歴史的地区の保全及び現代的役割に関する勧告

歴史的地区の保全及び現代的役割に関する勧告(仮訳)

1976年11月26日 第19回ユネスコ総会採択

 国際連合教育科学文化機関の総会は、1976年10月26日から11月30日までナイロビにおいてその第19回会期として会合し、
 歴史的地区が、いかなる場所においても人間の日常的環境の一部をなしていること、それを形成した過去の生きた存在を表すものであること、社会的多様性に応ずるために必要な多様性を生活の背景にもたらすこと、及びこれにより歴史的地区がその価値を増しかつ新たな人間にとつての重要性を取得することを考慮し、
 歴史的地区が文化的、宗教的及び社会的活動の豊かさ及び多様性の最も確実な証拠を後世に伝えるものであること並びにその保全及び現代の社会生活への統合が都市計画及び国土開発における基本的要素であることを考慮し、
 画一化及び非個性化の危険に直面して、この過去の生きた証拠が人類並びにその中に自らの生活様式の表現及び自らの独自性の基礎の一を見い出す国民にとつて極めて重要であることを考慮し、
 発展又は近代化の口実の下に世界各地において、何を破壊しつつあるかも知らぬ破壊及び非合理的かつ不適当な再建工事がこの歴史的遺産に重大な損害をもたらしつつあることに留意し、
 歴史的地区が不動産的遺産であることにより、その破壊の結果経済的損失がない場合においてもしばしば社会的動揺を誘発しがちであることを考慮し、
 このような状況が、すべての市民に責任を課すものであり、公的当局に対しそれらの当局のみが履行し得る義務を負わせるものであることを考慮し、
 このような荒廃、更には全面的破壊の危険からこれらの掛替のない資産を救うために、国、地域又は地方の計画の一部として歴史的地区及びその環境の保護及び蘇生のための総合的かつ精力的な政策を緊急に採択することが各国のなすべき義務であることを考慮し、
 建築的遺産及びその都市計画又は国、地域若しくは地方の計画との関連性に関する十分に効果的かつ柔軟な法令が多くの場合において欠如していることに留意し、
 総会が、考古学上の発掘に適用される国際的原則に関する勧告(1956年)、風光の美及び特性の保護に関する勧告(1962年)、公的又は私的の工事によって危険にさらされる文化財の保存に関する勧告(1968年)、文化遺産及び自然遺産の国内的保護に関する勧告(1972年)等の文化遺産及び自然遺産の保護のための国際文書を既に採択していることに留意し、
 これらの国際文書に定める基準及び原則の適用を補足しかつ拡大することを希望し、
 この会期の議事日程の第27議題である歴史的地区の保全及び現代的役割に関する提案を審議し、
 その第18回会期において、この問題について加盟国に対する勧告を行うべきことを決定して、
 1976年11月26日にこの勧告を採択する。
 総会は、加盟国が、その管轄の下にある領域内においてこの勧告に定める原則及び規範を実施するため国内法その他の形式で措置をとることにより、次の諸規定を適用することを勧告する。
 総会は、加盟国が、この勧告につき、国、地域及び地方の当局並びに歴史的地区及びその環境の保全について関係のある組織、機関及び団体の注意を喚起することを勧告する。
 総会は、加盟国が、この勧告に関して自国がとつた措置について、総会が定める時期に及び様式で総会に報告することを勧告する。

I 定義

1 この勧告の適用上、
(a)「歴史的地区」とは、都市環境又は田園環境の中で人間の居住地を形成する建造物、工作物及び空間の群(考古学的及び古生物学的遺跡を含む。)であって、考古学的、建築的、先史的、歴史的、美的又は社会文化的見地から一体性及び価値が認められるものをいう。
 極めて多様なこれらの「地区」のうちには、特に、先史遺跡、歴史的都市、旧市街区、村落及び小部落並びに原則として改変されることなく注意深く保存された均質な記念工作物群を挙げることができる。
(b)「環境」とは、これらの地区の静的若しくは動的な理解に影響を与え又はこれらの地区と空間的に直接結合し若しくは社会的、経済的若しくは文化的結びつきによって結合している自然的又は人工的な背景をいう。
(c)「保全」とは、歴史的地区及びその環境の認定、保護、保存、修復、改修、維持及び蘇生をいう。

