アクティブラーニングを核として、個々の授業改善から学校組織全体の変革へ

岐阜県立多治見高等学校

 平成27年度より自主的にアクティブラーニングの研究をはじめ、いまではカリキュラム・マネジメントの考え方を取り入れた学校組織全体の変革や、学校教育目標の再定義にまで踏み込んでいる多治見高校。その背景と現在地について、鈴木彰校長先生、今井雅人教頭先生に話を伺った。

お話を伺った鈴木彰校長先生(写真左)、今井雅人教頭先生(写真右)

お話を伺った鈴木彰校長先生(写真左)、今井雅人教頭先生(写真右)

目次

サマリー(事例のポイント)

各論点のポイント

  • ビジョン

    主体的に深く考える生徒の育成と、魅力的な学校づくりの結節点としてアクティブラーニングに着目

  • ミッション

    ・理念ではなく、具体的な実践を積み重ねていくことによるアクティブラーニングの推進
    ・トライ&エラーの風土と、その成果を教員間でオープンに共有する仕組みづくり

  • アクション

    ・アクティブラーニングを学校組織全体に浸透していくため、カリキュラム・マネジメントに着手
    ・学校教育目標の見直しと実践との紐づけにより、「活動あって学びなし」の状態を回避

  • リフレクション

    学校評価を適切に受け止め、振り返るため、職員室での会話を活性化

  • プロモーション

    カリキュラム・マネジメントの考えの一層の浸透による学校全体の業務の見直し、改善及び授業改善と生徒の育成

ロジックモデル

ロジックモデル

挑戦者からのメッセージ

何を目指す?(ビジョン)

 岐阜県立多治見高等学校(以下、多治見高校)は、いまや夏場における国内最高気温を競い合う地域として有名になった多治見市に位置する。美濃焼の一大産地として知られる自然と文化豊かな町である。また近年は、名古屋が近く、自然災害が少ない地理的条件からトヨタやアマゾンなどの企業や大型商業施設の進出が進んでいる。
 戦国時代の文化人、古田織部の名を冠する「本町オリベストリート」を抜け、やや急峻な丘をのぼった先にあるのが多治見高校である。
 訪問したこの日も、真夏のうだるような暑さであった。そんな中にも関わらず、校長の鈴木先生、教頭の今井先生が快く出迎えてくれた。

主体的に、深く考える生徒の育成と教育の魅力化

 当初、我々が多治見高校を訪問したいと思い立ったのは、高校のホームページで目をひいた、「単位制への移行」という情報がきっかけであった。しかし、その旨を今井先生に伝えると、「単位制への移行は、取組の一つに過ぎません。また、それ自体が目的ではない。ぜひ、取組の全体像を見ていただきたいと思います」との言葉をいただいた。話題は、多治見高校の様々な取組のきっかけとなる、高校が抱える課題意識から始まった。
 平成27年度、当時進路指導部長であった今井先生は、同校の進学校としての進学実績の低下に危機感を感じていた。また、同校の生徒は、非常にまじめでよく努力をするものの、「主体的に考える」「深く学ぶ」という点において、物足りなさを感じることもままあった。「例えば、センター試験はよくできても、2次試験の「考える」問題についてはすぐに諦めてしまうなどといったことが見受けられました。校訓の「進取・努力・創造」のうち、「進取・創造」をどのように体現するかが、本校の課題でした」(今井先生)。
 さらに、多治見市、土岐市、瑞浪市といった、主に多治見高校に進学してくる圏域の子どもの減少や、名古屋まで公共交通で30分という立地特性上、大都市部の私立高校と競合関係にあるといった点などから、今後、魅力ある高校づくりを行っていかなければ、志望生徒の減少が加速してしまうのではないか、といった危機感も存在した。
 生徒に力を発揮してもらうためには何が必要か。魅力ある学校づくりには何が必要か。両者を繋ぐものとして行き着いたのが、「授業改善」という、シンプルな、それでいて本質的な解であった。当時、徐々に目にする機会が増えてきたアクティブラーニング(AL)という言葉を手がかりに、多治見高校では平成27年度より、自発的な実践・研究として、アクティブラーニングを核とした教育課程づくりに取り組み始めた。

