「持続可能な開発のための教育の10年」の更なる推進に向けたユネスコへの提言

 2002年12月、第57回国連総会において、日本が提案した「国連持続可能な開発のための教育の10年(DESD)」に関する決議案が採択されました。これにより、2005年からの10年をDESDとするとともに、ユネスコがその主導機関(リード・エージェンシー)に指名され、国際実施計画(IIS)の作成するよう要請されました。
 2003年7月、日本ユネスコ国内委員会は、IISに組み込むべき事項とユネスコの活動に関する提言を行いました。これに引き続き、DESDの更なる推進に向けたユネスコへの新たな提言を行うために、日本ユネスコ国内委員会運営小委員会の下に、有識者による検討委員会を設置し、検討を行いました。2007年8月30日、第121回日本ユネスコ国内委員会において、DESDの更なる推進に向けたユネスコへの提言が採択され、ユネスコ事務局長に提出されました。


平成19年8月30日
日本ユネスコ国内委員会

「持続可能な開発のための教育の10年」の更なる推進に向けたユネスコへの提言

提言に当たって

 地球規模のさまざまな困難な課題に直面するなか、持続可能な開発は、将来の世代を含む人類全体のまさに生き残りをかけた挑戦といえる。そしてその実現を可能とするのは、社会経済システム全体の変革と同時に、一人一人の知識、技能、価値観、生活態度、生活様式の変革である。「教育(Education)」は、人間一人一人の変革を可能とするほぼ唯一の手段であり、こうした変革を可能にするものとして持続可能な開発のための教育(ESD)を位置付けなければならない。
 国連総会で採択された「持続可能な開発のための教育の10年(DESD)」は、2005年から始まっている。その主導機関に指名されたユネスコは、同年10月に国際実施計画(IIS)を策定し、それに呼応して、幾つかの国・地域で取組が進められている。しかし、DESDは、持続可能な開発を実現する具体的な行動の大きな一歩を踏み出すものでなければならない。何故なら、持続可能な開発に関わる問題については、すでにかなり前から警告が発せられ、議論が重ねられ、我々人類にとって深刻かつ緊急な課題であるという共通の理解が得られているにもかかわらず、その解決のための実際の行動は遅い。ユネスコ及びその加盟国は、持続可能な開発を実現するための具体的な行動に確実に繋げていくための教育を、DESDを通じて導き出していかなければならないのである。

 ユネスコは、これまで世界に対して、社会の変革における教育の重要性を説き続け、大きな成果を上げてきた。教員教育、生涯学習、国際理解教育などを提案し、そして途上国の能力開発に常に配慮して行動してきた。最近では、万人のための教育(EFA)や国連識字の10年(UNLD)など、基本的な概念で国際協調を主導している。また、文化に対しては、世界遺産、無形文化遺産、文化多様性の保護を主導し、条約を発効させている。DESDは、これらと同様、もしくはそれ以上に、後世に残る大きなイニシアティブになり得るであろう。

 DESDは、2009年末が10年の中間点であり、レビュー、中間報告が予定されている。我々は、今後早急に国際実施計画(IIS)で示された目標を踏まえ、それを達成するための道筋、戦略を具体化し、行動に結び付けていく必要がある。日本ユネスコ国内委員会は、2003年に行った国際実施計画(IIS)に組み込むべき事項とユネスコの活動に関する提言に引き続き、DESDの国際的取組を促進する観点から、重要な視点、新しい視点を踏まえ、ユネスコのより一層のリーダーシップを期待して新しい提言を行うものである。

ESDの重要な視点、新しい視点

  第1に、ESDの実践は、自分で課題を見つけ、自ら学び考え行動する力を育て、豊かな人間性を育てるといった、まさに「教育」そのものに求められる活動と大きく重なるということである。
 ESDでは、人格の発達や、自律心、判断力、責任感などの人間性を育むという観点、個々人が他人との関係性、社会との関係性、自然環境との関係性の中で生きており、「関わり」、「つながり」を尊重できる個人を育むという観点の2つの観点が重視されている。また、ESDの学び方、教え方においても、関心を喚起し、理解を深め、参加する態度や問題解決能力を育成することによって、具体的な行動を促していくことが重要であるとし、単に知識の伝達にとどまらず、体験、体感を通じて探求や実践を重視する参加型のアプローチをとること、学習者の自発的な行動を上手に引き出すこと、などが大切であると理解されている。
 ESDは、教育の本質についての再認識を我々にもたらし、そして、我が国を含む一部の先進国でみられるような学習意欲の向上、規範意識の醸成等の教育現場における今日的な諸課題を、地域・家庭・学校が一体となって解決していく有効なアプローチと期待されているのである。