II 一般原則

2 歴史的地区及びその環境は、掛替のない普遍的遺産を形成するものとみなされるべきである。その領域内に歴史的地区が存在する国の政府及び国民は、この遺産を保全し及びこれを現代の社会生活に統合することを自らの義務と考えるべきである。国、地域又は地方の当局は、各加盟国における権限配分の事情に応じて、すべての国民及び国際社会の利益のためにその義務の履行に責任を負うべきである。
3 すべての歴史的地区及びその環境は、その平衡及び特質が、建造物、空間組織及び周囲の環境のみならず人間活動を含む構成要素の融合に依存している統一体として全体的にとらえるべきである。このようにして、すべての有効な要素(人間活動をも含む。)は、どれほど些細なものであつても、全体との連関において見過してはならない意義を有する。
4 歴史的地区及びその環境は、あらゆる種類の損傷、特に、不適当な利用、不必要な増築及び誤まった又は無神経な改変に起因するそれらの純粋性を損なうもの並びにあらゆる形態の汚染による損傷から積極的に保護されるべきである。修復工事は、科学的原則に基づいて行われるべきである。同様に、建造物群にそれぞれ固有の性格を与えている多種多様な構成要素の結合又は対比によって生ずる調和及び美的感覚に対して、特に注意を払うべきである。
5 建造物の規模及び密度の著しい増大をもたらす現代の都市化の状況の下においては、歴史的地区の直接的破壊の危険に加えて、新規の開発地区が隣接する歴史的地区の環境及び特性を破壊し得るという現実の危険が存在する。建築家及び都市計画家は、記念工作物及び歴史的地区からの景観並びにそれらを望む景観が損なわれないこと並びに歴史的地区が現代生活に調和的に統合されることを確保するように注意を払うべきである。
6 建築技術及び建築形態の普遍化が進むことにより世界中に画一的環境が作り出され得る危険がある現在においては、歴史的地区の保存は、各国の文化的及び社会的価値の維持及び発展に著しく貢献することができるとともに、世界の文化遺産を建築の面で豊かにすることに貢献することにもなる。

III 国内的、地域的及び地方的政策

7 各加盟国は、各国における権限配分の事情に応じて、国、地域又は地方の当局が歴史的地区及びその環境を保全し、かつ、それらを現代生活の要求に適合させるため法律的、技術的、経済的及び社会的措置をとることができるように、国内的、地域的及び地方的政策を策定すべきである。これらの政策は、国内的、地域的又は地方的段階の計画に影響を与えるべきであり、また、都市計画及びすべての段階における国土の開発計画に指針を与えるべきである。これらの政策の下で行われる諸活動は、目標及び事業計画の決定、責任の分担並びに事業の実施の面でこれらの計画に統合されるべきである。保全政策の実施に際しては、個人及び私的団体の協力を求めるべきである。

IV 保全措置

8 歴史的地区及びその環境は、II及びIIIの原則に従い及び次の方法によって保全すべきである。具体的な措置は、各国の法律上及び憲法上の権能並びに機構上の及び経済的な構造に従って決定される。

