“勘”から“根拠”へ。データで栽培判断

農業

公立

福岡県

福岡県立八女農業高等学校

「なんで必要なの?」が「これ、すごい」に変わる。センサーとデータが切り拓く、農業高校の新しい学び:福岡県立八女農業高等学校

  • 取材・文・撮影:株式会社シード・プランニング
  • 素材提供:福岡県立八女農業高等学校

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福岡県立八女農業高等学校では、DXハイスクール事業を活用して農場にWi-Fiを設置し、ハウス内に温度・湿度・CO₂・土壌ECなどのセンサーを設置しました。タブレット端末1台でリアルタイムにデータを確認できる環境が整い、生徒は科学的根拠に基づいて栽培判断を行う学びを深めています。農業クラブのプロジェクト発表でもICT機器を活用し、考察の質が向上。先端機器に「必要性を感じなかった」生徒が、実際に使うことで意識を変えていく場面も生まれています。今後は他教科との連携も見据え、農業高校の強みを活かしたデータ活用をさらに広げていく予定です。

お話を伺った先生

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柴藤 正寿(しばとう まさとし)先生 生産技術科

生産技術科教諭・DX担当。DXハイスクール事業を中心となって推進し、農場へのセンサー類の導入・設置から授業への活用まで幅広く牽引している。

事例概要

実践している学校・学科

福岡県立八女農業高等学校・生産技術科/動物ペット科

利用しているデジタル教材・デジタル環境

Chromebook(生徒1人1台)、Google Classroom、Google スライド、温度・湿度センサー、CO₂センサー、土壌ECセンサー(HARMO等)、運転アシスト付きトラクター、iPad(エアレジ用)、温風暖房機器、炭酸ガス発生装置、U-motion(牛用センサー)、各教室のスクリーン・プロジェクター

どのような学びが可能になったか

従来は実験をしなければ取得できなかったCO₂濃度や土壌ECなどのデータが、タブレット1台でリアルタイムに確認できるようになり、科学的根拠をもって栽培を考える学びが実現した。
・ 農業クラブのプロジェクト発表においてICT機器で取得したデータを活用し、調査・考察の科学的質が向上した。
・ 生徒は疑問が生じた際にその場でChromebookを使って調べる習慣を身につけ、「後で調べよう」が「今、調べる」に変わった。

支援や事前準備のポイント、工夫

農場へのWi-Fi設置により、農場でもChromebookやタブレットを活用できる環境を整備。
・センサー設置時には、設置場所や方法によってデータの精度が変わることを念頭に置き、試行錯誤を重ねた。
・ 納品業者(本校卒業生)との継続的な関係を活かし、機器の研修を教員・生徒合同で実施。

導入・活用の成果・今後の予定

農業職員全体でのデータ活用研修を学校内で検討中。
・ 農業科が取得したリアルデータを数学など他教科でも活用する、教科横断的な展開を模索中。
・ 農業の担い手不足・高齢化問題への対応として、テクノロジーを使いこなせる人材育成につなげたいと考えている。

農業の現場は、もう変わっている――DXへ踏み出した理由

ここ数年、農業の現場ではデータを活用した栽培管理が広がりつつあります。センサーで環境をモニタリングし、数値をもとに判断する「スマート農業」も、以前に比べると身近なものになってきました。そうした変化を見聞きする中で、一つの問いが残りました。「今の農業教育のままで、生徒は現場に対応できるだろうか」と。

農業高校の実習は、土に触れ、作物を育て、その変化を身体で覚えていく学びです。この価値はこれからも変わりません。ただ、それだけで十分かと言われると、現場の変化を踏まえて考える必要があるとも感じています。卒業後の現場では、データを読み取り、テクノロジーを使いながら判断する場面が増えていくはずです。農業のデジタル化は「新しい挑戦」というより、少しずつ「当たり前」になり始めています。DXハイスクール事業を知ったとき、「これをきっかけに動かなければ」と思いました。

最初に取り組んだのは、農場へのWi-Fi設置です。農場こそが本校の学びの中心で、そこでネットが使えなければ、できることが限られてしまいます。だからこそ最優先で整備を進めました。農場でChromebookが使える環境を整えたことが、その後の取組の土台になっています。

