生徒の主体性が学校全体を学びにする、グローバル先端教育校

広島県立広島叡智学園中学校・高等学校

日本初となる全校生徒が一貫して国際バカロレア(IB)プログラムを履修する、広島県立の全寮制併設型中高一貫教育校。
設計者は広島型建築プロポーザル方式で選出され、最先端の教育を実践しながら生徒が主体的に学ぶ、柔軟で多様な学習環境を実現している。
国際バカロレア ICT活用 中高一貫 学生寮 オープンスペース STEAM教育 木材利用

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概要

広島叡智学園は、広島県が推進する「広島県版『学びの変革』アクション・プラン」のモデル校として2019年4月に開校した、全寮制の併設型中高一貫校教育校。国際社会のリーダーとなる人材を育成するための教育を展開する「国際バカロレア(IB)」の認定校として中学から高校まで在籍する全生徒が一貫したいIBプログラム(MYP・DP)を履修する、日本初の公立学校である。

広島叡智学園が位置するのは、人口7,000人ほどの瀬戸内海の大崎上島。同校設置以前より地域と学びを連携した教育が進められてきた大崎上島で、新たに開校した広島叡智学園は、「地域・社会で育てる」教育に加え、「国際社会で活躍できる人材育成」の視点を取り入れ。ローカルとグローバルをつなぐ教育を実践している。

校舎は海側グラウンド、陸側に平屋建ての校舎群が並ぶ。校舎群の奥には「生活ゾーン」となる寮棟が続いている。校舎は中心に位置する「みかん広場」という広い中庭を介して、体育館・食堂棟・管理棟の大きなボリュームの建物が連なり、「交流ゾーン」を構成する。食堂棟内のカフェトリウムは、1日3食を校内で提供する場となるだけでなく、演奏会などを行うホールとしても活用される。みかん広場は地域の人々との交流や、他校との教育イベントなどを行いやすい空間として計画されている。また、みかん広場と一部接続する形で「学びの庭」が配置され、その周囲には平屋の教室棟・図書メディア棟・特別教室棟が並び、「学習ゾーン」を形成している。
学習ゾーンの教室棟には、通常の四方を壁に囲まれた閉鎖的な教室ではなく、リビングのようなオープンな環境が広がる。生徒が主体的にどこで学ぶかを選択できる、アクティブラーニングに対応した自由度の高い教室構成が特徴である。

 

開校から5年を迎えた2024年、中学1年から高校3年まで6学年が揃った。中学までは日本国内の生徒が県内外から受け入れ、高校からは留学生等を受け入れている。現在は、およそ半数が県外からの生徒であり、16ヵ国24名の留学生が共同生活を送りながら、多様性あふれる学習環境を実現している。寮での生活を支える「ハウスマスター」と「ハウスサポーター」は、地域の雇用を創出している。また、生徒の学習においては「未来創造科」の授業の一環として学外での学びを取り入れている。島で学ぶ生徒たちの成長を、地域全体で暖かく見守る教育が実践されており、地域と連携した独自の教育モデルを確立している。


 

「みかん広場」正面に見えるのが食堂棟
学習ゾーンの中心となる「学びの庭」。鉄筋コンクリート造の回廊の上階は、災害時の避難所として利用可能。

事例ポイント1

変化する学習形態に柔軟に対応する、教室配置とユニットの工夫

・IBが重視する図書メディアセンターを「学習ゾーン」の核として配置

国際バカロレア教育において、多様な情報源へのアクセスを可能にし、探究学習を支える学校図書館は重要な役割を担っている。広島叡智学園では、「学習ゾーン」の核として図書メディアセンターを配置し、国語や英語を学ぶ「言語棟」と、数学と社会科を学ぶ「数社棟」とが隣接する。教科の系統ごとに教室の配置が分かれる「教科教室制」を採用しており、図書メディアセンターから広がる図書機能は、言語棟と数社棟へと空間的に連続し、一体的な学習環境を構築している。

