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第2章 心のケア 各論

6 心のケア活動の実際

1. 台湾大地震での総合的な心のケア活動

   平成11年9月21日午前1時47分、マグニチュード7.6の大地震が台湾中部を襲った。全土では約40万人が被災。死者約2,300名。全壊約26,800戸、半壊約24,500戸の被害があった。活断層が動き、大地が数m移動し、多くの断層や地割れができた。台中日本人学校関係者は幸いにも人命を失うことはなかったが、深夜の高層マンションでの被災体験は大きな恐怖体験となった。日本人学校は断層の上にあり、校舎・グランドは壊滅的な被害を受け、使用不能となった。また、阪神・淡路大震災とは異なり、長期間余震が続いたため、不安と緊張が長期にわたり継続し、PTSDの発生が懸念された。
 この事態に際し、文部科学省は、カウンセラー及び兵庫県復興教員を順次派遣するとともに、現地カウンセラーを採用し、日本人学校教職員とともにチームによる長期的な総合的ケア活動を実施した。

<心のケアに関する支援スタッフ派遣期間>
 
  心のケア指導員(臨床心理士)
  1  平成11年10月26日~平成11年11月8日
2  平成12年2月22日~平成12年3月6日
  兵庫県復興教員
  1  平成11年11月1日~平成11年11月12日
2  平成11年12月1日~平成12年3月31日
  現地採用カウンセラー(中国語・日本語)
  平成11年12月3日~平成13年3月31日(2日/週)

<被災後の主な心のケア活動>
 
(1) 被災直後の教職員によるケア活動・復旧活動
   9月21日、被災直後、教職員らによる安否確認や救援活動が行われ、テントで避難生活をおくった。この間に授業再開のための教材の運び出しや保護者主催による青空教室などの活動が行われた。
 10月11日、私立幼稚園の教室を借用し、授業が再開された。教職員は、早期の学校再会を目指し、震災後約3週間で仮校舎での授業を再開した。早期に落ち着いた環境で授業が再開されたことは、児童生徒、保護者、教職員の精神的な安定を取り戻す大きな要因であった。

(2) 文部科学省による現地視察と支援体制
   文部省海外子女教育課(当時)による現地視察が行われ、心のケアの支援が必要であると判断され、次のような支援が順次実施された。
1 緊急支援:震災1ヶ月時点でカウンセラー・復興教員を2週間派遣
2 中期的支援:12月から翌3月末まで復興教員派遣、現地カウンセラーの採用
3 長期的支援:翌年度4月より教育相談担当教員の派遣
4 学校再建支援:学校再建に向けて、台湾政府、日本政府、日本人会、学校、保護者などによる精力的な再建が行われ、平成12年4月にプレハブ校舎、平成13年2月には新校舎が落成した。

