第4章においては、サービス科学・工学の推進に必要な施策を整理した。ここでは特に、サービス科学・工学の推進に必要な基盤形成と研究システムについて述べる。
サービスイノベーションに関しては、これまでも個々の研究者やサービス提供者により個別の取り組みがなされているところではあるが、各サービスに限定的な事例がほとんどである。
また、サービスイノベーションの鍵を握るサービス利用者の問題意識やアイディアが、サービス提供者や研究者に十分届いていない状況にあり、さらに、サービスに科学的・工学的手法を導入することによる効用が社会において十分に認識されていない。加えて、研究者自身も数学等の基礎科学の成果やICT等の活用が、サービスの観点から社会における課題達成にも資することを理解しつつも、実際の取り組みにつながっていないのが現状である。
さらに、サービスの研究に必要なデータは、ICT等の発展によりサービス提供者により取得できる環境になってはいるが、集積されたデータがサービスイノベーションのために十分に利用されていない現状にある。
こうした現状を踏まえると、サービス科学・工学の推進に当たっては、まず、ワークショップ等を活用し、サービスに関わる様々な関係者が互いに議論し、情報を交換すること等を通じて、サービス科学・工学に関する共通認識を持つとともに、具体的な取り組みにつながる課題設定等を行うことが不可欠である。
これらに重点的に取り組むことを通じて、サービス科学・工学の推進に関して継続的に関与し、さらには研究を行うために必要となる基盤的な人的ネットワークを形成することが重要であり、これを支援するための施策が求められる。
具体的には、以下のようなものが考えられる。
サービス科学・工学の実践においては、これまでに示されたように、まず、社会における様々な関係者のサービスに関する概念の明確化や共通認識の醸成、社会における課題の抽出・整理等を行い、多様な関係者の人的ネットワークを形成することが不可欠である。
その上で、関係者が協働し、経済的・社会的価値の高いサービスを効果的・効率的に創出し、同時に科学的な価値を創出するような研究を推進していく仕組みが必要である。
このような仕組みを実現するため、サービス科学・工学に関する研究内容の設定から研究プロジェクトの選定、研究資金の配分等までを行う研究システムを構築することが求められる。
具体的には、以下のような内容とすることが考えられる。
研究プロジェクトの達成を通じ、経済的・社会的・科学的な価値を創出するため、対象となる研究プロジェクトの条件としては、
などが考えられる。
なお、研究プロジェクトは、研究機関、企業、公共機関、NPOなどの社会の様々な関係者の密接な連携の下取り組むべきものであり、内容に応じ、その実施主体は、必ずしも研究機関に限る必要はないものと考えられる。
研究プロジェクトの実施に当たっては、「研究室内の理論的研鑽」に留まることのないよう、関係者の協働の下、研究途上のモデルを実際の現場に適用し、その成果の確認を通じたモデルの精緻化を可能にする内容であることが必要である。
想定される研究プロジェクトの例としては、医療、防災、運輸、流通、観光、金融等に関連するもの、また、サービスに関する基礎的・共通的な問題(注1)などが考えられるが、社会の課題は、特定の分野に限定されず横断的なものとして取り上げられることが想定される。したがって、ここではあえて分野等を限定せず、ICT、数学等の基礎科学や新たな技術等、あるいは既存の方法論のサービスへの適用等を用いた多様な実践方法により取り組むべき社会の課題を、適切に選定していくことが望ましい。
研究すべき内容の抽出、研究プロジェクト等の採択の手順としては、
等、公に開かれた場において、社会の関係者が対話等を行うことにより、サービス科学・工学の推進に関する人的ネットワークを活用しつつ、社会の課題を適時・的確に捉える手順であることが重要である。
研究システム全体の企画運営にあたる責任者を設置する。
責任者は、個々の研究プロジェクトの着実な実施はもとより、社会における重要な課題について幅広く研究プロジェクトとして実施するとともに、サービス科学・工学を支える主要な要素技術を適切に整備することが可能となるよう、研究システムにおいて行われる研究全体を常に俯瞰しながらマネジメントを行う。また、研究プロジェクトが横断的に相互に作用しながら研究を推進できる体制を整備・維持する役割を担う。
研究プロジェクトの企画運営に関することなどについて、責任者に対して専門的な事項を含め幅広い視点から助言を行い補佐するアドバイザーを設置する。さらに、必要に応じて、各要素技術に関して専門的な助言を行うアドバイザーを研究プロジェクトごとあるいは研究プロジェクト横断的に設置する。
一つのプロジェクトについては、おおむね3年から5年程度の研究期間が望ましいと考えられるが、我が国や世界におけるサービスの動向等を踏まえつつ、事前評価及び中間評価を適切に実施し、研究の方向、研究期間、予算配分等を適切かつ柔軟に変更することが適切である。
研究プロジェクトの採択や中間評価の実施に当たっては、サービス科学・工学が新たな取り組みであることを踏まえ、評価方法については、研究プロジェクトの質を高めることに主眼を置いた相応しいあり方を採用することが求められる。
例えば、中間評価であれば、専門家によるピアレビューと投資効果の評価の組合せによる方法や、たとえ目標とした結果が得られなかった場合であっても、高い目標に挑戦したことやその研究からの学習成果に関して評価を行う方法等を取り入れることが考えられる。