特別支援教育について

足立東高等学校(公立)

都道府県名 東京都
学校名 東京都立足立東高等学校
学校所在地 東京都足立区大谷田2‐3‐5
研究期間 平成21~22年度

1 概要

1 研究課題

 発達障害のある生徒を含め、特別な支援を必要とする生徒への指導・支援を行うことが、全ての生徒への学力向上など、有効な指導・支援につながるという視点から、その具体的な支援の在り方、進め方に関する実践的研究

2 研究の概要

1 校内の特別支援教育に関する委員会を活用した組織的な対応
2 臨床発達心理士を活用した生徒の適切な実態把握
3 発達障害等のある生徒に対する授業内容の工夫・指導方法の改善
4 ハローワークと連携した進路指導
5 地域の関係機関とのネットワークの構築

研究構想

3 研究成果の概要

 気づく・支援する・つなげる~社会的自立に向けた高等学校での具体的支援~

(1)校内支援体制の整備
  • 各学年に特別支援教育コーディネーターを配置したことによる教育相談機能の活性化
  • 特別支援教育コーディネーターと進路指導部が連携した進路指導を行うことによる組織的な支援体制
(2)関係機関との連携(社会資源を有効活用)
  • ハローワーク足立(ジョブサポーター及び就職支援ナビゲーター)と連携することにより、特別な支援を必要とする生徒への支援体制が充実した。
  • 東和保健センター「思春期ネットワーク連絡会」と連携することにより、主に精神疾患のある生徒への支援体制が充実した。
  • 「引きこもりセーフティネットあだち」との連携により、本校を卒業後、離退職を繰り返し、家庭に引きこもりとなった卒業生徒への支援体制ができた。
  • 「あだち若者サポートステーション」との連携により、就職が最後まで決まらなかった生徒への就職相談及び就労訓練等の支援体制が充実した。
  • 区立小・中学校のコーディネーター連絡会へ参加し、生徒の支援内容等について情報交換を行うことができた。

2 詳細報告

1 研究の内容

(1)発達障害のある生徒に対する指導方針

ア 生徒の実態(把握方法も含めて)
本校は平成15年度よりエンカレッジスクールとして東京都から指定を受けた全日制普通科の高等学校である。エンカレッジスクールとは小中学校で十分能力を発揮できなかった生徒のやる気を育て、励まし、応援する高校である。高校進学率の上昇とともに、義務教育における問題や困難な家庭状況などを背景に、学習への関心、意欲、態度や基本的生活習慣等に様々な問題を抱え、可能性がありながら、学ぶことに積極的な意味を見いだすことができない生徒も高等学校に入学してくるようになった。
 本校では一人一人の生徒に力を付けて、自信を持たせ、その潜在的な能力を伸ばすことを目指している。
 生徒の多くは中学校時代までに学習面でのつまずきや対人関係など、何らかの課題を抱えてきている。入学後に学習指導や学校生活で困難をきたす場面もみられ、その背景には発達障害の疑いがある生徒が少なからず存在することが考えられる。そのため、教員が発達障害について正しく理解し、臨床発達心理士や精神科医等と連携しながら、そうした生徒に対する学習指導、生活指導等について、その在り方の検討を進める必要がある。
 特別な支援が必要と思われる生徒の実態把握のため、情報の収集を実施した。学年会を通じて、担任から見て学習面・行動面で特に気になる生徒について十分協議し、支援が必要と思われる生徒を把握した。その際、学習面・行動面(対人関係面含む)の2つの視点を軸に作成した「生徒の学習・行動等のチェックシート」を活用した。それを参考に十分に協議した結果、特別な支援が必要と思われる生徒は30名程度になった。その後、教育相談委員会において各学年のコーディネーターが、その生徒の状況を報告した。

イ 指導方針
 本校には、臨床発達心理士が、巡回相談員として定期的に来校している。このため学期に1回特別支援教育委員会を開催し、生徒の実態把握の方法や研究の進め方等についてアドバイスを受け実践に役立てた。
(ア)支援が必要と考えられる生徒の実態把握、情報交換は教育相談委員会を中心に全教員に周知し、共通理解のもと指導の手立てを検討する。
(イ)本人、保護者から相談があった場合に臨床発達心理士の巡回相談の面談日を設定し面接にあたる。本人、保護者承諾の上、WISC等の検査を実施する。必ず、結果について担任、保護者に対してフィードバックを行い個別の指導計画を検討する。
(ウ)発達障害のある生徒、あるいは疑われる生徒に対して、特別支援教育コーディネーターを中心に地域の関連機関との連絡調整を教育相談委員会で行う。

