ユネスコ創設70周年にあたっての提言-多様性の尊重と持続可能な社会の実現に向けて-日本ユネスコ国内委員会会長ステートメント

日本ユネスコ国内委員会は、本年がユネスコ70周年であることにかんがみ、これからの時代のユネスコ活動がどうあるべきかについて検討し、会長ステートメントとしてとりまとめました。本ステートメントは、70年を超えて歴史を刻むユネスコの新たな役割として、(1)新しい時代の国際社会における「知的リーダー」としての役割、(2)持続可能な社会の実現への貢献、(3)多様性を尊重する社会の実現への貢献、の3点を提言しています。
平成27年11月に開催された第38回ユネスコ総会において、安西日本ユネスコ国内委員会会長がボコバ事務局長と協議をした際に、本ステートメントを手交しました。 

1.はじめに

ユネスコは、今年創設70周年を迎えます。

「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」というよく知られた一節に始まるユネスコ憲章が国連総会で採択されたのは、1945年11月16日のことでした。爾来70年の間、ユネスコは、二度と悲惨な戦争を繰り返すまいという人々の心の叫びとともに、教育、科学、文化を中心とした協力活動を通じ、国際平和と人類共通の福祉の推進に努めてきました。

教育、科学、文化の面における協力を通じて平和と福祉の推進に努める当初の理念と目的は、揺るぎなきものです。ただ、その一方で、70年の歳月の間に、私たちやユネスコを取り巻く環境が大きく変化してきたことも事実です。

とりわけ、多様な人々、多様な社会、多様な文化が直接触れ合う機会が急増するとともに、今年国連において採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」においても示されているように、地球社会の持続可能性が真に問われるようになっています。

たとえば、多様な人々の誰もが質の良い教育を受けられる環境、万人が科学や技術の成果を享受できる環境、すべての人々が文化の恩恵を得られる環境などの拡大と支援、また、経済成長・発展に基づく生活の改善や国際的な人権擁護の枠組みの強化、その他、ユネスコの活動が必要な課題は、ますます広がっています。貧困や病気の蔓延、差別・偏見・文化的不寛容の拡散、紛争の拡大、テロリズムの台頭、地球温暖化、環境状態の悪化等をはじめ、多くの地球的課題もまた、私たちの前に立ちふさがっています。

70年の間に起こってきたこうした変化の只中にあって、今私たちは、ユネスコの理念と目的をあらためて今後への礎石とするとともに、未来の世界と未来のユネスコ活動に向け、新たな舵を取る時期に来ているのではないでしょうか。

とくに日本では、早くから国民の間にユネスコ活動への参加の機運が高まり、1951年のユネスコ加盟よりさき、1947年に世界に先駆けて民間組織のユネスコ運動が発足、その後今日に至るまで、官民一体となってユネスコ活動に積極的に協力してきました。

その日本を代表するユネスコ国内委員会として、ユネスコ創設70周年にあたり、この提言を世界に公表できることを光栄に存じます。

以下、ユネスコを取り巻く世界の変化とこれからのユネスコについて述べるとともに、70年を超えて歴史を刻むユネスコの新たな役割として、(1)新しい時代の国際社会における「知的リーダー」としての役割、(2)持続可能な社会の実現への貢献、(3)多様性を尊重する社会の実現への貢献の3点について提言することとします。

2.世界の変化とこれからのユネスコの在り方

70年の歳月は、私たちやユネスコを取り巻く環境を大きく変えてきました。第二次大戦の後、世界全体を巻き込む大戦こそ回避してきたものの、各地域の紛争による犠牲者も、貧困や飢餓、差別や偏見、人権の侵害に苦しむ人々も増え続け、貧富の差も広がっていると言われます。

また、この数十年の間に、「宇宙船地球号」の中で運命を共にする私たちすべてに対して、地球温暖化、また水質・土壌・大気・食糧など生存に直接関わる環境の悪化など、多くの新しい危険が生じています。この危険は、私たちに、地球社会の持続可能性への疑問を突きつけるようになっています。

