【2025年コラム6】バスケW杯の成功と実現に向けた苦労や、大会レガシーを踏まえた今後の沖縄県の取り組みとは?


 FIBAバスケットボールワールドカップ2023沖縄大会(以下、バスケW杯)は、バスケットボールワールドカップとしては初めて3か国共催(日本・フィリピン・インドネシア)でおこなわれた大会である。さらに会場の一つとなった沖縄県は、ワールドカップ級の大会が開催されるのが初めてということもあって、まさに歴史的なイベントとなった。
 大会から約2年が経った今、当時を振り返ってどんな苦労があったのか、そしてバスケW杯のレガシーが今の沖縄県にどのように受け継がれているのか、FIBAバスケットボールワールドカップ2023開催地支援協議会事務局次長として、開催県職員で唯一大会の開催地支援の構想段階から大会終了まで全期間通じて大会準備に携わった中村氏と、現在の沖縄県文化観光スポーツ部スポーツ振興課長で、沖縄県のスポーツ振興の中心を担っている宮城氏の2名にお話を伺った。

 

中村様お写真

中村孝一
FIBAバスケットボールワールドカップ2023開催地支援協議会事務局次長(当時)

 

バスケW杯の成功と実現に向けた苦労】
 大会成功の鍵となったのは、地域全体で大会を支える仕組みづくりだ。バスケW杯日本組織委員会、国(沖縄総合事務局)、県、市町、県教育庁、県警、スポーツコミッション(県スポーツ協会)、沖縄観光コンベンションビューローで構成される開催地支援協議会(以下「協議会」)を立ち上げ、その下に県内全41市町村が参画する市町村連絡会を整備した。協議会メンバー以外にも、県バスケットボール協会をはじめとした、地元企業、各官公庁の沖縄事務所、琉球ゴールデンキングス、内閣府、スポーツ庁など、多くのステークホルダーのバスケW杯を成功させたいという思いが、協力、支援、連携という形で行われた。「各主体の連携がピタッとはまったことが成功の最大要因でした」と中村氏は振り返る。
 県全体で大会を盛り上げるためにも、特に離島で暮らす子どもたちを取り残すことがないように、バスケW杯を通じて様々な企画を実施した。例えば、女子日本代表の馬瓜エブリン選手のバスケットボールクリニックを宮古島・石垣島で開催、また座間味島の子どもたちにはオンラインで共同開催国であるインドネシアのこどもたちとの交流の機会を提供、日本の有人離島最南端の波照間島まで優勝トロフィーを携えた出張授業も行った。そして、なんといっても全41市町村の約一万人の子どもたちを大会に招待することで、沖縄県の子どもたちに、世界に目を向けるきっかけを与えたのだ。観光繁忙期のため、離島に住むこどもたちの移動手段にも苦労したが、旅行会社と連携し、早期に輸送手段を確保するなど、計画的に取り組みを進めた。また、台風の影響で会場に来られずバスケW杯を観戦できなかった子どもたちには、大会後にバスケW杯の会場となった沖縄アリーナへ琉球ゴールデンキングスの試合に招待するなど細やかな対応を行い、「離島の子どもたちを忘れない」施策を行った。
 さらに、大会が開催される沖縄アリーナ周辺だけでなく、那覇市などにファンゾーンを設置し、仮設のバスケットコートでのイベントや、パブリックビューイングを実施することで、会場に足を運べない人もバスケW杯を楽しむことができる仕掛けを用意した。FIBA公式ファンゾーンを那覇市に、サテライトサイトは沖縄市に加え、北谷町、宜野湾市に設置することで、会場近く以外も巻き込んだ大会づくりを目指したのだ。これも沖縄県内の全41市町村を巻き込んだ大会づくりをしたいという思いからFIBA(国際バスケットボール連盟)やバスケW杯日本組織委員会と調整の上、実現した企画である。