法律上及び行政上の措置
9 歴史的地区及びその環境の保全のための総合的政策の適用は、それぞれその国全体に有効な原則に基づくべきである。加盟国は、このIVからVIまでの規定を考慮して、歴史的地区及びその環境の保護を確保するため、既存の規定を適応させるべきであり、また、必要な場合には、新しい法令を制定すべきである。加盟国は、このような保護を確保するために、地域的又は地方的な措置を適応し又は採択することを奨励すべきである。都市計画及び地域計画並びに住宅政策に関する法律については、建築遺産の保全に関する法律との調整及び調和をはかるために再検討を行うべきである。
10 歴史的地区の保全のための制度を確立する規定は、必要な計画及び文書の作成に関する一般原則を定めるべきであり、特に、次の事項について定めるべきである。
  保護地区及びその環境に適用される一般的条件及び制限
  公共施設の保存及び提供を目的として策定される事業計画及び事業に関する記述維持
  行為及びその責任者の指定
  都市計画、再開発及び農地管理計画の適用される分野
  保護地区内におけるすべての修復、改築、新築又は取壊しの認可について責任を負う機関の指定
  保全のための事業計画を賄いかつ実施するための措置
11 保全のための計画及び文書には、次のことを定めるべきである。
  保護すべき地区及び物件
  適用される条件及び制限の詳細
  維持、修復及び改良工事において従うべき基準
  都市生活又は田園生活に必要な供給網及び施設の整備を規制する一般的条件
  新築を規制する条件
12 これらの法律は、原則として、保存に関する法令の違反並びに地域社会全体の利益のために計画された保護及び修復に悪影響を及ぼすおそれがある保護地区内における不動産価格の投機的上昇を防止するための規定を含むべきである。これらの規定には、近隣住区整理計画若しくは小規模開発計画の策定、公的機関に対する優先買取権の賦与、保全若しくは機能回復のための強制的買上げ又は所有者の不作為の場合の職権による介入等の建設用地の価格に影響を及ぼす手段となる都市計画上の措置を含めることができるものとし、また、工事停止命令、修復命令又は適正な額の罰金若しくは科料等の効果的な制裁を定めることができる。
13 公的当局及び個人は、保全のための措置に従う義務を負わなければならない。ただし、恣意的又は不当な決定に対する不服申立ての制度が設けられるべきである。
14 公的及び私的な団体の設立並びに公的及び私的な工事計画に関する規定は、歴史的地区及びその環境の保全に関する規則に適合するものであるべきである。
15 特に、不良住宅及び不良住宅街区並びに補助対象住宅の建設に関する規定は、保全政策に合致しかつ貢献するように作成し又は改正しなければならない。補助金交付計画は、特に、古い建造物の機能回復によって補助対象住宅及び公共的建設の開発を促進するように、策定しかつ適宜調整すべきである。すべての取壊しは、いかなる場合においても、歴史的又は建築的価値のない建造物に限って行うべきであり、また、そのための補助金は、厳重に規制すべきである。更に、補助対象住宅の建設に充てる資金の一部は、古い建造物の機能回復のために割り当てるべきである。
16 建造物及び土地に関する保護措置の法的な結果は、公表され、かつ、権限のある公的機関によって記録されるべきである。
17 各国に固有な条件並びに国、地域及び地方の各当局内の権限配分を勘案しつつ次の原則に従って保全のための事業が実施されるべきである。
(a)国、地域及び地方の公共機関又は私人の団体等すべての関係者の永続的調整を確保する責任を有する当局が設けられるべきである。
(b)保全のための計画及び文書の作成は、すべての必要な科学的研究が完了した後、特に次の者で構成される学際的研究班によって行われるべきである。
  保存及び修復の専門家(美術史家を含む。)
  建築家及び都市計画家
  社会学者及び経済学者
  生態学者及び景観設計家
  公衆衛生及び社会福祉の専門家
  その他一般的に歴史的地区の保護及び整備に関係する部門のすべての専門家
(c)当局は、関係がある大衆の意見聴取及び参加の体制作りに主導的役割を果たすべきである。
(d)保全のための計画及び文書は、法律が指定する機関によって承認されるべきである。
(e)国、地域及び地方のそれぞれの段階において保全のための規定及び規則の実施について責任を負う公的当局は、必要な要員を提供され、並びに十分な技術的及び行政的手段並びに財源を与えられるべきである。

