共生社会を目指した障害者理解の推進 (特別支援教育研究協力校)中間報告書

都道府県名 奈良県
指定校名 奈良教育大学附属小学校

1 研究のねらい

 障害のある人と障害のない人が共に生きることができる社会「共生社会」を目指すためには、障害のない人の障害や障害者理解を欠かすことはできない。
 特別支援学級が設置され、通常の学級に少なくない発達障害の子どもが在籍する本校の状況を踏まえ、次のような研究のねらいや課題を設定する。

  • 障害のない児童に、障害・障害児理解を進めるためのカリキュラム作りを行う。
  • 障害・障害児理解の学習内容には科学性が必要であり、そのためのすぐれた教材開発が課題となる。
  • 指導方法の科学性も必要となる。障害のない児童の発達段階を踏まえた指導方法を課題としたい。

2 研究内容

  • 特別支援学級の児童と通常の学級の児童との触れ合い(通常の学級の1年、2年、4年生を中心にして行う交流行事、合同遊び)を基礎に障害・障害児理解をしていくための内容・教材作りを行う。
  • 通常の学級に在籍する発達障害児への理解教育について、事例を通して、授業内容や方法を確立していく。
  • 上記の2つの実践検討を通して、障害・障害児理解のトータルなカリキュラムを作成する。

3 評価の方法

  • 公開研究会で、成果を公表し、他校の実践者や研究者の検討を受ける。
  • 本校の学校評議員会や国立大学法人(設置者)の評価を受ける。
  • 2年度の終わりには、成果と課題を冊子にまとめ、広く公表する。

4 研究経過

 各課題で、実践を行い、それをもとにまとめを行いながら、研究の成果と課題を討議し、明らかにしてきた。その上で、次の実践を行う。

(1) 特別支援学級の児童と通常の学級の児童との交流及び共同学習と理解教育

1 実践としては、以下のことを行った。

  • 6月 1年生の学校探検として、特別支援学級を訪問し、自己紹介をする
  • 7月 4年3組との交流及び共同学習と理解教育の実践
  • 12月 4年2組との交流及び共同学習と理解教育の実践
  • 1月 4年1組との交流及び共同学習と理解教育の実践
  • 2月 2年生と遊ぶ会と理解教育の実践

2 研究討議としては、以下のことを行った。

  • 4月 今年度の交流及び共同学習や理解教育のねらいや予定を確認する。
  • 9月〜10月 教育研究会の発表に向けて検討を行う。
  • 1月 4年生との交流及び共同学習と理解教育の内容について検討を行う。
  • 2月 2年生との交流及び共同学習と理解教育の内容について検討を行う。
  • 3月 今年度のまとめと来年度の課題を明らかにする。

(2) 通常の学級に在籍する発達障害児の理解

1 通級指導に関する取組

 通級指導教室ができて3年目を迎え、本年度は3学級から5名の児童が通級している。うち3名は今年度からの本格的な通級であり、通級に当たって、他の児童に説明が必要だった。子どもの発達段階に合わせてどのような指導をすれば良いのか、どのような考え方で進めることが大事なのかを考えた。また、どんな時に理解が進むのかを、子どもたちの姿から見つけようとした。

a 2年1組での取組

 通級対象児童
A(男児)1年時から対応 週6時間通級
集団参加、感情コントロール、コミュニケーションの困難さ
B(男児)2年1学期から週6時間通級
集団参加、感情コントロール、コミュニケーションの困難さ
C(男児)2年1学期から週6時間通級
集団参加、感情・声のコントロールの困難さ、衝動性、不注意

上記3人の児童が通級指導教室に通級するに際して、担任から周りの児童に以下のような話をして理解を促してきた。

  • 学校には様々な教室があり、力を付ける場所は学級教室だけではない。
  • 3人は学習をしたいと思っているが、今はクラスのみんなと一緒に学習するのが難しい場面が多い。
  • 学習室(通級指導教室の通称)で少人数学習をすることで力を伸ばす方法もある。
  • 学級担任、保護者、本人、通級指導担当教員が話し合って、通級を決定した。
  • 学習室で通級担当教員の指導によってクラスと同じ内容の学習を行う。

