山梨県立吉田高等学校
富士北麓に位置する地域の伝統校、吉田高校。学力や進学実績という目標に留まらず、新しく8つの力「吉高GP」を教育目標として明文化した。生徒や教職員の自然発生的な取り組みの連鎖により、「吉高GP」の考え方は急速に浸透する。自発的な取り組みが波及したのは一体なぜなのか。その背景と、取り組みの連鎖がもたらした成果に迫る。
「吉高GP」の発案者、吉田高校の髙保裕樹校長に話を伺った。
生徒と教員(写真右側)、保護者(写真左側、名札あり)が三者一体となって、よりよい学校づくりに取り組んでいる。
社会の変化を踏まえ、曖昧な学校目標を見直し、具体的な8つの育てたい力を「吉高GP」として明確化
生徒や教職員の自然自発的な取り組みの連鎖によって、加速度的にビジョンが浸透
「吉高GP」を用いた生徒観察、授業改善、学校行事見直しなどの実施
変化する社会の中で、生徒と共に不断の対話を目指す
「意識を共有し、方法を指定しない」という理念が大きな推進力に
左から、上村泰子先生(3学年主任)、髙保裕樹校長、舟久保豊先生(2学年主任)
富士山の北麓、富士吉田市に位置する山梨県立吉田高等学校(通称:吉高)。2017年に創立80周年を迎えた伝統校で、晴れた日には校内から望む堂々たる富士山が印象的だ。同校は、例年多くの国公立大学進学者を出すなど県内有数の進学校であり、かつてより地域の期待を一身に受けて歩んできた。
髙保校長が同校に赴任したのは2017年。開校以来「純剛(ジュンゴウ:真・善・美を追求する)」「百折不撓(ヒャクセツフトウ:幾度失敗しても志を曲げないこと)」という校訓を掲げ、「質の高い文武両道」という校風のもとに多くの生徒の成長を後押ししてきた。一方で、その下に位置づけられる教育目標は長らく変わっておらず、目まぐるしく変化する社会に対応できていない危機感があったと髙保校長は話す。
従来の教育目標は、何を目指すのかが曖昧で教職員の中で共通認識が生まれていなかった。 ―「確かな学力」とは何か?「豊かな人間性」とは何か?― 教職員、さらに言えば目標を体現する生徒自身が掲げる目標の目指すところを理解しないままでは、目標が形骸化してしまうというのが、髙保校長の問題意識である。
こうした想いから出発し、校長を中心に考案したのが、「吉田高校グラデュエーション・ポリシー(通称:吉高GP)」だ。どのような生徒を育てたいかという「教育の目的」の定義を明確化したうえで、目的の実現に必要なものとして8つの力を掲げ、それを「吉高GP」として教育目標に謳っている。このように、教育目標を「育成したい力」にまで読み下したことで、目標が具体性を帯び、皆が理解し、常に意識することのできるものとなったという。
「赴任1年目は、ひとまず『吉高GP』という言葉の定着を目指し、動き出しには1年を要することを覚悟していました」と髙保校長は語る。しかし現実には校長の予想を超え、「吉高GP」の考え方は急速に浸透していくこととなる。
その理由として、生徒や教員による自発的な取り組みが同時多発的に起こったことが大きなポイントであった。例えば、生徒が主体的に学年合同集会を企画し、「吉高GP」を使ったゲームを行ったこと、教員が自主的に単元計画や授業振り返りシートに「吉高GP」を関連付けたことなど、校長主導ではない形で「吉高GP」の浸透が進んで行った。
当時を振り返って、髙保校長は「生徒の動きが先導したことが大きかった」と言う。生徒が「吉高GP」に理解を示し、積極的に取り入れていく姿を見たことで、校長自身、また教職員や保護者も背中を押される形になったという。
なぜ生徒や教職員から自発的な取り組みが生まれたのか?そこには、複数の要因があった。
まず、「吉高GP」で掲げる8つの力が、生徒の今後の人生に必要な能力として納得感があったことがポイントであった。生徒や保護者は、目まぐるしく変化する社会に対して「このままでよいのだろうか」というある種の不安を抱いており、そこに登場した「吉高GP」の考え方は多くの賛同を集めることができた。
「吉高GP」がすべての授業や学校行事に結びつくものだったことも、生徒に普段の教育活動が何のためになっているのかを意識させ、同時にGPの納得感を深めることに寄与している。GPに一度納得を得た生徒は、前述のとおり合同集会を企画するなど、次々と自主的に動き出し、教員も驚くほどの深い考察を生み出すこともあったという。
加えて、従来の学力・進学実績といった教育目標から脱却し、社会に繋がる力の養成を目標に掲げたことは、保護者や近隣中学からの理解を得て、彼らとより前向きな形で目標を共有することにもつながった。これまで、「進学指導の学校」という誤解をしていた保護者や近隣中学校からも好意的な反応が寄せられるなど、周囲との関係性も徐々に変化していくことになる。
