緊張感をもった患者観察・録画による振り返りで生徒同士の気付きを促す

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看護教育がICT活用で進化。ハイブリッドシミュレータで臨場感のある校内実習が可能に:宮城県白石高等学校

  • 取材・文・撮影:長尾康子
  • 編集:TOPPAN・教育家庭新聞社
  • 素材提供:宮城県白石高等学校

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宮城県白石高等学校看護科では、2021年度よりハイブリッドシミュレータと動画記録システムを導入し、リアルな臨床現場を再現。生徒は、患者のバイタルサインや症状の変動を体験し、看護実践力を習得します。動画を用いた振り返り学習では、客観的な視点をもって改善点を見つけることを繰り返し、気付く力を高めるとともにコミュニケーション能力の向上も図っています。ICT活用が生徒の看護実践力の向上と、成長し続ける看護師の育成に貢献しています。

お話を伺った先生

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菊田 ゆか(きくた ゆか)先生 看護科

教諭。医療現場での看護師経験を経て教員に。2010年度より同校着任。看護科の5年一貫教育がスタートして以来、カリキュラムの充実に力を注いでいる。専攻科でハイブリッドシミュレータを活用した授業を積極的に展開中。

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松本 和歌子(まつもと わかこ)先生 看護科

教諭。大学の看護教員養成課程で教員免許を取得。2001年度より宮城県白石女子高等学校(2010年に宮城県白石高等学校と統合)で12年間勤務、2013年度より青森県立黒石高等学校で8年間勤務後、2021年度より再び同校に着任。動画記録システムを活用して看護に欠かせない生徒のコミュニケーション力育成に役立てている。

事例概要

実践している学校・学科

宮城県白石高等学校・看護科

利用しているデジタル教材・デジタル環境

ハイブリッドシミュレータ(2台)、動画記録システム(1台)、生徒用端末、教員用端末

どのような学びが可能になったか

・ハイブリッドシミュレータは顔色や脈拍などがリアルに再現できるため、実際の患者に近い状態を再現した看護の校内実習ができるようになった。

・動画記録システムにより、自分の行動を振り返り、ほかの生徒と話し合いながら改善点を見出す機会が増えた。

・バイタルサインの測定や患者とのコミュニケーションなど、実際の臨床現場で必要なスキルを体験的に学べるようになった。

支援や事前準備のポイント、工夫

・患者の様子を再現できるハイブリッドシミュレータは、高校課程では生徒が理解しやすい疾病(呼吸器系、消化器系の術後など)を設定する。

・患者のイメージをもてるように事前学習(課題)で観察ポイントや病態に関する理解を深める。

・動画記録システムでは複数のカメラで生徒の実習を撮影。実習後、録画を確認しながらグループで話し合い、気付きが生まれるようにする。

・生徒が患者役になる機会を設け、入院中や手術後の患者の気持ちを疑似体験できるようにする。

導入・活用の成果・今後の予定

・生徒は「患者の経過」を捉えて状態をアセスメントし、どのように看護を実践すればよいかを体験的に学習でき、病院での看護臨地実習に向けた効果的な事前学習につながった。看護臨地実習への意欲と覚悟が高まった。

・グループ学習での生徒の積極的な発言や、改善点の提案などの主体的な学びにつながっている。自分自身で課題を発見し、解決や克服の方法を考えるようになった。

・動画を用いた振り返りを生徒同士の話し合いを通して進めることにより、患者への適切な声かけや振る舞いについて俯瞰しやすくなり、気付く力の高まりやリフレクションの深まりが見られた。

・今後はハイブリッドシミュレータと動画記録システムを活用した授業を、全学年でさらに積極的に展開したい。

医療機関での臨地実習の事前学習として、シミュレーション教育を推進

宮城県白石高校の看護科では、3年間の高校課程と2年間の専攻科課程の5年一貫教育を行っています。卒業すると国家試験受験資格が得られ、2022~24年度の本校卒業生の合格率は100%となっています。

病院などの医療機関や施設等へ生徒が行き、臨床で実践を学ぶ「看護臨地実習」は、高校2年で3単位、高校3年で6単位あります。

ところが新型コロナウイルス感染症の拡大期に、医療機関での看護臨地実習が困難になりました。そこで校内演習での代替を実現するため、シミュレーション教育ができるようICT活用を推進してきました。