 また、日常的には以下のことに留意してきた。

  • けんかなどの具体的場面において本人の特性に触れたり、思いを代弁したりする。
  • 通級の時間割を本人にもクラスにも示し、通級している目的を理解しやすいようにする。
  • 授業への参加の方法を柔軟に考え、力を発揮できる場面を増やす。
b 5年1組での取組

 通級対象児童
D(男児)4年時から対応 週8時間通級
集団学習への参加困難 自己肯定感低下

 昨年度は週に1回通級していた児童について、今年度は学習面・生活面において自己肯定感を高める目的で日に1時間〜2時間の通級指導を行っている。

 今年度、新しいクラスになって進めたことは、通級対象になっている子どもの発達的課題の理解ではなく、その児童理解を進めるということである。特別視するのではなく、配慮しつつ特別視しない日々の生活の中で理解の契機を生み出そうとした。担任がこの児童のことについて学級に伝えていることは以下のことである。

  • D君はみんなと違うところがある。違うことをする時がある。
  • 同じことをしていてもその理由がみんなと違っている時がある。

日常的に配慮したのは以下のことである。

  • 担任からの語り(言葉)や学級通信(本人の日記や自学)で、通級指導教室に行く目的や学習内容を知らせる。
  • 廊下から授業を聞くこと、教室内の席以外の場所で学習することなどを柔軟に認める。
  • 学級での授業で挙手したら必ずあて、学びへの意欲を仲間に知らせる。
  • ねらいに向かう姿勢がおざなりになった時は、皆の前でも厳しく叱る。
  • 学習はもちろん、学級の仕事(係活動・給食・そうじなど)や全校行事(体育大会・音楽会など)においても、本人らしい参加の努力を要求し続ける。
c 5年2組での取組

 通級対象児童
E(男児)入学前にアスペルガー症候群と診断
感覚過敏などの理由で学級教室に長時間いづらい状況である。

 今年度転勤してきた担任は、これまでの4年間の生活で周りの児童が理解してきたことを探ることから始めた。年度初め、担任が本人のことを詳しく知っている周りの児童に尋ねて確認したところ、本人のつらさをある程度理解していることが分かったので、さらに特別な説明を加えるようなことはしてきていない。
 教室にいない時間が多い児童の存在を忘れることがないように、担任が日常的に配慮していることは以下のことである。

  • 席替えや特別活動のグループ編成などには、本人の参加不参加に関わらず必ず最初から入れる。
  • 本人が興味を持ちやすい物事を学級教室で経験できるような学級活動をする。
  • 学級教室での楽しい体験を本人が何度も思い出しながら記憶して自己評価を高めていけるよう、仲間も体験を視覚的に共有できるよう、本人を含めた学級での活動の様子を写真に記録する。

2 発達障害理解を進める教員研修

 通常の学級に在籍する様々なニーズのある児童の理解を深める研修を行った。
 低・中・高学年の部会単位で、一人ずつの児童についての報告をもとに、本人への支援の在り方、成長や変化、周りの児童との関係作り、保護者との連携などについて意見交流をした。大学教育実践開発講座・特別支援教育研究センター兼任教授に助言者として参加を依頼し、個別の問題を一般化し、児童理解を深めた。次のように実施した。

07年度 SNE研(1)<中学年部会>
2008年2月15(金曜)16時〜
報告者:平嶋(10クラス担任)
話題にする児童:MK(男 10クラス)
助言者:玉村先生(大学・障害児教育)
進行・記録:SNE委員会(進行/小野 記録/横田)

07年度 SNE研修(2)<低学年部会>
2008年2月19(火曜)16時〜
報告者:小畑(6クラス担任)
話題にする児童:TK(女 6クラス)
助言者:越野先生(大学・障害児教育)
進行・記録:SNE委員会(進行/吉川 記録/入澤)

07年度 SNE研修(3)<高学年部会>
2008年2月19(火曜)15時45分〜
報告者:森本(18クラス担任)
話題にする児童:TM(女 18クラス)
助言者:越野先生(大学・障害児教育)
進行・記録:SNE委員会・高学年部(進行/横田 記録/林)

(3) カリキュラム作り

 特別支援学級と通常の学級との交流及び共同学習と特別支援学級在籍の児童の障害理解教育の実践を記録してきた。
 通常の学級での発達障害に対する理解教育については、学年の発達段階に応じた内容、また適切な時期や回数を検討していく予定だった。しかしながら実際には在籍している児童の状況によって変わってくることが多く、一律に設定しにくい側面もある。今年度は、一般的な障害理解ではなく、通級対象の児童が在籍する学級における、対象児童理解の取組の時期や内容を記録した。