技術的、経済的及び社会的措置
18 保護すべき歴史的地区及びその環境の一覧表は、国、地域又は地方の段階において作成されるべきである。この一覧表には、保護のために使用し得る限られた資源を正しく割り当てることができるように優先順位が示されるべきである。緊急にとられることが必要な保護措置は、性質のいかんを問わず、保全のための計画及び文書の作成を待つことなしにとるべきである。
19 地区の総合的調査(その空間的発展の分析を含む。)が行われるべきである。その調査には、考古学的、歴史的、建築的、技術的及び経済的資料が網羅されるべきである。いずれの建造物又は建造物群を注意深く保護し、特定の条件の下で保存し又は極めて例外的なかつ十分実証的に裏付け得る場合に破壊するかを決定するための分析を行つた調書が作成されるべきである。これにより、当局は、その調書と矛盾する工事について停止を命ずることが可能となる。更に、公的及び私的な空間並びにそれらの植生の目録が同様の目的で作成されるべきである。
20 この建築上の調査に加えて、社会的、経済的、文化的及び技術的な資料及び構造並びに広範な都市的又は地域的状況についての完全な調査が必要である。この調査には、可能な場合には、人口統計学的資料並びに経済的、社会的及び文化的活動、生活様式及び社会関係、土地保有の問題、都市のインフラストラクチャー、道路網の状態、運輸通信網並びに保護地区と周辺地帯との間の相互関係の分析を含めるべきである。関係当局は、この調査を重視すべきであり、また、この調査なしには有効な保全計画の作成が不可能であることに留意すべきである。
21 これらの調査の完了の後保全計画の作成前に、原則として、都市計画的、建築的、経済的及び社会的な考察並びに自己の固有な性格と両立し得る機能を受け入れる都市及び田園構造の能力の双方を適切に勘案した計画立案が行われるべきである。計画立案は、住居密度を望ましい水準にすることを目標とすべきであり、また、実施すべき作業の段階、工事中に必要な仮住居及び以前の住居に戻ることができない住民のための恒久的な新住宅について定めるべきである。この計画立案は、関係地域社会及び関係当事者の可能な限り緊密な参加を得て行われるべきである。歴史的地区及びその環境の社会的、経済的及び自然的背景は、時間とともに変化することが予想されるので、調査及び分析は、継続的に行われるべきである。したがって、保全計画の作成及び実施は、計画の作成過程が改善されるまで延期するよりも、利用し得る研究を基礎として着手することが肝要である。
22 保全計画が作成され、かつ、権限のある公的当局によって承認されたときは、当該計画は、立案者により又はその責任の下で実施されることが望ましい。
23 異なる時代の特徴を有する歴史的地区においては、保存は、それぞれの時代の表現を考慮して実施されるべきである。
24 保全計画が存在する場合には、建築的又は歴史的重要性がなく、かつ、損傷がはなはだしくて維持することが困難な建造物の取壊し、価値のない建増し部分及び増築階の撤去並びに、時には、当該地区の統一を損なう新しい建造物の取壊しから成る都市開発計画又は不良住宅整理計画は、保全計画に合致する場合にのみ許可することができる。
25 保全計画の対象外の地区の都市開発計画又は不良住宅整理計画においては、建築的又は歴史的価値のある建造物その他の要素及び付随的な建造物を尊重すべきである。このような要素がこれらの計画によって悪影響を被るおそれがある場合には、取壊しに先立ち保全計画が策定されるべきである。
26 これらの事業が過剰な利益をもたらさないこと又はこの計画の目標に反する他の目的に利用されないことを確保するため不断の監視が必要である。
27 歴史的地区に影響を及ぼすいずれの都市開発計画又は不良住宅整理計画においても、文化遺産の保存に適用される基準に合致する場合には、火災及び自然災害について適用される通常の安全基準が守られるべきである。不一致が生ずる場合には、文化遺産を損なわない限り、最大限の安全が確保されるように関係諸機関との協力の下に特別の解決が図られるべきである。
