ICEモデルを基軸として、全校的な探究型授業の展開を推進

熊本県立第二高等学校

 2017年より第4期スーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定されている熊本県立第二高等学校。全学科・全教科への探究型授業の展開を支えたのは、教科を超えて活用できる視点の導入や教員共通で使えるツールの作成であった。その取り組みの内容、そしてこの大きな改革を支えた学校組織の体制はどのようなものだったのか。
 全校での取り組みを牽引する、家庭科の田尻美千子先生、理科の福田秀夫先生、美術科の染森千佳先生に話を伺った。

熊本県立第二高等学校

目次

サマリー(事例のポイント)

各論点のポイント

  • ビジョン

    探究型授業の全校展開により、創造的復興をリードする人材を育成する

  • ミッション

    ・SSH部と授業開発部を中心として、他の校務分掌も巻き込み
    ・学年単位の連帯が、教科の縦割りを超えて機能

  • アクション

    ICEモデル、IDの導入や授業改善のための工夫の見せどころシートの作成による、教科を越えた取り組み

  • リフレクション

    「普通科」「理数科」「美術科」の相乗効果により、生徒の取り組みが深化

  • プロモーション

    「普通科」「理数科」「美術科」の存在を活かして、STEAM教育の先駆けに

ロジックモデル

ロジックモデル

挑戦者からのメッセージ

何を目指す?(ビジョン)

「普通科」「理数科」「美術科」を有する高校

 熊本県立第二高等学校(以下、第二高校)は、新学習指導要領による教育課程がスタートする2022年に創立60周年目を迎える歴史ある高校だ。1962年に熊本城二の丸に普通科として開校したのち、1968年に現在の熊本市東区東町へ移転した。移転直後の1969年には、当時の高等学校としては珍しい「理数科」を設置、翌年には「美術科」を設置するなど、県下の高校における理数教育や美術教育を先導してきた歴史を有している。
 2003年には文部科学省の推進するスーパーサイエンスハイスクール(SSH)*1 の指定を受け、2016年まで実に3期にわたり研究開発に取り組んできた。2017年には第4期SSHの指定を受けており、これまでの蓄積を生かしてもう一歩先に進むべく、現在まさに取り組みを進めているところである。

理数科の取り組みを全学科・全教科へ展開

 第3期SSHの中間評価の際、「理科・数学や、理科・数学以外の教科・科目においても、SSHの狙いを踏まえて課題の解決に向けて主体的・協働的に学ぶ授業への改善が図られているか」という評価項目が新たに位置づけられた。これを受けて同校では、第4期SSH指定期間においては、これまで理数科を中心に取り組んでいた探究活動を普通科・美術科にも展開し、また全教科・全領域で探究的な授業を構築することを大きなテーマとし、全校を挙げての取り組みに踏み出したのである。

2016年4月、熊本地震を経験

 2016年4月、熊本地震が発生し、同校の校舎は県内の公立高校の中で最も大きく損壊したほか、生徒・教員・保護者も大きな被害を受けた。しかしそのような厳しい状況下においても、同校では、震災復興のために自分たちに何ができるかを考え、主体的に動こうとする生徒の姿があったという。
「これこそ第二高校が育てたい人材を体現した姿なのではないか」

  1. 「生徒の科学的能力及び技能並びに科学的思考力、判断力及び表現力を培い、もって、将来国際的に活躍し得る科学技術人材等の育成を図ること」を目的に、理数系教育に関する教育課程等の研究開発を行う高等学校等を文部科学省が指定し支援している。

 そのような生徒たちの姿をきっかけとして、教職員らは改めて生徒に育成したい資質・能力の検討を行い、「みつめる力」「きわめる力」「つなげる力」の3つの力を抽出した。そして、この3つの力を備え、主体的に行動する人材(創造的復興をリードする人材)を育成するという目標を学校全体で共有すると同時に、第4期SSHの重要な研究開発課題を、「熊本地震の経験を課題発見につなげ、科学的視点から熊本の創造的復興をリードする人材の育成」と定めたのである。