農場へのWi-Fiの設置は、動物ペット科など、別の学科の学びも変えている。今年度は動物ペット科で飼育している牛の首輪に行動データ等を記録するセンサーを取り付けた。牛の生育データも蓄積し、農場にいながらChromebookでデータを見られるようになった。
農場へのWi-Fiの設置は、動物ペット科など、別の学科の学びも変えている。今年度は動物ペット科で飼育している牛の首輪に行動データ等を記録するセンサーを取り付けた。牛の生育データも蓄積し、農場にいながらChromebookでデータを見られるようになった。

  取り付けた牛用センサー(赤丸部分)
取り付けた牛用センサー(赤丸部分)。

「わざわざ実験しなければ取れなかった数値」がリアルタイムで見えるようになった

DXハイスクール事業を活用し、ハウス内には温度・湿度センサー、CO₂センサー、土壌ECセンサーといったセンシング機器を設置しました。あわせて、温風暖房機器や炭酸ガス発生装置、販売実習用のエアレジセット(iPad含む)も導入しています。

そのなかでも、授業の中で最も大きな変化をもたらしたのはセンサー類です。以前はCO₂濃度や土壌のEC値といった数値は、わざわざ実験装置を用意しなければ取得できないものでした。それが今は、生徒がタブレットを開けば、その瞬間のデータをすぐに確認できます。「リアルタイムでデータが見られる」ということが、これほどまでに授業を変えるとは、導入前には正直、想像していませんでした。
 
授業では週に1回、センサーのデータを記録し、栽培している作物の生育状況と照らし合わせます。「この日の気温の変動が、翌週の生育にどう影響したのか」「土壌水分が下がった日と作物の様子に関係はあるのか」。生徒は数値を見ながら自分なりの問いを立て、次の実習に向けた仮説を考えます。教科書に載っている農業の知識が、センサーから得られた「その場のデータ」と結び付くと、生徒の学び方が変わります。たとえば、これまで「そういうものだ」と受け止めていた内容を、数値の変化と生育の様子を照らし合わせながら確かめようとするようになります。「なぜこの日だけ数値が動いたのか」「次に何をすればよいか」を自分の言葉で説明しようとし、問いの立て方や考察の深さが一段上がっていきます。

ハウス内に設置したセンシング機器。
ハウス内に設置したセンシング機器。

併せて導入した温風暖房機器や炭酸ガス発生装置。これらの機器を活用することで高校生のうちから実践的な「スマート農業」を学ぶことができる。
併せて導入した温風暖房機器や炭酸ガス発生装置。これらの機器を活用することで高校生のうちから実践的な「スマート農業」を学ぶことができる。

農業クラブ(*1)のプロジェクト発表でも、変化が出てきています。以前からパソコンとプロジェクターを使った発表形式はありました。そこにセンサーデータが加わったことで、「こうした方がよいと思う」という経験則の発表から、「このデータが示すように」という科学的根拠に基づいた発表へと、考察の深さが変わってきています。農業クラブの発表で「数値で語れる」ことは、審査員の評価だけでなく、生徒自身の「自分の考えに根拠がある」という自信にもつながっています。
(*1)農業クラブ:農業を学ぶ高校生が自主的活動で学びを深める全国組織。

「こんな機能、必要ですか?」――先端機器への懐疑心が変わった瞬間

ICT環境が整うにつれ、生徒の学び方にも変化が現れてきました。疑問が出たとき、以前なら「パソコン室に行って調べよう」となっていたものが、今は農場でも、授業中でも、その場でChromebookを開けばすぐに調べられるようになりました。いつの間にか、それが当たり前の行動になっています。「後で調べよう」が「今、調べる」に変わった——この変化は小さいようで、主体的な学びの大きな転換点です。

その変化を象徴するエピソードがあります。直進アシスト付きトラクターの体験学習で、実家が農業を営んでいる生徒が「こんな機能、本当に必要ですか」と口にしました。最初は、コースを設定して走らせるデモを見ただけだったため、必要性が実感しにくかったのでしょう。ところが、実際に耕起作業まで行い、直進アシストの有無で仕上がりを比べてみると、精度の違いがはっきり現れました。機能の価値は、説明よりも“作業の結果”として目に見えたのです。