さらに、科学技術の急速な進歩は、多くの人々に多大な便益をもたらす一方、社会の持続可能性を脅かす面も持つようになっています。とくに、1990年代にかけて起こったデジタル技術の革命と、それを基盤にしたネットワーク社会の急速な進展は、コミュニケーションの在り方のみならず、政治、経済、外交の在り方を抜本的に転換しました。70年間の大きな変化を特徴づける、いわゆるグローバル社会の出現、多様な人間・社会・文化が直接触れ合う機会の急増は、「デジタル革命」とも言うべき技術革新に大きく依存しています。

上に挙げた多くの新たな変化は、経済や企業活動の領域だけでなく、これらの領域としては正面から取り上げられてこなかった、人間・社会・文化など、多様性を重視すべき「ソフトな」領域にも、急速に影響を与えていることが特徴としてあげられます。これらの領域こそ、ユネスコが中心的に活動してきた領域にほかなりません。こうした領域は、感情や思考、コミュニケーションの在り方、環境の在り方など、人間の内面にも強く関わっており、だからこそ私たちは、それらの正の側面をすべての人々が享受できるよう、また負の側面が生じないよう、努めなければならないのです。

ユネスコは、70年前に宣言された理念と目的を礎石としつつ、この70年の間に起こった上のような変化、また他のさまざまな変化を真に受け止めなければなりません。そして、世界の人々が直面する多くの深刻な課題の解決に尽力しつつ、教育、科学、文化など、多様性と「ソフトな」活動の必要な領域の発展に寄与し、その成果を万人が享受できるよう、努めなければなりません。とりわけ、こうした目標を達成するための基本的な課題である、多様性の尊重と持続可能な社会の実現に向けて、努力しなければなりません。

ユネスコは、こうした認識のもとに、世界のあらゆる人々が幸せな人生をまっとうできるよう、未来に向けた活動を持続的に展開していくべきであります。

3.新しい時代の国際社会における「知的リーダー」としての役割

世界の変化を上記のように捉えるとき、とくに教育、科学、文化という、政府のみならず多様な人々が自らの活動として関わって初めて普及や進展が期待できる領域が、これからの国際社会における人間活動の主役をなしていくものと考えられます。いまこそユネスコは、豊富な経験を活かし、これらの領域を基盤とした「知的リーダー」として、新たな時代の国際社会の形成に中心的に貢献していくべきであります。

ユネスコ憲章の前文には、「政府の政治的及び経済的取極のみに基く平和は、世界の諸人民の一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって平和は、失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かなければならない」と書かれています。

私たちは、平和が「人類の知的及び精神的連帯の上に築かなければならない」ことを再認識するとともに、これからの時代を見通して、人類共通の知識の蓄積、一人ひとりの人間に対する思いやりや良心、寛容な心を育む教育の推進、多様性と持続性を基礎とした社会・環境の維持・発展、科学・哲学・思想・文化などの連携によるこれからの時代の世界観・生命観の建設などの活動を行っていくことが、ユネスコの大きな役割になると考えます。

また、こうした活動は、各国政府や地域の代表のみならず、国際機関、教育・研究機関、文化・芸術に関わる組織、企業、NPO、NGO、さらには各種団体、若い世代を含め、多様な人々が協力して行っていくべきです。

これからのユネスコは、生涯教育を世界に広めるなど国連の専門機関として多くのセクターに関わってきた経験を活かし、多様な組織や人々と協力して、教育・科学・文化の発展を軸とした多様性と持続性に基づく国際社会の形成、つまり戦後70年を超える時代を創り出してしていくための、「知的リーダー」としての役割を持つべきであります。

