
2024年度に創立80周年をむかえた島根県立出雲工業高等学校は「地域産業を担う人間性豊かな将来のテクノロジストの育成」を掲げ、「ものづくり」教育を積極的に進めています。3年で取り組む「課題研究」では、それまでに学んだ知識・技術を活かした地域課題の解決に取り組んでいます。そのうち建築科では伝統建築をテーマにした班が、地域の神社の修復や新しい社の建築にチャレンジ。2024年度には、気持ちを落ち着けることができる「カームダウンスペース」を伝統建築の技術を用いて製作し、出雲空港に設置するなど、伝統の技を今に活かす取組を行っています。
お話を伺った先生

- 三好 良(みよし りょう)
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建築科長。宮大工として京都などで10年間活躍。同校の外部講師を経て、建築科の正規教員として2016年度に着任。建築科の「ものづくり研究部」での指導にもあたる。
「課題研究」で身につけた知識・技術を活かし、身近な課題解決へ
本校は、「ものづくり」のスペシャリスト育成をめざし、機械科、電気科、電子機械科、建築科の4つの専門学科を設け、基礎基本から先端的技術まで実践的な専門教育を行っています。3年「課題研究」は学科ごとに週3限程度の時間を設定。1班5~6人で、班ごとにテーマを決め、それまで学習した知識・技術を活かして地域や校内などの身近な課題解決に資する作品を制作します。
年度当初に担当教員が各班の大まかなテーマを例示し、生徒は自分の学んできたものや、自分が疑問に感じていること、考えていることなどを踏まえて班を選択。そのうえで、具体的に取り組む内容は班ごとに生徒と教員とで検討して決定。その年の生徒の興味・関心などを踏まえながら、教員の専門性や課題意識などをもとにテーマを設定しています。5月頃から実際に各班で課題研究を始め、11月末には学科内で発表。2月の中旬には、科を代表する2班が市民会館で発表します。実質7か月程度の取組です。
これまでに、例えば、機械科では「『海ゴミゼロ』をめざしてステンレスの『拾い箱』(ゴミ箱)を製作し、地域と連携して浜に設置」、電気科では「センサーで自動点灯する照明を製作して校内に設置」や「校内の蛍光灯をLEDに交換する事業を計画・実施」、電子機械科では「ネコ型セラピーロボットの製作」、建築科では「市内保育園への作品提供」などに取り組みました。
生徒ができるだけ地域に出て、そこからリアルな課題を見つけ、解決をめざすことが課題研究の目的の一つです。そのなかで建築科では2022年度から、「伝統建築」をテーマとして地域と連携しながら伝統的な建築技術の継承と地域貢献に取り組んでいます。
高校生が伝統建築を学ぶことで大工本来の魅力を知る
課題研究に伝統建築をテーマにした班を設置したのには理由があります。
伝統建築の技術を指導している高校は全国的にもほとんどありません。伝統建築を扱う宮大工は基本的に弟子入りして学び、次に伝えていく世界です。宮大工と一般の住宅などを建てる大工の技術は共通する部分も多いのですが、宮大工にしかない技術もあります。宮大工の技術は複雑で繊細なところがあり、いかに長持ちさせるかということを考えた知恵が技術に詰まっています。
特徴的なのは修復です。古いものを解体して、壊れたり腐ったりした部分を外し、新しい部材をつないでいく技術です。古くなったところを新しいものにつなげる技術は、日本の伝統建築の優れた点です。
建築科の生徒の多くが、大工などの職人・技術者に憧れて入学してきます。しかし、現在の一般の住宅建築は、図面に引いた形に加工された木材が届くことがほとんどなので、大工が木材を加工する場面はどんどん減っています。そういう意味では宮大工の技術は、木材をどう扱うかといった日本の大工本来の面白さを感じられるものです。この複雑な木材の加工方法によって造られた建築物が何千年も残っているということを、将来建築の世界をめざす生徒たちに経験してもらうことには大きな意義があります。
