「国連持続可能な開発のための教育の10年」に関してユネスコが策定する国際実施計画への提言

   平成14年12月、第57回国連総会において、日本が提案した「国連持続可能な開発のための教育の10年」に関する決議案が採択されました。これは、平成17年から始まる10年を「国連持続可能な開発のための教育の10年」と宣言するもので、ユネスコが主たる役割を担う国連機関(リード・エージェンシー)に指名されました。ユネスコは、今後、各国政府や関係国際機関等と協力して、「国連持続可能な開発のための教育の10年」の国際実施計画を策定することになります。
  日本が本件提案国であることから、日本ユネスコ国内委員会は、ユネスコに対し、国際実施計画策定に向けて積極的に提言を行うこととし、教育小委員会の下に、有識者によるワーキング・グループを設置し、提言内容について議論を行いました。ワーキング・グループがまとめた提言は、平成15年7月29日の第113回日本ユネスコ国内委員会において採択され、外務省を通じてユネスコ事務局長あてに提出されました。




    (参考)外務省のホームページ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/edu_10/index.html


平成15年7月29日

「国連持続可能な開発のための教育の10年」に関して
ユネスコが策定する国際実施計画への提言


日本ユネスコ国内委員会

   総   論   

   国連環境開発会議(1992)やその後の一連の環境と開発をめぐる国際会議を通じて人類の共通目標として確認され、その推進が謳われた「持続可能な開発(SD:Sustainable Development)」は、経済開発、社会開発、環境保全という3つの理念の上に成り立っており、「将来の世代が自らのニーズを充足する能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすこと(注1)」、あるいは、「より質の高い生活を次世代も含む全ての人々にもたらすことができる状態での開発を目指すこと」と理解されている。

   現在、地球規模における環境問題を通しての世界の一体化が進行し、また地球上の資源の有限性が問題として明確になっているときに、このSDの基盤となる「持続可能性(sustainability)」を確立する必要性はますます高まっている。生物多様性、大気、水、食料、人口問題、貧困、健康、人権、ジェンダー(社会的性差)、平和構築等の広範多岐にわたる問題の解決に向けて、各国において、また世界全体としての持続可能性を具体的なシステムとして実現しなければならない。そのためには、到達すべき社会とそれを構成する個人のあり方について、その理念としっかりした具体像を構築することが必要である。個人のあり方についていえば、自らの考えをもって、新しい社会秩序を作りあげていく、地球的な視野を持つ市民の育成という観点が重要である。社会のあり方については、持続可能性を基盤として、将来に向かって経済的、社会的、資源・環境的観点から持続的で、未来に希望が持てる社会を築くことを目標としたい。それぞれの国が持続可能な将来像を描き、これを通じて持続可能性という人類共通の目標を達成していくためには、国際機関、各国政府、産業界、NGO、地域住民が、国際的にも国内的にも相互に協力しながら学習し、我々一人一人が、持続可能な地球社会を構築し発展させる市民、すなわち「地球的視野で考え、身近な問題の解決に取り組む(think globally, act locally)」という考え方を持った市民として行動することが重要である。その際、ユネスコ民間活動の潜在能力を最大限生かすことが肝要である。

   昨年開催された「持続可能な開発に関する世界首脳会議」において、現在及び将来のSDをめぐる問題の解決を図るための共通項として、国際社会が教育の重要性を強く認識したことは歓迎されるべきことである。SDに関わる問題はどれもが単独に解決できるものではなく、学際的・統合的な取り組みが必要とされるが、教育はSDを構成する各分野を結びつける媒体として機能することができる。また、教育は、SDをめぐる問題を解決していく最終的な主体である人間の能力を開発していくという意味で、人間変革、社会変革の駆動力となりうるものである。したがって、持続可能な開発のための教育(ESD:Education for Sustainable Development)は、単にSDの理念と具体像を教えるだけの教育ではなく、SDを支えるための行為規範を与える教育であるべきである。ESDはすべての人々にSDに合致した知識、技能、価値観、生活態度、生活様式の転換を迫るものである。また、このような新しい考え方に基づくあらゆる段階の教育における教師の役割も重要なものである。

