臨地実習前に“同じ場面”を体験し、主体的に考える力を育成

看護

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愛知県立桃陵高等学校

臨地実習前に“現場”を体験する。VRとシミュレーターで育む判断力と主体性:愛知県立桃陵高等学校

  • 取材・編集・撮影:株式会社シード・プランニング
  • 素材提供:愛知県立桃陵高等学校 

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衛生看護科・ヒューマンケア科を設置する愛知県立桃陵高等学校では、VRゴーグルやハイブリッドシミュレーターを活用した授業を展開しています。臨地実習では経験が難しい場面を疑似体験することで、生徒が共通の視点を持ち、主体的に課題を発見・改善する学びを実現。教員は「教える授業」から「学びを設計する授業」へと転換し、判断力・実践力・対話力の育成を図っています。

お話を伺った先生

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勝谷 亮治(かつたに りょうじ)先生

校長。2024年度より現職。「看護とは?」を生徒に探究させる深い学びを目指す。

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中野 俊博(なかの としひろ)先生

教頭。2022年度から現職。同校DXハイスクール事業推進の主務者。

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田中 真希子(たなか まきこ)先生 看護科

衛生看護科学科主任。産業保健師として企業を中心に活躍。2013年度から同校看護科教員となり、2025年度から現職。基礎看護の指導にあたる。

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竹田 奈央(たけだ なお)先生 看護科

専攻科主任。2013年度同校看護科教員となり、2025年度から現職。小児看護と母性看護の指導にあたる。

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平岩 令子(ひらいわ れいこ)先生 看護科

看護師、保健師を経て2016年度から同校看護科教員となる。精神看護と在宅看護の指導にあたる。

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新實 佑実(にいみ ゆみ)先生 看護科

急性期医療を中心に17年間看護師として活躍、非常勤講師を経て2021年度から同校看護科教員となる。老年看護や成人看護の指導にあたる。

事例概要

実践している学校・学科

愛知県立桃陵高等学校・衛生看護科 看護専門科目

利用しているデジタル教材・デジタル環境

VRゴーグル、ハイブリッドシミュレーター、小児・新生児シミュレーター、小児ラング、Windowsタブレット端末、Microsoft Teams、Word、Excel、PowerPoint、大型タッチパネルモニター、プロジェクター、デジタルカメラ

どのような学びが可能になったか

・臨地実習前に全員が同じ医療現場の場面を体験し、共通認識のもとで学習できるようになった。
・教員が病室環境の危険箇所を指摘するのではなく、生徒自身が課題に気づく主体的な学びを実現。
・VR体験とシミュレーター演習を組み合わせることで、多重課題場面における判断力や優先順位を考える力を育成。

支援や事前準備のポイント、工夫

VRゴーグル体験前に目的を明確化し、気づいてほしい観点を共有した。
・VRゴーグル体験後は必ず言語化・振り返りを行うこととした。
・デジタル教材導入前にメーカー研修を実施し、教員間で活用報告を共有した。
・「失敗してもよい」と管理職が後押しする文化を醸成。

導入・活用の成果・今後の予定

・生徒のモチベーション向上と主体的な対話の活性化。
・教員の役割がファシリテーターへと変化。
・来年度は電子カルテ導入を検討。
・医療・福祉現場と連携したDX実践を拡充予定。

DXハイスクール採択校としての挑戦

愛知県立桃陵高校は、2024年度から文部科学省「高等学校DX加速化推進事業(DXハイスクール)」に採択されています。
 
衛生看護科・ヒューマンケア科を擁し、地域医療を支える人材育成に取り組んできました。同校の看護教育は、臨地実習と校内演習を往還しながら、知識と技術の定着を図る実践的なものです。今回の採択は、ICT機器の整備そのものを目的とするのではなく、授業のあり方を見直す契機となりました。機器を入れて終わりではありません。学びのプロセスをどう設計し直すか。その問いに向き合い、授業を再設計する取組です。
 
臨地実習では患者の安全確保が最優先となるため、生徒が主体的に判断を下す場面は限られます。例えば手術後は、病状によって呼吸や表情、体位、ベッドの柵の位置、点滴の様子など患者によって状態も、注視すべき箇所もさまざまです。多重課題に直面し、自ら優先順位を決定する経験も十分とは言えません。だからこそ同校では、実習前の段階で“共通体験”をつくることに力を入れました。全員が同じ場面を経験し、その経験をもとに対話する。判断の前提となる共通理解を先に整える発想です。
 
VR教材を活用すると、手術後の患者が病室で安静にしている場面が提示され、生徒は看護師の視点で病室を見渡し、患者の様子や状態を確認することができます。ナースコールが鳴る、患者が体を動かそうとするなど複数の要素が重なる状況の中で、「まず何を確認するべきか」「どこに危険が潜んでいるのか」を考える体験ができるのです。こうした具体的な状況を全員が共有したうえで授業の対話が始まります。
こうした課題意識のもと、同校では従来から活用してきたハイブリッドシミュレーターに加え、医療VRコンテンツを導入しました。全員が同じ医療場面を体験したうえで対話を重ねる。その環境づくりこそが、今回のDX事業の中心的な取組です。VRで体験し、実践し、振り返る。その循環を強化しています。
高校看護におけるVR活用は、まだ広く一般化しているとは言えません。だからこそ、学校現場での具体的な実践が重要です。