どのように進めていく?(ミッション)

自発的な実践・研究を可能とした議論の素地

 同校は、上述の実践研究を皮切りに、平成28年度からは岐阜県のアクティブラーニングに係る研究指定校に指定され、実践・研究を加速させていくことになる。しかし、その基盤となるのはやはり、あくまでも自発的な教員集団であった。なぜこうした自発的な動きが生まれ得たのか。今井先生は、「自主研究を始めるさらに3年前頃、岐阜県教育委員会から「活力ある学校づくり」のための事業が打診されました。その検討を通して、継続的に、教員が議論するための時間が設けられるようになったことが、素地にあるのかもしれません。」と答えてくれた。
 同校では、「アクティブラーニング推進委員会」を組成し、授業実践、職員研修会、「アクティブラーニング交流通信」の発行などに取り組んでいった。自主研究の成果である報告書には、「アクティブラーニングを核とした教育課程づくり」との表現が見られる。これは、単に授業にアクティブラーニングを導入するだけではなく、学校における様々な取組にも、アクティブラーニングの視点を導入する必要があるという意識があってのことであった。

ボトムアップとトップダウン双方からの後押し

 しかし、アクティブラーニングを中核的な概念として授業改善を進めていくことに関して、必ずしも教員間で意識、足並みが揃っていたわけではなかった。「どの先生も、生徒や社会の変化については共通して危機感を感じていました。しかし、それを打開する方法が果たしてアクティブラーニングなのか、というところに、共通理解が得られませんでした」(今井先生)。
 こんな中、後押しとなったのが、20~30代の若い教員が、意欲をもってアクティブラーニングの実践に取り組んでくれたことであるという。また、当時の教頭、校長の理解が得られたことも大きな追い風となった。「若手の先生は経験値がない中、なかなか大胆なチャレンジがしにくい環境になりがちですが、多治見高校の場合、校長先生が積極的に後押しをしてくれる環境があったため、若手の先生方が伸び伸びとチャレンジできたのではないかと思います」(今井先生)。
 アクティブラーニング推進委員会には、教科代表・教務主任・進路指導部長等が所属する形となり、全校的に取り組む方向性が示された。

トライ&エラーと情報共有媒体による実践の伝播

 学校全体としてアクティブラーニングに取り組むという方針が、トップダウン、ボトムアップ両面の支えによって実現したものの、当時、アクティブラーニングについて確固たる知識を持った人物が校内にいるわけではなかった。ここで大事にしたのが、トライ&エラーを積み重ね、皆で考えていこうとする姿勢であった。
 例えば、当時の理科教員が、東京大学CoREFのホームページから、「知識構成型ジグソー法」に関する情報を見つけ、自己の授業に導入したことがあった。その内容を先述の「アクティブラーニング交流通信」に掲載したことで、ノウハウが教員間に伝播していった。アクティブラーニングとは何か、という理念を普及させようとしたというよりも、個々の教員の実践を積み上げ、それを共有していったという点が、改革推進のポイントと言えそうだ。

何をする?(アクション)

研究指定校としてアクティブラーニングを深化

 平成28年度から30年度の3年間で、多治見高校は岐阜県の「魅力ある学校づくり推進事業」の研究指定校となり、研究予算も得て取組を充実させていった。なお、この間今井先生は一度多治見高校を離れることとなったが、当時の教頭が今井先生の取組を引き継いで進めてくれていたことで、取組は継続性をもって進められることとなった。
 アクティブラーニングの取組をより全校的な動きにしていくための仕掛けも充実していった。例えば、公開授業週間を6月と10月にそれぞれ3週間ずつ設け、教員同士で知見の交流ができるようにしている。また、外部の専門家に知見を求めようというオープンな雰囲気が常にあり、積極的に教員研修等を行っている。さらに、考査問題には必ずアクティブラーニングの要素を組み込んだ問題を出すこととしており、それを共有フォルダにアップロードし、常に教員間でそれをシェアできるような仕組みを整えている。