日本の神社・仏閣も老朽化していきます。有名な文化財は補修の予算も人材も投入されますが、それほど有名ではない身近な神社・仏閣はどんどん朽ちていく現状があります。伝統建築の技術を学ぶことで、少しでも地域の文化財を残していけるような人材を育てていきたいと思っています。
地域の神社の老朽化の調査と修復に取り組む
2022年度の課題研究で、伝統建築をテーマにした班は、出雲市の社寺建築の老朽化の原因の調査と修復活動に取り組みました。市内の塩冶神社に協力いただき、生徒たちは宮司に建物の歴史や現状、課題について話を聞き、建物を調査しました。その結果、建物等の破損・腐朽部分が見つかったため、①神事に使っていた机の修繕、②本殿玉垣の控え柱の修繕、③賽銭箱の製作・寄贈――に取り組みました。
木材の腐食部分を切り取り、伝統建築の技法を使って新材と取り替える作業などを行いましたが、生徒は過去のものに触れることで、先人の技術に触れることができ、「過去と会話をしている気がする」といった面白い感想もありました。ただし、修復作業はとても時間がかかります。一か所修復するだけでその日の活動が終わってしまう場合もあり、生徒の達成感がどれぐらいなのか、楽しんで取り組めたのか、若干の疑問も残りました。
腐食した材を新材に取り替える作業(提供:島根県立出雲工業高等学校)
そこで、2023年度は建具や摂社(小さな社)、八角堂を実際に作ることにチャレンジ。「現代の名工」にも選ばれている、出雲の木製建具職人の藤原正さんを講師に招き、組子細工の歴史などを学びながらミニ障子を製作。また、宮大工の経験を活かして指導することで、摂社と八角堂を完成させました。この年度の生徒たちは、伝統建築の技法を実際に活かす経験につながりました。しかし本物の社ではないので、地域貢献に資するという点が課題となりました。
生徒が製作した八角堂(左)と摂社(提供:島根県立出雲工業高等学校)
伝統建築の技術を活かしながら、人に喜んでもらえるものづくりを
2024年度は「地域貢献に資する」ことを意識し、伝統建築の技術を使いながら人に喜んでもらえるものの製作に取り組みました。生徒たちがインターネットなども活用して検討し、見つけたテーマが「カームダウンスペース」です。カームダウンスペースは、精神的にパニックになった際、冷静になるためのスペースのことで、東京五輪を機に駅や空港など多くの施設で設置が増えています。これを伝統建築の要素も取り入れながら木造で製作することは、社会課題の解決にも資すると考えました。
生徒たちは、当初は能登半島地震の被災地で使ってもらいたいと考えました。避難所になっている体育館などに設置することで、被災された方や、避難所になっている学校の子どもたちが、落ち着かない気持ちを和らげることができるのではないかと考えたのです。しかし、被災地への輸送や現地調査など、実現には高いハードルがあります。そこで改めて「カームダウンスペースはパニック障害の方などを対象とするもの。その原点に立ち返って考えよう」と目的を見直し、飛行機に乗る前に気持ちを落ち着かせることができる場所として、出雲空港に設置する方向性に決定しました。
左:空港に設置されたカームダウンスペース 右:カームダウンスペースの組み立ての様子(提供:島根県立出雲工業高等学校)
さまざまな試行錯誤を経て完成
実際のカームダウンスペースの製作に関しては、さまざまな課題がありました。まず生徒は実物を見たことがなかったため、どれぐらいの大きさにするのかの検討から始まりました。1人である程度ゆとりのある大きさを基準としましたが、「ゆとり」とはどの程度なのか、生徒も悩み、最終的に車椅子を利用する方が、中で回転できる大きさとしました。
次は高さの検討です。高すぎると圧迫感が出てしまい、地震があった際の倒壊も心配です。2メートル程度の高さとし、天井を付けることも考えましたが消防法に抵触することがわかるなど、課題や疑問が生じるたびに調べたり、企業の方に聞いたりしながら、最終的な形にたどりつきました。
生徒たちはカームダウンスペースの完成に達成感を感じて喜んでおり、利用者にアンケートをとったところ、とても好意的な言葉をいただいて、ものづくりの醍醐味を感じてくれたのではないかと思います。