ファンゾーンの写真   

大会中のファンゾーンの様子
 

 一方で、運営はノウハウゼロからの出発であり、中でも大会にあたっての交通整備は喫緊の課題であった。沖縄は車社会で渋滞が起きやすく、さらにメイン会場となる沖縄アリーナはモノレールだけでは行けない立地。同じ会場を使用する様々なイベントにおいても渋滞の課題が生じていたこともあり、「沖縄開催にあたって避けては通れないのが渋滞対策でした」と中村氏は語る。そのため県警と連携し信号機の間隔調整を行ったり、選手輸送バス等の関係車両をパトカーで先導することで遅延リスクを軽減したり、会場周辺では基本的に関係者以外の車両立ち入りを制限したりと、徹底的に対策を行った。また観客には、自家用車ではなく協議会が運行する無料シャトルバス等の公共交通機関での来場を促し、それ以外にも競技時間に合わせてモノレールの終電延長や路線バスの増便、タクシープールの整備により会場にタクシーを集約可能とするなど、輸送面の徹底した対策を講じた。


日本対フィンランド戦

FIBAバスケットボールW杯2023 日本vsフィンランド
©FIBA ©JBA
 

沖縄県に根付く、バスケW杯のレガシーとは?】
 このようなバスケW杯での取り組みは、現在の沖縄県のスポーツ界にとって大きな財産となっている。
 国際スポーツ大会の大会運営ノウハウはもちろんだが、スポーツで地域が盛り上がるという経験が、その後のバスケットボール界、沖縄県のスポーツ界に影響を与えたのは間違いない。沖縄はバスケを通じて新しいアイデンティティを獲得し、今やバスケットボール界にとって一種の聖地となっている。もちろん、大会開催年に公開されたバスケットボール漫画の映画作品の大ヒットや、琉球ゴールデンキングスの優勝は沖縄県でのバスケットボール熱の高まりには寄与したものの、開催前年の認知度調査ではバスケW杯が沖縄県で開催されることを知っていた人は6%程度にすぎず、それらが大会自体の盛り上がりに直結していたわけではない。そのため「各関係者が辛抱強く、バスケW杯の機運醸成に取り組んでくれたことが、その後の大会成功に結び付いた」と中村氏は振り返る。バスケW杯では、県内を中心に集まった多くのスポーツボランティアが大会を支えており、全41市町村を巻き込んだ子どもたちの招待、子どもたちとバスケW杯出場国メンバーや車いすバスケットボールプレーヤー等様々なトップアスリートとの交流、離島を含めた県内全域の小中学校でバスケW杯参加国の料理を給食で提供する等、バスケW杯をきっかけとした様々な取組が打ち出されていたことから、沖縄県全体に国際スポーツ大会を応援する文化が形成された。これらバスケW杯の成果や、それに伴う沖縄県でのスポーツ熱の高まりは、大会のレガシーとして今に引き継がれている。なお、W杯開催後にW杯のレガシーを根付かせ、さらに今後も引き続き発展・有効活用することを目的に沖縄県とJBA(日本バスケットボール協会)は「沖縄県のスポーツ振興に関する連携協定」を締結した。そして、バスケW杯2027アジア地区予選の沖縄開催も決まったところである。
 現・沖縄県スポーツ振興課長の宮城氏は「バスケW杯は世界でみても大規模大会で、沖縄県にとってもインパクトが最も大きい国際スポーツ大会であったのは間違いない。なので、翌年に開催されたデフバレーボール世界選手権や2025年に開催されたWBSC U-18 野球ワールドカップ等の盛り上がりを見ると、明らかにバスケW杯のレガシーが残っている」と述べる。
 例えば、2025年のWBSC U-18野球ワールドカップの直前には、全国高等学校野球選手権大会で沖縄県代表が優勝する、というバスケW杯と似たような追い風もあり、壮行試合を含めた大会期間中は、常に地元の人中心に観客が会場に足を運んで大会を盛り上げていた。さらにWBSC U-18 野球ワールドカップでは、地元高校生がグラウンド整備やボールボーイといった大会サポートを行い、それに対して観客側が声援や指笛を送る光景も見られ、国際スポーツ大会を支える側へのリスペクトの文化が醸成されていた。また、関係団体、大会開催に関わる事業者にとっても、国際大会開催におけるノウハウや自信につながっている。これはバスケW杯で作られた、地元開催の国際スポーツ大会への関心の高まり、地元事業者を含めたノウハウの蓄積、そして国際スポーツ大会を地域一体で応援する文化の形成のレガシーがあったからに他ならない。
 そして、施設整備もレガシーの一部である。38年前の国体施設を再整備し、環境にも配慮した競技環境を整える計画が検討されている。「施設を整備→大会を招致→地域が盛り上がるというサイクルを回し、沖縄をアジアのスポーツハブにしたい」と宮城氏は語る。