(図表)育てたい3つの資質・能力

(図表)育てたい3つの資質・能力

育てたい3つの資質・能力を整理したうえで、それらを構成する具体的な9つの力を設定した。
(出典)学校資料より作成

どのように進めていく?(ミッション)

全校展開を支える校内組織

 同校には、探究活動の計画や運営・評価を行うSSH部と、全般的な授業改善や普通科・美術科の計画・運営に取り組む授業開発部という分掌があり、その両者が連携することによって全校的な取り組みの推進を行っている。SSH部及び授業開発部の下には、全職員所属の「SSHワーキンググループ」が位置付けられているが、今後教科会や学年会等との連携を一層強めていくことで、全校的な取り組みを押し上げることが期待されている。
  「探究型授業を全教科に展開するには、『教科会』や『学年会』との連携が不可欠です。また、今後は、シラバス・カリキュラムのマネジメント、授業評価を行う『教務部』や、キャリア教育・進路研究、新しい大学入試の研究を行う『進路指導部』をより巻き込んでいくことができれば、全校一体となった動きが加速すると感じています」(福田先生)

(図表)第二高校SSH組織

(図表)第二高校SSH組織

(出典)学校資料「スーパーサイエンスハイスクール 第1年次研究開発 実施報告書―第4期SSH研究開発の成果」より抜粋

探究型授業は、「これまでの積み上げを組み替えた」もの

 また、若手教員からベテラン教員まで、広く先生たちを巻き込むことができた理由としては、次のような教員のマインドセットの影響も考えられそうだ。
 「ベテラン教員には、これまで積み重ねてきた授業実施のノウハウがあります。探究型授業は、これまでのやりかたにプラスして新たに始めるものではなくて、あくまでこれまでの蓄積を組み替えて実施するものだという認識を生んだことが、多くの教員からの理解が得られた一つのカギとなっていたのではないでしょうか」(染森先生)
 探究型学習やアクティブ・ラーニングが着目されるようになった昨今、新しい取り組みや指導方法に目が行きがちではあるが、ベテラン教員のノウハウは決して時代遅れになるものではない。むしろ、それらを改めて見つめなおし、組み換え、アレンジすることで、若手教員にノウハウが共有されるとともに、効率的な改革推進が可能となったのである。

何をする?(アクション)

「科学家庭」が先導した、ICEモデルの導入

 SSH指定第3期に、理数科の学校設定科目として始まった「科学家庭」では、より深い学びを実現させることを目的に、ICEモデルの視点を導入した授業を展開している。ICEモデルとはカナダで開発された学習・評価のモデルで、Ideas(知識)、Connections(つながり)、Extensions(応用)の3段階で学びの質をとらえようとするものだ。家庭科の田尻先生によると、ICEモデルは、従来から家庭科で取り組まれていた「ホームプロジェクト*2 」と非常に親和性が高く、これなら違和感なく導入できると感じたのだという。
 「探究型授業を広げていくにあたって、ICEモデルの視点を活用できる教科は他にもたくさんあると感じました」(田尻先生)
 そして同氏がSSH部へICEモデルの活用を提案したことにより、全教科での探究型授業の基礎となる「二高ICEモデル」の作成へとつながっていく。

  1. Project Based Learning(PBL)の一種で、授業で学んだ知識を実生活の事柄と結び付けて理解し、より質の高い学びを実現しようとする体験学習。

(図表)二高ICEモデル

(図表)二高ICEモデル

(出典)学校資料をもとに作成

育てたい資質・能力との掛けあわせによるモデルの深化

 同校では前述のとおり、生徒に育てたい資質・能力を、「みつめる力」「きわめる力」「つなげる力」の3つに整理したうえで、それらを構成する具体的な9つの力を設定した。授業設計や学習の評価においては、これらを重要な要素と捉え、ルーブリック評価表にもこの視点が盛り込まれている。同校の探究型授業は、「ICEモデル」×「3つの育てたい資質・能力」の掛けあわせによって、より第二高校独自のものに深化したのである。