一つは「ハイブリッドシミュレータ」の導入です。これは看護実習用の全身モデルに、生体シミュレーションの機能を加えた装置です。年齢や性別、疾患、顔色や体温、心拍などのバイタルサインを設定することで、現場さながらの実習ができます。高校3年「看護臨地実習」、専攻科1年「成人看護学方法論」などで、次の学年で履修する看護臨地実習の事前学習として活用しています。

もう一つは演習場面を撮影し、生徒の行動を動画に記録して振り返りができる「動画記録システム」です。ハイブリッドシミュレータと併用することで、実習を効果的に振り返ることができます。単独で使うこともできるため、看護の基礎的な手技の学習場面でも活用しています。

例えば高校3年「看護臨地実習」の座学の授業では、問診の演習でハイブリッドシミュレータを使っています。あらかじめ模擬患者の身体状態をハイブリッドシミュレータに設定しておき、ストレッチャーに寝かせておきます。この状態でバイタルサイン測定の練習を行い、動画記録システムで振り返りをしています。ハイブリッドシミュレータを使わない場合は、生徒や教員が患者役になります。

専攻科「成人看護学方法論Ⅱ」では、より本格的にハイブリッドシミュレータを活用しています。臨地実習前に、手術を受けた患者の術後観察を想定した4回の授業を行います。

1回目は紙上事例で模擬患者を紹介し、生徒は疾病や病態、検査や看護などの患者アセスメントをまとめます。

2回目は患者アセスメントに基づいて患者観察の項目を整理していきます。

3回目はグループに分かれて酸素マスクやドレーンなど術後状態に合わせた模擬患者の準備を行います。

4回目はいよいよ、ハイブリッドシミュレータを用いた演習です。ハイブリッドシミュレータには、手術後1日目の身体の状態を設定してあります。生徒は患者の顔色や呼吸、心拍などのバイタルサインや全身状態を観察したり声かけしたりし、この時の生徒の動きを動画記録システムで録画しておきます。この動画は、振り返りの際に利用します。

IoP導入したハイブリッドシミュレータ(手前)と動画記録システム(奥)

指導上の工夫~シミュレータと動画を組み合わせ、学習に相乗効果

ハイブリッドシミュレータは、模擬患者の「シナリオ」を設定する必要があります。生徒が患者のイメージをしっかりもち、観察ができるか、また、病態に関する理解を深められるかといった点を大事にしたいと考え、呼吸器系・消化器系の術後といった、生徒が比較的理解しやすい疾患を設定しています。

動画記録システムは、実習後の振り返りで使用します。

教室にはさまざまなデジタル機器がありますので、皆で一斉に重要事項を確認したいときは大型モニタに投影し、生徒同士、少人数で映像を見ながら討議する場合はiPadを使って振り返っています。この少人数での振り返りはとても重要です。生徒が考えることを阻害しないように教員のアドバイスや指示は最低限とし、生徒が自分たちで気付くことを意識して進めています。教員が注意事項を指示するのではなく、生徒同士で気付き、指摘し合うことで、「次は〇〇しよう」「〇〇してはどうか」などの改善点を出し合うようになりました。

自分たちの看護の様子を端末で振り返る。

課題を乗り越える~リアリティと効率性をアップ

ハイブリッドシミュレータ導入前は、授業準備に時間がかかっていました。模擬患者の疾患を設定し、それに合わせた身体状態を教員がリストアップすること、シミュレータ機能の備わっていないモデル人形の場合、手術創やドレーンを手づくりして貼り付けるなどの準備が必要です。生徒を患者役にする場合は、シナリオに沿った台詞をあらかじめ伝えておく必要もあり、臨場感に欠けることも課題でした。

導入したハイブリッドシミュレータは顔色や脈拍などがリアルに再現でき、バイタルサインモニタとも連動しているので、極めて現場に近い状況をつくることができました。生徒は「患者の経過」を捉えて状態をアセスメントし、どのように看護を実践すればよいかを体験的に学習することができます。

一方、生徒が患者役になることで、入院中や手術後の患者が「どのような気持ちになるか」を疑似体験する機会も大切です。高校課程の授業では生徒が患者役になる機会を厚くして、動画記録システムを使いながら振り返りを丁寧に行う授業を展開しています。生徒用端末などでも撮影は可能ですが、動画記録システムは、生徒の動きのタイミングをプレイバックしやすいなどの機能が備わっているのが使いやすい点です。

