デジタルラボを全科で利用。生徒の創造性を発揮したものづくり

農業

公立

愛媛県

愛媛県立西条農業高等学校

アプリ開発などのものづくりを通して創造性を発揮。地域課題の解決につなげる:愛媛県立西条農業高等学校

  • 取材・文・撮影:西田理乃(教育家庭新聞社)
  • 編集:TOPPAN
  • 素材提供:愛媛県立西条農業高等学校

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愛媛県立西条農業高等学校は市内唯一の農業科の単科高校です。スマート農業人材育成に向けて一部の教科・学年でプログラミングやローコードアプリの開発などに取り組んできました。その取組を全科に広げるため、DXハイスクールの採択をきっかけに、2025年度から「食農科学科」「環境工学科」「生活デザイン科」の各学科1・2年で「農業と情報」4単位を設定し、3年では課題研究に取り組むとともに「デジタルラボ」を設置して生徒の創造拠点とすることを目標にしています。

お話を伺った先生

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野田 昇吾(のだ しょうご)先生 食農科学科

2010~2012 年、青年海外協力隊員としてアフリカで野菜栽培に関する活動に従事。市内農業高等学校を経て2017年度同校着任。2022年度まで生活デザイン科長。Microsoft認定教育イノベーター(MIEE)、Google認定教育者Level 2、Apple Teacherを取得。

先生からのひとことメッセージ
動画サムネイル
文部科学省/mextchannel | YouTubeへ遷移します

事例概要

実践している学校・学科

愛媛県立西条農業高等学校・食農科学科 環境工学科 生活デザイン科

利用しているデジタル教材・デジタル環境

情報端末(iPad)、iPad Pro、高性能PC (Surface Laptop)、Raspberry Pi 5、デジタル刺繍ミシン、レーザーカッター(XTOOL)、3Dプリンタ、VRゴーグル、生徒用端末(県による配備)、Microsoft 365、FileMaker Pro、Python、Canva、Tinkercad、Figma(予定含む)

どのような学びが可能になったか

・デジタルラボによる、生徒のアイデアを具現化したり創造性を発揮したりできるものづくり。

・地域課題の解決に向けたアプリの自作。

支援や事前準備のポイント、工夫

・事前に3Dモデリングや加工に適したデータ(SVGなど)作成のスキルを身につけさせておく。

・3Dプリンタやレーザーカッター、デジタル刺繍ミシンではさまざまなものを制作できるが、出力するものは学校での学習に活用できるものとし、日頃の学習の成果を実感できるように工夫。

導入・活用の成果・今後の予定

・DXハイスクール事業による機器が導入されたばかりだが、2月に行われた高校生レストランでは早速、デジタル刺繍ミシンでのぼり旗を、レーザー加工機ではオリジナル箸置きを制作。従来ではできなかったものづくりが可能になった。今後はあらゆる科目での導入機器の活用と授業外での活用ができるように校内研修を実施していく。

・自分のアイデアやデザインが実物として具現化されることで、創造力を刺激するとともに取組への意欲が向上。技術やスキルも身につきやすくなる。

・アプリの活用により調査や記録作業の時間が短縮するなどの業務の効率化。

・農業に関する最新の技術を学ぶことで興味・関心が高まる。

・2025年度から大きくカリキュラムを変更し、全科1・2年で「農業と情報」を必修化。3年で課題解決学習に取り組む。

農業DXに貢献できる人材育成に向けてアプリ開発

市内唯一の農業科の単科高校として、地域の農業DXに貢献できる人材を育成したいと考えています。AI時代においてテクノロジーを活かすためには一層、創造性が重要になります。

地域の身近な課題を解決するような創造性を発揮するためのスキルの一つが、プログラミングなどの情報技術であると考え、自身が生活デザイン科長を務めていた2020年度、同科3年で学校設定科目「農業情報活用」を設定し、プログラミング教育に着手しました。また、同年にパナソニック教育財団の助成を受け、「タブレットとFileMakerを活用した主体的・対話的で深い学びの実践 ~スマート農業の実践~」をテーマに、生育管理アプリや農業高校レジシステムを開発し、実際に利用しました。