ウ 成果と課題
 生徒理解に当たって実態把握は大変重要なことである。正確に実態把握を行うことがより適切な支援につながるからである。保護者によっては医療機関や専門機関への受診に対して強い抵抗を感じるために、相談や支援に踏み切りにくい現状があると思われる。そこで、学校という比較的抵抗の少ない場所で特別支援教育コーディネーター及び教員が窓口となり、医師ではなく臨床発達心理士という発達心理の専門家を交えることで、相談のきっかけをつくり特別支援教育に対する間口を広げることが可能となった。

(ア)成果

  1. 早期対応・早期支援の実現
     成果として最も大きかったことは、保護者・生徒からの相談や教員の気付きからの校内支援体制が迅速に対応できたことである。通常であれば医療機関や教育相談センターなど専門機関を通して行われるカウンセリングや発達検査等を、校内にて実施できたことは大きい。早期に発達障害等の疑いを発見したとしても、外部での専門家によるアセスメント・フィードバックまでには、予約手続きなどかなりの時間がかかってしまう現状においては、大きな効果を得ることができた。
  2. 専門家によるアセスメントの効果
     発達に関する専門的な立場からのアセスメントやフィードバック内容は、保護者・本人・担任に対する高い信頼性や説得力がある。また、検査結果に基づいた特別支援教育コーディネーターの見たてや支援仮説などを保護者・本人に対して自信をもって提案することができ、専門家によるアセスメントの有効性を実証できた。
  3. 具体的支援の実施
     専門家からの助言を受けて本人・保護者に対し支援方法の提案や具体的支援の実施が進めやすくなった。特に「医療機関への受診のすすめ」や「療育手帳の取得」は、保護者・本人にとって、とてもデリケートな問題であり、これまでは一教員の立場からは説明しにくい内容であった。さらに、同様に教員に対しても「障害理解」や「特別支援教育の視点と授業改善」について専門家からの助言により具体的支援に対する協力と実践を呼びかけやすくなったことが成果としてあった。

(イ)課題
 臨床発達心理士による巡回相談はこの2年間で200時間程度だった。モデル事業終了後の心理士派遣の方法について現在検討中である。

(2)発達障害のある生徒に対する授業やテストにおける評価方法等の工夫

 研究1年次の平成21年度には教科会の中で教科の特質を踏まえながら、特別支援教育の視点に立った教科指導の工夫(授業のユニバーサル化)や教材等の在り方について検討した。教科会(ワークショップ形式で実施)で話し合った内容の共通点を抽出し、以下の項目に整理しまとめた。

ア 授業の際の配慮事項等
1.学習環境の整備
○黒板等に関すること
 →黒板は使用前に全体をきれいにしておく。また、黒板周辺の余計な情報(授業とは直接関係のない掲示物など)を減らし、授業に集中できる環境を整備する。
○机など身の周りの整理整頓
 →机をまっすぐに整頓させたり、必要な物だけを机上に用意させたりすることにより注意の散漫を防ぎ授業に集中できる姿勢をつくる。
○座席の配置
 →生徒の実態やグループの構成メンバーを考慮し、ニーズに応じた座席配置にする。注意欠陥や学習支援の必要がある生徒は、教室の前方に席を配置し授業に集中できるようにするとともに、教員がきめ細かに目を配るといった支援を行う。

2.使用教材の工夫
○自作プリントやワークシートの使用
 →各教科では自作プリント教材を使用している。行間やマス目の大きさ、フォントなどに配慮し、見やすく書きやすい書式となるよう工夫している。
○視聴覚教材の使用
 →イマジネーションやワーキングメモリーに課題がある生徒が多いという実態を踏まえ、フラッシュカード、写真パネル、VTRなど視覚に訴える教材を使用している。
○ICTの活用
 →全教科での導入には至っていないがICTを活用した授業が増えている。特に資料等の提示には効果的で、図説や解説など生徒の注意を引き付ける教材として活用されている。

3.学習方法の工夫
○板書の工夫
 →日付や学習テーマ、教科書のページ等を板書することから授業を始める。生徒の実態に合わせて漢字にルビをふったり、板書の量や速度を配慮する。ポイントを絞った内容にし、その中でも重要箇所が強調されるよう色チョークを適宜使用する。
○授業形態の工夫
 →一斉指導、個別指導、グループ学習など様々な授業形態を組み合わせ工夫する。毎回の授業の進め方を統一し、生徒が見通しを持てるようパターン化する方法が有効的な教科もある。

