15.電子情報技術産業協会

●該当ページおよび項目名

p.100〜「第2節 著作権法第30条の範囲の見直しについて」

●意見

 一定の管理可能な私的録音録画については著作権法30条の適用除外とすべきであり、また、契約が存在する場合には私的自治の原則を尊重したオーバーライドの理論により、契約が優先適用されるべきである。この点については中間整理でも同様の整理がなされているが、どのような態様の録音録画行為が除外されるべきかについての現状の整理は不適当である。
 そもそも著作権法第30条が、家庭等の閉鎖的範囲で行われる私的録音録画について著作権者等の権利行使が事実上できないことに鑑みて制定されているとの立法趣旨に照らせば、技術やビジネスモデルの活用によって、著作権者等の権利行使が可能となる場合には、私法の原則どおり私的自治が優先されるべきである。

 適用除外とする典型例として、ネットにおける適法配信がある。そのことは中間整理でも大勢の意見として記載されている(p.108,a,1)。一方で、有料放送とCDレンタルについても適用除外の可否が検討されているものの、両者ともに適用を除外すべきでないとの記載となっており、これらは適切ではない。
 有料放送のように著作権保護技術(注1)が利用されている場合、それを回避して行う複製は著作権侵害を構成する。換言すれば、その複製が私的使用目的の複製であっても、認められた複製の範囲が広いか狭いかに関わらず著作権者等によって予め決められた範囲でしか複製ができないのであるから、そのような複製は著作権者等により許諾された複製である、すなわち著作権者等によって権利行使されていると考えるのが自然である。著作権保護技術が利用されている場合の録音録画は、そもそも第30条の適用を除外すべきである。なお、日本に比較して補償金類似の制度に大きく依存しているドイツにおいてさえ、著作権保護技術によって複製が制御される場合には、ドイツ著作権法第95条b(著作権保護技術を用いる場合には、一定範囲の私的複製等、権利制限で許容される行為を妨げないようにする手段の提供義務)の解釈によって、そのような録音録画はもはや私的複製には該当しないとの立場を傍論ながら示すドイツ連邦憲法裁判所の判断がある(注2)。
 著作権保護技術が利用されていることを著作権の権利行使と同視すべきと考えれば、その範囲内の複製に対して私的録音録画補償金をかけることは二重の利得を著作権者等に与えることとなるはずである。別の言い方をすると、消費者は著作権者等により決められた範囲の複製しか認められないという不便さを負わされることに加え、その範囲内の複製に関してお金の支払を要求されているとみることができる。

 CDレンタルについても管理可能性という点では、適法配信や有料放送と異なるところはない。相違する点は、著作権保護技術が利用されていない点だけである。しかし、著作物の利用を提供するサービス等における著作権侵害主体について、従来から用いられてきた判例理論においては、管理支配性(利益と支配)を要素として該当性を判断しているが、この際、技術的支配が判断の要素となっているわけではない(注3)。同様に、第30条の適用範囲を検討する際の「管理可能性」について、技術的な管理に限定すべきではない。なお、米国においても、技術的管理支配がない場合であっても、利益と主観的要件で侵害を認めた最高裁判例がある(注4)。
 CDレンタルは、CDに録音された楽曲の私的録音が行われることを前提としたサービスであって、レンタル事業者が著作権者から許諾を受ける貸与権は、無断で行われる私的録音への対策として立法された経緯があり、利用者による録音に対してCDレンタル事業者の管理支配性が及ばないとは言い切れないだろう(注5)。適法配信の中にも、複製できる範囲についてのバリエーションを複数用意した上でユーザーに選択させ、それぞれの料金に差異を設けるビジネスモデルがすでに行われているし、またDRMフリーと呼ばれる、特段の著作権保護を施さない配信の例も登場している。CDレンタルにおいても許容される複製の量や個数によって契約を複数用意することはできるはずであり、技術的管理支配がなくとも、法的に管理支配可能なのであって、ユーザーのプライバシー等を侵害することなくそれに相応した対価の徴収が可能という点でも何ら適法配信と異なるところはない。