  第2に、ESDに対する国際社会の認知度を高め、より多くの人々にESDに参画する機会を提供する方策を具体化していかなければならない。
 ESDは、EFA,UNLDと並ぶ国連の教育に関する10ヵ年プログラムであるが、国際社会の認知度は、他の二つに比べ低い。人類は、持続可能な開発が実現するという大きな課題に社会的、経済的、技術的なさまざまなアプローチ、挑戦が進められているが、実は教育が決定的に重要な役割を果たすという基本的理解が十分なされているとはいえず、今後この点を各国のリーダーや国際社会により一層広めていかなければならない。
 EFAは、子供と成人に基礎教育や義務教育を受ける「機会」を提供し、これらの教育を通じて、人々や地域の貧困や病気を克服していくことを目標に、現在、各国、各国際機関が広範に取り組んでいるところである。EFAでは機会提供の拡大と同時にその地域、国にふさわしい教育の質を高めることが重要であり、ESDは、このようなEFAにおける教育の質を支える重要なプログラムであるとの位置づけを確固たるものにしていく必要がある。
 UNLDがEFAの取組の一部と位置づけているのと同様に、ESDもEFAの取組の一部と位置づけることが可能である。教育の機会提供を主目的とする、いわばUNLDと連動する第一段階のEFAから、教材、プログラムの提供などを通じてESDと連動するEFAを第二段階のEFAと位置づけることにより、より多くの人々にESDに参画する機会を提供するなどの方策を検討すべきである。

  第3に、ESDにおいて何をどう学び、教えていくのか、各地域、各国が理解を深め、その取組を進めていくために必要な支援方策を強化していかなければならない。
 ESDにおける教育の具体的な内容と方法、すなわち、持続可能な開発のための知識、価値観、行動とはどのようなものであって、それをどう学び、教えていくのかということについて、議論が十分に進んでいない。国際実施計画(IIS)においても、現実に何をすればよいかについては、各地域、国家の状況に依拠して決めるべきものとされ、具体的提示があるわけではない。
 ESDにおける教育の内容と方法に関する各国の議論と理解を促し、具体的取組を促進させるためには、モデルプログラムやモデル教材もしくは各地域、各国で始められている多様な実践事例を広範に提供することが有効である。(この場合、例えば、主として開発途上国に資すると思われるプログラム(カリキュラム、教材等の開発を含む。以下同じ。)、主として先進国に資すると思われるプログラム、ミレニアム開発目標(MDGs)に資すると思われるプログラム、EFAとの連動プログラムなどが示されることも一案である。)

  第4に、ESDに社会の変革を促す価値観を取り入れていかなければならない。
 持続可能な開発は、世代間衡平、すなわち、「将来の世代が自らのニーズを充足する能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような開発(注)」を意味しているが、同時に、現在の豊かさを受け継ぐとともに、より質の高い生活を、次世代を含む人々にもたらしていくという視点が重要である。持続可能な開発とは、環境維持と開発の同時的実現を意味しているのである。そして、人類がイノベーション(革新)を通じてこれまで発展してきたように、持続可能な開発の実現においても、新たなイノベーションが決定的に重要な要素となり得る。ESDにおける教育の内容と方法は、そうした概念を包含し、環境維持と開発の同時的実現を目指したものでなければならず、環境の維持のために行動を制約するというもののみではなく、積極的な意味での行動の指針を与えるものでなければならない。

  第5に、持続可能な開発についての共通の理解の形成過程と連動する教育の実現を目指していかなければならない。
 現在の教育の基盤となっている学問体系や学問領域は細分化が進んでおり、「持続性」という概念がより重視される時代には必ずしも妥当とは言えない。ESDの主たる目的の一つに「既存の教育プログラムの再構築」が挙げられている理由もまさにここにあると考えられる。ESDでは、人間、自然、社会について、既存の学問領域によって切り出される前の、あるがままの姿を理解していくことを通じ、新たな知識、価値観、行動を学んでいく必要がある。しかし、学問体系や学問領域の見直しは一般に容易でない。また、実際の教育、特に学校教育における内容は、ある程度の経験と蓄積があり、共通の理解が得られているものであることが前提である。
 このため、学問体系や学問領域の再構築を視野に入れながら、持続可能な開発のために有効な知識、価値観、行動について共通の理解に達したものから直ちに教育に反映し、そして、共通の理解の進展とともに教育の内容も進化していくメカニズムを具体化していく必要がある。そのためには、まず、こうした共通の理解を、国レベルだけでなく、地域レベル、国際レベルにおいても形成し、それぞれ共有していくことが必要である。