イ テストにおける配慮事項等
 本校では各学期における定期考査は行わず、授業中に確認テストを行っている。確認テストでは、用紙を大きいものにし、解答欄を大きくすることで、余裕をもって解答を書き込むことができるようにしている。また、問題用紙と解答用紙を分けずに、1枚の用紙に設問と解答欄を一緒に印刷している。設問と解答欄を一問一答にすることにより、視点の移動距離を短くし、安定した状態でテストに臨むことができるように工夫している。設問内容も、基礎基本を逸脱することがないように留意し、試験時間を長めに設定することで、焦ることなく、落ち着いてテストに取り組むことができるようにしている。

ウ 評価における配慮事項等
 発達障害等の疑いのある生徒に対し、特別な配慮は行っていないが、確認テストの点数のみで評価することはしていない。評価の観点として確認テストの点数以外に、授業への参加意欲、ノートや提出物の状況も重要視している。

エ 成果と課題

(ア)成果
 特別支援教育の校内研修で、英語科の授業において、支援を要する生徒への学習指導の様子をビデオ視聴して、「分かる授業の実践」をテーマに情報交換を行った。また美術科では教材を工夫することで、より分かりやすく伝える実践について報告した。このような取組から「特別支援教育的な視点」での授業が徐々に行なわれるようになってきた。

(イ)課題
 各教科での研修会において、どの生徒に発達障害があるのか分からない、もしあったとしても他に問題行動や課題のある生徒が多く、その生徒だけに個別な支援を行うことは難しいなどの意見があり、改めて高等学校での学習指導・支援の難しさを感じている。「分かる授業の実践」には、様々な意見や考え方があり、今後の課題である。

(3)発達障害のある生徒に対する就労支援

ア 支援の方策と内容
 ハローワークと連携した進路指導を実施することで、支援を要する生徒への就労支援のきっかけ作りとなった。ハローワーク足立と本校進路部が連携したことで、支援を要する生徒の抽出が可能となった。3年生の就職希望者に対して、平成22年7月と9月の2回、ハローワーク足立の高卒就職ジョブサポーターによる模擬面接を実施した。7月には50名程度、9月には受験予定者32名を対象とした。面接後、ジョブサポーターと進路指導部、特別支援教育コーディネーターで検討を行い、発達障害等が疑われる生徒を挙げて、今後の支援方法について検討した。
 しかし、本人及び保護者が発達障害に対する認識が薄いことなどから、本人がはじめから障害者雇用枠での就職試験を希望することはなく、また話を進めるきっかけもないため、選考解禁日の平成22年9月16日以降の就職選考の結果を見て必要と思われる生徒は就職支援ナビゲーターにつなげることにした。
 また、10月には一度目の選考で採用とならなかった生徒を対象にした個別相談会をジョブサポーターに依頼し、本校にて実施した。さらに就職支援ナビゲーターの話し合いを勧めたほうがよいと思われる生徒を確認した。

イ 成果と課題

(ア)成果
 9月の就職選考で採用とならなかった生徒の中で、支援を要する生徒及び保護者に今後の進路の進め方について担任、コーディネーターとともに相談した。その後、ハローワーク足立の専門援助第2部門の就職支援ナビゲーターのもとに赴き、手帳の取得に向けて動き、障害者雇用枠での就労に繋げることができた。

(イ)課題
 3年生の段階で手帳を取得することになると、時間的に非常に厳しい。1年生の段階から系統的なアセスメントを実施するなど、早期からの支援体制を整備していく必要がある。

(4)全ての生徒に対する理解推進等の指導の在り方

ア 指導の工夫と取組
 最近は特にコミュニケーションによる生活指導上のトラブルが頻発し、その多くに発達障害のある生徒が関わっているため、「友達の個性を理解しよう」というテーマで、全校生徒対象に外部講師を招いて講演会を実施した(平成22年11月)。

イ 成果と課題
 生徒の感想文から、いろいろな個性や特性があることを知り、相手を思いやる気持ちが徐々に芽生えてきたことは大きな収穫だった。ただし今回は「障害」という言葉が独り歩きしないように慎重に扱うべき、との意見が出たため、「発達障害」という言葉を使わないように配慮して講演した。今後も、発達等の偏りは誰にでもあることを周囲の大人も含めて理解啓発をしていく必要がある。