28 新規建造物の建築性が歴史的建造物群の空間組織及び配置に調和することを確保するように、新規建造物に関する規則及び規制に特別の注意が払われるべきである。このため、建造物群の一般的性格を定義するばかりでなく、高さ、色彩、材質及び形態の調和、正面及び屋根の建築法の定式、建造物と空間との容積比、建造物の大きさの平均及び配置等の建造物群の主たる特徴の分析をも行うために、すべての新規の建設に先立ちその都市全体との関連性についての分析が行われるべきである。土地区画の整理により全体の調和を損なう量的変化が引き起こされることがあるので、土地区画の大きさに特別の注意が払われるべきである。
29 周囲の取壊しによって記念工作物を孤立させることは、一般に認められるべきではなく、また、特別な事情及びやむを得ない理由がある場合を除くほか、記念工作物は、移動されるべきではない。
30 歴史的地区及びその環境は、電柱、高圧鉄塔及び電線又は電話線の架設並びにテレビジョン用アンテナ及び大規模広告標識の設置によって引き起こされる景観破壊から保護されるべきである。これらの物件が既に存在する場合には、撤去のために適当な措置がとられるべきである。はり紙、ネオンサインその他これらに類する広告、看板並びに街路舗装及び街頭用備品は、全体に調和するように最大の注意を払つて計画され及び規制されるべきである。あらゆる形態の景観破壊を防止するために、特別の努力が払われるべきである。
31 加盟国及び関係団体は、歴史的地区に近接して有害な工場を設置することを禁止し並びに機械及び交通機関によって生ずる騒音、衝撃及び振動による破壊的影響に対処するための防止措置をとることにより、歴史的地区及びその環境をある種の技術的発展によって生ずる深刻な環境破壊(特に、多様な形態の汚染)の増加から保護すべきである。更に、観光による過剰開発から生ずる有害な事態に対処するための措置についても、規定が設けられるべきである。
32 加盟国は、大部分の歴史的地区において自動車交通と建造物の規模及び建築的特質との間に存在する矛眉の解決を見い出すために地方の当局を激励し及び援助すべきである。この矛眉を解決し及び歩行者通行を奨励するため、周辺及び中央の駐車場の設置及びそれへの連絡路並びに歩行者通行、業務用交通及び公共交通に同時に役立つように設置された道路網について、注意深い配慮が払われるべきである。電線その他の配線網の地下埋設工事等の多くの復旧作業は、単独で実施する場合には、極めて不経済であるが、道路網の開発と平行して行うことによって容易かつ経済的に行うことができる。
33 保護及び修復には、蘇生のための活動を伴うべきである。したがつて、適切な既存の職能特に商業及び手工業を維持し並びに新しい職能を育成することが不可欠である。この新しい職能は、長期的に維持されるために、当該都市、地域又は国の経済的及び社会的関連と両立するものであるべきである。保全事業の費用は、建造物の文化的価値のみならず、その利用を通じて獲得する価値との関連においても評価されるべきである。保全の社会的問題は、これらの価値尺度の双方を参照しなければ正しく理解することができない。これらの職能は、当該地区の特質を害することなく住民の社会的、文化的及び経済的必要に応ずるものであるべきである。文化的復興政策は、歴史的地区を文化活動の中心とし、及びその地区がそれを取り巻く地域社会の文化的発展の中心的役割りを果たすようにするものであるべきである。
34 田園地区においては、混乱を引き起こす工事並びに経済的及び社会的構造の変化は、自然的背景の中で歴史的な田園地域社会の本来の姿を保存するように注意深く規制されるべきである。
35 保全活動は、公的当局の役割と単独又は共同の所有者並びに居住者及び使用者が個別に又は集団として行う貢献とを結び付けて行うべきであり、また、これらの者の提案の提出及び主体的活動が奨励されるべきである。このため、地域社会と個人との間の永続的協力関係は、特に、関係当事者の類型に応じた情報、対象となる者に合わせた調査、計画班に附属する諮問集団の設置、保全計画に関連する事業の意思決定、運営及び組織について責任を有する機関の顧問としての所有者、居住者及び使用者の代表の参加、計画の実施に参加する公法人の設立等の手段を通じて、すべての段階において確立されるべきである。