(この項は以上)

●該当ページおよび項目名

p.110〜「第3節 補償の必要性について」

●意見

 補償の必要性については、いまだ十分議論が尽くされておらず、補償金制度の見直しの前提として、広く国民の意見を踏まえて必要性を判断すべきであり、この点は、消費者代表を含む複数の小委員会委員から指摘されているところである。なお、補償金制度を有する欧州においても、補償の必要性が明確にされないまま制度が運用されていることに対して、批判が高まっているところである(注6)。

「1 権利者が被る経済的不利益」について(p.110)

 補償の必要性の判断基準については、「著作権者に重大な利益の損失が生じうる場合は、著作権者に何らかの補償を与えるべき」と説明されている(注7)。
 問題はいかなる場合に権利者が重大な経済的不利益を受けているといえるか(補償が必要といえるか)であるが、WIPOベルヌ条約逐条解説(the Guide to the Berne Convention)9.8によれば、「講演者がそのテーマを補強するため、専門雑誌から短い論文をフォトコピーし、聴衆に向かってそれを読む場合は、雑誌の流通を害するまでのことがないのは明らかである。講演者が多数のコピーを印刷し、聴衆に配付する場合は、事情は別である。雑誌の売行に相当の影響を与えるおそれがあるからである。著作権者に重大な利益の損失が生じうる場合は、法律はなんらかの補償を著作権者に与えるべきである(適当な報酬を伴う強制許諾制度)」(注8)とある。また、ベルヌ条約の3ステップテストを承継するWTO TRIP協定第13条の解釈について述べたWTO紛争パネル報告では、上記逐条解説を引用しつつ、「重要なのは、第3の要件において一定の『害』が『不当ではない』として許容されるとすれば、どの程度あるいはレベルの『害』が『不当である』とみなされるのかという問題である。われわれの見解では、権利者の正当な利益に対する害は、例外規定または権利制限規定が著作権者の収入(income)に不合理な損失を生じさせまたは生じさせるおそれがある場合に、不当なレベルとなる」と述べている(注9)。
 これらの説明から、補償の要否について、個別の具体的状況を吟味し、本来コピーがなされなかったならば相当の売上が見込めたか、という”逸失利益”等の具体的不利益の可能性の有無が基準とされていることがわかる(注10)。
 これに対し、中間整理p.111〜112の「経済的不利益の評価について法律的な視点」のアの立場(具体的損失が発生していることまでの立証が不要との立場)は、「権利制限された場合は経済的不利益がある」として、複製行為があると自動的に不利益が存在すると擬制しており、明らかに同条約の解説と矛盾する。1970年の発効以来、著作物の保護と利用を調和させる基準として国際的に機能し、その後のWTO TRIPs協定、WIPO著作権条約においても踏襲されている3ステップテストの利益衡量を、敢えて、より保護に厚く傾斜させるべきではないし、その必要はない。

  • (注7) 2007年4月16日小委資料3「ベルヌ条約の3ステップテストと30条の権利制限の関係について」の注2。中間整理p.110も簡略であるが同様の記載あり。
  • (注8) 「WIPO-ベルヌ条約逐条解説」p.62 9.8. より引用
  • (注9) 2000年6月15日WTO紛争パネル「米国著作権法110条(5)」に関する最終報告(WT/DS160/R)のパラグラフ6.229
  • (注10) EU著作権ディレクティブ(2001/29/EC)にも同様な趣旨の規定が設けられていることが参考となる。(35),,, When determining the form, detailed arrangements and possible level of such fair compensation, account should be taken of the particular circumstances of each case. When evaluating these circumstances, a valuable criterion would be the possible harm to the rightholders resulting from the act in question.,,,

「2.著作権保護技術と権利者の被る経済的不利益の関係」について(p.113)