4.持続可能な社会への実現の貢献

ユネスコは、近年、教育、科学、文化のすべての領域において、「平和の構築」と「公平で持続可能な開発」を目指しています。

とりわけ、ユネスコが中心的に担うべき教育・科学・文化の活動について、私たちは以下のように考えています。

教育の享受は昔も今も人々の重要な権利であり、人間の安全保障を推進するためにも不可欠なものです。ユネスコの「平和のとりでを築く」という理念の実現のためにも、教育は重要な役割を担っています。そのうえで、経済発展に果たす教育の役割を超え、教育を受ける権利と教育そのものを人々が共有し、実践に結びつけていくことが必要です。

とくに、教育を経済発展だけで測るのではなく、幸福や豊かさに教育がどのように貢献しているかを考慮する必要があります。そして、知識の重要性を認識しつつ、人類にとって共通の利益となりうる教育、未来を担う次世代のための教育を推進していかなければなりません。

とりわけ、持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development; ESD)においては、持続可能な社会の実現に貢献する智恵を育むことが大切です。日本は、持続可能な社会のために教育が重要であることを2002年に表明し、ESD10年の最終年会合である「あいち・なごや会議」を2014年に開催するなど、長年にわたりESDの推進をユネスコと共に主導してきました。

ESDは、知識や技能の習得に加え、人間の尊重、多様性の尊重、非排他性、機会均等、環境の尊重等、持続可能な開発に関する価値観の涵養はもちろん、体系的思考力、批判的思考力、データや情報の分析能力、コミュニケーション能力の育成、リーダーシップの向上などを育む教育であり、どの国にも、どの世代にも必要であると言っても過言ではありません。

さらに、グローバル化の進む国際社会においては、地球市民としての倫理、価値観を醸成するグローバル・シチズンシップ教育もまた、大きな意味を成していくでしょう。

こうした教育は、知識のみならず、知性、智恵、倫理観を総合的に高め、「人の心の中に平和のとりでを築く」ための支えとなるものであり、創設以来70年を経たユネスコの大きな使命となるものと考えます。

また、持続可能な社会の実現には、科学的観点からのアプローチも不可欠です。地球規模の課題に取り組むには、人々の多様な価値観を考慮しながら、生態系の将来を損なうことなく、個人、地域社会、国際社会などに対する異なる時空間スケールでの持続可能性及び幸福の追究を目指す必要があります。

日本は、持続可能な地球社会の構築に向けた、こうした統合的アプローチの普及と推進に努めているところであり、ユネスコのリーダーシップに期待しております。

5.多様性を尊重する社会の実現への貢献

上に述べた持続可能な社会の実現には、多様性の維持・尊重が不可欠であります。戦後70年、グローバル化とデジタル革命の進展のもと、多様な人々、多様な社会、多様な文化が直接触れ合う機会が急速に多くなっています。こうした時代には、持続可能な社会の実現と多様性を尊重する社会の実現は、お互いに支えあうべきものであり、むしろ同一視すべきものです。

したがって、持続可能な社会の実現に貢献すべきユネスコは、同時に、多様性を尊重する社会の実現に向けても貢献していかなければなりません。

とくに日本は、古来より多種多様な外来文化を受容しつつ、独自の文化様式を形成し発展させてきました。また、限りある資源を有効に活用することを前提とした循環型社会の形成に努力してきました。公害問題を克服して環境保護と経済発展を両立させてきた歴史も持っています。私たちは、これらの知見や経験を、多様性を尊重する持続可能な社会の実現に向けて、ユネスコの活動に積極的に活かしていきたいと考えています。

また、多様性の尊重と維持のためには、さまざまな文化の間の多様性を肯定し、その実現に努力することが大切です。文化的多様性は、異なる文化の間の相互理解を深め、世界の平和と安全をもたらす有効な方策になり得ます。その実現には、「世界人権宣言」及び「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」において述べられている文化的権利の実現に向け、ユネスコが各国を主導していくことが必要です。