従来の経験や勘に頼る農業ではなく、データを活用することで農業課題を解決できる可能性を実感させたいと考えたためです。しかし、市販の農業用アプリは高額なものが多いため、アプリを自分で開発できるような環境を整備しようと、iPadとローコード開発プラットフォームである「FileMaker」の利用にチャレンジ、生徒はアプリの活用と開発を通してデジタル技術の利便性を体験することができました。

この取組がソフトウェア開発会社である株式会社クラリスの目に留まり、同社のキャンパスプログラムに2021年度に採択。以後、同社からの講師派遣とFileMaker Pro 80台分のライセンスを継続して利用することができています。

さらに2022年度に再度、パナソニック教育財団の助成を受け、ホームルータ及びポータブル電源を整備し、1人1台端末を用いて圃場や温室内で生育状況を記録・保存することや動画による情報発信などにも取り組みました。

指導上の工夫~アプリの効果を実感してから開発を体験

最終的には生徒自身がアプリ開発をする力をつけることが目的ですが、まずはアプリなどの活用の利便性を体験させたいと考えました。第一段階として、教員がFileMakerを利用して農業高校レジシステムと生育管理アプリを開発し、それを授業や活動で活用することとしました。アプリ開発について未経験である教員の体験や進捗状況をそのまま生徒に伝えることも、生徒の学びにつながると考えたためです。

農業高校レジシステムは、本校で生産・販売している野菜や花などの管理を行うためのもの。生育管理アプリは、農作物の生育をデジタルで記録するものです。iPadで写真も撮影できますので、農作物の生育状況をこれまで以上に明確に把握できるようになりました。生育記録の平均値などの計算もすぐにできます。

アプリの便利さを実感した後に、生徒自身もアプリ作成を体験していきます。本取組の最中に導入されたGIGAスクール構想による1人1台の情報端末とクラウド環境(Microsoft 365)も活かすことができました。

課題を乗り越える~DXハイスクールをきっかけに取組を全科に拡大

これまで、財団の助成のほか、さまざまな事業に応募することで一部の学科、学年で行っていた成果を学校全体に広げ、持続可能な仕組みとする必要があると、かねてより考えていました。そこで2023年度「高等学校DX加速化推進事業(DXハイスクール)」に申請。DXハイスクールをきっかけに、2025年度から全学科の1・2年で「農業と情報」を必修化し、3年ではPBLによる課題解決学習に取り組む計画です。農業と情報は「情報Ⅰ」の代替科目となります。

そのための準備として2024年度は、食農科学科1年「農業と情報」では、1、2学期のWebデザインの授業においてHTMLやCSSの基礎を、2学期後半からはデータ収集・分析の学習でPython(プログラミング言語)を学び、3学期はFileMaker Proを利用したローコードアプリの開発に取り組みました。

アプリの設計には要件定義が重要です。そこで、本学習を通して、どのようなデータが必要なのか、レイアウト(Webデザインにおけるコンテンツの配置場所)をどうするかを考え、アプリの設計図やストーリーボードを作成しました。

アプリの設計図は、まずノートなどにどのようなアプリをつくりたいかを書き出し、必要なレイアウトやデータフィールドを書き出していきます。その後、「Figma」等のUIデザインツールを活用し、ワイヤーフレームを作成します。この流れはWebサイトのデザインを考える際も同様です。

愛媛大学と連携してプログラミングの授業を実施

生活デザイン科1年「農業と情報」では、農業におけるデータ活用に関する授業も実施。愛媛大学農学研究科の教授に協力を依頼し、大学に最新のシングルボードコンピュータ「Raspberry Pi 5」を2人に1台程度、計20台準備していただくことができました。生徒は授業でRaspberry Pi 5の組み立てを行い、温度湿度センサーのプログラミングを体験しました。愛媛大学とは、2016年度に愛媛大学地域協働センター西条が設置されて以来、スマート農業関連で多方面に連携しています。