 

図書メディアセンターの中央に大きな階段、中二階の空間を創出。階段は生徒の発表の場にもなる
グループワークがしやすい学習スペース。授業中のグループワークや放課後の自習にも利用できる
中二階の空間は、集中しやすい個別の自習スペース
海外留学生の出身の国旗を展示し、多文化共生の意識を育む
図書メディアセンターから教室棟へのつながり。数社棟・言語棟の「フレキシブル・ラーニング・エリア」へ図書機能が拡張している

・1人から大人数まで、学習規模に合わせて選べる自由度の高い教室構成

各教室棟には「フレキシブル・ラーニング・エリア」と呼ばれる、一部図書室としての機能も持つリビ ングのようなオープンなスペースが設けられ、そこからさまざまな授業スタイルに対応できる3タイプ の教室が連なる。3タイプの教室は、それぞれ性格の異なるスペースになっており、少人数から大人数の授業まで変化する学習の用途に柔軟に対応する。

  • よりオープンな教室「ラーニングラウンジ」:開放的な空間で、さまざまな表現活動を実施。図書メディアセンターから本棚が拡張され、個々の学びを促進する。 
  • セミオープンな教室「クラススペース」:ドアで仕切られておらず、「ラーニング・ラウンジ」に拡張して授業を行える。 
  • よりクローズな教室「クワイエットスペース」:静かな空間で勉強 に集中することができる。 
令和4年度 広島県立広島叡智学園中学校・高等学校案内より
「フレキシブルラーニング・エリア」から「ラーニングラウンジ」、その奥に「クラスルーム」を臨む。性格の異なる教室空間がグラデーションのようにつながる
 
 
「フレキシブルラーニングエリア」や「ラーニングラウンジ」の広い空間を自由に使い、グループワークをする生徒の姿。授業によっては、生徒たちが自ら学習場所を選んで課題等を進めている。
 
「ラーニングラウンジ」から「クラススペース」をのぞむ
多様な学習を行う生徒の姿がおおらかな空間のなかで一つの景色を作り出している
「クラススペース」の授業風景
「クラスルーム」横には、生徒たちのロッカースペースとなる「ホームベース」を配置

・多様な場所を学習スペースとする家具の工夫

学習ゾーンにはさまざまな形状の家具、ホワイトボード、プロジェクターが設置され、生徒たちの多様 な学びに対応する学習環境が整えられている。 


図書スペースにはソファ席を設置
円形の可動式デスクに、様々なデザインの椅子を設置
「フレキシブルラーニングエリア」には生徒たちの作品も展示されている
+(プラス)型のスタンディングテーブル
多数のホワイトボードは空間の仕切りとしても使われ、場の用途を広げている

・STEAM教育に対応した特別教室の配置

「学習ゾーン」内の特別教室棟では、STEAM教育の横断的な学習を推進するため、理科室(化学室・ 物理室・生物室)、美術室、技術室がつながる教室配置となっている。
特別教室棟。「フレキシブルラーニングエリア」を中心に据え、四方に特別教室を配置

事例ポイント2

コミュニケーションを育む、多機能で柔軟な教育環境

・開放的な学びと交流の場としてのカフェトリウム 

生徒に1日3食の食事を提供するカフェトリウムは、校舎の中心となる「みかん広場」に面して全面開 放が可能となる開放的な空間。カフェトリウムの奥のステージは普段は音楽室として利用され、間仕切 りを開けると、発表会やコンサートが開催できるホールとなる。 