   このような観点から、世界の教育・科学・文化・コミュニケーションの発展に責任を持つユネスコがESDの国際的展開における主導機関として、国連総会の決議により指名され、他の国際機関の協力を仰ぎ、その合意形成で指導力を発揮するよう要請を受けたことは、極めて適切な判断である。ESDが世界各国で浸透・普及し、人類が共通して目指すべき社会、とりわけ持続可能な社会が建設されるよう、諸国家、諸国民は一致して取り組むべきであり、我が国としても、この崇高な目標の達成のために、ユネスコに対して積極的な提言をすることとしたい。


   国際実施計画に組み込むべき事項   

   ユネスコが国際実施計画の枠組みを策定する際に組み込むべき事項として、以下の点を提言する。


1. ESDをミレニアム開発目標(MDG:Millennium Development Goal)と連携するものとして位置づけること。

     貧困の撲滅、普遍的初等教育の達成、男女の平等、幼児死亡率の削減、妊産婦の健康の改善、伝染病の蔓延防止、環境と両立する持続可能な社会などを実現しようとするMDGは、2015年までに達成すべく世界各国が一体となり取り組むべき重要な目標であり、ESDを推進するにあたっては、MDGの考え方と整合性を持ったものとすべきである。


2. 開発途上国における地域の実情に応じたESD推進のための多様な教育プログラムを開発すること

     先進国のためのESDと開発途上国のためのESDとは内容が異なる。開発途上国は、その国における持続可能な姿を自ら描き、その目標に向けた行動計画を設定することが望ましい。ESDは社会システムの変革をも目的としているので、開発途上国においては、「万人のための教育(EFA)」における活動に加えて、地域共同体の構築、伝統的な文化の尊重、人口増加に伴う諸問題についても念頭におくべきである。開発途上国の内部においては、都市を中心とした開発の進んだ地域と開発の遅れた農村地域では状況が大きく異なり、カリキュラムや教材内容、教育方法の点で異なる工夫が必要である。
  開発途上国の多様な教育プログラムの開発、教育基盤の構築には、先進国の財政的・人材的な支援が不可欠であるが、知識・データ・技術等が開発途上国に一方的に流入していく現状は改めねばならない。知識・情報面での格差を縮小していくためには、開発途上国の教育・研究関係者、関係機関の能力、機能を高め、先進国との連携を促進し、先進国と開発途上国が協力し、共に役立つ知恵を生み出しうるネットワークを構築する必要がある。その際には、従来から続いているユネスコ教育開発協力、UNITWIN/ユネスコ講座やユネスコ協同学校(注2)等も有効活用すべきであり、また民間ユネスコ団体や関連学会の協力を得ることも必要であろう。


3. 先進国がESDを自らの課題として取り組むこと

     持続可能性の開発においては先進国における教育も大きな課題であり、先進国は自らの生産、消費活動に関して持続性の観点から検討を加え、例えば大量生産・消費・廃棄型の生活様式を持続可能な生活様式に変えるなど、生産システムや消費行動パターンの質的転換を図るとともに、新しい社会規範の創造、環境汚染の改善、防止などの面での意識改善などに取り組む必要がある。また、先進諸国で問題となっている、例えば人々の絆や連帯意識が希薄化しつつあるというような「豊かさの中の貧困」という状況についても、ESDを通して改善していくべきである。


4. 地域社会における絆を重視すること

     アジアにおいては地域社会の絆という価値観が重視されているので、地域共同体の再構築を基盤としたESDプログラムが必要である。これには、全国的なNGOのみならず、各地域の草の根レベルで活動している自治会などの地域団体(CBO:Community Based Organization)等との連携が期待できる。そのためには、ESDに関する情報をWEBサイトに公開するなどして、戦略、責任、経験等の共有を目指すべきである。また、地域ごとに合意できるテーマを取り出し、各種の地域機関や団体が連携してESDに取り組むことが重要である。


