ヒト遺伝情報に関する国際宣言

ヒト遺伝情報に関する国際宣言(仮訳)

 総会は、
 1948年12月10日の「世界人権宣言」、1966年12月16日の二つの国際規約、すなわち「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」と「市民的及び政治的権利に関する国際規約」、1965年12月21日の「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」、1979年12月18日の「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する国際条約」、1989年11月20日の「児童の権利に関する国際条約」、2001年7月26日の「遺伝情報におけるプライバシー保護及び差別禁止に関する国連経済社会理事会決議2001/39」、2003年7月22日の「遺伝情報におけるプライバシー保護及び差別禁止に関する国連経済社会理事会決議2003/232」、1958年6月25日の「雇用及び職業における差別に関するILO条約(第111号)」、2001年11月2日の「ユネスコ・文化的多様性に関する世界宣言」、1995年1月1日に発効の世界貿易機関(WTO)を設立する協定に附属する「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPs)」、2001年11月14日の「TRIPsと公衆衛生に関するドーハ宣言」並びに国際連合と国際連合の組織である専門機関により採択されたその他の国際人権に関する法的文書を想起し、

 1997年11月11日の総会において、全会一致の賞賛をもって採択され、1998年12日9日の国連総会において支持された「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」、並びに第30回ユネスコ総会決議23によって1999年11月16日に支持された「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言の実施のためのガイドライン」をとりわけ想起し、

 世界中の幅広い市民の「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」に対する関心、世界宣言が国際社会から受けた確固たる支持、並びに国の法律、規制、規準及び規範や、倫理的な行動規約及びガイドラインについて世界宣言を参考とする加盟国における影響を歓迎し、

 医学情報及び個人情報と同様に科学的情報の収集、処理、利用及び保管に関して、人権と基本的自由の保護及び人間の尊厳の尊重に関連する国際的及び地域的な法的文書、並びに国の法律、規制及び倫理的教典文書に留意し、

 遺伝情報は、医療情報全般の一部であり、遺伝情報及びプロテオーム情報を含めたすべての医療情報の内容は、前後関係及び特定の状況に大きく依存するものであることを認識し、

 ヒト遺伝情報は、個人に関して遺伝的疾病体質を予見することが可能であり、その予見性は、情報を引き出した時点の評価よりも大きくなりえ、世代を超えて子孫を含む家族に対して、事例によっては集団全体に対して、重大な影響を及ぼし、生体試料収集の際にはその意味が必ずしも知られていない情報を含むかもしれず、そして、個人及び集団に対する文化的意義を持ち得ることから、ヒト遺伝情報がその機微な本質により、特別な地位を持つことも認識し、

 遺伝情報及びプロテオーム情報を含めたすべての医療情報は、その題目上の内容によらず、機密性を持って取り扱うべきことを強調し、

 ヒト遺伝情報の経済的及び商業的重要性が増していることに注目し、

 ヒト遺伝学の分野において、発展途上国には特有の必要性及び脆弱性があること、並びに国際協調を強化する必要性があることを考慮し、

 ヒト遺伝情報の収集、処理、利用及び保管は、生命科学と医学の進歩及びそれらの応用、並びに非医学的目的のための利用にとって、非常に重要であることを考慮し、

 収集される個人情報の量が増加していくことによって、真の連結不可能匿名化がますます困難になることをも考慮し、

 ヒト遺伝情報の収集、処理、利用及び保管は、人権及び基本的自由の実行と観察、並びに人の尊厳の尊重の確保に対して、潜在的危険性をもつことを承知し、

 個人の利益並びに福祉が、社会及び研究の権利並びに利益よりも優先されるべきことに注目し、

 「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」において確立した諸原則と、ヒト遺伝情報の収集、処理、利用及び保管の根拠とならねばならない、平等、正義、団結及び責任、並びに研究の自由及び人のプライバシーと安全確保を含めた人間の尊厳の尊重、人権及び基本的自由、特に思想と表現の自由の原則を再確認して、