シミュレーターを使って手術後の患者の症状を再現。モニターには心電図や血圧も表示されている。
シミュレーターを使って手術後の患者の症状を再現。モニターには心電図や血圧も表示されている。

シミュレーターで看護を実践。グループで行い実践後に対話することで学びを深めている。
シミュレーターで看護を実践。グループで行い実践後に対話することで学びを深めている。

民間企業による研修と、準備の積み重ね

新しい機器は、導入しただけでは授業は変わりません。まず必要だったのは、教員自身がその教育的可能性を体験し、共有することでした。生徒の学びを支えるには、教員側の「使える状態」を先に整える必要があります。

株式会社京都科学に機器の導入研修を実施していただき、教員が実際にVRを装着し、シミュレーターを操作しました。議論の中心は操作方法ではなく、「授業でどう生かすか」です。どの単元で使うのか、体験後にどの問いを投げるのか、振り返りをどの形式で行うのか。具体的な授業設計まで踏み込んだ検討が重ねられました。

体験は単発では終わりません。前後の設計次第で、学びの質は大きく変わります。

校内勉強会も継続して実施しています。映像をどの場面で止めるかによって、生徒の視線は変わります。問いの立て方次第で、議論の深まりも異なります。授業内のVR活用体験を“見せる教材”で終わらせず、“考える教材”へ転換すること。それが教員間で共有された共通認識でした。「どこを見たか」「なぜそう判断したか」を言葉にさせる設計が、学習を動かす要点になります。ここを設計しなければ、体験は一過性にとどまります。

授業での活用にあたっては、運用面の課題もありました。20台のゴーグルへのコンテンツの個別ダウンロード、ネットワーク環境の調整、授業中のトラブルへの備え。準備にかかる労力は決して小さくありません。それでも継続できたのは、生徒の変化がはっきりと見え始めたからです。特に衛生看護科1年生は、看護師へのあこがれを抱いて入学してくる生徒が多いのですが、日常生活援助などの授業を後期に進める中で、「看護の現実」がみえモチベーションが下がることが多い期時に差しかかります。こうした状況において、臨地実習前に、VRゴーグルを使って実際の病室風景を体験させることで、「ベッド下のスリッパの位置はここで大丈夫なんですか」「患者さんが転倒する危険があるんじゃないですか」など生徒自ら課題を見出し、仲間と対話を繰り返しながら、「どうすれば患者さんの安全を守れる環境になるのか」といった患者を中心とした援助の考え方について、多くの発言が出てくるなど主体的な学びへ変わる様子がありました。これが学習のスイッチが入る瞬間です。

全20台のVRゴーグル。授業毎に必要な教材の個別DLはネットワーク環境との相性もあり苦労した。
全20台のVRゴーグル。授業毎に必要な教材の個別DLはネットワーク環境との相性もあり苦労した。

1年生の基礎看護での変化

1年生の基礎看護では、環境整備や体位変換の単元でVRを活用しています。

教室にいながら、VRを使って病室を360度の視点で観察する。患者の目線に立って周囲を見る。これだけで、生徒の受け止め方は変わります。教員が先に「ここが危険」と指摘するのではなく、生徒自身が違和感を見つけ、言葉にすることを大切にしています。主体的な気づきを引き出す仕掛けです。

ある場面では、ベッド柵の高さについて生徒から「危険ではないか」との指摘がありました。理由を尋ねると、「患者の立場で見ると不安に感じた」との回答が返ってきました。教科書で学んだ安全管理が、VRを通じた体験を通して具体的な判断へと結びついた瞬間でした。ここで重要なのは、知識の正誤よりも、患者視点に立った“判断の筋道”が立ち上がったことです。

2人1組で体験を行い、その後に観察内容を共有します。同じ場面を体験しているからこそ、議論は具体的になります。「どこを見たか」「何に気づいたか」。対話を通して視点の違いを確認すること自体が、学びのプロセスとなっています。一人では見落としていたポイントが、他者の言葉で可視化される。こうして観察の幅が広がっていきます。

VR導入後は、振り返りの記述がより具体的になりました。体験が思考を促し、言葉を引き出している様子がうかがえます。

2人1組でVRゴーグルを交代で着用。VRゴーグル着用時は看護中の目線を体験できる。患者の声や息遣いもリアルに感じられる。
2人1組でVRゴーグルを交代で着用。VRゴーグル着用時は看護中の目線を体験できる。患者の声や息遣いもリアルに感じられる。