教職員においては、元々の「学年主義」という風土が影響していそうだ。授業や学年行事については適宜学年ごとの話し合いで物事を進めていたため、スピーディーな動き出しが可能になった。学校全体で足並みを揃えることを必須とはせず、他学年に良い取り組みがあれば柔軟に導入するなど、学年ごとの主体性と風通しの良さがあった。
「持続的に取り組みを進めていくためには、やりたい人が創意工夫をしてやれるような環境が重要」と髙保校長は言う。校長が主導して体制や方針を整えるのではなく、「吉高GP」という考え方・意識を共有したうえで、取り組みは個々の人物に一任する。その在り方も、「吉高GP」の加速度的な広がりを後押ししたのだろう。
「吉高GP」の考え方を導入して間もなく、1学年でGPを用いた生徒自身の自己評価が行われるようになった。生徒は8つの力をどのくらい体現できたかについて2か月ごとに評価シートに記入し(「GP評価シート」)、期末には年間を通しての自己評価結果が教職員のコメント付きで返却される(「吉高GP振り返りシート」)。
「吉高GP振り返りシート」は、自己評価の点数の高低ではなく、評価点数の推移に着目してみることが重要であるという。特に「自己肯定力」については注意が必要で、自己肯定感が低下している生徒に対しては、何か不安を抱えているのではないか、フォローの必要はないかなど、学年部会にて取り上げ、生徒へのきめ細やかなケアができるよう心掛けられている。
教育目標の実現に向けた取り組みとして、各教員が積極的に「吉高GP」を用いた授業改善に取り組んでいる。その先駆けとなった数学科の学習指導計画においては、単元の評価基準(知識・理解/数学的な見方や考え方 など)がどのGPと関連しているのか、また各単元の学習内容がどのGPを育成するのかを表として整理している。その他、校長が行う授業評価シートにも、「吉高GP」の考え方が取り入れられているなど、個々の取り組みが全体として融合し、うまくバランスが取れているようである。
さらに取り組みは、学校行事の見直しにも及んでいる。同校では、学校行事と「吉高GP」の関係性を示す一覧表を作成し、各行事がどのような力を伸ばすのに役立っているか整理を行った。2017年の冬には、教育課程の作成を行っていた教育課程委員会をカリキュラム・マネジメント委員会に変更し、同委員会に「吉高GP」を用いた学校行事の見直しの役割を持たせ、本格的な推進に乗り出している。各行事の育成する能力に重複があれば行事の整理統合を考えるなど、学校行事の意義に改めて目を向けることができるようになったという。
吉田高校では、生徒に身に着けてほしい8つの力を教育目標「吉高GP」として明文化し、これに基づいた授業改善や学校行事の見直しを行っている。下記資料はそれらの取組で活用されるシートの一例である。吉田高校の教職員が自発的に作成しており、各教職員で個別に作っているものが横展開するなどして、「吉高GP」は今や学校運営の中心にあると言っても過言ではない。
「吉高GP」の考え方が導入されて2年、生徒や教職員の自発的・主体的な動きは加速度的に増えているものの、取り組みはまだまだ発展の途上にある。「吉高GP」1期生である生徒が卒業する2019年は、一つの振り返りのタイミングとなるのかもしれない。
「現在掲げている『吉高GP』の8つの力を見直すことは、やぶさかではありません。幸い現在は生徒の中でこの8つの力が理解され、大事にされていますが、変化し続ける社会の中にあっては、教育目標について語り合い続けることは重要です。今後は、生徒も交えたかたちでの見直しを行っていければよいと考えています」(髙保校長)
教職員と生徒が共に、学校一体となって教育目標のリフレクションを続ける。吉田高校の挑戦はまだまだ続きそうだ。
2017年に「吉高GP」を導入して以降、取材や講演依頼が相次ぐなど、同校は取り組みについて発信する機会に多く恵まれた。地元内外から注目されることも増え、取り組みの方法を教えてくれという声もあるが、「学校訪問を受けるときには、ありのままの姿を見せるようにしています。大切なのは、「何をしているか」ではなく「何を意識しているか」です。意識は生徒や先生方の主体性そのものなので、私は何もしていません」(髙保校長)と、あくまで自然発生的な取り組みの連鎖によって発展したのだという姿勢を崩さない。校長の、「意識を揃えて方法を指定しない」という言葉が印象的であったが、その言葉の通り、「吉高GP」という共通の目標を持ったすべての人々の自発的な取り組みが、今後も吉田高校を形作っていくのだろう。