【2025年5月コラム】国際スポーツ大会開催の価値や意義を社会や地域にもたらすために

早稲田大学スポーツ科学学術院 教授 髙橋義雄
 

 ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックにつづき、2025年には東京2025世界陸上や東京2025デフリンピック、そして2026年に愛知・名古屋アジア大会・アジアパラ大会が開催されます。本稿では、国際スポーツ大会を開催することで社会や地域にもたらす価値や意義について述べたいと思いますが、結論から言うと国際スポーツ大会の価値や意義は招致、準備、大会本番、大会後のフォローなどのマネジメントしだいで決まると考えられます。
 まず、開催を希望する前に国際スポーツ大会にはさまざまなタイプがあることを知らなければなりません。具体的には、総合競技大会なのか、単一競技大会なのか、そして参加選手数や競技種目数、単発の大会なのかもしくは国際リーグなど将来にわたり開催が繰り返されるのか、また観戦中心か市民が競技に参加する市民レベルの大会なのかによっても国際スポーツ大会は様相が異なります。

RWC2019におけるボランティア活動の様子

ラグビーワールドカップ2019会場にて活躍するボランティア

 

 招致を検討した場合、まずは海外で実際に行われている招致を目指す大会の視察は必須と考えられます。大会の規模や予算を計画するためにも地元開催を想定した、施設、運営スタッフ、自治体や協賛企業の協力など可能性を検討することから始まります。地元住民の賛同、そして自治体や協賛企業の協力を得るためには、地元が抱える社会課題を事前に把握して大会が地元社会に受け入れられるためのミッションやビジョンをつくり、それを共有してミッションやビジョンの実現のための仕込みを行うことが大事になります。スポーツ大会ですから、競技者や最高のパフォーマンスを発揮できるような準備が前提になりますので、多くの関係者がこのことに注力するのは当然ではありますが、それだけでは競技に興味をあまり持たない地元住民からは賛同を得ることができません。

 国際スポーツ大会は、これまでの研究からプラスの効果とマイナスの効果があることがわかっています。例えば、国際スポーツ大会の効果を発揮させるための考え方に「レガシーキューブ」(Preuss, H.,2010)があります。このキューブは、3次元で構成され、ポジティブ(positive)とネガティブ(negative)、計画的 (planned)と偶発的(unplanned)、有形 (tangible)と無形(intangible)に分けると8個のさいころが組み合わさってキューブができます。ポジティブで計画的で有形なものは理解されやすいですが、ネガティブで偶発的な事象については極力それをマネジメントして減らしていく努力が大事になります。

レガシーキューブ

レガシーキューブ

出典:Preuss, H.(2010) The Conceptualisation and Measurement of Mega Sport Event Legacies. Journal of Sport & Tourism, Published online: 04 Dec 2010より

 

 オリンピックは、国際オリンピック委員会が5つの視点からもたらす価値や意義を示しています。5つの視点とは、スポーツ・運動実施率の向上、アスリートが支援される仕組み、スポーツ価値向上といったスポーツの視点、次にボランティア意識の醸成、コミュニティ再生、障がい者への意識向上、国際化といった社会の視点、3つ目に環境負荷の低減、新技術の開発・普及といった環境に配慮した視点、4つ目に都市インフラといった都市の視点、最後に経済成長という経済の視点が指摘されています。ただこれらの価値や意義は、短期的なものや長期的なもの、さらには費用対効果を理解してマネジメントしていくことが大事になります。昨今の国際スポーツ大会は、環境負荷を極力下げること、SDG’sを意識した取り組み、経済的な財政負担についても高い意識がないといけません。
 ここまでの説明でわかるように、国際スポーツ大会は開催すれば自然と社会や地域に価値や意義をもたらすものではないことがわかったと思います。これから国際スポーツ大会を開催するためには、まず開催の目的を明確化すること、そしてその目的にむけて計画段階から成果をあげるための仕込みをすることが大事になります。さらに準備段階では、計画の進捗に対する成果評価を行い、大会の主催者である国際競技団体、協賛企業、行政とも連携して価値や意義を増幅(レバレッジ)させ、大会後もその遺産(レガシー)を引き継いでマネジメントしていく体制を残していかなければなりません。最後になりますが、もっとも大事なのは地元住民を取り残さないことです。そのために市民との丁寧なコミュニケーションを大会組織委員会のスタッフすべてがこころがけ、みんなが大会を開催してよかったと言える関係をつくっていきたいものです。

 
神戸世界パラ陸上を観戦する自動

神戸2024世界パラ陸上競技選手権大会における児童の観戦の様子 ©Kobe 2024/WPA

 

【コラム執筆者】

 
髙橋先生顔写真

 

髙橋 義雄

 早稲田大学教授・博士(スポーツウエルネス学)、国際大会運営人材育成支援事業プログラム開発等会議座長
1998年より名古屋大学助手、筑波大学大学院准教授を経て、2024年から現職としてスポーツウエルネス学を教育・研究。その他、日本卓球協会評議員や日本女子ソフトボールリーグ機構では監事などを務め、FIFA2002に関与した経験も持つ。