第3節 各分野の研究開発の推進方策

7.海洋分野

(1)研究開発の推進方策

 地球表面の約7割を占める海洋は,熱循環や物質循環によって地球環境に大きな影響を与えるだけでなく,海洋底プレートの挙動を通して深刻な被害をもたらす地震や火山活動の大きな要因になると考えられています。また,深海底には様々な鉱物資源や未知の生物資源などが膨大に包蔵されています。このため,海洋分野の研究開発は地球環境変動の解明から防災・減災,資源確保まで社会に幅広く貢献します。このような観点から,1990年代に入り,海洋の諸現象を地球規模で総合的に観測・研究するためのシステム構築を目指した全球海洋観測システム(GOOS)が,ユネスコ(国連教育科学文化機関)における政府間海洋学委員会(IOC)によって提唱され,世界気象機関(WMO)などと連携して推進されています。
 特に,四方を海に囲まれ,国土は狭いながら世界第6位の排他的経済水域(EEZ)を有する海洋国家日本にとって,海洋分野の研究開発は国の将来を左右する重要な課題です。我が国の海洋開発は,科学技術・学術審議会の答申を受けて,文部科学省をはじめ総務省,農林水産省,経済産業省,国土交通省,環境省など関係府省の連携の下にそれぞれの所掌に応じて研究開発を推進しています。平成14年8月には「長期的展望に立つ海洋開発の基本的構想及び推進方策について(答申)」が,文部科学大臣に提出されました。この答申では,「今後の海洋政策の展開に当たっては,『海洋を知る(海洋研究・基盤整備)』『海洋を守る(海洋保全)』『海洋を利用する(海洋利用)』という3つの観点をバランスよく調和させながら,持続可能な利用の実現に向けた戦略的な政策及び推進方策を示すことが重要である」とされており,これらを踏まえて海洋政策を推進しています。各府省における海洋開発に関する具体的施策は,海洋開発関係省庁連絡会議が毎年取りまとめる海洋開発推進計画に基づき実施しています。
 文部科学省では,海洋研究開発機構において海洋科学技術に関する先導的・基盤的な研究開発を推進するとともに,関係各府省・大学などの協力の下で,各種のプロジェクトを推進しています。このうち南極地域観測事業は,学術の水準を向上させるための研究観測であるとともに,国際的観測網の一翼を担っています。地球環境変動の影響が迅速かつ顕著に現れる南極地域の観測事業は大きな科学的成果が期待できることから,昭和30年代以来,恒久的な定常観測が行われています。なお,平成18年度は,我が国の南極地域観測事業が開始されてから50周年にあたります(参照:本章Topics 4本章第3節3(2))。

(2)海洋分野における取組

 海洋研究開発機構は,地球温暖化などの地球環境変動の解明を目指し,太平洋,インド洋,北極海,ユーラシア大陸アジア域等において,研究船,ブイ,陸上観測機器などの観測設備を用いて,海洋・陸面・大気の観測を行っています。平成18年4月には北極点付近において新しい氷海用観測システムの設置に成功し,世界で初めてのリアルタイム観測・データ配信を実現しました。また,海洋底プレートの挙動など海底下の地殻活動に関する研究や深海に生息する生物の研究などを行うため,有人潜水船「しんかい6500」,無人探査機「かいこう7000」などを用いた海域調査を実施しています。これらの観測研究などで得られたデータを,世界最高水準の演算性能を有するスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」などを活用して解析し,地球環境の物理的・化学的・生態的プログラムのモデル研究等を実施しています。
 また,これらの研究活動に必要な観測・探査を行うため,海洋に関する基盤技術開発を行っています。平成17年2月に317キロメートルの連続長距離自律潜航に成功した深海巡航探査機「うらしま」は,18年7月には深海底の泥火山表面構造を音響探査技術によって明らかにしました。この発見は海溝型巨大地震と泥火山との関係や,熊野トラフ(注1)下に存在が予想されているメタンガス(メタンハイドレート(注2)も含む。)の生成にかかわる研究にも大きな影響をもたらすものとして考えられます。さらに,第3期科学技術基本計画に基づく分野別推進戦略において「海洋地球観測探査システム」が国家基幹技術として掲げられ,これを構成する重要な技術として「次世代海洋探査技術」が位置付けられています(参照:本章第2節2(2))。世界有数の海洋国家である我が国は,海洋が地球環境変動におよぼす影響の解明,海溝型巨大地震や津波などに対する防災・減災に資する海洋地球分野の研究において,世界をリードする役割が求められています。また,海底資源の開発利用は,エネルギー安全保障を含む我が国の総合的な安全保障にとって重要な役割を果たします。以上の趣旨を踏まえつつ,次世代海洋探査技術においては,1地球深部探査船「ちきゅう」による世界最高の深海底ライザー掘削技術の開発,2次世代型巡航探査機技術の開発,3大深度高機能無人探査機技術の開発を行います。我が国は,これまでも海洋分野の研究開発において世界をリードしてきましたが,今後もこれらの研究開発を推進し,地球環境変動の解明,防災・減災,資源探査などの分野に世界のフロントランナーとして貢献すること目指します。
 文部科学省では,海洋研究開発機構とともに,人類未到のマントルへの到達を目指す地球深部探査船「ちきゅう」を開発・建造(平成17年7月)し,「統合国際深海掘削計画(IODP)」における国際運用に供することにより,地球環境変動,地球内部構造,地殻内生命圏等の解明を目的とする深海地球ドリリング計画を推進しています(参照:第2部第10章第4節1(3)4)。「ちきゅう」は,海底下7,000メートルの掘削と地質試料の採取が可能な最新鋭の科学掘削船であり,現在,平成19年度からの国際運用に向けて試験運用を行っています。18年8月からの下北半島東方沖における掘削試験では,科学掘削技術の確立のための試験・訓練を着実に実施しました。引き続き,掘削技術の向上などに努め,地質試料の採取・活用を含む海の上の研究所としての機能を発揮できる体制を整備し,19年9月からは「ちきゅう」初の国際運用として,紀伊半島沖熊野灘において,海溝型巨大地震発生メカニズムの解明を目指した掘削・研究航海を開始することが予定されています。
 そのほか,東京大学海洋研究所などが中心となり,地球環境変動の解明・予測,保全のための海洋の総合的観測システムの構築を目指したGOOSに関する基礎研究,西太平洋海域を中心とする国際共同調査への参画と実行,特に海洋の生物・化学・物理的諸過程を統合した物質循環の解明などの海洋に関する学術研究を引き続き行っています。

  • (注1)トラフ
     比較的水深の浅い海溝。
  • (注2)メタンハイドレート
     メタンガス分子が水分子に閉じ込められてシャーベット状になったもの。
▲地球深部探査船「ちきゅう」

▲深海巡航探査機「うらしま」で取得したデータを用いて作成された海丘頂上付近噴出口音響微細画像図

(共に海洋研究開発機構提供)

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