持続発展教育(ESD)の普及促進のためのユネスコ・スクール活用について提言

平成20年2月
日本ユネスコ国内委員会 教育小委員会
持続発展教育(ESD)の普及促進のためのユネスコ・スクール活用に関する検討会


 本検討会は、「持続可能な開発のための教育」の学校現場への普及促進を図ることを目的に、そのためにはユネスコ協同学校のネットワークを活用することがひとつの有効な手段となりうるとの観点から、その具体的な方法について審議し、以下のとおり提言をとりまとめた。

問題の背景

1.「持続可能な開発のための教育(ESD)」と日本の課題

 「持続可能な開発のための教育(ESD:Education for Sustainable Development)」とは、国連「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」報告書『我ら共通の未来(Our Common Future)』(1987年)による「持続可能な開発」の定義を受け、「将来の世代が自らのニーズを充足する能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような開発を可能する教育」と解することができる。
 「持続可能な開発のための教育」を国際的な立場から推進することを提唱したのは日本政府である。2002年(平成14年)9月に開催された持続可能な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルグ・サミット)での小泉首相(当時)の提案に基づき、同年12月の第57回国連総会において、2005年(平成17年)から2014年(平成26年)までの10年を「国連持続可能な開発のための教育の10年(DESD)」とし、ユネスコをその主導機関とするとの決議が採択された。これを受け2005年(平成17年)9月には、ユネスコが中心となって各国の具体的対応の指針となる国際実施計画が策定された。国際実施計画では、DESDの全体を貫く目標は、「持続可能な開発の原則、価値観、実践を、教育と学習のあらゆる側面に組み込むこと」とされている。
 我が国にとって、国際的取組に対する協力と並んで重要なことは、国内における取組の推進である。政府レベルでは、2005年(平成17年)12月に内閣に設置されたDESD関係省庁連絡会議によって、2006年(平成18年)3月に国内実施計画が策定され、取組が進められている。国内実施計画では、「持続可能な開発のための教育」の目指すべきは、「地球的視野で考え、様々な課題を自らの問題として捉え、身近なところから取り組み、持続可能な社会づくりの担い手となる」よう個々人を育成し、意識と行動を変革することとされている。また、人格の発達や、自律心、判断力、責任感などの人間性を育むという観点、個々人が他人、社会、自然環境との関係性の中で生きており、「関わり」、「つながり」を尊重できる個人を育むという観点が必要であるとされている。しかしながら、その取組はまだ十分とは言えない。学校現場においても、例えば、小学校の総合的な学習の時間において、約8割の学校が環境や国際理解をテーマとした学習を行っているが、「持続可能な開発のための教育」という概念が十分に理解されているとは言えない状況である。
 今後、初等中等教育の各段階において、「持続可能な開発のための教育」を充実強化していくことが重要である。

2.学習指導要領における「持続可能な開発のための教育」の取扱

 現行の学習指導要領では、各学校が創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開し、国際理解、情報、環境、福祉・健康など横断的・総合的な学習などを実施する「総合的な学習の時間」を創設するなど、「持続可能な開発のための教育」に含まれる個別分野の取組はすでに行われていたが、「持続可能な開発のための教育」という概念が文言として明記されてはいなかった。
 2008年(平成20年)1月の中央教育審議会答申では、環境教育、ものづくり教育といった教科等を横断した改善及び社会、地理歴史、公民、理科、技術・家庭といった、各教科・科目等の内容の改善などにおいて「持続可能な開発のための教育」の考え方が言及されている。具体的な内容例としては、例えば「社会、地理歴史、公民」では、「持続可能な社会の実現を目指すなど、公共的な事柄に自ら参画していく資質や能力を育成することを重視する方向で改善を図る」ことを改善の基本方針として、「持続可能な社会という視点から環境問題や少子高齢社会における社会保障と財政の問題などについて考えさせる学習を重視して内容を構成する」こと、「理科」では、「持続可能な社会の構築が求められている状況に鑑み、理科についても、環境教育の充実を図る方向で改善する」ことを改善の基本方針として、特に中学校での内容を見直すことが明記されている。
 この答申を受け、2月15日には、幼稚園教育要領案、小学校学習指導要領案及び中学校学習指導要領案が公表されたが、今回示された案では、「持続可能な開発のための教育」が教育内容に明確に位置づけられている。
 例えば中学校社会の地理的分野(エ)環境問題や環境保全を中核とした考察においては、「地域の環境問題や環境保全の取組を中核として、それを産業や地域開発の動向、人々の生活などと関連付け、持続可能な社会の構築のためには地域における環境保全の取組が大切であることなどについて考える。」、公民的分野(4)私たちと国際社会の諸課題においては「持続可能な社会を形成するという観点から、私たちがよりよい社会を築いていくために解決すべき課題を探究させ、自分の考えをまとめさせる。」という内容が加えられた。また、中学校理科の第1分野及び第2分野の自然環境の保全と科学技術の利用においては、「自然環境の保全と科学技術の利用の在り方について科学的に考察し、持続可能な社会をつくることが重要であることを認識すること。」という内容が加えられている。