Raspberry Piの最新バージョンであるRaspberry Pi 5は、PCと同様の感覚でプログラミングができ、CPUの性能やJavaScriptの処理能力も高く、FileMaker Proとは異なるタイプのアプリを開発できます。2025年度はRaspberry Pi 5を学校で41台準備する予定で、全員で温度湿度センサーのデータを取得・分析するなどのデータ活用に取り組みたいと考えています。

「デジタルラボ」で生徒の創造性を発揮するものづくりを支援

DXハイスクールにより2025年2月時点で、65インチのディスプレイ、デジタル刺繍ミシン、レーザーカッター、3Dプリンタ2台、高性能PC (Surface Laptop)が整備されています。これらの環境を「デジタルラボ」として、教員も生徒も、いつでも利用できるようにすることで、学びをさらに充実させる予定です。

大型のレーザー加工機とデジタル刺繍ミシンは、高校生レストラン(後述)や本校が育成している農作物・花などの販売活動の際に利用できると考えて導入しました。レーザー加工機は看板のほかネームプレートや箸置きの制作、センサー類を固定する器具の切り出し、播種(はしゅ=種子をまくこと)や定植(ていしょく=苗を田や畑に移して植え替える)時の間隔定規の製作などさまざまなものづくりが可能になります。また、普通科目でも利用でき、地層や地形の断面図モデルや原子・分子構造の組み立てモデル製作などが可能です。

デジタル刺繍ミシンも大型の業務用で、刺繍糸を10色セッティングして自動切換えできるものです。プログラミング学習と連携し、刺繍パターンをプログラミングで生成してオリジナルロゴなどを刺繍した小物づくりや、学校農産物ブランドのロゴ入り包装布の制作などを想定しています。機器があることで、学校農産物の付加価値を上げるようなさまざまなアイデアを生徒が創出しやすくなると考えています。

グラフィックデザインツール「Canva」でデザインしたネームプレートをレーザーカッターで加工

3Dプリンタでは、水耕栽培のポットや多肉植物の鉢、温室や圃場で利用する部品の保護パーツの製作などを想定しています。本校では花や野菜などさまざまなものを栽培しており、種の仕分け装置や潅水装置を設置していますが、装置類の部品はプラスチック製で劣化します。その部品や部品の保護装置の製作から始める予定です。

3Dプリンタで水耕栽培ポットを製作

出力し終わった水耕栽培ポットの余計な部分をカッティング

高性能PCAI PCと呼ばれるSurface Laptopの最新機種を21台導入しました。生徒が個人所有している情報端末のスペックでは扱いが難しいアプリケーションを使用するときに利用します。例えば3Dプリンタで出力する立体物のデザインを「3D CAD」で行うことができます。これまでも造園の授業で3D CADを利用し、庭園をVR空間に製作していますが、高性能PCを用いることで、よりスムーズに利用できるようになります。

このほか、農産物のPR動画制作やVR農場見学コンテンツの制作など画像・動画編集での活用や、気象データと収穫量の相関分析、土壌センサーから得られる大量データの処理、生育予測のためのAIモデル構築などのデータ分析での活用、IoTデバイスのプログラミングなどのより良いアプリケーション開発環境の提供など、従来のPCのスペックでは処理が難しかった作業での活用を想定しています。

高性能PC上で3Dモデリングソフト「Tinkercad」を使って多肉植物の鉢をデザイン

今後はiPad Proも導入し、「LiDARスキャナ」(距離センサーにより物体をスキャンしてモデリングするアプリ)を使用したり、「VRゴーグル」も導入してAR上で造園・植樹をしたりすることなども考えています。

コンサルタントにも入ってもらい、DXハイスクールで導入する機器や授業での活用について相談にのっていただいています。

Raspberry Pi 5を利用する際には大量のデータを収集・蓄積してAIを利用した分析ができるようにクラウドストレージでデータを保存したいと考えています。

65インチのディスプレイも整備

このようなツールを扱うスキルを身につけることで、地域課題の解決に貢献するとともに生徒のアイデアを具現化し、創造性を発揮できるようにしたいと考えています。

地域課題には、農業人口の減少や農業関連施設の老朽化、耕作放棄地の増加や鳥獣被害などさまざまなものがあります。そこで生育管理の効率化につながる提案や耕作放棄地再利用のための新たな農作物育成の検証と提案、地域の農家に整備されている機器の劣化部品の製作支援など、農業高校として地域の農業の課題解決に貢献できるような取組に活かす予定です。