(3) 支援スタッフと現地教職員による総合的なケア活動
   教職員全員が被災者でもあり、心のケアの重要性に関し身をもって実感していたことから、様々な心のケアの取り組みが積極的に実施された。
 被災者への心のケア活動を実施するには、総合的な心のケア活動体制を整えるとともに、入れ替わり派遣される支援メンバーと台中日本人学校教職員が協力して継続的なケアが展開できるような体制を構築する必要があった。このため、全教職員による、次のような定期的な会議が開催され、情報の共有化と引継ぎが丁寧に実施された。
実態調査
  児童生徒、保護者、教職員に震災によるストレス調査(日本語・中国語)を実施、症状の強い児童生徒に重点的なケアを行った。
震災ストレスケアの指導
  教職員、児童生徒、保護者に対して、「震災ストレスとその対処法」の研修会を実施した。この中で、災害を体験した人の心理状態や行動について説明し、そうした変化がストレスに起因する自然な反応であることを知らせ、ストレスの軽減・予防のためのストレス対処法を説明した。特に家庭でもセルフケアができるように統合リラクセーション法の指導を行い、児童生徒全員にリラクセーション用音楽テープを配付した。その後の避難訓練の際には、緊張を緩和するためにリラクセーション指導が行われた。
個別カウンセリングの実施
  派遣カウンセラー、派遣教員、教育相談担当教員は、ストレス調査でストレス度が高いと判断された児童生徒及び注意を要すると判断された児童生徒に個別カウンセリングを継続的に実施し、また、震災以外の悩みや問題についても相談を実施した。
現地カウンセラーによる現地語カウンセリング
  台中日本人学校では、国際結婚の児童生徒が約60パーセントに登る。日本語よりも母国語によるカウンセリングが適切である児童生徒がおり、母国語と日本語が話せる現地カウンセラーを登用し、カウンセリングを実施した。
教職員研修会
  「震災ストレスへの対処方法」「カウンセリング研修会」「阪神・淡路大震災復興活動に関する研修会」「絵画療法研修会」などを実施した。震災ストレスを抱える人を継続的に見守り、長期的な援助を行うには、日常生活の面で個人から信頼され、相談やケースワークができる身近な援助者が必要である。学校においては、クラス担任などの教職員がこの役割を果たす。よって、教職員を対象に、児童生徒の心を理解し援助するために必要なカウンセリングの知識や阪神・淡路大震災での復興活動についての研修を行った。また、継続的なチームによる総合的なケア活動を実施するため、順次派遣されてくるカウンセラー、復興教員などの専門スタッフと教職員との連携、教職員相互の連携、保護者との連携のあり方について随時確認を行った。
情報交換会
  教職員と支援スタッフ全員が、児童生徒の状態を把握し、総合的なケア活動を検討するための会議を実施した。この情報交換会では、カウンセラーによるストレス調査やカウンセリングの結果、教職員による日常場面での観察結果などを情報交換し、今後のケアの方針を話し合い、全員の目でフォローした。
派遣復興教員、台中日本人学校教員による教育活動
  不十分な教材や設備、限られた教室、騒音や隣接施設への配慮など様々な制約の中で、最善の教育活動を目指し、日々努力が行われた。
保護者対象研修会
  子供と同様に保護者も震災ストレスケアを必要としており、子供への関わり方を指導するために「震災を乗り越えるために」「お互いをより良く理解するために」をテーマに研修を実施した。
保護者の自助グループ活動
  保護者の心的外傷を緩和することを目的として、被災体験を分かち合うための会を設定した。お互いが共感し、励まし合うよい機会となった。
絵画療法
  震災後5ヶ月が経過し、児童生徒に落ち着きがみられるようになったので、震災体験を表出するだけでなく、震災から回復したイメージを誘導する物語絵画療法を実施した。事前に教職員が絵画療法の指導者講習を受講した上で行われた。
慰問活動
  世界中の人々から励ましの便りや義援金が寄せられた。また、李登輝総統の慰問をはじめ、日本からも野球選手、オペラ歌手、ギター演奏家などが慰問に訪れ、児童生徒を励ました。
学校再建活動
  学校が早期に再建されることは、児童生徒や教職員、保護者にとって希望と心のより所を取り戻す大切な要因であるといえる。私立幼稚園での授業再開、プレハブ校舎、新校舎への復興の軌跡は、児童生徒に復興のモデルを示す大きな効果があったと考えられる。

<まとめ>
   台湾大地震の被災という事態に対し、台中日本人学校教職員も派遣支援スタッフも暗中模索の状態であったが、できうる最善の対応を協力して実施した。これら多くの関係者の愛、努力と英知の総和が心のケア活動であり、この総合的な支援活動が児童生徒の心の回復に役立った。