 以下の諸原則を宣言し、この宣言を採択する。

A.一般規定

 第1条 目的と適用範囲
 (a)本宣言の目的は以下のとおりである。
  ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報並びにヒト遺伝情報及びヒトプロテオーム情報が由来する生物学的試料(以下、生物学的試料という)の収集、処理、利用及び保管において、研究の自由を含む思想及び表現の自由を然るべく考慮しつつ、平等、正義及び連帯の要件を維持しつつ、人間の尊厳の尊重及び人権と基本的自由の保護を確保すること。
  これらの事項についての法規制及び政策の策定において各国を導く諸原則を設定すること。
  関係機関及び個人のために、この分野におけるグッド・プラクティス(優良事例)指針のための基礎となること。
 (b)ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料の収集、処理、利用及び保管は、国際人権法に矛盾しないものでなくてはならない。
 (c)本宣言の規定は、刑事犯罪の捜査、探知及び訴追手続きや国際人権法に矛盾しない国内規範に基づく親子鑑定の場合を除き、ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料の収集、処理、利用及び保管に適用する。

 第2条 用語の使用法
  この宣言上で、使用される用語は次の意味を有する。
  (i)ヒト遺伝情報:核酸の解析またはその他の科学的解析によって得られる個人の遺伝的特性に関する情報
  (ii)ヒトプロテオーム情報:発現、修飾、相互作用を含む個人のタンパク質に付随する情報
  (iii)同意:遺伝情報の収集、処理、利用および保管について、自由意志に基づき、特定の内容に対して明示的に与えられた個人の同意
  (iv)生物学的試料:核酸が存在し、個人の特徴的な遺伝的構成を含む生物学的材料(例えば、血液、皮膚や骨細胞又は血漿)からなるあらゆる試料
  (v)集団遺伝解析研究:地域住民間、同一グループに属する個人間、あるいは異なるグループに属する個人間における遺伝的多様性の性質や程度を理解する目的で実施される研究
  (vi)行動遺伝学研究:遺伝的特徴と行動の間に想定される関連性の確立を目的とする研究
  (vii)侵襲的行為:注射器を使って血液試料を採取する場合のように、人体に侵襲する方法で生物学的試料を採取すること
  (viii)非侵襲的行為:口腔粘膜の採取のように、人体への侵襲がない方法を使って生物学的試料を採取すること
  (ix)匿名化されないデータ:名前、誕生日及び住所といった、それによってその情報が由来する人の特定が可能な情報を含む情報
  (x)連結可能匿名化データ:その人に関するすべての個人を特定可能な情報の暗号による変換又は分離を通じて、匿名化された情報
  (xi)連結不可能匿名化データ:試料を提供した人に関するすべての個人を特定可能な情報の連結の破棄を通じて、連結不可能な形で匿名化された情報
  (xii)遺伝学的検査:特定の遺伝子や染色体の存在、欠失または変化を検出する手法で、特定の遺伝的変化を示す遺伝子産物や特異的な代謝物の間接的検査を含む
  (xiii)遺伝学的スクリーニング:症状のない人々における遺伝的特徴を見つけることを意図して行われる事業の中で、ある地域の住民全体またはその一部に対して提供される大規模で体系的な遺伝学的検査
  (xiv)遺伝カウンセリング:遺伝学的検査又は遺伝学的スクリーニングの結果が示しえる意味及びその利益とリスクを説明するとともに、適用可能であれば、その影響を長期にわたってうまく取り扱うために個人を支援する行為。遺伝学的検査や遺伝学的スクリーニングの前後に行われる
  (xv)相互照合:異なった目的のために作成された様々な情報ファイルに含まれる個人又は集団に関する情報を照合すること

 第3条 個人のアイデンティティー
  個人は、それぞれ特徴的な遺伝的構成を有する。しかしながら、個人のアイデンティティーは、複雑な教育的、環境的及び個人的な要因、並びに他者との感情的、社会的、精神的及び文化的な絆を含有し、また、自由の要因を含意するもので、遺伝的特徴に矮小化されるべきものではない。