生徒の変化~主体性が高まり創造性を発揮しやすく

この5年間で生徒が1人1台情報端末を持つようになり、クラウド環境を日常的に利用し、プログラミング教育も全県あげた取組になるなど時代の変化を感じています。

プログラミングの学習により、身の回りにあることに対して興味をもち、探究心が増していると感じます。また、生育管理などのアプリ開発により、生徒はより主体的に調査や観察に取り組むようになりました。栽培記録をExcelで書き出すこともできるので、レポート作成で利用することもできます。レジアプリの作成では、会計処理によるミスが減るほか、商品情報の登録・整理により商品説明情報の共有が容易になり、販売活動の際に外部の方に発信しやすくなりました。

圃場や温室では花や野菜を育成。市場やイベントで出荷・販売している。

高性能PCをデジタルラボの充電保管庫にセッティングしていますが、2024年度の高校1年生は「中学校でも充電保管庫から取り出して利用していた」と、慣れている様子を感じます。

2月に初めてレーザーカッターでネームプレートを製作した際も、生徒は「Canva」で難なくデザインをしていました。多肉植物の鉢は、高性能PCを使い、3Dモデリングソフト「Tinkercad」でデザインして3Dプリンタで出力しました。いずれも無料で利用できるWebアプリです。これまではPC上で作業が終わっていたものが、自分のデザインが実物として具現化されることで、生徒の創造力を刺激するとともにスキルも身につきやすくなります。生徒は、農業だけではなく身近な課題解決に役立つものづくりができることに興味をもって取り組んでいます。

高校生レストランで創造性を発揮

本校では年4回、「高校生レストラン」を行っています。生徒が栽培したお米や野菜を使い、この日のために生徒たちが考案した特別メニューを限定で提供し、日頃の調理の技術を地元のレストランで披露する企画で、西条紺屋町商店街の活性化のために始まったものです。2月13日に開催された2024年度最後の高校生レストランでは、DXハイスクールで整備された環境を早速利用できました。レーザーカッターを使って放置竹林の竹材を用いた箸置きを、デジタル刺繍ミシンでのぼりを制作することができました。箸置きはキーホルダーに、竹の器は鉢に転用できるようにしたことも生徒のアイデアです。今後も生徒の創造力をさらに発揮してもらいたいと考えています。

放置竹林の竹材を用いて箸置きや器を製作(提供:愛媛県立西条農業高等学校)

10色の糸をセットできる業務用デジタル刺繍ミシンを整備。高校生レストランののぼりなどを制作。家庭科の教員も活用する予定。

レーザーカッターで初めてネームプレートをカッティング

教員の変化~デジタル技術が身近になり校内研修も積極的に

5年前からさまざまなかたちでICTを活用した授業を行う機会が増えたことで、教員のICT活用に関する意識やモチベーションが高まり、校内研修も活発になっています。一方で、さらに新しい機材が入ったこと、2025年度より全科で「農業と情報」に取り組むことにより、新たな研修も必要になります。これまで以上に多くの教職員がデジタル技術を身近に感じられるように、2025年度のDXハイスクールの予算を利用して教員研修も行っていきます。次年度から本格的に始まる大きな変化に期待しています

最終的なゴールは「デジタル技術を活用して地域社会の課題解決をできる生徒」の育成です。そのために日々の授業内容の質を高め、これらの機器を情報科目以外でもフル活用できるように生徒たちの創造性やツール活用スキルが発揮できる環境を整えていきたいと考えています。

※本記事は実践事例を広く紹介することを目的としており、記事内において一般に販売している商品、機器等に言及している部分がありますが、特定の商品等の活用を勧めるものではありません。学校が一般に販売されているものを活用する場合は、活動内容や各学校の状況等に応じて選択してください。
※本記事の情報は取材時点(2025年2月)のものです。

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