 当協会は、著作権保護技術が利用されている場合には補償は不要と考えており、この見解はこれまでにも小委員会で述べてきたところである。なお、著作権保護技術が利用されている場合には、そもそも第30条の適用を除外すべきとの立場であり、その旨を「第2節 著作権法第30条の範囲の見直しについて」に関して述べている。補償の要否の点で言えば、当然に補償は不要との立場となる。
 これに対し、著作権保護技術が利用されている場合であっても、私的録音録画が完全に禁止されていない以上は補償が必要との立場がある(p.115 イ-1)。
 しかしながら、技術的保護手段に該当する著作権保護技術を回避して複製した場合、私的使用のための複製とは認められず、著作権侵害に該当する(第30条1項2号)。したがって、著作権保護技術を利用していること自体が、著作権者等が権利行使をしているのと同視できるのであって、そのような場合にまで補償金請求権を与えることは、二重利得に該当するおそれが高い。すなわち、技術的コントロールという形でいったん権利行使をしている以上、さらに補償金を与えることは、技術的にコントロールされた複製についての逸失利益を填補することとなり、法が二重の権利行使を認めることになる。また、そもそも、著作権保護技術が利用されている場合には、著作権者等としては、著作物を流通に置いた以降、どのように利用されるかが予め想定可能であるから、元々損失というものを観念できないはずである。
 以上より、私的録音録画が完全に禁止されていない以上は補償が必要という考え方は、失当であると言わざるを得ず、著作権保護技術が利用されている場合には、補償は不要となると考えるべきである。例えば、有料放送や地上無料デジタル放送は、著作権保護技術(コピーワンス等)によって、私的録画が一定限度に制限されている。放送の受信後の利用を想定した上で著作物(番組)を流通においており、著作権者等の権利行使と同視できると考えられることから損失自体を観念できないのであって、したがって、重大な経済的不利益はなく、補償は不要と解すべきである。

「3.補償の必要性の有無」について(p.116)

 補償の必要性について、「著作権者に重大な利益の損失が生じうる」かどうか、すなわち、相当の売上が見込めたか等、具体的不利益の可能性の有無を基準に検討すべきであることは前述した。この基準に照らし、以下のような複製については、具体的不利益の可能性があるとは言いがたい。

  • 1 自己が購入したCDから自己又は家族のために複製
    元々、同一のCDについて、同一生計を営む人数分の購入がなされることは期待されているわけでもなく、仮に同一生計に属する範囲の者のための複製を禁圧したとしても新たに同一のCDを購入するとも考えにくい。したがって、複製ができない場合には相当の売上が見込めるという可能性はないと言い得るのであって、同一生計に属する範囲の者のための複製については、具体的不利益があるとは言えない。なお、諸外国でも、スペースシフト目的の複製を許容しつつ、補償金制度を導入しないという動きが広まっている。(注11)、(注12)、(注13)
    スペースシフトに重大な経済的不利益がないことを示す代表的な例として、以下のような場合が考えられる。
    • 1) 以前は複数のCDをCDケースに入れ、CDプレーヤーとともに持ち歩き、通学通勤時に音楽を楽しんでいたところ、携帯オーディオプレーヤーの出現によって、複数のCDを携帯オーディオプレーヤー内にすべてコピーすることによってCDを何枚も持ち歩く必要がなくなった場合。
    • 2) また、自宅のリビング等で音楽を聴く際、複数のCDをコンポの中からその都度出し入れする代わりに、自己の所有するCDをまとめてコンポにコピーしておき、その都度CDの出し入れをせずに済む場合。
    これらは技術の革新により利便性が実現された例であるが、いずれの場合も複製ができなければ、以前の不便な方法に戻るだけで、同一のCDが改めて購入されるとは考えがたい。