(5)教職員や保護者の研修等

ア 研修会開催の回数・時期・研修内容等

時期 研修内容・講師
平成21年
4月
説明会 PTA役員総会にて、「高等学校における発達障害支援モデル事業」と特別支援教育について説明
講師:本校特別支援教育コーディネーター 主任教諭
7月 講演会 「発達障害のある生徒の理解と対応~具体的事例を交えて~」
講師:国立特別支援教育総合研究所
発達障害教育情報センター総括研究員
9月 校内研修 「発達障害のある生徒に対する学習指導上の現状と課題について」
11月 講演会 「巡回相談にかかったケースの報告」
講師:本校巡回相談担当 臨床発達心理士 先生
  拡大保護者会・講演会「子供のことわかっていますか
-臨床発達心理士、臨床心理士から見た子供-」
講師:本校スクールカウンセラー 臨床心理士
講師:本校巡回相談担当 臨床発達心理士
12月 講演会 「特別な支援を要する生徒の就労に向けた支援」
講師:社会福祉法人トポスの会  就労支援施設ウィズユー施設長
講師:あだち若者サポートステーション運営責任者
平成22年
3月
講演会 「授業における支援の工夫」
―実践報告を通しての検証(美術科、英語科)-
講師:本校巡回相談担当 臨床発達心理士
今年度中間報告会
7月 講演会 「支援を要する生徒と関係諸機関の活用」
講師:ハローワーク足立 専門援助第二部門 就職支援ナビゲーター
ひきこもりセーフティーネットあだち
9月 講演会 「社会適応に不器用さをかかえる高校生への支援」
講師:前 三重県宮川医療少年院院長 特別支援教育ネット代表
11月 生徒向け講演会「個性を理解しよう」
講師:社会福祉法人  就労支援施設「ウィズユー」施設長

イ 成果と課題

(ア)成果

  1. 教員の特別支援教育に対する意識の変化
     1学期から教員のアンケート形式による生徒の実態把握を行い、教員間で情報の共有を行った。また成績や授業態度に問題のない生徒がどのような困り感を持って巡回相談に来たのか、どこに原因やつまずきがあるのか臨床発達心理士に詳しく説明してもらったことで教員の発達障害に対する理解を深めることができた。
     教員アンケートを集計したところ、多くの教員から勉強になった、もっと詳しく知りたい、というような感想があった。以前は、特別な支援が必要な生徒に対して厳しい意見もあったが、研修を進める中で前向きな捉え方の感想が多くなった。以下は感想の一部である。
    • 発達障害に関する基礎知識が勉強になった。
      「特別支援教育は全都立高校で実施しているそうですが、どの高校にもLDやADHD、アスペルガーの生徒が存在することは確かで、我々は、その対応のためにも研修しておくべきことであると痛感しました。次回は色々な発達障害についての支援方法などを教えていただけるとありがたいと思います。」
    • 生徒の問題行動の原因は発達障害なのか、それとも他の原因があるのか。
       「環境要因等による不登校などの問題行動については、どう対処したらよいか分かりません。現在の教育の中で、目標や支援方法等が教員の思い込みなどが原因で不適切なものになってはならないと思います。不登校、引きこもり、自傷行為、摂食障害、精神障害等についての原因や具体的な支援方法について研修したいと考えています。」
  2. 特別支援教育に関する保護者の関心の高まり
     保護者向けの拡大保護者会では、研修の後半で保護者同士のグループワークを行ったことで、保護者同士で悩みなどの情報共有ができたことがとても好評だった。
(6)その他の支援に関する工夫