(図表)「ICEモデル」×「3つの育てたい資質・能力」によるルーブリック評価表

(図表)「ICEモデル」×「3つの育てたい資質・能力」によるルーブリック評価表

(出典)学校資料「平成29年度指定 スーパーサイエンスハイスクール (研究テーマ2)第1年次 探究型授業の開発 見せどころ設計マニュアル」より抜粋

教員への普及を促すツールの開発

 探究型授業の全校的な展開に大いに寄与したのが、この「授業改善のための工夫の見せどころシート」の作成であった。「授業改善のための工夫の見せどころシート」は、教科の垣根を越えてICEモデルの視点を取り入れるためのフレームワークとして、同校独自に検討・開発されたツールである。このシートの存在によって、各教員は効率的にICEモデルを用いた授業の枠組みを設計できるようになり、より授業の内容を深める(科学的に探究する)ことに注力することが可能になったという。
 またこのICEの視点が盛り込まれた見せどころシートは、より効果的で魅力的な学習を実現し、学びの質を高めるための方法論であるインストラクショナルデザイン(ID)で作成されたフレームであり、当該分野の第一人者である熊本大学の鈴木克明教授からもシート設計についてアドバイスを受けている。このように、外部の専門家の知見も活用しながら、見せどころシートはブラッシュアップが図られたのである。

(図表)家庭科における「授業改善のための工夫の見せどころシート」(一部抜粋)

(図表)第二高校SSH組織

(出典)学校資料「平成29年度指定 スーパーサイエンスハイスクール (研究テーマ2)第1年次 探究型授業の開発 見せどころ設計マニュアル」より抜粋

探究型授業を支える各種ツール

探究型授業を全校的に推進していくためのツールとして活躍する「ルーブリック評価表」や、「授業改善のための工夫の見せどころシート」「定期考査試験 採点基準」。いずれもICEモデルの視点を取り込み、生徒の「深い学び」の実現に寄与している。

どう振り返る?(リフレクション)

「普通科」「理数科」「美術科」があることによる相乗効果

 2017年より本格的に探究型授業を全校展開し、今まさに取り組みの最中にある同校であるが、普通科・理数科・美術科の取り組みの協働により、予想外の相乗効果が生まれていると染森先生は言う。
 「たとえば美術科の生徒は、理数科の生徒の鋭い視点の発表を見て、自分たちの発表内容についてもう一段深めようという努力をするようになったように見受けられます。反対に理数科の生徒は、美術科の生徒の分かりやすくデザイン性に優れた発表に刺激を受け、きれいなスライドを作るようになったようですよ」(染森先生)
 一方で、学習内容と進路とが直接的に関係する美術科においては、他の学科と合同で探究型授業を実施する方法では、生徒の学びが実を結びにくいという課題もあったという。同校における取り組みをよりよいものにしていくためには、これからも一つひとつの取り組みを振り返りながら、試行錯誤を続けていくことが必要なのだろう。

もう一歩先へ!(プロモーション)

STEAM教育の実現

 近年、AIやIoTなどの技術進展により社会は変容し、社会に求められる人材の在り方も変化を見せている。そんな中、新しい社会で必要とされる能力をはぐくむ教育として着目されつつあるのが、「STEAM教育」だ。STEAMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術)、Mathematics(数学)の頭文字をとったもので、これらの分野を横断的・統合的に学ぶことで、AIやロボットを「使う側」としての、「創造的」な人材を育成しようとしている。
 先生方のお話からは、確実に「創造的復興をリードし、主体的に行動する生徒」が育ってきているという確信がうかがえた。今後も、第二高校の進化を見守りたいと思うとともに、同校が日本のSTEAM教育を牽引していくことにも期待を寄せたいと思う。