専攻科2年生での多重課題と、教員の役割の変化

専攻科2年生では、多重課題の場面を扱います。ナースコール、容体変化、家族対応が同時に発生する状況。何を優先するかは、簡単に答えが出る問いではありません。経験が浅いほど、目の前の出来事に引っ張られやすくなる。その傾向を自覚させる意味でも、繰り返し体験できる教材が生きてきます。

生徒の意見は分かれます。「命に関わる兆候を先に確認すべきだ」「家族の不安への対応も重要」。どちらも看護の視点です。優先順位の付け方は一つではなく、状況の見立てと根拠の置き方が問われます。

教員は答えを示しません。「その判断の根拠は何か」と問い返します。 正解を提示するのではなく、思考の過程を言語化させることに重きを置いています。生徒自身が「なぜそうしたのか」を説明できて初めて、判断は学びになります。それは、教員や生徒同士とのディスカッションを通し、視野が広がり考えが深まったからです。教員が、生徒自身に考えさせ、言語化を促す授業設計を行わなければ、体験は一過性にとどまり、行動はその場で感想を述べるだけの“反応”で終わってしまうのではないでしょうか。

VRゴーグルやシミュレーターを通した授業の中で、教員の役割は明らかに変わりました。説明中心の授業から、対話を設計する授業へ。発言を引き出し、論点を整理し、議論を深める存在。教員は“教える人”から“学びを設計する人”へと軸足を移しています。生徒の発言を拾い、比較し、次の問いにつなげる。授業の進行そのものがファシリテーションになっています。

「以前は説明する時間が長かったが、今は問いを立てる時間が増えた」。この変化は、授業風景そのものを変えています。

小児・母性看護分野でのシミュレーター活用

I小児看護学および母性看護学の授業では、呼吸音聴診シミュレータ「小児ラング」、小児シミュレーター、新生児シミュレーターを活用しています。

演習では母親役を設定し、子どもの泣き声を取り入れた複合的な場面を再現しました。その結果、生徒たちは「泣いている子どもだけでなく不安を感じる母の様子も考えなければならない」「患者だけでなく周囲が安心する説明や言葉がけの重要性を考える視点が広がった」との実感が共有されました。患者本人への対応だけでなく、周囲の環境や家族の存在を含めて状況を捉える必要がある――その気づきが言葉になりました。

また、実習後のリフレクション(内省)にシミュレーターを活用したところ、校内のまとめでは実習を終えているからこそ集中力があり、より深い場面の振り返りや生徒同士の情報共有にもつながるなど内容がより発展的になりました。

分野の特性に応じた活用を積み重ねることで、観察の幅を広げる学びにつなげています。

シミュレーターで手術後の患者の看護を学ぶ。
シミュレーターで手術後の患者の看護を学ぶ。

体験から実践へ、そして振り返りへ

​VRで状況を体験し、シミュレーターで実践し、振り返りで整理する。この流れが、桃陵高校の学習構造です。体験を“入口”にし、実践で確かめ、振り返りで学びとして定着させる。その循環が意図されています。

シミュレーターでは心電図や血圧などのバイタルサインを確認できます。例えば、患者の体位変換を行った後に血圧や脈拍がどう変化したかを確認し、「この対応は適切だったのか」をグループで検討を重ねます。体験だけで終わらせず、客観的なデータを手がかりに判断を振り返ることができます。こうした行動とデータの数値を照合することで、判断の妥当性を検証するのです。体験を感覚で終わらせず、根拠を伴う学びへとつなげていく。「こう感じた」だけではなく、「こう見えた」「だからこう判断した」。この積み重ねが判断力を支えます。

こうした反復が、看護職として必要な観察力と判断力を育てています。さらに対話力も欠かせません。自分の判断を説明し、他の生徒や教員の意見など他者の視点を取り入れること。VRやシミュレーターを活用した授業の中で繰り返し経験を重ねること。実習でより深い気づきや学びにつながる学習が行われています。

今後の展望

学校の方針は明確です。「DXは目的ではありません。目的は生徒の成長です。」
 
挑戦を許容する文化、失敗を責めない風土。小さな改善を積み重ねる姿勢が、校内に根づき始めています。校内研修では活用事例が共有され、授業公開週間には他教科の教員も見学に訪れます。DXは特定教科にとどまらず、学校全体へと波及し始めています。授業改善の会話が、教科を越えて交わされるようになってきました。

R8年度は電子カルテの導入を検討しています。

より医療現場に近い環境を整え、学びをさらに深化させていく方針です。

機器の導入が目的ではありません。生徒が自ら考え、判断し、他者と対話できる力を育てる
こと。そのために、桃陵高校は今日も授業を設計し続けています。学びを支えるのは機器そ
のものではなく、それをどう活用し、どう設計するかという視点です。そうした実践の積み
重ねが、現在の授業を支えています。

※本記事は実践事例を広く紹介することを目的としており、記事内において一般に販売している商品、機器等に言及している部分がありますが、特定の商品等の活用を勧めるものではありません。学校が一般に販売されているものを活用する場合は、活動内容や各学校の状況等に応じて選択してください。
※本記事の情報は取材時点(2026年1月)のものです。

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