らないうちにどんどん話を進めたりしますので、調査への協力など、生徒と外部とのやり取りに支障がないように配慮することも教員の役割です。商品開発や販売などに関連するテーマだと金銭のやりとりが出てくる可能性があります。また、さまざまな活動を取材する過程で、バザーやフリーマーケットなどのイベントに参加して売上が出てしまう場合もあり、その利益をどのように処理するのか(寄付するなど)など、教員が対応しなければいけない場面も出てきます。学校側が知らないまま話が進んでいたりすると問題が起こる可能性もありますので、生徒の活動や進捗状況をきちんと把握しておくことが一番大事なことかもしれません。外部とのやりとりの際には、メールはCCで共有するなどルールを徹底させてスタートしていかなければなりません。著作権についても、インターネットからの引用やAIの活用方法など学ぶ機会を、教員にも生徒にもこれまで以上に充実させていくことが必要だと思っています。
卒業後は大学に進学し、社会人へと成長していく生徒たちが「M探」を通して、高校時代に地元の企業やさまざまな活動をしている人々と接し、いろいろな課題など地域について知っておくことはとても重要なことだと思います。地元で就職して地域課題の解決に取り組む場合はもちろん、他県で就職・生活している場合でも関係人口として岩手のために貢献してくれることもあるでしょうし、その入口として「M探」での「地球規模の視野で物を考えつつ、地域視点で行動するグローカル人材の育成」をめざした学びがベースになるようにしていきたいと考えています。
※本記事の情報は取材時点(2025年1月)のものです。
岩手県立盛岡第一高等学校
1880年に「公立岩手中学校」として開校。学科再編や統廃合を経て、現在は全日制課程普通科と理数科を設置。「忠實自彊」「質實剛健」を校訓に、「時代の先駆者として、社会に広く貢献できる人間を育成する」を教育目標に掲げる。金田一京助、石川啄木、宮沢賢治などを輩出した伝統校として知られる。1980年の創立100周年を記念してスタートした海外派遣事業「白堊の翼」をはじめ、長年にわたり国際交流にも力を入れる。2015年度から2019年度にかけて文部科学省スーパーグローバルハイスクール指定校。

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