2. 米国同時多発テロ事件での心のケア活動

   平成13年9月11日、米国で起きた同時多発テロ事件は、複数の民間航空機をハイジャクし、世界貿易センタービル(以下、「WTC」という。)と国防総省の建物に激突させるというこれまでの常識を越えたテロ事件であり、罪もない多くの人達の命が失われ、また多くの人達が恐怖と悲しみの体験を強いられた。マスメディアから報道された映像と情報は、世界中の人々に大きなショックを与えた。その後の米国を中心とするアフガニスタンのテロ組織への軍事攻撃と炭素菌事件の発生や世界各地で発生した報復テロは、市民の不安を増大するとともに、世界の人々に国際平和や社会のあり方を問うことになった。
 テロ事件では、被災地がWTCとその周辺のビルであり、直接的な被害を受けた人々やその家族は、マンハッタン地区とそのベッドタウンに集中していた。WTCの2つのビルが壊滅的に崩壊したため、約4,000名の者が行方不明となり、学校関係者では、児童生徒の保護者数名が行方不明になった。倒壊の現場から命からがら逃げ出したり、崩れ落ちるビルや落下する人を目撃したなど多くの人達がトラウマ体験をした。
 また、この事件の持つ異常性と戦争やテロの危険性が高いこと、マスメディアによってテロ事件のショックな映像が何度も繰り返し報道されたことなどから、不安・緊張を抱えた人々は、N.Y.およびワシントン周辺の地域全域に及んだ。このテロ事件の心のケアには、N.Y.地区の学校教職員、ニューヨーク日本人教育審議会教育相談室(以下、「教育相談室」という。)、総領事館精神科医や外務省職員、文部科学省事務官、現地在住のクリニカルサイコロジスト、ソーシャルワーカーなどの専門家など多くの者が、事件発生直後から迅速な対応を行った。

<事件発生後の経過と実施された主なケア活動>
   9月11日午前9時頃、同時多発テロ事件が発生した。事件当時、グリニッチ校8年生が修学旅行で現場近くのホワイトハウスを見学していたが、校長の引率により児童生徒の安心を確保しながら無事帰校した。各校では、児童生徒を動揺させないよう普段通りの授業が行われた。児童生徒の安否は当日に確認されたが、保護者の安否確認は連絡が取れない地域もあり、夜を徹して行われた。翌日は各校とも休校し、グリニッチ校で教育相談室が中心となり、この事態への対応が検討された。平常どおりに学校を運営することが児童生徒の心のケアのために重要であることから、翌々日から学校が再開された。土日に開校される補習授業校のテロ事件後の最初の授業日には、N.Y.地区在住の精神科医や臨床心理士の協力を得て、各校に専門家が派遣され、授業前に教員に対する指導と保護者に対する説明会が実施された。また、N.Y.総領事館顧問医らにより作成された小冊子「心の傷とその対応」が全教員に配付された。現地の専門スタッフは、テロ事件直後からカウンセリングやケア活動を実施するとともに、N.Y.在住のサイコロジスト、ソーシャルワーカー、精神科医、文部科学省事務官、総領事館職員などとネットワーク会議を重ね、電話相談を始めとする各種の支援サービスの立案と実行及び関係機関との調整を行なった。教育相談室へは、事件直後、一日100件を越える電話相談があり、限られたスタッフでN.Y.地区の学校全体をカバーすることは困難であることから、文部科学大臣宛てに専門家の派遣を要請する緊急要望書が提出された。
 文部科学省は、事件発生後一週間目から、二週間にわたり心のケア指導員を派遣した。心のケア指導員は、アウトリーチによる活動を行い、N.Y.地区およびその周辺地区の日本人学校、補習授業校、私立学校、幼稚園、日本人クラブなど計14の施設で、約1,200名の児童生徒へのセルフケアとリラクセーションの指導の他、約200名の教職員、保護者に対するストレスマネジメント研修を延べ39回行い、講演後、個別相談活動を実施した。
 また、日本国内の日本臨床心理士会や臨床心理士の有志は、被災者支援のHPを立ち上げ、帰国者へのカウンセリング体制を整えるなど連携活動を行った。各校では、その後も教育相談室相談員や専門家による教員研修会を数回にわたって実施し、行方不明の保護者をもつ児童生徒とその家族への継続的なサポートを継続した。各校では、「Let's do it as usual with a smile」のスローガンをかかげるなど、温かい雰囲気の中で児童生徒が安心して学校生活を送ることができる環境づくりと心のケア活動を積極的に行った。12月には、小学校5年生以上の児童生徒と保護者を対象にPTSDの調査(3ヶ月経過後)を実施した。調査の結果、児童生徒の約10パーセント、保護者の約10パーセントがPTSDを疑わせる結果であった。調査の結果から、PTSDの症状は、身近な人がテロ現場に居合わせたり、テロ事件によって命を失ったことと強く関係していること、また、事件の映像をテレビで見るなどの間接的体験によっても影響があることが明らかになった。N.Y.市内の公立学校でも同様の結果が報告されており、今回のテロ事件とその後のアフガニスタンへの軍事行動、テロの脅威などの社会的な不安の持続が児童生徒に心理的影響を及ぼしていることが示唆された。この調査結果をふまえ、教育相談室は、N.Y.周辺地区に暮らす日本人への相談体制を充実させるため、相談員を2名から3名に増強し、長期的なケア活動を継続した。