 第4条 特別な地位
 (a)ヒト遺伝情報は以下の理由により特別な地位を有する。
  (i) 個人に関する遺伝的疾病体質を予見し得ること。
  (ii)世代を超えて、子孫を含めた家族に対して、そしてある場合には関係者が属する集団全体に対して、重大な影響力を有し得ること。
  (iii)生物学的試料の収集の時点では必ずしも知られていない情報を含み得ること。
  (iv)個人又は集団に対する文化的な重要性を有し得ること。
 (b)ヒト遺伝情報の機微さには、しかるべき考慮がなされるべきであり、ヒト遺伝情報及び生物学的試料には適切な水準での保護を確立すべきである。

 第5条 目的
  ヒト遺伝情報及びヒトプロテオーム情報は、以下の目的に対してのみ、収集、処理、利用及び保管することができる。
  (i)スクリーニング及び予見的検査を含む診断及び医療。
  (ii)人類学または考古学研究はもちろん、疫学、特に母集団を基盤とする遺伝解析研究を含む医学研究及びその他の科学研究。以下、これらを併せて『医学・科学研究』という。
  (iii)第1条(c)の規定を考慮した、法医学、並びに民事、刑事その他の法的手続き。
  (iv)あるいは「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」及び国際人権法に抵触しない他のあらゆる目的。

 第6条 手続き
 (a)ヒト遺伝情報及びヒトプロテオーム情報は、透明性が高く、倫理的に許容される手続きに基づいて、収集、処理、利用及び保管がなされることが倫理的に必須である。国は、とりわけ母集団を基盤とする遺伝解析研究の場合、ヒト遺伝情報及びヒトプロテオーム情報の収集、処理、利用及び保管とそれらの管理の評価について、一般的な方針に関する意志決定をする際に、社会全体を関与させるよう努めるべきである。この意志決定の手続きは、国際的な経験から恩恵を受け得るものであるが、様々な視点の自由な意見表明を保証すべきである。
 (b)「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」の第16条に従って、独立した、学際的な、かつ、多様な人々からなる倫理委員会が奨励され、かつ、国、地方、地域あるいは機関レベルで設置されるべきである。必要に応じて、ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料の収集、処理、利用及び保管のための規準、規制、ガイドラインの策定に関して、国家レベルの倫理委員会に意見を求めるべきである。また、国内の規範がない問題に関しても、本委員会に意見を求めるべきである。特定の研究プロジェクトへの適用に関しては、機関や地域レベルの倫理委員会に意見が求められるべきである。
 (c)二つまたはそれ以上の国において、ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報または生物学的試料の収集、処理、利用及び保管が行われる場合には、必要に応じて、関係する国々の倫理委員会の意見が求められるべきであり、適切なレベルにおけるこれらの問題の検討は、本宣言で規定される原則及び関係各国で採用される倫理的・法的規準を基盤とするべきである。
 (d)事前の、自由意思の下で、適切な情報に基づく、明示された同意が求められる人に対して、明確で、バランスのとれた適切な情報が与えられることが倫理的に肝要である。このような情報は、その他の必要な詳細情報とともに、ヒト遺伝情報及びヒトプロテオーム情報が生物学的試料から導き出され、利用され、保管する目的を特定するものでなくてはならない。本情報には、必要であれば、リスク及び影響について示すべきである。また、本情報に、当事者が自らの同意を強制なく撤回でき、また、そのことが当事者に対する不利益及び罰則を伴わないことをも示すべきである。

 第7条 差別しないこと及び烙印を押さないこと
 (a)ヒト遺伝情報及びヒトプロテオーム情報は、個人の人権、基本的自由、人間の尊厳を侵害する意図、もしくは侵害する方法により差別する目的のために、あるいは個人、家族、集団もしくは共同体に烙印を押すことにつながる目的のために用いられないことを保証するあらゆる努力がなされるべきである。
 (b)この点で、集団遺伝解析研究や行動遺伝学研究から得られる知見や解釈には適切な注意が払われるべきである。