 就労支援機関のみならず、生徒の生活、心理面等をサポートしてくれる関係諸機関との連携が重要であり、様々な場所に訪問してネットワークを構築してきた。

  1. 「ひきこもりセーフティネットあだち」との連携
     人との関わりが十分にもてず、社会にうまく適応できない、自立できない若者の増加に対して支援をするために、足立区産業経済部就労支援課は都の委託を受けて「セーフティネットモデル事業」として活動している。本校にも卒業後、離退職を繰り返し、約2年間家庭に引きこもり状態となった生徒がいるが、卒業後の生徒に対して学校が支援を行うことは難しいのが現状である。そのため、「ひきこもりセーフティネットあだち」のスタッフと連携し、一般就労につなげるための支援を進めている。「セーフティネット」とは教育、福祉、保健、行政や地域団体等からなるネットワークである。
     また就労支援課が主催している学校部会と作業部会に定期的に参加している。学校部会は、学校不適応を起こし、中退してしまうような生徒に対しどのような支援ができるのか、就労支援課と近隣の高等学校等で情報交換を行っている。作業部会は、様々な理由から社会とのつながりが希薄になった者への支援としてどのような予防・支援体制ができるか教育相談センター、保健総合センター、青少年自立援助センター、福祉事務所等で情報交換を行っている。
  2. 「あだち若者サポートステーション」との連携
     足立区では、積極的な若者就労支援事業を展開するために、「あだち若者サポートステーション」を3年前から立ち上げている。本校において就職が決まらないまま卒業してしまった生徒に対して、あだち若者サポートステーションが展開する「あだち仕事道場」につなぎ、一般就労に向けた訓練に参加している。
  3. 「思春期ネットワーク連絡会」での情報交換
     精神保健福祉の面から医療的支援を行う会である。足立区の東和保健センターの呼びかけで会を発足し、近隣の小・中学校と本校が世話人となり、年3回研修会等を実施している。地域の小・中・高等学校に加えて保健師、児童相談所、福祉事務所、民生委員、区教育相談センター、精神科医師等との情報交換を積極的に行っている。
  4. 「足立区教育委員会」との連携(中学校から高等学校への情報の引継ぎ)
     発達障害を含む特別な支援を必要とする生徒の情報について、入学段階の資料では、把握できない現状がある。これまでに、中学校から個別の教育支援計画が引き継がれた例はない。そのため、入学後に学習面や生活面において様々なトラブルやつまずきを抱え、不登校や進路変更等になるケースがある。入学前に、特別な支援が必要な生徒の情報を把握することで、クラス編制及び習熟度別クラス編制の資料として活用することができると考える。
     そこで、足立区教育委員会に呼びかけ、区内の中学校と連携し、高等学校に引き継ぎが必要であると思われる支援や配慮について、その項目・内容を中学校と共通理解するとともに、合格発表後から入学までの期間に保護者の承諾を得て、中学校で作成した個別の教育支援計画や個別指導計画を高等学校で活用することを検討した。
     現在、足立区教育委員会から足立区内9校の都立高等学校に声をかけていただき、中学校の特別支援教育コーディネーター連絡会に高等学校から参加し、連携を深めている。
  5. 「足立東支援マップ」の作成と活用
     校内支援は個別教育支援計画の引き継ぎ、保護者もしくは生徒本人からの教育相談、教職員の気付き等により取り組みが始まる。しかしこの2年間の実情として、中学校から個別の教育支援計画を引き継いだ例はなかった。一方で、入学後に保護者向けの教育相談案内や特別支援教育に関する呼びかけ、もしくは校内でのトラブルの発生等をきっかけとし、保護者の申し出により、医療機関で診断を受けたことや中学校で個別指導計画を作成していたこと等が明らかになったケース、教員の気付きによって支援が開始されるケースも増えてきた。
     発達障害や気になる行動など支援を必要とする生徒を発見した際に、一定の手順や段階を踏む中で教職員全体の理解を得たり、保護者や外部機関との連携を図ったりしながら支援体制を確立していくことが望まれる。そこで研究1年次に進めてきた支援活動をもとに、今年度の研究では本校における「足立東支援マップ」を作成した。

2 研究の方法

(1)特別支援教育総合推進事業運営協議会の設置

 平成20年度より、特別支援教育コーディネーターを指名するとともに、副校長、保健主任、養護教諭、生活指導主任、特別支援教育コーディネーター、教育相談員(各学年1名)からなるエンカレッジ委員会が設立された。エンカレッジ委員会は、エンカレッジスクールの生徒の実態から、発達障害のある生徒を含めて全員の生徒の指導方法など、本校全般における諸課題について検討し、課題解決に向けた方策を立案することを目的としている。この組織を活用・発展させ、本校の「特別支援教育に関する委員会」として位置付けた。エンカレッジ委員会は週1回定例開催で、限られた時間ではあるが、各学年担当が顔を合わせて情報交換を行うようにした。特別支援教育コーディネーターを各学年に配置し、委員会の構成メンバーとすることで、生徒の実態把握や巡回相談、担任との連絡調整などを円滑に行うことができた。
 また、臨床発達心理士等の専門家を交えて拡大エンカレッジ委員会を学期に1回開催し、生徒の実態把握の方法や研究の進め方についてアドバイスを受け実践に役立てた。