 
宮城様写真

宮城直人
沖縄県文化観光スポーツ部スポーツ振興課長
 

【「スポーツアイランド沖縄」への取り組みについて 

 「沖縄は一年を通してスポーツができる」。この強みを活かし、国内外の選手やチームを受け入れるスポーツコンベンションを推進することが「スポーツアイランド沖縄」を体現する柱になると、宮城氏は語る。そのためバスケW杯をはじめデフバレーボール世界選手権やWBSC U-18野球ワールドカップといった大会開催だけでなく、沖縄県ならではの「キャンプ地」としての役割を大切にしている。
 例えばバレーボール日本代表は事前キャンプ地として沖縄を選んでおり、世界トップ選手とこどもたちが触れ合う機会を増やしてきた。また沖縄県では長年野球をはじめとしたプロスポーツ等のキャンプも行われていることが多く、こどもたちに「上の世界に目を向ける」きっかけも与えることができる。
 そして、「沖縄は東アジアの中心に位置するため、アジアレベルの大会や事前キャンプの受け入れに適しています」と宮城氏は述べる。現に、今年の世界バレーはフィリピンとタイでおこなわれたことから、フランス代表やブラジル代表は沖縄で大会直前に調整練習や親善試合を実施した。必ずしも国際スポーツ大会を開かなくても、「スポーツアイランド沖縄」として国際的な立ち位置を築くことが可能となっている。
 また、今後沖縄県内のスポーツインフラは再整備される予定だ。6年後には那覇市内にフットボール専用スタジアムが完成予定で、野球に次いでサッカーの誘致も期待され、さらに9年後の国民スポーツ大会に向けて、施設の更新が進む予定となっている。こうした動きは、沖縄県が「スポーツアイランド」として発展する大きな後押しになる。地理的な利点と航空アクセスの利便性に加え、バスケW杯での輸送面の整備の知見を活用すれば更によい環境で大会が開催されることは間違いない。
 バスケW杯を機に火が付いた沖縄県のスポーツの機運醸成のレガシーは、今後もより大きくなっていくと考えられる。

 

(聞き手:EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社=神野・中山)
【インタビュー協力者】
中村様プロフィール写真

中村 孝一

2023年開催時:FIBAバスケットボールワールドカップ2023開催地支援協議会事務局次長
       (沖縄県文化観光スポーツ部スポーツ振興課スポーツ企画班長併任)
2025年現在:沖縄県総務部総務私学課私学・法人班長 
 2019年から2024年まで沖縄県文化観光スポーツ部スポーツ振興課にてスポーツキャンプをはじめとしたスポーツコンベンションの誘致・開催、オリンピック聖火リレー、沖縄県スポーツ推進計画策定等の業務に従事。2020年からはFIBAバスケットボールワールドカップ2023の担当として沖縄県における開催地支援に携わった。


宮城様プロフィール
宮城 直人
 沖縄県文化観光スポーツ部スポーツ振興課長
1994年に入庁し、これまでに人事部門や商工部門等に従事。2024年より現職として、デフバレー世界選手権2024沖縄豊見城大会、WBSC U-18野球ワールドカップ開催などに携わる。