5. ESDを基礎にした教育の質の向上を図ること

     EFAは、読み・書き・算数をはじめとした基礎教育の普及と教育の質の向上が中心テーマである。これに対し、ESDは地球時代に対応した人間形成や社会システムの変革を誘起するものであり、EFAの目標を達成する上でも、ESDを基礎にした教育の質の向上を図っていくことが必要である。このため、必要に応じ、国レベルでの教科の再編成やESDの目標に合わせた形のカリキュラム開発や教材開発、学習方法、教育制度の改善を図る必要がある。

     (参考)日本における取組み
             日本の学校教育では、「総合的な学習の時間」が新設された。この時間では、各学校が地域社会や学校、児童生徒の実態に応じて、通常の教科の枠を越えて学習内容を決めて取り組むことができる。その中で、環境教育、情報教育、国際理解教育や開発教育などの横断的・総合的な学習に取り組むことも可能となっている。今後この時間を活用して、日本の学校におけるESDが推進されることが期待される。


6. ESDにおける教師の重要な役割に鑑み資質向上のための方策を講じること

     ESDを具現化するためには、学習において重要な役割を担う教師が、まず持続可能性に関して十分な理解を深めるとともに、1学習の成果を高める学びを企画・構想する役割、2学習者をよく理解し、励ますとともに、適切な情報や学び方を提供する支援者としての役割、3自己の教育実践者としての力量を向上させる学びを継続する学習者としての役割、4教師集団として連携・協力する役割、という4つの役割を効果的に果たすべきである。また、これらの教師像を具体化していくためには、各種研修機会の提供やIT等を利用した学校間の情報交換等が必要である。


7. 関係機関・関係者間のパートナーシップなくしてESDの実現はありえないこと

     先進国や開発途上国の政府や自治体、教育界、産業界、NGO等の様々な分野の関係者が、同じ目的に向かって相互に支援し、連携を深め、持続可能な社会の建設にむけて協同して取り組むシステムづくりをユネスコが主導すべきである。各国が、政府内に国内のESD実施の中心となる部署を設置し、政府機関だけでなく外部組織とのパートナーシップやその実現のための組織を立ち上げてESDの普及に努めるよう奨励する必要がある。そのための手段として、各国がESD推進のための体制の整備やNGO連合体の創設などの制度化を行うことや、ITを利用したポータルサイトを設けて意見交換の場としたり成功例を掲載したりすること等の方法も考えられる。


   ユネスコの活動に関する提言   

   さらに、ESDの推進にあたっては、ユネスコ自らが以下のような措置をとることを求めたい。

1. ESDの主導機関として、持続可能な社会像をそれぞれの地域において具体的に描き、この実現のための新しい市民像の形成に戦略的に取り組む体制の強化を図るため、ESDをユネスコの横断的な課題として取り組むこと

2. 世界的な共通性のみならず地域の独自性を考慮したESDを実施するためのプログラムについて、モデルカリキュラム・教材開発を含めた教育開発の具体的な実施内容を描くため、国際的に議論する場を設けること

3. 国際科学会議、国連大学、国際大学連合などESDと関連する国際的な研究組織やNGO諸団体と広く連携を図ること

4. 世界各地域におけるESDを推進するため、他の国際機関の地域事務所や各国政府、産業界、NGOとも協力し、地域単位のプログラムを構築したり、ワークショップを数多く開催すること。また、青少年に焦点を合わせた活動として、青少年による国際的な会合の開催などを行うこと

5. 各地域での協力活動を重視し、「ESDアジア月間」などの共同キャンペーンの形成・連携(ネットワーク化)を推進すること

6. 中間年の5年目に進捗状況を把握するための会合を、ESDのための10年終了後に10年間を総括するための会合を開催すること

(注)

    1. 国連「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」の報告書『我ら共通の未来(Our Common Future)』(1987年)における定義。

  2. ユネスコの実施している教育機関のネットワーク事業
  UNITWIN/ユネスコ講座
        高等教育機関におかれたユネスコ講座で人材育成を行うとともに、ユネスコ講座参加大学、NGO、企業間で協定を結び、研究者や学生の交流、情報交換などの研究交流を実施するもの
   ユネスコ協同学校
        初等中等教育機関等が参加して、ユネスコの理念を実践するためのさまざまな活動や交流を行うもの