(図表)校内研修の様子

(図表)校内研修の様子

(出典)多治見高校提供資料「H30年度 アクティブラーニング校内研修会実施報告」

授業デザインの開発

 多治見高校では、アクティブラーニングに立脚した問題の開発や評価(ルーブリックの研究)を行ってきたが、それらが生徒の学びの質の保障に向けて全体の中でどう機能的に位置付けられるかの整理が不明確であったこと等から、「深い学び」の実現に課題を抱えていた。そこで、G.ウィギンズ、J.マクタイ『理解をもたらすカリキュラム設計』(日本標準2012)を参考にして目標設定、評価、授業計画を一体化し、加えて、教育目標や教科目標の位置付け→成果の評価方法→授業案の順に設計を行う「逆向き設計」の考え方による授業デザインを開発し、授業設計に活用している。
 この授業デザインは、教育目標や、生徒に身につけさせたい資質・能力と、授業で与える「本質的な問い」との関係を明確化し、重視しているという点で、アクティブラーニングを深化し、その先にあるカリキュラム・マネジメントを支える重要なツールである。

  • 多治見高校ホームページ
    「多治見高等学校のカリキュラムマネジメント」

  • 授業デザインテンプレート(三訂版)

(図表)授業デザインの構造

(図表)授業デザインの構造

(出典)多治見高校「平成30年度研究・実践報告書 アクティブラーニングを核とした教育課程づくり」

アクティブラーニングからカリキュラム・マネジメントへ、そして学校教育目標の精査へ

 多治見高校の平成30年度の実践研究報告書には、「カリキュラム・マネジメントへの転換~ALの効果を最大化するための課題~」と題された箇所がある。そこによると、「本研究・実践のテーマである「アクティブラーニングを核とした教育課程づくり」は、ALの研究・実践であると同時に、最終的にはCM(カリキュラム・マネジメント:筆者注)の研究・実践を目指すものとでなければならないことが分かる」と記載されており、続いて、「本研究・実践の目的・目標・意義を問うと同時に教師個人レベルの授業改善に終始させないためには、CMのフィルターが不可欠である」とも述べられている。ここから、多治見高校ではアクティブラーニングを個々の教員の授業改善だけでなく、高校全体の教育課程の編成にも通底させていこうという方向性を読み取ることができる。この点に関して今井先生は「近年、アクティブラーニングが形式的になってきているのではないか。教員が「やらされ感」を感じているのではないかという課題意識を持っています。また、アクティブラーニングは教員個々の能力に左右されてしまうという実感がありました。個々の能力に依存せず、学校組織としてアクティブラーニングを効果的に進めていくためには、単に個々の活動にアクティブラーニングを導入するのではなく、カリキュラム・マネジメントが重要ではないかと思い至りました」と述べている。

 さて、こうした方向性の実現に関して、同報告書中で指摘されているのが「学校教育目標との整合性」である。多治見高校には、以下図表に見るように、「教育目標」「教育方針」「校訓」「スローガン」があり、加えて、アクティブラーニングの実践・研究の中で、「アクティブラーニングを通して目指す生徒像」が存在するという状況にある。「目標が乱立・空文化しているという自覚はあります。目標をもとにした実践がほとんど行われていないため、見直しが必要だと認識しています」(今井先生)。実践の積み重ねにより浸透を図ってきたアクティブラーニングを、個々の授業実践から学校組織に浸透させていくため、多治見高校が着手したのは「学校教育目標の再定義」であった。