    • (注11) 2006年オーストラリア著作権法にスペースシフト目的のコピーを許容する条項が追加されたが、同国では補償金制度は導入されていない。音楽については109条A項、映像については110条AAに規定がある。
      • 109A Copying sound recordings for private and domestic use
        • (1) This section applies if:
          • (a) the owner of a copy (the earlier copy) of a sound recording makes another copy (the later copy) of the sound recording using the earlier copy; and
          • (b) the sole purpose of making the later copy is the owner’s private and domestic use of the later copy with a device that:
            • (1) is a device that can be used to cause sound recordings to be heard; and
            • (2) he or she owns;
      • 110AA Copying cinematograph film in different format for private use
        • (1) This section applies if:
          • (a) the owner of videotape embodying a cinematograph film in analog form makes a copy (the main copy) of the film in electronic form for his or her private and domestic use instead of the videotape;
    • (注12) 1イギリスでは、2008年中にスペースシフト目的での私的複製を合法化する改正が行われ、私的複製の範囲を拡大しても補償金制度は導入しないこととされている。下記のイギリス政府HPによると、イギリス政府から委託を受けた外部機関の報告書にその旨の記載がある。(Gowers Review of Intellectual Property, http://www.hm-treasury.gov.uk/media/6/E/pbr06_gowers_report_755.pdf(PDFファイル)(※英国財務省ホームページへリンク))そのp.62のパラグラフ4.72からp.63のパラグラフ4.76に、結論として「Recommendation 8: Introduce a limited private copying exception by 2008 for format shifting for works published after the date that the law comes into effect. There should be no accompanying levies for consumers.」。2また、イギリスレコード協会BPIは、06年6月にイギリス国会で行われたヒアリングにおいて、CDを聴くためにMP3プレーヤーにコピーすることを許容すると表明している。BPI announced that "we believe that we now need to make a clear and public distinction between copying for your own use and copying for dissemination to third parties and make it unequivocally clear to the consumer that if they copy their CDs for their own private use in order to move the music from format to format we will not pursue them.
    • (注13) ニュージーランドのCopyright (New Technologies and Performers' Rights) Amendment Billでは私的使用目的の録音について権利制限規定を設ける規定があるものの、補償金制度に関する規定はない。
      81A Copying sound recording for personal use
      • (1) Copyright in a sound recording and in a literary or musical work contained in it is not infringed by copying the sound recording, if the following conditions are met:,,, (e) the copy is used only for that owner's personal use or the personal use of a member of the household in which the owner lives or both; and (f) no more than 1 copy is made for each device for playing sound recordings that is owned by the owner of the sound recording;
  • 2 タイムシフト目的での放送の録画
    複製ができなかったからといって、当該放送内容と同一内容のDVDを必ず購入するとは考えがたく、相当の売上が見込めないし、そもそも放送事業者は放送時点で番組制作にかかるすべての投資につき、広告収入により回収を終えており、この点からも損失を観念できない。

「4.著作権保護技術により補償の必要性がなくなる場合の試案」について(p.119)

 上述の通り、著作権保護技術が利用されている場合には、補償が不要となると考えられるところ、「試案」で示される条件には不適切なものが見受けられる。
 アにおいて、「厳しく」との表現により複製できる範囲を問題としているが、「厳しく」との限定を付すのは不適当である。著作権者等が、複製の範囲について許容した上で著作物を流通におき利用に供する以上、複製の範囲や多寡は、補償の要否の問題とならないはずである。
 また、イにおいて個々の権利者等による自由な「選択権を行使できる」ことが条件とされているが、不適当である。通常の私人間の契約においても、必ずしも当事者の意向が全て契約で実現できるものではなく、市場環境や当事者の力関係から、特定の当事者が苦渋の選択を迫られ、契約が成立する場合が多く存在することは言うまでもない。そのような場合であっても、いったん契約が成立した後は「合意が形成された」と扱われるのであり、どの程度当事者の意向が反映されたかは問わないのが民法の大原則である(参考条文民法第五章法律行為第91条、93条等)。したがって、権利行使したかどうかの判断においては、著作権保護技術の利用を選択する権利を行使したかどうかを問題とすべきであり、選択肢が多いかどうかとか、自由に選べたかどうかを問うことは、私法の一般原則と矛盾する。

(この項は以上)

●該当ページおよび項目名

p.123〜「第4節 補償措置の方法について」

●意見

 補償金制度による対応と契約による対応を挙げた上で、契約に委ねることに否定的見解が記載されているが、契約に委ねられるところについては委ね、仮にそれでは不十分という場合には補償金制度による解決ということもありうるのであるから、全面的に契約に委ねることに問題があるとしても、契約による解決を否定する理由とはならないはずである。