ア 構成
 エンカレッジ委員会

NO 職名 NO 職名
1 校長 7 教諭(特別支援コーディネーター)
2 副校長 8 教諭(1年教育相談委員)
3 主幹教諭(教務主任) 9 教諭(2年教育相談委員)
4 主幹教諭(生活主任) 10 教諭(3年教育相談委員)
5 主幹教諭(1学年主任) 11 教諭(保健主任)
6 養護教諭 12 スクールカウンセラー

イ 運営協議会開催回数・検討内容
 委員会は週一回の定期開催で年間40回の開催。検討内容は以下に示す。

(ア)支援が必要と考えられる生徒の実態把握と情報交換及び対応の検討

(イ)巡回相談の調整全般(臨床発達心理士と各学年担当、担任、保護者との連絡調整など)
 保護者及び本人からの相談があった場合に面談を行い、必要に応じてWISC等の検査を行っている。

(ウ)特別支援教育に関する校内研修の企画運営

(エ)医療機関などとの連絡調整
 発達障害のある、あるいは疑われる生徒に対して、地域の関連機関(スクールカウンセラー、巡回相談員、保健センター)との連絡調整を担任と進めている。

(オ)PTA役員との連携
 特別支援教育推進のためには、保護者の理解・協力も不可欠なので、年度当初のPTA役員総会にて、本校の特別支援教育の取り組みについて説明した。保護者への理解啓発をねらいとして、PTA役員とエンカレッジ委員会が講演テーマなどについて複数回会議を行い、PTA役員が主催する保護者向けの講演会を11月に実施することができた。

ウ 特別支援教育コーディネーターの指名や個別の教育支援計画の策定等具体的な方策

(ア)特別支援教育に関する委員会の設置と支援体制
 平成22年度に、エンカレッジ委員会から教育相談委員会へと名称を変更した。組織と定例開催は平成21年度と同じである。本校は平成21年度より、各学年の担任から1名ずつ特別支援教育コーディネーターを指名し、コーディネーターを複数配置している。
 特別な支援が必要と思われる生徒の実態把握、情報交換は教育相談委員会を中心に全教員に周知し、共通理解のもと個別指導の手だてを検討した。発達障害のある生徒、あるいは疑われる生徒に対して、地域の関連機関との連絡調整を特別支援教育コーディネーターが中心となり教育相談委員会で行った。

(イ)個別の教育支援計画の作成等具体的な方策

  1. 個別の教育支援計画
     実態把握の方法や就労支援の進め方、個別の教育支援計画や個別指導計画の作成方法等について特別支援学校等と連携を図り協議した。東京都の様式を参考に本校における個別の教育支援計画の様式を設定した。平成21年度は、ハローワークの就職支援ナビゲーターと連携した事例について個別の教育支援計画を作成した。個別の教育支援計画は学校、生徒本人、支援にかかわる者の共通理解のためのツールとして有効であり、卒業後にも引き継ぎの資料として活用できるものである。
     しかし、現在のところ、中学校で個別の教育支援計画や個別指導計画が作成されていても、それが高校側に引き継ぎがされていない。そのため、保護者対象の研修会や通知などで保護者や生徒に呼びかけ、それに対して申し出があって初めて個別の教育支援計画や個別指導計画が作成されるのが現状である。また、こうした生徒以外にも、発達障害があると思われる生徒もおり、そうした生徒の実態把握を行い、個別の教育支援計画や個別指導計画の作成と活用が課題である。
  2. 個別指導計画のPDCAサイクル
     本校用の様式を作成し、学習、生活、進路の面で支援の指導目標、手立て、評価を記入し、活用した。
    • Plan(計画):本人、保護者から申し出による相談→臨床発達心理士からのフィードバック→個別指導計画の作成
       この際、臨床発達心理士から見た生徒の特性など、欠かせない情報が得られたことが、とても有効であった。
    • Do(実施・実行):個別指導計画に基づいたクラス担任、教科担任の指導
    • Check(点検・評価):臨床発達心理士、特別支援教育コーディネーター、クラス担任、教科担任からのフィードバック
    • Action(処置・改善):臨床発達心理士のアドバイス→新たな個別指導計画の作成