(4) 教育研究会における発表

 「みんなの学校〜教えと学びの公共性を求めて〜」というテーマで取り組んだ教育研究会(2007年11月17日)で、「通常の学級にいる特別なニーズをもつ子の教育」分科会を設けた。学力を考える分科会の1つとしてもち、「通級指導教室と通常の学級との連携の中で、子どもの多様な学びを生み出す」という提案をした。
 校内委員会や通級指導教室の取組を中心とした本校のこれまでの特別支援教育研究の概要を述べた後、今年度通級している5年男児((2)1−b D児)の学力の保障や周りの児童とのつながりについて提案し、参会者の質問を受け、意見交換をした。発達障害についての理解教育の必要性と難しさが出された。

5 成果と課題

(1) 特別支援学級の児童と通常の学級の児童との交流及び共同学習と理解教育

 これまでの本校実践の到達と今年度の実践を踏まえ、1年生、2年生、4年生との理解教育のねらいと活動を明らかにした。
(1年)ねらい・・特別支援学級の児童と通常の学級の児童が、互いに知り合い、名前を覚え合うことをねらう。
活動・・・1年生の学校探検の中に、特別支援学級訪問を組み込む。特別支援学級の授業の様子も知り、自己紹介をする。
(2年)ねらい・・特別支援学級の児童の学習や生活の様子など具体的に知ることをねらいとする。
活動・・・休み時間に一緒に遊ぶなどの活動を行うとともに、特別支援学級の担任が2年生に特別支援学級の子どもの話をする。
(4年)ねらい・・発達や障害について、正しく理解するための糸口にすることをねらう。
活動・・・2〜3週間かけて、実行委員会を作り交流及び共同学習を行う。発達・障害理解の授業を行う。
また、4年生の障害理解の授業としては、次のような内容で行っている。

1.特別支援学級の子どもたちについて
2.障害とは、どんな障害があるか・・肢体・聴覚・視覚などの障害
3.障害はなぜ起こるのか・・事故や病気、戦争のこと
4.発達について
(1)発達するとはどういうことか
(2)発達の道筋・・障害があるなしに関わらず共通
5.特別支援学級の子どもたちの具体的な姿
6.人間としての価値の共通性

 研究の積み重ねの中で、障害・障害児理解の実践内容が明らかになってきているが、以下のような課題も見えてきた。

  • 遊びや交流及び共同学習だけでなく、障害・障害者理解の教育(授業)が必要であり、当初この研究で予定していた通り、児童が身近に考えられる教材作りが課題となる。
  • 1〜6年まで障害・障害理解のカリキュラムについても、大きな枠組みができたにすぎない。来年度に向けて、具体的なものとして作り出していくことが課題となる。
  • 他校の教員や研究者との共通の課題での実践に基づく討議も一層必要となろう。

(2) 通常の学級に在籍する発達障害児の理解

通級指導に関する取組

2年1組での取組

 通級指導を始めてから、3人が教室を出て行くことや教室で集中しづらいことが減った。また、通級指導教室で学習したプリントや作品を学級に持ち帰ることで、学習に向かえるようになったことが他児童にも伝わるようになった。
 「3人が何らかの困難を抱え、違う教室での学習を必要としている」という程度の理解はできつつある。3人はまだマイペースで集団参加の難しさは目立つが、3学期には、周りの児童が自分たちと比べるのではなく以前の3人と比較して「一生懸命音楽会の練習をしていた」、「途中で教室を出たけど、それまでは今までよりもがんばって勉強していた」と評価する声が聞かれた。
 今後視野を広げていく中学年の時期に、周りの児童との違いが今以上に明確になることが予想される。3人の困難さを具体的な場面でその都度知らせることに加え、困難さ以外の面について共有できる機会作りなど、仲間とのつながりをどう作っていくかが課題となる。

5年1組での取組

 通級指導教室での学習内容や目的を知ったことで、学級の仲間がD本人の学習への不安や戸惑いに気づきやすくなったことがうかがえた。授業が始まった教室に入れずに廊下にいると自然に声をかけて迎え入れる児童が必ずおり、その数は増えていった。Dは仲間とのつながりを広げ、そのことは学級での活動に参加できる機会を増やす支えとなった。学級担任と通級指導教室担当の記録の中からいくつかの例を以下に示す。