(この項は以上)

●該当ページおよび項目名

p.126〜「第5節 私的録音録画補償金制度のあり方について」

●意見

 中間整理は第5節p.126以降で、「『仮に』補償の必要性がある場合」と断りつつも、補償金制度のあり方について言及されている。しかし、補償の必要性がないと判断されれば補償金制度自体が廃止されることになるのであるから、「仮に」の議論は不要となるのである。複数の委員から、補償の必要性の議論は十分行われたとは言いがたい状況にあることは再三指摘されているところ、今後、補償の必要性の議論が十分尽くされ、一定の方向性への合意が形成されない限り、抜本的見直しを求められている本小委員会において制度ありきの議論は慎まなければならない。

 以下、中間整理にて言及されている幾つかの点について、意見を述べる。

「1 対象機器・記録媒体の範囲」について(p.126)

 これまでも従前の法制問題小委員会、および当小委員会にて意見を表明してきたところであるが、補償金制度は、私的録音録画に用いる専用機器・専用記録媒体を対象とするからこそ機能できたのであり、汎用的な機能を有する機器・記録媒体については、そもそも補償金制度の考え方には馴染まないものである。したがって、p.129アの考え方は、全く不適当である。具体的な機器等を対象とすべきかについて、中間整理では、「代表的な機器等を念頭において整理化して検討を加えたものであり、個別の機器等についてはこれらの考え方を踏まえて、更に詳細な検討の上、判断されるべきである」(p.132)としているが、「更に詳細な検討の上、判断されるべき」点には、全く賛成である。

「2 対象機器・記録媒体の決定方法」について(p.133)

 中間整理では、政令指定方式を維持することとしており、この点は全く妥当である。しかしながら、「法令で定める基準に照らして、公的な「評価機関」の審議を経て、文化庁長官が定める」とする点については、大きな懸念を覚えるものである。「法令で定める基準」がいかなる内容であるか、また「評価機関」の権限や運営方法等をどのようにするかによるが、政令指定方式によるとしながら、それを事実上無意味なものとする制度改訂には反対である。

「3 補償金の支払義務者」について(p.135)

  製造業者を支払義務者とすべき根拠は存在しない。
 現在は機器や媒体の購入者が支払義務者であるところ、それを製造業者にかえることが検討されている。中間整理では、製造業者の負担する協力義務は支払義務と「同じ」であると記載されている(p.136〜137)。それゆえに支払義務を製造業者に負担させてもいいのではないか、という論理である。しかし、支払義務と協力義務に類似する別の例として、契約上他人が負担する金銭債務を預かって債権者に引渡義務がある場合と対比してみると、その引渡義務を負担する者の債務が、債務者のそれと「同じ」であるなどとは法律的には考えがたい。金銭債務が100万円の場合、それを受け取った者は当然にその100万円を債権者に引き渡す義務があるために、引き渡すべき金額が一致することは言うまでもないが、そのことから、金銭債務と引渡債務が法的評価として同じとはいえまい。したがって、両者の義務は異なる性格のものである以上、製造業者に支払義務を負担させることの正当化根拠は存在しない。また、仮に消費者が補償金の支払を拒否したような場合には、そもそも製造業者は預かり金を保有しない以上、協力義務の不履行自体が生じないともいえる点からも、両者の義務を同一視する見解は不当である。
 これに対し、機器や記録媒体の販売によって利益をあげていることが、製造業者に支払義務を負担させる正当化の根拠と主張する意見があるが、製造業者が協力義務を負担するに至ったのは、機器や記録媒体の販売によって利益をあげているからではなく、他に適当な請求・徴収する手段がなかったからにすぎない(著作権審議会第10小委員会報告書(注14))。仮に支払義務を負わせる根拠を「利益」に求めるというのであれば、現行法の拠って立つ「著作物等の利用の責任は、その受益者たる利用者が負うのが原則的な考え方」(注15)を根本から変更することになるのであり、これを「形式的・理念的なものにすぎない」(p.137)と片付け、あたかも理念を持つ必要もないとの姿勢をとることは大きな疑問である。
 また、欧州の複数の国では製造業者等が支払義務を負担していることから、我が国においても同様な制度を採用しうるかのような記載があるが、欧州の消費者が補償金について十分認識していないままに制度を導入され、認識が高まるに連れ、それを問題視する声も拡大している現在、それらが根拠となるものではない(注16)。