エ 成果と課題
 特別支援教育コーディネーターを各学年に配置したことによるメリット
 今年度1人から4人にコーディネーター数が増えたことで生徒の実態把握や巡回相談、担任との連絡調整など業務の負担が減り、またチームで行うことで心理的な負担が減った。具体的には、
(ア)学年担当のコーディネーターが中心となり、学年会で生徒の実態把握を行ったり、特別支援教育の推進等について学年の意見をエンカレッジ委員会にスムーズに吸い上げることがきて、教員全体で様々な課題及び情報を共有しながら取り組むことができた。
(イ)巡回相談の調整(臨床発達心理士、担任、保護者との連絡調整)及びその後の支援体制等を学年担当のコーディネーターが中心となって進めることで、昨年度に比べて特別支援教育コーディネーターの負担が軽減された。
(ウ)教員の理解啓発や校内支援体制等、様々な課題等にチームで取り組むことで物理作業時間だけでなく、心理的な負担も減った。

(2)専門家の活用

ア 構成

NO 所属・職名 備考
1 臨床発達心理士会 本校アドバイザー 臨床発達心理士
2 本校 巡回相談員 臨床発達心理士
3 就労支援施設「ウィズユー」施設長  
4 ハローワーク足立 専門援助第二部門 統括職業指導官

イ 専門家の活用状況
 この2年間で臨床発達心理士による巡回相談にかかった件数は約20ケースだった。研究1年次の実績もあり、特に研究2年次は年度の早い時期から特別支援に関する教育相談が相次いだ。また、昨年度の課題であった発達障害等に関する進路についても、比較的早い段階での相談が増えている。

ウ 成果と課題
 専門家による心理発達検査等により、「発達の特性」等、専門的観点から丁寧にフィードバックが行われ、どこにつまずきの原因があるのか、生徒の特性や課題が明らかになり、個別指導計画を作成する上で必要な基礎情報を得ることができた。その結果、卒業後に向けて具体的な支援体制を生徒及び保護者と確認できることで、生徒は安心して登校することができ、保護者も安心して登校させることができるようになった。

(3)関係機関との連携

ア 他の高等学校や技能教育施設、特別支援学校との連携
 東京都立葛飾特別支援学校をはじめ、近隣の特別支援学校等から、実態把握の方法や、就労支援の進め方、個別の教育支援計画や個別指導計画の作成方法等について幅広くアドバイスを受けながら進めている。他の全日制普通科高等学校との連携は今後の課題である。

イ 発達障害者支援センターやハローワーク等関係機関との連携

(ア)ハローワーク足立との連携
 学卒窓口のジョブサポーターと障害者部門の就職支援ナビゲーターに就労面接練習のために今年度本校に2回、また個別相談に1回来校していただくなど、一般就労に向けて課題のある生徒について情報を共有し、生徒の支援体制について検討を重ねた。
 来年度はジョブサポーター及び就職支援ナビゲーターによる保護者向け説明会を入学初期に行うことで、保護者にも卒業後の就職に関心をもってもらうなどハローワークとの連携をさらに強化していく。

(イ)保健センターとの連携
 東和保健センターと近隣の小・中学校及び本校で企画する「思春期ネットワーク連絡会」を昨年度より年間3回開催している。主に思春期に多い精神疾患を中心とした支援を要する生徒へ支援体制について情報交換し、支援体制の検討を重ねた。
 これにより、思春期ネットワーク連絡会で知り合えた精神科医に生徒の相談に繋ぐことができた。また、その他児童相談所や子ども家庭支援センター、民生委員等との連携が密になるなど、幅広いネットワークを構築することができた。

(ウ)「ひきこもりセーフティネットあだち」との連携
 本校を卒業後、離退職を繰り返し、その後家庭にひきこもりがちとなった生徒の支援について、足立区産業経済部就労支援課が担当しているひきこもりセーフティネット事業のスタッフと連携し、一般就労に繋げるための支援を進めている。
 卒業時に就職を決めることができなかった生徒に対して、足立区産業経済部就労支援課が担当している「あだち仕事道場」に繋げて、一般就労に向けて1年間を目安として就労トレーニングを行っている。

ウ 地域の教育施設や人材等の活用
 区教育委員会と連携した中学校からの情報の引継ぎ
 発達障害を含む特別な支援を必要とする生徒の情報について、本校の入学段階の情報ではほとんど把握できていない現状がある。そのため、入学後に様々なトラブルやつまずきを抱えて、不登校、自主退学や進路変更等になるケースが見られる。
 入学前に学校生活でつまずきが予想される生徒を事前に把握し、必要と思われる支援や配慮について中学校から高等学校に情報が引き継がれ、生徒が入学当初より安心して充実した学校生活が送れるようにする方策について、現在、足立区・葛飾区の教育委員会担当者と連携して行っている。本校には足立区から約50%、葛飾区から約30%の生徒が在籍している。