3.「持続可能な開発のための教育」とユネスコ協同学校

 「持続可能な開発のための教育」を学校教育の中で推進するに当たっては、環境教育、国際理解教育、人権教育など等、多岐にわたる分野をつなげて総合的に取り組むことが求められている。
 ユネスコには、1953年に発足した「ユネスコ協同学校ネットワーク事業」(UNESCO Associated Schools Project Network)という事業があり、現在、世界176カ国約7,900校が加盟して、1地球規模の問題に対する国連システムの理解、2人権、民主主義の理解と促進、3異文化理解、4環境教育、といった研究テーマに取り組んでいる。
 これらのテーマは「持続可能な開発のための教育」が取り組むべき分野とも重なるものであり、2007年(平成19年)秋のユネスコ総会で採択された「持続可能な開発のための教育の更なる推進」に関する決議においても、「持続可能な開発のための教育」の推進のためにユネスコの世界的な学校ネットワークであるユネスコ協同学校を十分に活用すべきであるとの指摘がなされている。
 我が国のユネスコ協同学校数は現在24校にとどまっているが、今後新しい学習指導要領の実施に伴い、全国の小・中・高等学校において「持続可能な開発のための教育」を普及促進していく上では、ユネスコ協同学校のネットワークを活用することも有効な方法であると考えられる。

提言

1.「持続発展教育」、「ユネスコ・スクール」の名称の使用

 「持続可能な開発のための教育」を「持続可能な発展のための教育」と改め、「持続発展教育」と略称し、「ユネスコ協同学校」を「ユネスコ・スクール」と改称して、その普及を図る。

 「持続可能な開発のための教育」はEducation for Sustainable Developmentの日本語訳だが、日常的に使用するには長すぎる上、「開発」では意味が限定されてしまう。したがって、これを「持続可能な発展のための教育」と改め、さらに教育現場においてよりわかりやすく使いやすい表現にするため、「持続発展教育」と略称して、その概念の普及促進を図るべきである。
 なお、「持続発展教育」とは、国際理解教育や環境教育等を包含するアンブレラ的な概念であるから、実際の教育の場面でこの言葉をそのまま児童生徒に浸透させる必要は必ずしもない。児童生徒に対して「持続発展教育」の概念を伝えるためには、他にわかりやすい表現を工夫する必要がある。
 「ユネスコ協同学校」はUNESCO Associated Schoolsを日本語にしたものであるが、より親しみやすい呼称とするために、これを「ユネスコ・スクール」と改め、その普及を図るべきである。

2.「持続発展教育」の概念の周知

 「持続発展教育」は、例えば、国際理解教育、環境教育等を包含する概念であり、既存の取組を否定するものではないことを周知し、その概念の浸透およびそれに基づいた教育活動の推進を図る。

 「持続発展教育」は内容的には必ずしも新しい教育ではない。例えば、国際理解、環境、多文化共生、人権、平和、開発、防災など、既に学校等で取り組んでいる様々な教育が、持続発展教育の概念に包含されている。したがって持続発展教育の導入は、今までの個別分野の取組を否定するものではない。むしろ個別分野の取組に対して、持続可能な社会の構築という共通の目的を与え、具体的な活動の展開に明確な方向付けをするとともに、それぞれの取組をお互いに結び付けることにより、既存の取組の一層の充実発展を促そうとするものである。
 また、持続発展教育により、子どもの豊かな学びが展開されることが期待できる。例えば環境教育においては、日本国内における現在の問題の理解と解決という面だけでなく、国際的視野を含めたり、日本の伝統的な文化遺産や自然遺産と環境問題等をつなぎ合わせるなど、地域コミュニティーレベルを含めた国内的な課題と国際的な課題とを結びつけ、その解決を考察させることによって、持続可能な未来の構築と現実的な社会転換のために必要な価値観、行動やライフスタイルの学習に寄与することができるであろう。
 新しい学習指導要領を契機として、こうした持続発展教育の意義を学校現場に浸透させていくことが必要である。また、文部科学省は、学校現場にとどまらず、保護者や地方自治体、教育委員会関係者にこの趣旨の周知を図る必要がある。さらに、持続発展教育の取組の効果をあげるためには、どこの学校でも使える教材の開発も不可欠であろう。