 支払義務者を製造業者等とすることは、返還制度の問題点の本質部分をさらに拡大する。
 仮に製造業者に支払義務を認めると、機器や媒体のすべての購入者はその価格を負担することになる。そうなると、私的使用目的の複製を全く行わない者(企業等が購入者の場合もここに含まれる)から返還請求権(第104条の4第2項)を奪うことになる。平成18年1月の文化審議会著作権分科会報告書は、「返還金制度もそもそも返還額が小額であり実効性のある制度とすることが難しい」と指摘しているが、そもそも私的使用目的の複製を行わない者には負担を強いるべきでないと考えているからこそ返還の実効性を問題としているのであって、まったく返還しない方向で制度を変更することは、上記報告書の趣旨に反し、より多くの自然人及び法人の財産権(憲法第29条第1項)を侵害すると思われる。

 なお、中間整理では、返還請求権を奪うことにより不公平を助長するという指摘に対して、「製造業者等が支払義務者である場合については、私的録音録画行為があったときに初めて金銭債務が発生するわけではないので、利用者は補償金支払済みの機器等、すなわち私的録音録画を適法にできる権利付きの機器等を購入したことになり、仮に購入者が私的録音録画を行わなかったとしてもその権利を行使しなかっただけであり、私的録音録画に使用される可能性が低い機器等を補償金の対象からはずすこと、補償金の額で調整することなどの工夫をすれば、必ずしも不公平にはならないと考えられる」と反論する(p.137)。しかし、上記の通りそもそも私的録音録画を行わない法人の財産権をどう考えるのかという点、また「補償金支払済みの機器等」となるのは支払義務者が利用者(購入者)である場合も同じである点に鑑みれば、論理的な反論であるとは思われない。

  • (注14) 第4章「3 報酬取得の実現」。「ユーザーと権利者との間には直接の接点はないため、ユーザーから個別に徴収することは、徴収のための組織や仕組みについての社会的コストやその実効性などの点から困難…ユーザーと権利者の間に立って、両者の利益調整を図り、権利者の報酬取得の実現に協力する者の存在が制度の実現には不可欠となる。この協力する者については、ユーザーによる録音・録画機器又は機材の購入と関係付けて報酬を徴収するという考え方に立って、録音・録画機器又は機材の提供者であるメーカー等が、録音・録画機器又は機材の販売に際して、その価格に報酬相当額を上乗せして徴収し、権利者へ還元するという方法で協力することが可能…」
  • (注15) 第10小委員会報告書 第4章「2 報酬の支払」。また、第10小委員会報告を受けて現行法制定を行った当時の文化庁文化部著作権課課長補佐 関裕行氏は、支払義務を利用者(ユーザー)に負わせたことについて、「ここは著作権法の原則に従って考えていこうということでございまして、いわば著作物の利用の責任というのは、利用者が負うことが原則であろう。そういうものであれば補償金の支払いというのも、私的録音・録画によって一種利益を得ている利用者、その方に支払ってもうらうのが原則であろう。このように考えまして、ユーザーが補償金を支払いなさいという規定を作ったわけです。」と述べている。ジュリスト1993年6月1日号p.45 「座談会 私的録音・録画と報酬請求権」
  • (注16) 欧州委員会が2006年度に補償金制度の改善に向けて関係当事者に実施したコンサルテーションに対する消費者団体の意見書"Copyright levies in a converging world/ Response to the Questionnaire of the European Commission", The European Consumers' Organisation."...The levies are not based on the harm,,, Levy systems should reflect the actual harm caused by private copying,,,"

(この項は以上)

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