音楽のテストができないかもしれないという不安から音楽室に入れない時、S君が出てきた。「D君どうしたん?」テストができないかもしれないから心配してるのだと言うと「俺もぜんぜん分からん(けど気にしていないぞ、ということだろう)。がんばれ!」と言っていきなりD君をひきずって音楽室に入っていった。D君は全く抵抗せず笑顔のままひきずられて入ってしまう。一緒に出て来たY君も「僕はいつもけっこう高得点だけど…」と言いながらも「がんばれ?」とついて走った。
12月の学級行事(学級委員主催。皆で楽しく遊ぶことと2学期を振り返ることがねらい)で一人一人が2学期の思い出を語る時、D君は体育大会での委員の仕事について述べ、語り終えた時のD君の表情はとても不安そうだった。(どんなことを言えばよかったのか)、(こんなことでもよかったのか)、といった表情だった。その言葉に対して、仲間からの拍手がやまなかった。クラスの仲間の一人としてのD君を励まそうとする気持ちが強く感じられた。D君は、自分がクラスの一員であることを実感したと思う。
5年2組での取組

 1学期末から、通級対象だった児童が登校しにくくなった。2学期以降、数回の登校をしたが、実際に学級の児童と顔を合わせることがないまま年度を終えようとしている。しかし、学級では自然に本人のことが話題になる状態が保たれている。登校を待ったり現状を心配したりする言動も聞かれているのは、日常の指導の成果といえよう。
 個々の児童への理解はこれまでの経験の中で自然に培われてきた部分もある。
思春期を迎える中で中学校に進学して人間関係を広げていく時期に当たり、今後は、発達障害への理解はもちろん、それを含めた他者理解の力の基礎を付けておきたい。同時にそれは思春期で様々な悩みを抱えていくであろう自分自身を見つめる力でもある。本人たちを含めて互いの理解が深められるような取組を考えたい。

2 発達障害理解を進める教員研修

 実際の子どもの姿をめぐって少人数で具体的な論議をし、専門家のアドバイスを聞くことができた研修で、互いの児童理解を深められたという総括をした。今年度は、一年(ないし二年)間の児童を振り返って報告し、次年度に引き継ぐ資料作りに生かせるよう3学期後半に実施した。年度初めに学年部会で知り合い、指導の方針をもつことを目的に年度初めに実施することも有意だろう。教員の児童理解を深めることが理解教育の充実につながるので、時期や回数を考えながら、さらに充実する形で継続していきたい。

(3) カリキュラム作り

 当初計画していたカリキュラム試案作りには至っていないが、今年度の取組の中には、カリキュラムとして一般化して示せるものもある。昨年度までの実践も振り返りながら、(1)(2)の研究について内容や時期を総括し、改善しながら、学校全体の障害者理解(特別支援学級在籍児童・障害理解、通常の学級在籍児童・発達障害理解とも)のカリキュラム作りをし、継続していくことが課題である。ただし、形式的になって、児童の本音が見えない、また理論を押し付けるような結果にならないように十分留意したい。

(4) 教育研究会における発表

 特別支援教育が始まった今年度は、各校が情報交換をする意図もあり、通級指導についてのおおまかな報告と提案をした。それぞれ様々な環境の中で試行錯誤している実態が見え、悩みを共有できた利点があった。また、周りの児童の障害理解、当該児童を含めた学級作りなどの意見が多く、それが課題であると確認できた。
 本校の取組を掘り下げて考えるためにも、児童の姿や対応について具体的な事例にしぼった提案をしていきたい。その際、通常の学級と通級指導教室との連携の在り方についても考えながら、学校全体の障害理解教育を進める視点でのぞみたい。

6 今後の展望

 本研究のねらいを再度確認し、今年度不十分だったことを改善しながら進める。障害児学級との交流及び共同学習・障害理解、主に発達障害についての通常の学級での理解教育、保護者への啓発も含めてカリキュラム作りを進めていきたい。これまでの本校の特別支援教育をまとめ、今後の在り方を考える機会としたい。

お問合せ先

初等中等教育局特別支援教育課

(初等中等教育局特別支援教育課)

-- 登録:平成21年以前 --