さらに、ユネスコが実績をあげてきた、文化財の保護・保全と活用を引き続き推進することも有意義です。とくに、「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」、そして「無形文化遺産の保護に関する条約」に基づく文化遺産の保護・保全と活用は、ユネスコの代名詞にまでなっており、この分野におけるユネスコの貢献は注目に値するものです。ユネスコは、これからの時代を見据え、多様性の尊重と維持を目指して、文化遺産の保護をさらに推進すべきと考えます。

多様性の維持・尊重の原点は、多様な人々、多様な国・地域、多様な文化の間のコミュニケーションにあります。対話を支える技術として、また、教育の普及・向上、科学の発展、文化の理解と交流などユネスコの中心的活動を支え得る技術として、デジタル革命のもとで情報技術が急速な進展を遂げています。ユネスコは、多様性の尊重の原点であるコミュニケーションの重要性をあらためて認識し、セキュリティ、プライバシーなどの課題をも含めて先端的な情報技術の在り方をリードするなど、教育・科学・文化の領域を中心とした新たなコミュニケーションの事業に取り組むべきです。

この意味から、記憶遺産事業については、世界の人々の記憶に留め置くべき重要な文書や記録を保全・活用するという役割を果たすため、その政治利用を未然に防ぎ、公平性や透明性を確保することが重要であると考えます。

6.おわりに

ユネスコの理念と目的は、70年たった現在でもまったく色褪せていません。むしろ、多様な人々、多様な社会、多様な文化が直接触れ合う機会が急増しているグローバル時代の今日、その理念と目的は、ますます重要な意味を持つようになっています。

他方、戦後70年にわたる時代潮流の大きな変化の中で、多様性を尊重する持続可能な社会の実現への道程には、複雑化し、困難さを増している側面があることも事実です。

こうした時代にあって、ユネスコは、当初の理念と目的をあらためて礎石としつつ、教育・科学・文化の領域における活動を中心に、持続可能な社会・多様性を尊重する社会の実現に向け、国際社会の「知的リーダー」としての役割を果たしていかなければなりません。

私たちは、創設以来70年にわたり世界の平和に尽力してきたユネスコとその職員、関係者の方々に、深い敬意と感謝を捧げます。同時に、ユネスコが、あらゆるステークホルダーとの協力関係を強化しつつ、開かれた組織として、この提言に述べた役割を果たすよう不断の努力を重ねていくことを期待します。

日本は、第二次大戦後、国際連合に加盟するより以前にユネスコに加盟しました。さらにそれより前、国としてユネスコに加盟するより以前に、世界で初めて民間の組織がユネスコの活動に参加しました。現在では、約270のユネスコ協会が存在して、民間のユネスコ活動をリードしています。さらに、ユネスコ憲章に示されたユネスコの理念の実現を目指し、世界で最も多くのユネスコスクールが、児童生徒による活動を活発に行っています。ユネスコの活動と密接に関連のあるESDの推進も、全国で活発に行われています。

こうした活動を通して、日本は、教育・科学・文化の領域を中心とした交流を継続し、多くのことを学んできました。また、国際社会における相互理解の推進に貢献するため、加盟国の中で2番目の分担金拠出国となるなど、ユネスコに対して積極的に協力しています。

私たちは、上に挙げた多くの蓄積と貢献をもとに、ユネスコと協力しつつ、さきに述べた、持続可能な社会・多様性を尊重する社会の実現を目指す国際社会の「知的リーダー」としてのユネスコの役割を、率先して果たしていきます。また、その活動を、将来の地球社会を担う若い世代に引き継いでいきます。

ユネスコ、およびそのあらゆる加盟国、あらゆるステークホルダーが、ユネスコ創設70周年を機にこの提言を共有して、あらためて国際社会の平和と万人の幸福を希求し、積極的な活動を展開していくことを期待しております。

2015年11月2日
日本ユネスコ国内委員会会長
安西 祐一郎

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国際統括官付