例えばマルチ張りのように、わずかなずれが作業全体に影響する場面では、直進精度がそのまま仕上がりに返ってきます。授業の中で「自分で確かめる」経験を挟むことで、生徒は先端機器を“必要かどうか”から考え直し、テクノロジーを使って判断する視点につながっていきました。

  自動運転で動く運転アシスト付きトラクター。生徒が運転席に乗り、横で教員がサポートしている。

自動運転で動く運転アシスト付きトラクター。生徒が運転席に乗り、横で教員がサポートしている。

運転アシスト付きトラクターの実習を行った生徒たち。
運転アシスト付きトラクターの実習を行った生徒たち。

卒業生が、架け橋になった――地域とのつながりが生む安心感

機器を導入するとき、「使いこなせるだろうか」という不安は正直ありました。特に高額な機器は、メーカーや業者のサポートがなければ、設置して終わりになりかねません。

そこで助けになったのが、導入後の支援体制です。設置に来た業者の担当者が本校の卒業生でもあり、導入後に不明点が出たときも相談しやすい環境にありました。連絡の取りやすさは、日々の運用を続ける上で小さくない要素だと感じています。さらに高額な機器については、その業者が年1回、教員と生徒が合同で参加できる研修を実施してくださり、基本的な使い方を学べる機会になっています。

また、福岡県では、農業高校が大学や他の専門高校と交流する機会もあります。そこで工業や商業の先生から、「農業高校は、実際に育てているものがあるから、リアルなデータが取れる。それは大きな強みだよ」と言われたことが印象に残っています。作物を実際に育てているからこそ、環境データと生育の変化を照らし合わせ、栽培判断までつなげる学びを組み立てやすい。その強みを捉え直すきっかけになりました。

卒業生が所有する畑を運転アシスト付きトラクターの実習に使わせていただくなど、地域の助けも借りながら生徒たちは学んでいる。

卒業生が所有する畑を運転アシスト付きトラクターの実習に使わせていただくなど、地域の助けも借りながら生徒たちは学んでいる。

「ただ置けばいい」わけではない――センサー設置の試行錯誤

導入の過程で一番悩んだのは、センサーをどこに、どう設置するかでした。設置場所や高さ、向きが少し違うだけで、取得できる数値の出方が変わります。「ここに置けばいい」という正解が最初からあるわけではありません。実際に設置してデータを取り、意図した値が取れていないと感じれば位置を見直す。そうした調整を繰り返して、授業で扱えるデータが安定して取れるようになってきました。地道ですが、この試行錯誤が土台になっています。

ICT機器の活用については、校内でも慣れに差があるのが実情です。電子黒板やプロジェクターは多くの教員が使うようになりましたが、Google スライドや Google Classroom は、まだ苦手意識のある教員もいます。私自身、PowerPointに慣れていた分、Google スライドに切り替えた当初は戸惑いがありました。ただ、こうしたツールは生徒の方が詳しい場面も少なくありません。「わからなかったら生徒に教えてもらおう」くらいの気持ちで、まずは使っていくのがいいと考えています。
 
課題の提出管理ひとつを取っても、Google Classroom の導入で授業運営が変わりました。以前は紙での提出が中心で、誰が出していて、誰が出していないのかを確認するだけでも手間がかかっていました。今は提出状況を画面上で一覧でき、期限前にリマインドも送れます。提出物がデータとして残るので、紙のように「どこに行ったか分からなくなる」こともありません。小さな変化に見えますが、日々の負担は確実に減っています。

「データが1番大事」という確信――自分自身の農業観が変わった

正直に言うと、スマート農業やDXは「便利な道具」程度の印象でした。しかしDXハイスクール採択後、スマート農業に関する外部研修などにも参加しながら、どのような先端機器を導入すべきかを考えていく中で、データの存在を強く意識するようになりました。