 以上を踏まえ、日本ユネスコ国内委員会は、ユネスコに対して次の諸点を提言する。

ユネスコに対する提言

  1. 各国・地域の参考となり得るESDの教育プログラムの具体像を示し、それを進化、発展、普及させていくこと。具体的には、
    • 1)教育関係者、大学関係者、科学者などの参加を得て、教育プログラムに反映すべき最新の科学や情報について国際的な合意を形成するとともに、モデルとなる教材やカリキュラムを開発していくための研究フォーラムを早急に設けること。
    • 2)国連大学が進めている地域拠点(RCE)など、ESDを実践する多様な拠点とのネットワークを構築し、そうした拠点における活動の成果を、上記の研究フォーラムにおける検討に常時反映していくこと。
    • 3)各国・地域における持続可能な開発のための知識、価値観、行動などに関する考え方の違いを、各国・地域がそれぞれ相互に認識できるようにするため、関連の情報を収集、整理し、ESDウェブサイト等の手段を通じて発信を行うこと。
  2. より多くの国や関係者がESDに関心を抱き、参画することを促していくための多様な取組を展開すること。具体的には、
    • 1)ESDの進行に応じて内容にも進化が見られ、かつ国際社会に影響力があるメッセージを継続的に発信していくこと。そのためには、政治的なリーダーシップを醸成できる会合の開催、世界的なオピニオン・リーダーへのESDの浸透などが必要である。
    • 2)各地域単位での活動を促進するため、他の国際機関の地域事務所や各国政府、産業界、NGOなどの参加を得て、各地域に特色あるワークショップを数多く開催していくこと。
    • 3)各国が、国内実施計画の策定を通じて、それぞれが取り上げるべき優先課題の特定とそれに対する取組を加速していくように促していくこと。
  3. ESDに関する国際協力を促進すること。具体的には、
    • 1)DESDの国際的な調和を図るための国連機関間委員会(IAC)での実質的な話し合い、DESDコミュニケーション戦略の具体化と実施を加速させること。
    • 2)ESDが、EFAの目標の一つである教育の質の向上をもたらし、ミレニアム開発目標(MDGs)の達成を教育の面から支えるものと再認識し、関係の国連機関の間で具体的な連携方策を検討していくこと。
    • 3)各国におけるESDの質的、量的な進行を把握し、各国間の有効な協力を促すこと。特に、ESDの取組が遅れている国に対しては、ユネスコ地域事務所や国内委員会の取組を踏まえつつ、人材の養成・訓練に関する協力を促進すること。
  4. DESDのモニタリングと評価を促進すること。具体的には、
    • 1)国際レベルにおけるDESDのモニタリングと評価の進め方、及びそれらに必要となる指標の考え方を取りまとめ、2009年末における10年の中間レビューに間に合うよう、早期に加盟国に公表し、国際的な合意を得ておくこと。
    • 2)ESDによってもたらされた効果について調査研究を進め、その結果を加盟国の間で共有できるようにすること。
  5. 各国・地域におけるESDの実施状況の詳細を各国の国内委員会を通じて把握し、加盟国の間で共有できるようにすること。これは、ESDの教育プログラムの形成、より多くの国・地域の参加促進、国際協力の促進、モニタリングと評価の促進など、あらゆる取組の基盤である。
  6. ユネスコの推進体制を一層強化すること。具体的には、
    • 1)次期中期戦略及び事業予算案においてDESDに対するユネスコの方針を明確に位置づけるとともに、DESDに関するユネスコとしての行動計画の具体化と実施を加速すること。
    • 2)DESDに関する取組を加速できるように本部と地域事務所の体制とともに、セクター間の連携を強化すること。
    • 3)他の加盟国に対してDESDを推進していくための任意拠出を促していくこと。

最後に

 日本ユネスコ国内委員会としては、上記のようなユネスコの活動を支援・協力していく考えである。「持続可能な開発のための教育信託基金」が本提言の趣旨を十分踏まえて活用されるための仕組みづくりが必要である。また、ESDに関する国内での活動を積極的に推進し、その中で、ユネスコの活動にも資すると思われる成果については、ユネスコに適時に発信していく考えである。
 具体的には、

  • 1)ESDにおける教育の内容や方法の検討、モデルとなり得る教材・カリキュラムの作成、
  • 2)持続可能な開発の実現に不可欠で、従来の学問領域の分割によって捨てられている視点を発掘していくための検討と、それらの教育・学習への反映手法の検討、
  • 3)国内におけるユネスコと関連のある団体、ESDと関連の深いNPO等とのパートナーシップの強化、
  • 4)DESDに関する国際会議の開催、

などについて今後国内において検討を進めていく考えである。

 現在までの日本国内における取組概要及び主要な取組事例を、本提言に添付(分割版(1)(PDF:1,503KB)/分割版(2)(PDF:1,804KB)/分割版(3)(PDF:428KB))する。

  • (注)国連「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」の報告書『我ら共通の未来(Our Common Future)』(1987年)における定義。

(国際統括官付)