(図表)多治見高校の学校教育目標等

(図表)多治見高校の学校教育目標等

(出典)多治見高校「平成30年度研究・実践報告書 アクティブラーニングを核とした教育課程づくり」

 学校教育目標の再定義のための具体的な取組として、令和元年度には「学校目標立案のためのワークシート」をもとに各分掌・学年で検討を行ったうえで、それを集約し、学校長を中心として決定する予定であるという。その後も、「学校教育目標の設定ののち、その目標を資質・能力に分解し、どのような子どもの資質・能力を育成したいか書きくだす作業を、職員研修会のグループワークで検討しようと思っています。そこで検討されたものをもとにして、授業研究会で、新しい学校教育目標に基づいた研究授業を何人かの教員に実践してもらい、全員で議論することにしています」と、学校教育目標を空文化せずに実践と紐づけ、機能させるための挑戦が続いていく。

学校教育目標、育成を目指す子どもの姿の策定のためのワークシート等

 多治見高校で学校教育目標及びそれに基づいた「育成を目指す子どもの姿」を再定義し、アクティブラーニングを学校組織全体の核として位置付けるために、職員間の意識合わせや研修に用いたツール。

  • 多治見高校 育成を目指す子どもの姿(新教育目標)

  • 「学校教育目標の立案のためのワークシート」及び記載実例

  • 「育成を目指す子どもの姿(力)の立案のためのワークシート」及び記載実例

(図表)学校教育目標、育成を目指す子どもの姿の策定プロセス

(図表)学校教育目標、育成を目指す子どもの姿の策定プロセス

(出典)多治見高校提供資料より作成

どう振り返る?(リフレクション)

評価をやったきりで終わらせない仕掛けづくり

 多治見高校では、保護者・生徒全員を対象とした毎年の学校評価の結果として、学習指導の満足度を上げることが課題となっている。この結果を、先生のなかにどのように危機意識として落とし込んでいき、受け止めてもらうかが重要な課題だという。業務多忙の状況もあり、皆が集まって学校評価の結果を振り返り、次年度の改善につなげていく議論十分とは言い難いとのことであった。
 こうした状況の中、少しでも議論の活発化に寄与するために、最近、職員室の配置変更を実施したという。「例えば私の担当教科である社会科の先生たちを職員室の中央に集め、イレギュラーな会話が生じるように工夫したいと考えています。クラスや教科、部活動など、できるだけ様々なパターンで先生がペアとなるように座席を配置し、気軽に会話が生じるようにしていきたいですね」(今井先生)。

もう一歩先へ!(プロモーション)

カリキュラム・マネジメントの考え方による不断の授業・業務改善

 アクティブラーニングから始まり、カリキュラム・マネジメントの考え方を導入し、学校組織全体として、共有した学校教育目標に基づいた教育実践の端緒にある多治見高校。意識の浸透はまだ道なかばということであったが、カリキュラム・マネジメントの考え方を導入した効果も少しずつ顕在化し始めている。「昨年度の終わりには校務分掌を見直し、図書視聴覚部を教務部に組み込んで係化しました。そのほか、行事を3年に1回にするなどのスリム化も行っています。カリキュラム・マネジメントの考え方を導入したことで、様々な取組の優先順位付けができるようになりました」(今井先生)。
 冒頭に触れたように、多治見高校では平成30年度より単位制に移行しており、令和2年度から本格的な実施となるという。単位制に変わったことで、生徒自身が自分で授業や進路を選ぶ機会が増え、生徒が自分自身のことについてよく考え、知ることにつながっていると感じているという。そこで大切なのが、学校のグランドデザインやカリキュラムデザインをもとにした「学びの地図」による、生徒のメタ認知能力の育成である。いわば生徒にも、自らのキャリアに応じた主体的なカリキュラム・マネジメントが求められるようになったと言える。教員、生徒がともに、トライ&エラーを積み重ねながら、多治見高校は持続的、自律的に変革する学校組織を作り上げようとしている。

  1. 東京大学CoREFホームページ「知識構成型ジグソー法」 https://coref.u-tokyo.ac.jp/archives/5515