環境や生育の状態を数値として捉え、データをもとに判断や制御につなげていく。最新の機器が高機能である背景には、データの蓄積と活用があることを実感しました。そこに気づいてからは、「データが1番大事だ」と感じる場面が増えてきました。

この気づきは、導入する機器の選定にも影響しました。授業の中で生徒が根拠を持って栽培を考えるには、まず“測れる”環境が必要です。そこでDXハイスクールの予算を活用し、温度・湿度、CO₂、土壌ECといったデータを計測できるセンサー類を整備しました。

授業でも、作物の様子を観察するだけで終わらせず、「この数値は何を示しているのか」「次の作業にどうつなげるか」という問いを重ねる場面が増えています。センサーで得られたデータを、栽培判断の根拠として扱う学びへ。授業の軸足が少しずつ移ってきました。

農業職員全体への広がりという点では、まだこれからです。現時点では、スマート農業に関心を持った一部の教員が外部研修等に参加し、得た知識を日々の授業や取組に活かす形が中心になっています。そのため、全員が同じレベルでデータを活用できる状態には、まだ至っていません。センサーからデータが取れる環境は整ってきたので、次のステップとして、スマート農業の活用の考え方を農業職員全体で共有するべく、校内研修も検討しています。

一方で、校内研修は急いで広げる必要はないとも考えています。まずは「使える環境がある」ことを、授業や実習の中で具体的に示していくことが先決です。実際にツールを使った教員が手応えを得て、その実感が周囲に共有されていく。そうした積み重ねの中で、活用は徐々に広がっていくものだと捉えています。

センシング機器からのデータ確認や機器の操作もハウス内のパソコンから操作できる。
センシング機器からのデータ確認や機器の操作もハウス内のパソコンから操作できる。

農業のデータを、他教科の授業でも――教科の壁を越えた次の挑戦

今後の展望として考えているのが、農業科の外への広がりです。先日、数学の教員と話をしていたときに、「農業の授業で取ったデータを、数学の授業でグラフ化したり分析したりできないか」という話題になりました。農業高校には、実際の栽培や実習の場があります。だからこそ、日々の取組の中でデータを継続して集めることができます。この環境を、農業科の中だけで完結させるのはもったいないと感じています。

もし農業科のデータを数学の授業で扱えるようになれば、生徒は「自分たちが育てた作物のデータを、式やグラフで読み解く」という体験ができます。農業と数学、実習と理論がつながることで、学びの意味づけが一段深まるはずです。まだ構想段階ですが、実現できる形を探りながら検討を進めています。

もう一つ、大きな文脈として意識しているのが、農業を取り巻く課題の解決です。日本の農業は高齢化や担い手不足といった課題を抱えており、現場では省力化や効率化が強く求められています。その中で、データやテクノロジーを活用する動きも進んでいます。だからこそ、生徒が現場に出たときに、データを読み取り、テクノロジーを選択肢として使える力を身に付けていてほしい。そこが、今の取組にかける思いの根底にあります。

DXや先端機器の導入で悩んでいる先生方にお伝えしたいのは、「まず、やりたい授業から考えてほしい」ということです。農業科は特に、必要だと思う機材や教材が次々に出てきます。予算との兼ね合いで悩むことも少なくありません。だからこそ、「何があれば生徒の学びが深まるか」という問いを起点にして、必要なものを見極めていく。自分が生徒だったら何を学びたかったか、何があったら農業がもっと面白くなったか。そこから考えると、導入したいものの優先順位が見えてきます。

そのうえで、その思いをデータ活用の視点とつなげていければ十分です。最初から完璧を目指す必要はありません。例えば、いつもの授業に「確かめるためのデータ」を一つ加え、生徒と一緒にその意味を考えてみる。それだけでも、学びは確実に動き出します。悩みながらでも、まずは自分がやりたい授業に沿って、小さな工夫を一つ試してみてほしいと思っています。

※本記事は実践事例を広く紹介することを目的としており、記事内において一般に販売している商品、機器等に言及している部分がありますが、特定の商品等の活用を勧めるものではありません。学校が一般に販売されているものを活用する場合は、活動内容や各学校の状況等に応じて選択してください。
※本記事の情報は取材時点(2026年1月)のものです。

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