カフェトリウムでグループワー クを行なっている授業風景
カフェトリウム奥のステージは音楽室として利用される
間仕切りを取り外すことで、ステージを備えた大空間となる
食堂棟は、「カフェトリウム」「カフェテリア」「家庭科室(被服・調理)」の3つのエリアで構成さ れている。カフェテリアは生徒たちが自由に交流できるオープンスペースとなり、その先に被服室と調 理室が一体的な空間として続く家庭科室へとつながる。
カフェテリアにはテラスが備えられており、カフェテリアに面した入り口からはカフェトリウムや音楽室への出入りが可能となっている
カフェテリアにはさまざまな家具が置かれ、学校全体が学びの場となるようさまざまな居場所がつくられている。天井は木毛セメント板で、空間に柔らかさを与えている
カフェテリア内には売店があり、地元の方が運営している。生活の規範を保つため、1日の購入上限額が定められている
家庭科室は、手前側が被服室、奥が調理室の構成。写真は留学生が日本語を勉強している様子

・対話スペースと繋がる、開放的で風通しのよい職員室

正面を入って最初に目に入る管理棟
校舎の玄関口に位置する「管理棟」は、学校で働く教員・事務員の仕事場であり、多くの場所が見守りやすく、生徒たちも立ち寄りやすい学校の中心に配置されている。開校当初はフリーアドレス制であった職員室は、現在では固定席としているものの、ひらけた雰囲気は変わらず保たれており、木の柱や壁が暖かみを与えている。ガラスで仕切られた各エリアは、コミュニケーションを取りやすく、空間が一体的に感じられる。ソファや間仕切りを使ったミーティングスペースもあり、教員同士の自然なコミュニケーションが生まれる設計となっている。
職員室の様子
仕切り付きのソファとテーブルが組み合わされ、職員がリラックスしながら話し合いや打ち合わせを行えるセミクローズドなミーティングスペース
職員室入ってすぐの、校長室(右)と事務部長室(左)の個室スペース。ガラス貼りで、開放的な印象を与えている
管理棟の廊下。校舎には全体的にふんだんに木材が使用され、空間にぬくもりを与えている

事例ポイント3

日々の生活を支え、6年間の学びの基盤となる寮の構成
生徒たちの「生活ゾーン」となる寮棟は、校舎群の最も奥に配置されており、周囲は仕切りや赤外線センサーで囲まれ、防犯カメラや電気錠のゲートが設置されるなど、セキュリティが確保されている。生活エリアに入るには、寮棟の玄関口にあたる「寮管理棟」を通過する必要がある。管理棟は、地域の人々で構成される「ハウスマスター」や「ハウスサポーター」が常駐し、生徒を見守るとともに、生活の相談や学習の支援を行う体制が整えられている。管理棟を境に、男子寮・女子寮が分かれて配置されている。

校舎正門側から見える寮棟は木造で、県産材が多く使われている。外壁には焼杉が張られ、「家」を感じさせるぬくもりのあるデザイン
寮管理棟(写真左奥)と、管理棟を境に男子寮・女子寮(写真右側)に分かれる
管理棟内。男女が一緒に集まることができるリビングのような交流スペースや、在籍する多国籍な生徒の習慣に考慮してメディテーションルーム(お祈りのための部屋)も設けられている
地域の人から届けられたみかん。地域との交流が日常的に行われている様子がうかがえる
男子用の浴場の様子
寮棟である「ユニット」は中学過程、高校過程それぞれ縦割りの10名ほどが共有しており、多国籍の生徒が共同で生活している。ユニットは中庭を囲む形で集合し、50名ほどのハウスというまとまりを持たせた構成となっており、自然な交流や協力が生まれる生活環境が整えられている。
令和2年度版広島県立広島叡智学園中学校・高等学校学校案内より
中庭を囲むユニットのまとまり
ユニットはメゾネットタイプで、1階にはリビングのような空間があり、交流スペースとなる
個室と 2 人部屋があり、各部屋に落ち着いて学習できるスペースとベッドを完備
寮管理棟から見た校舎の景色

検討プロセス

「グローバルリーダーを育成する」ための学校施設と、
県全体の教育水準向上を牽引する学校を計画する設計者を選定

設計者は広島型建築プロポーザル方式で選出され、2016年11月から2018年3月まで設計が行われ、2018年2月からの第1期工事を経て、2022年3月に第3期工事が完了し、校舎が竣工した。