B.収集

 第8条 同意
 (a)公的または私的機関により、侵襲的又は非侵襲的行為を通じたヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料の収集、並びに引き続き行われる処理、利用及び保管に当たっては、金銭的及び個人的利得の誘導なしに、事前の、自由意思の下で、適切な情報に基づく、明示された同意が得られるべきである。同意に関するこの原則に対する制限は、国際人権法と調和し、国内規範によりやむを得ない理由についてのみ規定されるべきである。
 (b)国内規範によりインフォームド・コンセントを与えることができないとされる人については、国内規範に従って、法的代理人から承諾を得るべきである。法的代理人は、当事者の利益が最大になるよう考慮しなければならない。
 (c)同意能力のない成人は、可能な限り、その承諾手続きに参加すべきである。未成年者の意見は、年齢及び成熟度に応じて、考慮されるべきである。
 (d)診断及び医療において、未成年者及び同意能力のない成人の遺伝学的スクリーニング及び遺伝学的検査は、当事者の健康に重要な意味を有し、かつ、最大利益を考慮する場合にのみ、通常、倫理的に受け入れられる。

 第9条 同意の撤回
 (a)ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料が医学・科学研究のために収集されるとき、そのデータが連結不可能匿名化された場合を除き、当事者は同意を撤回することができる。第6条(d)の規定に従って、同意の撤回は、当事者に対する不利益及び罰則を伴ってはならない。
 (b)同意を撤回した際は、当事者について連結不可能匿名化されている場合を除いて、ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料は利用されるべきではない。
 (c)連結不可能匿名化されていないデータ及び生物学的試料については、当事者の希望に基づき処理されるべきである。当事者の希望が確認できない、実行に適さないまたは安全性に欠ける場合については、データ及び生物学的試料は連結不可能匿名化または破棄されるべきである。

 第10条 研究結果について知さられるか否かを決める権利
  ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料が医学・科学研究目的のために収集されるとき、同意の際に与えられる情報として、当事者がその結果を知らされるか否かを決定する権利を有することを明示すべきである。このことは、連結不可能匿名化され、この研究に参加した個人に関して、個別の結果が導かれない場合には適用しない。適当な場合には、知らされない権利は、その結果により影響を受けるかもしれない親族にも拡げられるべきである。

 第11条 遺伝カウンセリング
  健康に関わる重要な意味を持つ可能性がある遺伝学的検査を行おうとする場合、当事者が遺伝カウンセリングを適切な方法で受けられるようにすべきである。遺伝カウンセリングは非指示的であり、文化的に適合したものであり、かつ当事者の最大の利益と一致したものであるべきである。

 第12条 法医学のための、または民事・刑事その他の法的手続における生物学的試料の収集
  ヒト遺伝情報及びヒトプロテオーム情報が、親子鑑定を含む法医学目的で、または民事・刑事その他の法的手続において収集されるときには、生体または死体からの生物学的試料の収集は、国際人権法に抵触しない国内規範に従ってのみなされるべきである。

C.処理

 第13条 アクセス
  ヒト遺伝情報及びヒトプロテオーム情報が連結不可能匿名化されている場合、または国内規範が提供者による遺伝情報へのアクセスを公益の健康、公的な秩序もしくは国家の安全の利益のために制限する場合を除き、提供者自らの遺伝情報へのアクセスは拒否されるべきではない。

 第14条 プライバシー及び機密性
 (a)国は、個人のプライバシー及び個人、家族、そして適当な場合には集団を特定することが可能なヒト遺伝情報の機密性を、国際人権法に沿った国内規範に従い、保護するよう努めるべきである。
 (b)個人を特定できるヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料は、国際人権法に沿った国内規範によって限定的に認められる重要な公共の利益のためである場合、または事前の、自由意志下の、適切な情報に基づく、明示的な同意が国内規範及び国際人権法に従って得られている場合を除き、第三者、特に雇用主、保険会社、教育機関及び家族に対して開示、若しくは入手可能とすべきではない。ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料を使用する研究に参加する個人のプライバシーは保護され、これらの情報は機密情報として取り扱われるべきである。
 (c)科学研究目的のために収集されたヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料は、通常は、個人を特定できる形で連結可能とするべきではない。これらの情報及び生物学的試料について匿名化した場合においても、当該情報及び生物学的試料の安全性を確保するために必要な予防措置が取られるべきである。
 (d)医学・科学研究目的のために収集されたヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料は、研究の実施に必要な場合に限り、国内規範に従って個人のプライバシー及びデータや生物学的試料の機密性が保証されることを条件として、個人の特定ができる形で連結可能な状態のままにすることができる。
 (e)ヒト遺伝情報及びヒトプロテオーム情報は、それらの収集またはそれに引き続く処理の目的を達成するために必要な期間を超えて、個人特定可能な形のままにするべきではない。