3.「持続発展教育」の普及促進とユネスコ・スクールの活用・発展

 「持続発展教育」の概念に基づいた教育活動の推進と、ユネスコ・スクールのネットワークの活用・発展を図る。

 ユネスコ・スクールは、ユネスコの理念のもとに持続発展教育の個別分野の取組をつなぐとともに、国際的なネットワークを構築することを通じて、持続発展教育の推進拠点校としての役割を果たすことができる。そのためにはユネスコ・スクールに多くの学校が参加できるような仕組みを構築する必要がある。ユネスコ・スクールにはカリキュラム、教材開発及び学習方法の改善を進める実験校としての役割を果たすことも期待されるであろう。
 また、ユネスコ・スクールと各地域のユネスコ協会が行うユネスコ活動との連携や、シニア層の参加協力などを含め、地域コミュニティーとの連携体制を確立することが重要である。

4.ユネスコ・スクール参加のメリットの明確化

 ユネスコ・スクール参加校を拡大するため、ユネスコ・スクール参加のメリットの明確化及びシステムの改善を図る。

1ユネスコ・スクールへの支援の充実

(a)カリキュラム開発や教員研修に対する支援

 大学等を拠点とする地域の小・中・高等学校の教員とのネットワークを利用して、持続発展教育のカリキュラムの開発や、教員研修を実施するための支援を行う。

(b)ユネスコ協会や社会教育施設を通じた支援

 地域のユネスコ協会等、民間活動や社会教育施設との連携を深めることにより、ユネスコ・スクールの活動を地域の内在的な活動と結び付け、情報交換・相互研修・教育交流等を進めるための支援を行う。

(c)コーディネーターによるネットワークの活性化

 ユネスコ・スクールネットワークの活性化を図るため、ネットワーク・コーディネーターを育成し、各地域に配置する。

(d)事例集の作成や情報交換およびWEBサイト構築

 ユネスコ・スクールの取組事例集の作成・配付や、持続発展教育に関する各種教材のユネスコ・スクールへの提供などの情報支援活動を行う。
 また、そのためにユネスコ・スクールWebサイトを構築する。

(e)優良校の表彰

 ユネスコ・スクールにおける先駆的あるいは特色ある取組事例報告のための全国大会を開催し、優良校の表彰を行う。

2事務局機能の強化による支援体制の充実

 上記支援を効率的に実施する事務局機能を強化するため、日本ユネスコ国内委員会と連携を図りながら、ユネスコ・スクールの事務を一元的に取りまとめることのできる事務局を設置する必要がある。
 事務局は、ユネスコ・スクールWebサイトの構築・運営、ユネスコ・スクール全国大会の開催、会報誌の刊行をはじめ、ユネスコ・スクールの活動の充実を図るために必要な業務を行うほか、教育委員会、首長部局等と日本ユネスコ国内委員会事務局との間にたって申請の受付や加盟後のフォローアップを行う。

5.登録システムの改善等

 ユネスコ・スクールの参加校増加のために、「教育委員会・首長部局を窓口とした申請システムの構築」や「既存の活動校の登録促進」といった登録システムの改善を図る。

1教育委員会・首長部局を窓口とした申請システムの構築

 教育委員会・首長部局がユネスコ・スクール加盟校を把握するために、小・中・高等学校等のユネスコ・スクールへの申請を教育委員会・首長部局が一元的にとりまとめ、事務局に提出するシステムを構築する。

2既存の活動校の登録促進

 文部科学省の研究事業における指定地域等や他省庁の実施する環境教育やエネルギー教育に関連する事業など、既に国際理解教育、環境教育等持続発展教育の概念に含まれる個別分野の取組を実施している学校は多数ある。それらの学校に持続発展教育に意識を顕在化させるとともに、ユネスコ・スクールへの加盟を働きかける。
 また、ユネスコクラブを持つ高等学校等にもユネスコ・スクール加盟を働きかける。

6.活動資金等の充実

 ユネスコ・スクールのネットワークを活用した持続発展教育を推進する活動を行うための資金等について、「民間企業のCSR活動との連携」や「産学官による支援体制の構築」等について検討する。

○民間企業のCSR活動との連携や産学官による支援体制の構築

 持続発展教育やユネスコ活動に関心のある民間企業等によるユネスコ・スクール活動の支援や、産学官が協力して、ユネスコ・スクールへの協力体制を構築する。