・広島型建築プロポーザル方式

広島県では魅力ある公共建築物の創造に向け、最も適した設計者を選定するため「広島型建築プロポーザル方式」による設計者選定を実施している。
本事例の広島叡智学園においては、広島型プロポーザル方式を取り入れたことで豊富な経験と実績がある信頼できる設計者を選定することができた。また、他にも平面計画の質の高さやコスト低減、限られた工期内で実現可能な計画が可能になったことがメリットとして挙げられ、県では今後も一定規模を超える学校や、象徴性・デザイン性が求められる校舎については、同様にプロポーザルを通じた設計者選定を検討するという。

<広島型建築プロポーザル方式>

この方式の特色は従来のような競争入札により価格で設計者を選定するのではなく、良い提案を提出した
者を設計者として選定すること。ポイントは以下。

  1. 参加資格のオープン化:参加資格要件をできるだけ撤廃することで、門戸を広げ、公平に幅広く優れた提案を受け付けます。
  2. 建築関係団体との協定に基づく審査委員の選定:審査委員の固定化を防ぎ、審査委員の透明性を確保します。
  3. 技術提案書を重視した審査:実績のみならず、技術提案書を重視した審査を行うことで、優れた設計者を選定します。
  4. 公開ヒアリングなど審査過程を透明化:公開ヒアリング、評価要領の公開、特定された技術提案書の公開など、公平性・透明性を確保します。
広島型建築プロポーザル記録誌「HIROSHIMA PROPOSAL」
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/miryoku/kirokushi.html

・最終審査部会の講評(評価ポイント)

  • 「学校づくり」国際バカロレアの授業も含めたハイブリッドな学習環境における、様々な集団規模での授業に対応できる平面計画がよく検討されており実現性が高い点。
  • 「配置計画」「寮」と「校舎」の間に地域交流を目的としたアリーナやコミュニケーションラインを伴った「街のような空間」を配置することで、これら3つのゾーンに分けられたプランのメリハリが効いており、寮から校舎へ街を通って登校する生徒の動線から「学習と生活のイメージ」が具体的に湧いてくる点。
  • 「施設計画」複雑なクラスター状の平面構成を「まなびの庭」や「みかん広場」を中心としたコネクターでつなぐことで一体性を生み出しており、諸室の重ね合わせも検討していける骨格のしっかりとした魅力的なプランである点。
  • 「施設整備方針」平成 31 年 4 月開校へ向けた段階施工の可能なプランが計画されており、実現性も高くコストバランスも良い点。
 

・離島ならではの資材調達コスト

建設地が離島であるため、建設には通常のおよそ1.2~1.3倍程度の費用がかかると計画段階から予測されていた。例えば、島外から資材を搬入する際、フェリーで運搬可能なサイズのトラックに積載できる部材以外使用できないという離島ならではの制約があった。
また、一部には事前に予見できなかったリスクもあった。例えば、現地のコンクリート工場が1箇所しかないという事情から、打設できる曜日が限定されていたことは工事開始後に判明した。

学校概要

学校名
広島県立広島叡智学園中学校・高等学校
所在地
〒725-0303 広島県豊田郡大崎上島町大串3137−2
学校規模
中学校1学年40人 ※授業は基本的に1クラス20人程度で実施
高等学校1学年60人 ※授業は選択した科目ごとで実施
敷地面積
84,813㎡
構造
木造(教室棟・管理棟・寮棟他)
鉄筋コンクリート(食堂棟)
鉄骨造一部木造(グラウンド倉庫他)
完成年
2022年3月
第1期工事(2018年4月~2019年1月):
教室棟,食堂棟,管理棟,寮管理棟,寮ハウス棟,寮浴室棟
第2期工事(2018年12月~2020年1月):
教室棟,図書メディア棟,理科・技術棟,体育館棟,寮ハウス棟
第3期工事(2021年2月~2022年3月):
寮ハウス棟
設計
C+A・土井建築設計共同体

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