<多様な心のケア活動>
   同時多発テロの事件に対する心のケア活動では、次のような様々な取り組みが実施された。
(1) 総合的ケア体制づくり
   広い地域で多数の被害があったが、N.Y.地区の総領事館精神科医、教育相談室カウンセラー、現地在住医師、臨床心理士、ソーシャルワーカーなどの専門家により、早期に迅速な対応が取られた。
 総合的な心のケア活動として、1不安や緊張などの症状が強い被災者に対して早期に専門的ケアを行うことができる体制が整えられた。2アウトリーチを行い、地域の被災者に対しストレスマネジメントやPTSDに対する正しい知識と予防方法などを指導した。3地域のリーダーや教員、保護者などによる子供達への心理的サポートの実施及び専門家との連携活動が行われた。4各学校では、児童生徒の心の安定を図るための積極的な教育活動などが行われた。

(2) 多様な情報媒体を利用した支援活動
   広域な地域の多数の人達へ支援サービスを提供するために、多様なメディアを活用した以下の支援活動が展開された。
電話及びFAX相談
  総領事館が「心のケア・ホットライン」を開設。ニューヨーク在住のソーシャルワーカーやサイコロジストがボランティア電話相談を開設。グリニッチ校に派遣カウンセラーによる「心のケア・ホットライン」を開設。
「心の外傷とその対応」マニュアルの配付
  総領事館顧問精神科医、文部科学省が作成したマニュアルを各校や日本人家族に配付した。
カウンセラーリストの配付
  総領事館を中心にN.Y.地区周辺の精神科医・カウンセラーのリストが作成され、一般に公開された。
インターネットによる情報提供及びメール相談
  日本国内の臨床心理士が、心のケアに関するHPを立ち上げた。また、臨床心理士会のHPにも被災者支援の情報が掲載された。

(3) アウトリーチによる支援活動
 
講演会・研修会・集団カウンセリングの実施
  事件発生直後から、総領事館や現地在住の精神科医、サイコロジストなどが、一般の日本人を対象とした講演会やワークシヨップなどを開催した。文部科学省派遣カウンセラーは、N.Y.地区及び周辺地区の日本人学校、補習授業校、私立学校、幼稚園、日本人クラブなど計14施設で延べ39回の集団カウンセリングを行い、講演後は個別相談に応じた。

(4) メンタルヘルスケアの専門家ネットワークの構築
 
ネットワーク会議の開催
  テロ事件後N.Y.在住のサイコロジスト、ソーシャルワーカー、精神科医、文部科学省事務官、総領事館職員などの関係者が定期的に会合を重ね、各種の支援サービスの立案と実行、調整を行った。
メーリングリストやE-mailの活用
  ネットワーク会議のメンバーを中心にメーリングリストが運営され、情報交換や討議が行われた。また、E-mailなどを使用した日本の関係機関との連携が実施された。

(5) 長期にわたる治療・ケア体制
   PTSDの予防や治療については、長期にわたり継続的に実施する必要があるため、助成金や義援金をもとに、相談員の増強が図られた。

(6) 帰国者へのケア体制
   日本臨床心理士会被災者支援専門委員会により相談窓口が開かれ、帰国した人々の心のケア体制が整えられた。

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