インタビュー
公開日2019年8月28日
更新日2021年1月15日

特別支援学校小学部におけるプログラミング教育

特別支援学校の各教科においてプログラミング教育はどのように扱われるのか、文部科学省初等中等教育局特別支援教育課 特別支援教育調査官の中村大介さんにお話を伺いました。

文部科学省初等中等教育局特別支援教育課 特別支援教育調査官
中村 大介
なかむら だいすけ

特別支援学校小学部におけるプログラミング教育についてお聞きしました。

未来の学びコンソーシアム事務局

Q1. 知的障害者である児童に教育を行う特別支援学校の各教科においてプログラミング教育はどのように扱われるのでしょうか?

 子供たちに論理的思考力を育むとともに、プログラムの働きやよさ、情報社会がコンピュータをはじめとする情報技術によって支えられていることなどに気付き、身近な問題の解決に主体的に取り組む態度やコンピュータ等を上手に活用してよりよい社会を築いていこうとする態度などを育むこと、さらに、教科等で学ぶ知識及び技能等をより確実に身に付けさせることにあるという、プログラミング体験のねらいは、知的障害者である児童に対する教育を行う特別支援学校(以下「知的障害の特別支援学校」とします。)においても同様です。したがって、教育課程全体を見渡し、プログラミング体験をどこに、またどのように位置付けていくかを決定していく必要があります。
 その際、知的障害のある児童は、学習によって得た知識や技能が断片的になりやすいこと、実際の生活の場面の中で生かすことが難しいことなどの学習上の特性があることを踏まえることが大切です。
 また、児童の障害の状態等から特に必要がある場合には、各教科等を合わせて指導をする場合があります。この際には、各教科の視点だけでなく教科等横断的な視点を踏まえた上で、プログラミング体験のねらいも達成できるよう、内容を検討していくことが大切です。

 

Q2. 知的障害者である児童に対する教育を行う特別支援学校の各教科におけるプログラミング教育の実践事例について紹介いただけますか?

 まずは、コンピュータ等の教材・教具の活用を見据え、知的障害の特別支援学校小学部低学年の児童を対象に行った生活科(小学校の「生活科」と異なる教科であることに御留意ください。)の事例を紹介します。知的障害の特別支援学校小学部に就学している児童は、知的機能の発達に有意な遅れがあり、よって、主として教師の直接的な支援を受けながら、児童が様々な活動を自ら体験し、その中で事物に気付き注意を向けたり、関心・興味をもったりできるようにすることが大切です。
 
 知的障害の特別支援学校小学部の生活科には、「ものの仕組みと働き」という内容があります。この内容を扱った授業の中で、ねじったゴムが元に戻ろうとする力を動力として進む、おもちゃの車を作って学びました。
 教師がタイヤを回し、ゴムをねじって車を床に置くと、車がすーっと進み、それを見ている児童は大喜びです。児童は我先に自分もやってみたいと挑戦するのですが、教師が示したときのように車が動いてくれない。何度か繰り返しているうちに、教師の見本を見て、気付く児童が出てくるわけです。「ああ、先生はタイヤをいっぱい回して、ゴムをたくさんねじっているな」というようにですね。
 もちろん、教師は児童の気付きを促すために、わざと大げさにタイヤを回し、ゴムをねじっているのですが、児童はそのことの意味が最初は分からない。しかし、自分の車が意図したように動いてくれない事実を理解したとき、車を速く動かすという意図を実現するためには、タイヤを回してゴムをたくさんねじればよいという論理的思考ができるようになるのです。
 その後、児童は張り切ってゴムをねじり、車を速く動かして楽しみました。もっとも、ねじりすぎてゴムが切れ、教師が大慌てで直すことになったという「落ち」もありましたが。
 次に、コンピュータを活用している国語科の事例を紹介します。国語科では、日常生活において必要な言葉を身に付けられるようにしています。例えば「上」という言葉ですが、自分の直上方向を指す場合もあれば、「机の上にある本」のように、物と物との位置関係を表す場合もあります。一方、コンピュータの場合、画面の上方が上になります。こうした事柄の区別が知的障害のある児童には難しい場合が多いので、実際に自分の体や物を動かしながら、「上」という言葉を生活の中で使いこなせるようにしています。
 こうした学習を通して、「上」「下」「左」「右」という言葉の意味を学んだ児童が、タッチパネルの画面上の「上」「下」「左」「右」などのコマンドに触れて、画面上の動物を動かすプログラムを設定できるアプリケーションソフトの操作を体験しました。
 最初は、児童の言葉の理解の状況を確認するため、教師が「上、右の順番で動かしてみましょう」と促して、児童がそのとおりに動かす命令を入力できるか確かめました。次いで、児童が自分で命令を考え、入力して動物を動かす活動や動く動物を友達に見せ、その後にどのような命令を入力したのかを説明する活動を行いました。
 児童は、画面上の犬が、自分の入力した命令通りに動くことに気付き、すぐに夢中になりました。中には命令をいくつも組み合わせて、犬を右往左往させて喜ぶ児童も現れました。それを見た児童は、画面から飛び出すほどの高速ジャンプを考えました。さらに、児童同士お互いのプログラムを見せ合い、自分の犬の方が面白い動きをすると自慢しあう様子も見られるようになりました。
 より面白い動きを生み出したいと願う気持ちは、動物をどう動かしたいかを考え、それを命令に置き換えるというプログラミング的思考の育成につながっていきます。こうした思いこそ、コンピュータ等を上手に活用しようという意図をもったり、プログラムの働きやよさに気付いたりすることの萌芽となりますので、大切に育てていきたいところですね。