36 保全のすべての面において特に功績のある事業が認められるように、保存のための任意団体及び非営利組織の設立並びに名誉上の又は金銭的な報償制度の確立が奨励されるべきである。
37 歴史的地区及びその環境の保全計画に規定された公共投資に必要な資金は、中央、地域及び地方の当局の予算に適正額を計上することによって確保されるべきである。これらのすべての資金は、国、地域又は地方の段階におけるあらゆる形態の財政的援助を調整し、かつ、それらを全体活動計画に従つて投入することを委託された公的、私的又は準公的機関によって集中的に運用されるべきである。
38 以下に述べる種類の公的援助は、修復の「特別経費」、すなわち、建造物の新しい相場又は賃貸価格と比較したときに所有者の負担となる付加的経費が関係当局によって適切かつ必要である場合にとられる措置の中で考慮されるという原則に基づくべきである。
39 一般に、公的資金は、主として既存の建造物(特に、低家賃住宅用の建造物を含む。)の保存のために用いるべきであり、新規建造物の建設に割り当てるべきではない。ただし、既存の建造物の用途及び機能に不利益をもたらさない場合は、この限りでない。
40 贈与、補助金、低利の貸付金又は課税上の優遇は、保全計画に定める工事をその計画に定める基準に合致して実施する私的所有者及び使用者に与えるべきである。これらの課税上の優遇、贈与及び貸付金は、共同事業の方が個人活動よりも経済的であるので、住宅及び商業施設の所有者又は使用者の集団に対して優先的に与えられるべきである。私的所有者及び使用者に対して講じられる財政上の優遇措置は、適当な場合には、建造物の公開、公園、庭園又は敷地への立入り、写真撮影を許可すること等の公共のために規定された一定の条件の遵守及び建造物の本来の姿の確保の要件に応じて定められるべきである。
41 大規模な公共事業及び汚染によって危険にさらされている歴史的建造物群の保護のために、公的及び私的な団体の予算に特別資金が計上されるべきである。また、公的当局は、自然災害による損害の修復のための特別資金を計上すべきである。
42 更に、公共事業を担当する政府のすべての部局及び機関は、自己の目的及び保全計画の目的の双方に合致する工事に財政支出を行うことにより歴史的建造物群の復旧に貢献するように自己の事業計画及び予算を編成すべきである。
43 加盟国は、利用し得る財源の増大を図るため、歴史的地区及びその環境の保全のための公的又は私的な金融機関の設立を奨励すべきである。これらの機関は、法人格を有すべきであり、また、個人、財団及び企業から贈与を受ける権能を有すべきである。贈与者には、課税上の特典を与えることができる。
44 貸付組織を設立することにより、歴史的地区及びその環境の保全のために実施されるあらゆる種類の事業に対する融資は、低利かつ長期返済の条件で所有者に貸付けを行う責任を有する公的機関及び民間の金融機関によってこれを促進することができる。
45 加盟国及びすべての段階の関係当局は、歴史的建造物の保全及びその特性の保存を希望する所有者が引き続き当該建造物に居住することができるようにするという特別の目的のために設けられる回転資金を用いて、建造物を購入し及び、適当なときは修復後、売却する責任を有する非営利組織の創設を促進することができる。
46 保全措置が社会組織の破壊をもたらさないようにすることは、最も重要なことである。改修の必要がある建造物又は建造物群から移転せざるを得ないことによって最も貧しい居住民が受ける困難を回避するため、賃貸料の増額に対する補償は、それらの者が引き続き住居、商業施設及び仕事場並びに伝統的生活様式及び職業(特に、田園的手工業、小規模農業、漁業等)を維持し得るようにすることができる。この補償は、収入に基づいて決定され、関係者が工事の実施に伴って増額された賃貸料を支払うための援助となる。

