この提言は、喫緊の地球規模課題に対して、細分化した学問領域にとどまらない、人文・社会科学を含む学問分野の知を統合した、持続可能な社会の構築に向けたアプローチによる科学的取組であるサステイナビリティ・サイエンスの概念を、ユネスコが事業計画等を検討する際に考慮することを求めるものです。
平成23(2011)年8月3日の第129回日本ユネスコ国内委員会において採択され、同年11月の第36回ユネスコ総会の機会にユネスコ事務局へ提出されました。
平成23年8月3日
日本ユネスコ国内委員会
科学は人類にとって極めて有益な、めざましい変革をもたらした。科学の発達は高度な技術を産み出し、多くの分野で人間の可能性を高め、その活動領域を広げた。
他方、科学の進歩の応用や、人類の活動の発展は、その明らかな恩恵だけでなく、地球上の限られた資源の枯渇化、生態系の破壊、大気海洋等の汚染、気候変動、自然災害の巨大化・複合化、及び、生物多様性の減少などの負の影響をももたらしつつある。科学や技術の発展に支えられた経済活動が、国や地域の間の経済格差の拡大をも引き起こしている。今日我々が直面している最大の問題は、地球システムの持続可能性である。この問題を解決するうえで科学の果たす役割は大きい。ただし、科学や技術を、濫用することなく、責任ある方法で活かすためには、幅広い人々が参加して議論を積み重ねていく中で適切な解決策を探ることが重要である。科学をどう振興し、利用するのか、また、負の影響をどう制御するのか、ひいては科学そのもののあり方について、開かれた議論の下に合意を得る努力が今後一層求められる。
そうした合意を得るにあたっては、現代の環境・経済・社会のシステムが、極めて複雑化しており、その中で一つ一つの問題が独立して存在しているのではなく、相互に関連し合っていることに留意しなければならない。
問題解決に貢献する科学の側においても、学問の専門細分化が進んでいる。そのため、単一の分科学としての科学だけでは地球規模の諸問題には対処できず、複数の学問領域による協力がますます必要とされるようになっている。それもいわゆる自然科学や技術の分野だけではない。現代社会の複雑化した諸課題には、人々の意識、価値観、社会様式や行動様式、あるいは企業の行動も深く関わっており、しかもそれらは政府の政策選択によっても影響される。
したがって、地球規模の諸問題の解明には、自然科学の知見が不可欠だが、価値観を変えることも含めた、真の問題の解決には、人文・社会科学を含めたすべての学問領域の協力が不可欠である。科学全体を、「持続可能な地球社会という目標を達成するため」のものとなっているかどうかという視点から問い直し、持続可能な地球社会の構築につなげていかなければならない。
そのために今日求められるのは、諸科学の総動員による知の統合である。世代間の衡平な処遇、先進国と途上国の格差是正だけにとどまらず、全地球的な、非生物系をも含む地球システムのサステイナビリティという新たな視点に立って、科学全体をとらえ直す必要がある。
我々は持続可能な地球社会の構築に向けた、こうした統合的アプローチによる科学的取組を「サステイナビリティ・サイエンス」と呼ぶ。
この「サステイナビリティ・サイエンス」という概念は2001年に、国際科学会議(ICSU:International Council for Science)等がオランダのアムステルダムで開催した「変化する地球の挑戦2001に関する世界会議」において、初めて公式に導入されたものとされているが、概念の源泉は、1987年に開催された環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)による「持続可能な開発」の提唱にさかのぼる。この委員会は、「次世代の利益を損なわずに現世代の利益を追求する」という世代間の衡平性の観点に立った「持続可能な開発」の概念を提案し、経済と環境の共存を目指した開発が必要であることを世界に訴え、多くの支持を得た。
1992年の「環境と開発に関する国連会議」(於:リオデジャネイロ)で採択された行動計画「アジェンダ21」の35章では、科学・技術の貢献を主題として取り上げている。リオ会議から10年後、「持続可能な開発に関する世界首脳会議」が開催された。同会議で採択された「実施計画」では、アジェンダ21の実施進捗状況のレビューのほか、実施の手段として、特に自然科学者と社会科学者間、及び科学者と政策立案者間の協力体制を改善することにより、あらゆるレベルにおける緊急行動を含め、全てのレベルにおいて政策と意思決定を改善すること等が掲げられた。そして、リオ会議から20年を迎える来年に向けて、政府レベルの国際的な取組として、様々な検証が今、なされている。
一方で、この持続可能性という概念が十分な学術的基礎をもたずに展開してきたことから、それを支える科学との関係が必ずしも明確にはなっていなかった。1990年代には、ICSUが持続可能性のための科学と技術に関する検討を開始した。1999年には、ハンガリーのブダペストで開催された「世界科学会議」において、「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」、その原理を実行に移すための「科学アジェンダ―行動のためのフレームワーク」が採択された。こうした活動を踏まえて、「サステイナビリティ・サイエンス」の創生に対する気運が高まり、我が国をはじめ、欧米の学術界を中心に、検討が重ねられてきたところである。しかしながら、これまでの検討は、持続可能な開発に貢献する科学という個別の学問領域(discipline)における取組が主となっていて、今日求められている知の統合にまで結びついているとは言えないと我々は認識している。
今、地球規模の課題に取り組むために必要なのは個別の分科学としての科学ではない。南北格差の是正、世代間の衡平性の確保に加えて、多様な人間の価値観を考慮しながら、人類全体に奉仕するべきものであると同時に、生態系を損なうことなく、地球、社会、人といった異なる時空間スケールでの持続可能性及びwell-beingの追究を目指した統合的な科学の取組が必要なのである。それは、人文・社会科学を含む全ての学問分野の知を統合した新しいアプローチとしての科学の取組である。
我々は、その概念をこそ、「サステイナビリティ・サイエンス」として、国際社会が抱える喫緊の課題を解決し、地球社会を持続可能なものへと導くビジョンを構築するための基礎として扱いたい。そしてそれを推進するのが科学分野におけるユネスコの重要な役割でなければならないと考える。
ユネスコは、第二次世界大戦の惨禍に対する反省から、設立時に「科学」が含まれた経緯もあり、その設立当初より、国連機関のみならず、ICSUや国際社会科学会議(ISSC:International Social Science Council) 、国際哲学・人文学会議(ICPHS:International Council for Philosophy and Humanistic Studies)等の団体と協調し、また、自然科学の見地からだけではなく、人文・社会科学の見地からも、科学が向き合う課題に取り組んできた。
また、ユネスコは、持続可能な地球社会の構築のため、教育の果たす役割の重要性に鑑み、我が国のリーダーシップの元で国際社会に対して提唱した持続発展教育(ESD)の主導機関となり、推進してきた。
日本ユネスコ国内委員会は、ユネスコが、「サステイナビリティ・サイエンス」の推進に向けて、強力なリーダーシップを発揮することを期待して、次の諸点を提言する。
本提言が、次期中期戦略(37C/4)の策定等に、大きな貢献となることを期待する。
(了)
国際統括官付