 第15条 正確さ、信頼性、質及び安全性
  ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料の処理に責任を有する者及び組織は、ヒト遺伝情報及び生物学的試料の処理の正確性、信頼性、質及び安全を確保するために必要な措置を講ずるべきである。倫理的、法的及び社会的観点から、それらは、ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料の処理と解釈は、厳格、慎重、誠実及び高潔に行うべきである。

D.利用

 第16条 目的の変更または医学・科学研究目的の変更
 (a)当事者の事前の、自由意思下の、適切な情報に基づく、明示された同意が第8条(a)の規定に従って得られている場合、または提案された利用が国内規範により公共の利益になると規定されかつ国際人権法と矛盾がない場合を除き、第5条に規定される諸目的のために収集されたヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料は、当初の同意と一致しない目的に利用されるべきではない。もし、当事者が同意能力を欠くならば、第8条(b)及び(c)の規定が、準用されるべきである。
 (b)事前の、自由意思の下で、適切な情報に基づく、明示された同意が得ることができないとき、または連結不可能匿名化された場合には、ヒト遺伝情報は、国内規範に従って、または第6条(b)の規定に従って利用することができる。

 第17条 保管された生物学的試料
 (a)第5条に規定される以外の目的で収集、保管している生物学的試料は、当事者の事前の、自由意思の下で、適切な情報に基づく、明示された同意があれば、ヒト遺伝情報及びヒトプロテオーム情報を産出するために用いることができる。しかしながら、このような情報が例えば疫学研究等の医学・科学研究または公衆衛生目的に有意義であれば、第6条(b)に規定される倫理委員会へ諮問の手続きに従って、それらの目的のために利用してもよいことを国内規範において規定することができる。
 (b)第12条の規定は、法医学のためにヒト遺伝情報を産出するために用いられる保管された生物学的試料にも準用されるべきである。

 第18条 流通と国際協力
 (a)国は、国際的な医学・科学協力を促進し、ヒト遺伝情報及びヒトプロテオーム情報に対する公平なアクセスを確保するために、国内規範及び国際取決めに従って、ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料の国境を越えた流通を規制すべきである。本宣言に規定される諸原則に従って、受領者が適切な措置をとることを確保するシステムとすべきである。
 (b)国は、この宣言で述べられた原則を十分に尊重して、ヒト遺伝情報及びヒトプロテオーム情報に関する科学的知見の普及の促進を続け、また、この点に関して、特に発展途上国と先進国の間で科学的及び文化的協力を促進するためのあらゆる努力をしなければならない。
 (c)研究者は、科学的、倫理的問題に関する相互の尊敬に基づき、協力的な関係を確立するために努力するべきである。また、本宣言に規定される諸原則が関係団体により遵守されているならば、研究者は、第14条の規定に従って、科学的知見の共有を促進するために、ヒト遺伝情報及びヒトプロテオーム情報の無償の流通を奨励するべきである。さらに、この目的の達成に向けて、研究者は自らの研究結果を適当な時に公表するよう努力するべきである。