振り返ると課題もあります。今回製作したカームダウンスペースは、前年度の摂社や八角堂の製作に比べて伝統建築の要素が少し不足していたとも感じています。こうした反省と経験を次年度に活かしていきたいと思います。
県、市や民間企業の協力とアドバイスを得て製作
カームダウンスペースの製作にあたっては、島根県や出雲市、民間企業の協力も得ることができました。島根県の担当者には、企業と本校との架け橋として、スケジュールの調整や学校の作りたいものに合わせた企業の紹介をしていただきました。島根県建具協同組合にも全面的に協力していただきました。
スチール製事務機器の開発・カスタマイズをしており、県内に工場もある島根ナカバヤシ株式会社には、透明のパネルが電源を入れると曇る「調光パネル」(利用する際に電源を入れることでスペースの中が見えなくなる)を提供していただきました。
学校の机など木製家具・建具等を製造している帝国器材株式会社からは、カームダウンスペースのデザインや寸法などについてさまざまな助言をいただきました。
また、カームダウンスペースの内部の椅子には出雲ブランドの製品「セキスイ畳MIGUSA」を敷いています。この製造元である出雲工場を見学させていただいたうえで購入しました。
カームダウンスペースの設計やデザインの段階から、島根県林業課、出雲市役所、島根県建具協同組合、県外企業でもあるナカバヤシ株式会社本社、帝国器材株式会社の方々に集まっていただき、生徒の提案をもとに協議する機会も設けました。
生徒と企業や島根県、出雲市との協議の様子(提供:島根県立出雲工業高等学校)
今回の取組により、つながりができた企業から、さまざまなアドバイスをいただき、生徒も社会で働いている方々と会話することで刺激になったと思います。
空港への設置に当たっても、生徒や教員が島根県、出雲市の担当者と一緒に出雲空港にあいさつにうかがって趣旨を説明し、最終的には県知事の許可を得て設置させていただきました。
一方で、指導者側で難しかった点として、企業との連携に関する調整があります。
水曜日3限目にある課題研究の時間にあわせて企業の方に来校していただくことは簡単ではありませんでした。そこで、生徒と一緒に考え、リモートなども使って進めました。
将来的にはカリキュラムで伝統建築の指導をめざしたい
伝統建築の技術に関する指導は、現在のところ本校のカリキュラムには盛り込まれていません。高校生ものづくりコンテストでの入賞をめざして活動している「ものづくり研究部」で伝統建築の技術を教えたり、実習のなかで取り組んだりする程度です。前述の通り、建築科の生徒はほとんどが大工などの職人・技術者に憧れて入学してきますが、現在の一般の住宅建築は、木材加工などのいわゆる大工仕事をする場面がほとんどありません。その意味で、将来建築の世界をめざす生徒たちが伝統建築を学ぶ意義は大きいと考えています。
伝統建築を学んでいくことで、普段学んでいる建築の知識が深くなる面があります。
例えば、現在の住宅建築でも柱の大きさは「四寸角」とか「三寸五分角」などの寸法が使われています。なぜそうなっているのか、そのルーツについて、実体験を通して学ぶことができます。技術の継承のためにも、カリキュラムのなかで伝統建築の技術を学ぶコマを将来的につくることができれば、本校の新たな特色につながるのではないかと考えています。
※本記事の情報は取材時点(2025年2月)のものです。
島根県立出雲工業高等学校
1944(昭和19)年に島根県立今市工業学校として創立。統廃合を経て1962年に島根県立出雲工業高等学校として開校。2024年度に80周年をむかえた。2016年度末に完了した整備事業で、教室や廊下は無垢材のフローリングになり、実習棟には最新の設備を導入。地域産業を担う将来のテクノロジストの育成をめざし、実践を通して知識・技術を学んでいる。資格取得対策を徹底し、難関資格も高い合格率を誇る。進学希望者も多く、3年では進学コース(数学)を設けている。

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