エ 成果と課題
 発達障害が疑われる生徒を関係機関につなぐ必要が、いつ、どのような形で発生するかを予測することは、生徒一人一人の特性が異なることを考慮すると困難である。従って、可能な限りの質と量のパイプを作っておく必要がある。実際、医療機関につなぐことができたケースもあり、関係機関との連携は広くとっておくことが重要である。

3 今後の我が国における発達障害のある生徒の支援の在り方についての提案等

1 特別支援学校(知的障害)高等部の特別支援教育コーディネーターの活用

【理由】

 発達障害など特別な支援を必要とする生徒への学習指導、生活指導、進路指導面においての経験が豊富であり、具体的な支援につながる。

【提案】
  • 高等学校に巡回相談員として派遣し、生徒相談や教員の相談業務に携わる。
  • 都立高校ではカウンセラーの配置を希望している学校は多い。特別支援教育の視点での相談について、週1回都立高校への派遣など、具体的支援を行う。

2 様々な成功事例について全国の高等学校で情報を共有できるような組織の立ち上げ

【理由】

 生徒や保護者だけでなく、それを指導する教員の経験が少ないため、発達障害など特別な支援を必要とする生徒の気付きから具体的な支援の在り方、さらにその生徒の特性に合った進路選択や進路指導等について、具体的な支援の在り方についてイメージが持てない。

【提案】
  • 望ましい支援の事例等や工夫している実践などの情報を共有できるようなホームページを作る。また全国コーディネーター研究会や各研究会などで紹介してもらう。
  • 高等学校の特別支援教育コーディネーターが情報交換できる全国レベルの研究会
    (都道府県の枠を超えた組織)を立ち上げる。

3 高等学校と特別支援学校の人事交流

【理由】

 高等学校において特別支援教育をより推進させていくためには、特別支援学校(知的障害)で経験豊富な教員の存在は重要である。実際に現在高等学校での特別支援教育コーディネーターで過去に特別支援学校(知的障害)を経験している教員は少なくない。

【提案】
  • 教員や管理職の人事交流をより積極的に行なう。今ある人材を有効に活用する。

4 その他特記事項(エピソードを含む)

“高等学校における特別支援教育推進のために成功事例の積み重ねが求められている”
 高等学校において特別支援教育を推進させていくためには、教員一人一人が学習指導、生活指導、進路指導上で発達障害など特別な支援を必要とする生徒に対して、特別支援教育の視点を持っていかに携われるかである。本校には様々な課題や問題を抱えた生徒が在籍しているが、発達障害に関する知識や理解を深めることにより、発達障害のある生徒に対する積極的で肯定的な理解と本人の特性に合った教育環境を整えることが重要と考える。
 しかし、これまで経験したことがない教員には、例え気付いてもどのような指導が望ましいかイメージがわかなく、具体的な支援になかなかつながらないのが現状である。
 学習指導、生活指導、進路指導において、うまくいったケースや工夫したこと等について、成功事例を一つ一つ積み重ねていくことが求められていると考える。

5 総括

 本校でのこれまでの取組は、「支援が必要な生徒への理解や気付き」、「具体的な支援」、「外部機関との連携、つなぎ」の3つの柱に分けられる。
 「気づく・支援する・つなげる」実践について様々なことに取り組んできたが、校内支援体制をはじめ、就労に向けたハローワークや専門機関との連携・地域との連携など、学校以外の機関と構築できてきたことは大きな成果である。
 また教員間で特別支援教育に対する理解が徐々に浸透してきたことも大きな成果である。
 教員の発達障害への理解はもちろん、“気付き”が生まれないと具体的な支援は始まらない。全ては発達障害に対する理解から始まると考えられる。本人と保護者の困り感と支援への希望を大切にし、教員全体で問題を共有しながら一歩一歩前進していきたい。

6 モデル校の概要

1 学級数と生徒数(平成22年5月現在)

課程 学科 第1学年 第2学年 第3学年 合計
学級数 生徒数 学級数 生徒数 学級数 生徒数 学級数 生徒数
全日制 普通科 5 200 5 177 5 171 15 548

2 教職員数(平成22年5月現在)

校長 副校長 主幹教諭 教諭 養護教諭 非常勤教諭 非常勤講師 実習助手 ALT 事務職員 司書 一般技能 市民講師 スクールカウンセラー
1 2 4 39 1 4 16 1 2 4 1 2 14 1 92

お問合せ先

初等中等教育局特別支援教育課

(初等中等教育局特別支援教育課)

-- 登録:平成24年10月 --