 第19条 利益の共有
 (a)医学・科学研究のために収集されたヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報または生物学的試料を利用することによって生じる利益は、国内規範及び国際取決めに従って、社会全体及び国際社会において共有されるべきである。これらの原則を実行する際には、利益は次の形態のいずれをもとることができる。
  (i)研究に参加した個人及び集団への特別な支援
  (ii)医療へのアクセス
  (iii)研究から生じる新たな診断法、治療法のための施設または医薬品の供給
  (iv)公共医療サービスに対する支援
  (v)研究目的のための能力開発施設
  (vi)途上国の特有の問題を考慮した、途上国のヒト遺伝情報の収集、処理能力の開発及び強化
  (vii)本宣言に規定される原則に一致するあらゆるその他の形態
 (b)この観点の制限は、国内規範及び国際取決めにより与えられ得る。

E.保管

 第20条 監視・管理枠組
  本宣言で規定されている原則とともに独立性、学際性、多元性及び透明性の原則に基づき、国は、ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料の監視及び管理のための枠組を検討することができる。この枠組は、これらのデータの保管の目的や本質を取り扱うこともできる。

 第21条 破壊
 (a)第9条の規定は、保管されるヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料の場合において準用される。
 (b)犯罪捜査の際に容疑者から収集されたヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料は、もはや必要でなくなった場合には、国際人権法と一致した国内規範により別に規定されている場合を除き、破壊されるべきである。
 (c)ヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報及び生物学的試料は、国際人権法と一致した国内規範により別に規定されている場合を除き、法医学目的及び民事の法的手続のために必要である限りにおいてのみ、当該目的のために利用されるべきである。

 第22条 相互照合
  止むを得ない理由によって国内規範により別に規定されており、かつ、それが国際人権法と一致している場合を除き、診断・医療目的及び医学及び他の科学研究目的のために保管されているヒト遺伝情報、ヒトプロテオーム情報または生物学的試料の相互照合には、同意が必要不可欠であるべきである。

F.促進と実施

 第23条 実施
 (a)国は、本宣言で規定される原則を実施するため、国際人権法に従って、立法的、行政的またはその他の性格のもののいずれかであっても、すべての適切な措置を講じるべきである。こうした措置は、教育、訓練、公的な情報の分野の活動によって支えられるべきである。
 (b)国際協力の枠組みの中で、国は、ヒト遺伝情報に関する科学的知見を生み出し、また共有することに参加する能力を途上国が構築することを可能とする、二国間及び多国間合意を結ぶ努力をすべきである。

 第24条 倫理教育、訓練及び情報
  本宣言に規定される諸原則を推進するために、国は、ヒト遺伝情報に関する情報や知識を普及するプログラムを奨励することはもちろん、すべてのレベルにおけるすべての形態の倫理教育及び訓練を促進することに努めるべきである。これらの措置は、特に研究者及び倫理委員会のメンバーなどの特定の聞き手に向けるべきであり、また、公衆全体にも向けられるべきである。この点について、国は、国際的及び地域的な政府間組織、並びに国際的、地域的及び国内のNGOがこの努力に参加するよう促すべきである。

 第25条 国際生命倫理委員会(IBC)及び政府間生命倫理委員会(IGBC)の役割
  国際生命倫理委員会(IBC)及び政府間生命倫理委員会(IGBC)は、本宣言の実施及びその中に規定される諸原則の普及に貢献することとする。協力関係の基礎の上に、2つの委員会が、特に国が規定した報告書を基盤として、監視と実施の評価に責任を持つべきである。2つの委員会は、特に、本宣言の効果を促進するであろうあらゆる意見や提案の形成に責任を有するべきである。これらの委員会は、総会に提出されるユネスコの法的手続きに従って勧告をすべきである。

 第26条 ユネスコによるフォローアップ行動
  人の尊厳の尊重と、人権及び基本的自由の実行と遵守に基づき、生命科学とその技術を通じた応用を促進するため、ユネスコは本宣言をフォローアップする適切な行動をとる。

 第27条 人権や基本的自由、人の尊厳に反する行動の否認
  本宣言、特にこれに規定されている諸原則が、いかなる国家、集団または個人に対して、人権、基本的自由及び人の尊厳に反するいかなる活動または行動に従事することを要求することを意味するものとして解釈してはならない。

※本仮訳は今後修正される可能性があります。


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