Q3. 上記の実践事例以外で、どのような単元でプログラミング教育が実践できそうでしょうか?

 知的障害のある児童の場合、まずは実際に手や体を動かして操作し、自分が意図する一連の活動を実現するためには、どのような動きの組み合わせが必要なのかを考える経験を豊かにしていくことが大切です。
 先ほどは、ゴムの力を生かす方法を考えるという実践でしたが、例えば風の力を使っておもちゃの船を動かすなど、様々な展開が考えられますね。推進力となる風の力を受けることと、帆の大きさが関連していることに児童が気付けるような指導の工夫が求められます。
 知的障害の特別支援学校には、障害の程度が重い児童も就学しており、現場の教師からは、こうした児童に直ちに論理的思考を促すことは難しいという声を聞くことがあります。しかし、こうした場合においても、例えば、紹介した後半の事例のように、タッチパネルで操作できる簡単なゲームに取り組むなどして、意図をもって物を操作するという経験を豊かにしていくことは、大切であると考えています。

Q4. 一方で、知的障害者である児童に対する教育を行う特別支援学校の各教科におけるプログラミング教育について、どのような授業は適切ではないとお考えでしょうか?

 プログラミング教育が意図するところは、単に児童の論理的思考力を育むだけでなく、プログラムの働きやよさなどに気付けるようにすることにもあります。
 したがって、「考え、工夫することにより、よりよくなる、楽しくなる」という経験を積めるような教材の開発に力を注ぐべきだと考えています。児童の知的障害の状態等は一人一人違います。一人一人の実態を的確に捉え、それぞれに合った教材を提示する努力を惜しんではいけないと思います。
 一方、「プログラミング的思考」を育むことが目的化してしまわないよう留意する必要があります。知的障害のある児童に対する教育的対応の基本は、生活に結び付いた具体的な活動を学習活動の中心に据え、実際的な状況下で指導することにあります。プログラミング教育のためのプログラミング教育にならないよう留意しなければならないと考えています。

Q5. 知的障害者である児童に教育を行う特別支援学校の各教科においてプログラミング教育を行う際、どんなプログラミング環境や教材があると望ましいのでしょうか?

 最初に紹介した事例は、実際におもちゃを使って、児童の論理的思考の基盤を培うものでしたが、こうした経験を積み重ねていったその先を、コンピュータに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を身に付けるための学習活動につなげていきたいと考えています。
 後に紹介した事例は、直感的に操作できるアプリケーションソフトを用いて、児童がコンピュータに意図した処理を行わせることができることに気付けるように図ったものでした。知的障害のある児童は、言葉に関する発達がゆっくりです。よって、児童の実態によっては、操作に言葉を介さなくても、直感的に扱うことのできるアプリケーションに数多く触れるようにしたいところですね。操作を重ねていく中で、コンピュータの中ではどのようなプログラムが働いているのかに、児童の関心が向くようにしていくことが大切です。
 ただし、コンピュータで直感的に操作できるアプリケーションソフトの開発は、特別支援学校の教師が必ずしも得意しているとは限らないところです。知的障害のある児童が、コンピュータに触れながら、論理的思考力を身に付けることができるになるために、まずは、キーボードを介さずに、タッチパネルによって直感的に操作できる様々なソフトウェアの開発が進んでいくことを望んでいます。

Q6. 最後に、プログラミング教育にどの様な期待をお持ちでしょうか?

 知的障害の特別支援学校の中学部、特に高等部においては多くの生徒がスマートフォンやタブレット端末を持ち、インターネットやSNSを活用しています。
 プログラミング教育を通して、情報社会はコンピュータをはじめとする情報技術によって支えられていることに気付き、上手に活用してよりよい社会を築いていこうとする態度の育成につながっていくことを期待しています。

中村 大介
なかむら だいすけ

都立特別支援学校主幹教諭を経て、東京都教育庁指導主事、同統括指導主事を歴任。平成30年度より現職。
(役職名は記事公表時のものです)