ハイブリッドシミュレータは多機能・高性能なので、導入初期はその操作に教員が慣れるまで時間がかかることが課題でした。導入時は、メーカー担当者の方に何度も講習に来ていただきました。その後は教員同士、また生徒とともに経験を重ねて、使いこなせるようになっていきました。現在、ハイブリッドシミュレータは2台ありますので、今後はどの学年でも今以上の活用をめざしています。

教員が演じる模擬患者に問診してからバイタルサインを測定する練習。録画は2か所から撮影している。

生徒の変化~看護する緊張感と責任感が芽生える

実際の患者、特に高齢の患者は、健康な生徒とは異なる身体的特徴や症状をもっています。ハイブリッドシミュレータを用いることで、生徒は生徒同士の実習では再現できない「異常」を体験することができます。例えば、患者の顔色の変化、心拍数や血圧の変動、呼吸音の変化などです。

ハイブリッドシミュレータを前に、最初、生徒たちはそのリアルさに衝撃を受けます。専攻科の生徒は、臨場感の高い状況で全身状態を観察する経験ができ、特定の疾患がどのような症状を引き起こすかを理解し、理論と実践を結びつけることができます。

高校課程の実習では、高度なシナリオ設定はしませんが、リアルな状況を設定し、患者(ハイブリッドシミュレータ)の身体状況がリアルタイムで映し出されるバイタルサインモニタにより、刻一刻と変わる患者の状況にさらに緊張感が生まれ、「真剣に取り組まなければならない」という意識が芽生えます。また、看護手技の様子を「動画記録システム」や情報端末などを使って撮影し、振り返りを行うことで、自分の行った援助について、看護師としてどうだったのか振り返る機会が得られます。

校内実習では、患者役を同級生が演じるため、どうしてもリラックスした雰囲気になりがちです。しかし、実際の臨床現場は緊張感に満ちた環境です。動画記録カメラを使用することで、患者や医療スタッフに見られているという意識をもつことができました。

特に、高校1、2年生は日常生活のケアに関する基本的な技術を身につけることに重点を置いています。患者への声かけも重要な技術の一つです。異なる世代とのコミュニケーションの機会が減っている今の生徒たちは、2年生の臨地実習が始まる前に、適切なコミュニケーションスキルを身につける必要があります。そこで動画記録システムにより、生徒の行動を撮影し、グループで振り返ることで、自分の言動を客観的に見直し、改善点を見つけることができます。

処置中に「痛くないですか?」と声かけする場面では、手元に意識が集中してしまい、顔を上げて話すことを忘れてしまうことがよくあります。

教員が「その視線だと患者さんはどう思うだろう」と指導することもできますが、グループで動画を見返し「患者さんに顔を向けておらず、手元に目線が行っていた」とか「さっきの言い方だと冷たい印象になるのでは」などと仲間同士で指摘し合うほうが自覚は高まりますし「次はこうしてみよう」という改善につながりやすい効果があります。最初は撮影に恥ずかしさを感じる生徒もいましたが、グループでの建設的なフィードバックを通じて、徐々に慣れ、役立てようという意識につながっていきました。グループ学習の振り返りでは「自分では気付けなかったことを教えてもらえたので良かった」「次は指摘してもらったことを意識して丁寧にやってみよう」など、生徒の積極的な発言や、改善点の提案などの主体的な学びにつながっているのを感じます。

教員の変化~学びのサポートに時間を割けるように

教員の校内実習の準備が効率化され、シナリオ設定や振り返りの視点提示の工夫など、学びのサポートに時間を割けるようになりました。

ハイブリッドシミュレータにより、臨床現場に近い状況を再現できるようになり、生徒が通常経験できない観察や処置を体験できるようになったことは教員にとっても、とてもうれしいことです。適切な環境の提供が、生徒の成長を促すことを実感しています。

また、動画記録システムの導入をきっかけに、生徒の振り返る力を育むためにはどうすれば良いのか、という視点をこれまで以上に意識するようになりました。振り返る力がつくことは、学び続ける力を身につけることにつながります。必要な知識を教えるのではなく、生徒自らが身につけるという学びに一歩近づくたびに、喜びを感じています。

※本記事は実践事例を広く紹介することを目的としており、記事内において一般に販売している商品、機器等に言及している部分がありますが、特定の商品等の活用を勧めるものではありません。学校が一般に販売されているものを活用する場合は、活動内容や各学校の状況等に応じて選択してください。
※本記事の情報は取材時点(2025年1月)のものです。

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