V 研究、教育及び情報

47 必要とされる熟練労働者及び職人の作業の水準を向上させ並びにすべての住民が保全の必要性を理解し及びそれに参加することを奨励するため加盟国は、その法律上及び憲法上の権限に従って以下の措置をとるべきである。
48 加盟国及び関係団体は、次の事項についての組織的調査及び研究を奨励すべきである。
  歴史的地区及びその環境の都市計画上の側面
  保全とすべての段階における計画との間の相互関連
  歴史的地区に適用される保存方法
  材料の変質
  保存工事への近代的技術の適用
  保全に不可欠な手工業技術
49 48の事項に関する特別教育であって実習訓練期間を含むものが導入されかつ開発されるべきである。また、歴史的地区(周囲の空間を含む。)の保全を専門とする熟練労働者及び職人の訓練を奨励することが肝要である。更に、工業化の進行によって危機に瀕している手工業自体を奨励することも必要である。この問題に関し、関係機関がローマの文化財保存修復研究センター、国際記念物遺跡会議(ICOMOS)、国際博物館会議(ICOM)等の専門的国際機関と協力することが望ましい。
50 歴史的地区の保全に係る地方段階の作業を担当する行政職員の養成については、関係当局が、適当かつ必要な場合には、長期的計画に従い経費を負担し及び監督すべきである。
51 保全事業の必要性の認識は、学校教育、学校外教育及び大学教育により並びに書籍、新聞、雑誌、テレビジョン、ラジオ、映画、巡回展等の情報媒体の使用によって促進されるべきである。歴史的地区及びその環境の保全のための適切に運営された政策から得られる利益については、審美的なもののみではなく社会的及び経済的なものについても明確かつ全体的な情報が提供されるべきである。この情報は、当該方法によればどうして及びどのように環境が改善され得るかを知ることができるように、専門の私的及び政府の機関並びに一般大衆に周知させるべきである。
52 歴史的地区の研究は、青少年の心に過去の作品に対する理解及び尊重の念を植え付け並びにこの遺産の現代生活における役割を明示するために、あらゆる段階の教育、特に歴史教育に含められるべきである。この種の教育は、視聴覚媒体及び歴史的地区の現地見学を広く利用すべきである。
53 教師及び案内人の再教育並びに説明者の養成は、歴史的地区について学ぶことを希望する青少年及び成人の集団の助けとなるように促進されるべきである。

VI 国際協力

54 加盟国は、歴史的地区及びその環境の保全のために協力すべきであり、望ましいときは、政府間及び非政府間の国際機関、特に、UNESCO-ICOM-ICOMOS文書センターの助力を求める。このような多数国間又は2国間の協力は、慎重に調整されるべきであり、また、次の措置によって行われるべきである。
(a)あらゆる形態の情報並びに科学及び技術に関する刊行物を交換すること。
(b)特定の問題に関するセミナー及び作業部会を組織すること。
(c)研究及び旅行のための奨学金を供与し、学術職員、技術職員及び行政職員を派遣し並びに設備を提供すること。
(d)あらゆる種類の公害と戦うための共同行動をとること。
(e)歴史的地区の保存、修復及び復旧の大規模な計画を実施し及び得られた経験を公表すること。歴史的地区及びその環境の開発及び保全の課題が国境の両側の加盟国に共に影響を及ぼす問題を引き起こす国境地区においては、それらの加盟国は、文化遺産が最善の方法で利用されかつ保護されることを確保するようにその政策及び活動を調整すべきである。
(f)共通の利益を有する地区であって地域の歴史的及び文化的発展の特徴を示すものの保存のために近隣国家間で相互に援助を行うこと。
55 加盟国は、この勧告の精神及び原則にのっとり、自国が支配する地域内に所在する歴史的街区、都市及び遺跡の性格を破壊し又は改変するいかなる行為をも行うべきではない。

 以上は、国際連合教育科学文化機関の総会が、ナイロビで開催されて1976年11月30日に閉会を宣言されたその第19回会期において、正当に採択した勧告の真正な本文である。

 以上の証拠として、我々は、署名した。

 総会議長
 タイタ・トエット
 事務局長
 アマド=マハタール・ムボウ


お問合せ先

国際統括官付