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看板コースの募集停止を乗り越え、未病・防災をキーワードに「足元から見直す」持続可能な高校/持続可能な地域づくり

神奈川県立山北高等学校

 伝統ある「スポーツの山北」と地元から認知されていた山北高校。スポーツリーダーコースの募集停止という危機を乗り越え、「地元の足元の課題から解決していく」という新機軸を打ち出した。高校の存続を、地元の、そして地元の町を越えた県西地域の存続に繋げるビジョンのエンジンとは。

山北高校の校舎の写真

山北高校の校舎の写真

目次

サマリー(事例のポイント)

各論点のポイント

  • ビジョン

     再編統廃合の危機を乗り越え、未病・防災をキーワードに町とともに、「地域」とともに生き続ける学校、生徒へ。

  • ミッション

    半数の教職員の異動を経て、新たな教職員陣での地元との協働を、地元への「提案」へ。

  • アクション

    文科省地域協働事業、神奈川県SDGs事業、山高応援基金を通じた、地に足のついた学年進行での探究。

  • リフレクション

    大学・民間企業の分析スキルを活用した評価、これを通じたビジョン(目標の骨組)の強化。

  • プロモーション

    「県西地区の子どもたちは県西で育てる」を合言葉に、山北高校から県西地区へ繋ぐ。

ロジックモデル

ロジックモデル

挑戦者からのメッセージ

何を目指す?(ビジョン)

神奈川県県西地域に立つ、県西「地域」の山北

 北に丹沢山塊を望み、最寄駅に降りると自然の川の音、鳥のさえずりが聞こえてくる。まさに自然に恵まれているという言葉そのままの神奈川県・県西地域*1に立つのは、神奈川県立山北高等学校。昭和17年に山北町立山北実科高等女学校として開校し、地元に根付き、地元から愛されてきた学校である。
 しかし、山北高校は少子高齢化の影響を大きく受けている。
「いつ定員割れしても、いつ統廃合されてもおかしくない」、そんな状況であると話してくれたのは、藤田校長だ。その影響の一つとして、それまで「スポーツの山北」として地元に認知されていた本校だが、平成29年度にはスポーツリーダーコースを募集停止することとなった。
 この危機の中、山北高校が目指したものは、県西地域に存続する山北高校ではなく、「山北町・県西地域を活性化できる人材を育成する山北高校」である 。

未病と防災をキーワードに

 「スポーツの山北」がコースとして募集停止したとしても、これまでに培ってきたものをゼロにするのではなく、積み重ねてきた成功体験の上に、いかに山北高校を活かせるかを考えた。野秋総括教諭、若い教職員の呼びかけで、神奈川県の重点施策の一つであった「未病」をテーマに、山北高校は「スポーツ」を「健康づくり・身体づくり」と捉え直した。
 神奈川県の重点施策である「未病」の推進を「地域の課題」に留めるのではなく、「学校の課題」とし、「スポーツの山北」だからこそ出来る、未病の推進に向けた課題解決の提案を目指すことをビジョンに据えた。
 さらに、本校が地元で広域避難場所に指定されていることにも着目し、「防災」も重要な学校課題とした。
 この背景には、教職員全体に広がる、山北町、県西地域の少子高齢化への危機意識が大きなエンジンになっていそうだ。学校の存続、学校の変革は、町、地域の存続に直結する。この危機意識について、藤田校長はこのように話してくれた。
 「首都圏であっても少子高齢化、シャッター商店街。入学者の減少。これは山北町だけの課題ではなく、県西地域全体の課題であり、全国どこでも起きる課題だと思っています。地元からずっと愛されてきて、古くからある山北高校が、『変わる』ことで、山北町が、地域が存続する、活性化する、住みやすくなる、そんなことを実現したいと思っています。手遅れになってはいけない、と思っているんです。」
 実際に山北高校に通学する生徒のうち、山北町出身は5%に満たず、残りは県西地域全体から通学している。町を存続させるだけでは不十分だ、と藤田校長は真剣な眼差しで話してくれた。

  1. 県西地域とは、神奈川県の2市8町(小田原市、南足柄市、中井町、大井町、松田町、山北町、開成町、箱根町、真鶴町、湯河原町)を指し、神奈川県では、豊富な地域資源を持つ県西地域を「未病の戦略的エリア」に位置づけ、「未病の改善」をキーワードに各地域の魅力をつなげて新たな価値を創出し、地域の活力を生み出すため、 県西地域活性化プロジェクトを推進している。(http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/0602/kenseipj/about_project.html

どのように進めていく?(ミッション)

地元から求められていた山北高校が、足元の地域資源から見直し、「山北高校から」地元へ提案する形へ

 平成31年に神奈川県教育委員会の教育課程研究開発校(総合的な探究の時間(SDGs)に係る研究)(以下、「神奈川県SDGs事業」という。)としての指定を受け、同じく平成31年に文部科学省の「地域との協働による高等学校教育改革推進事業」(以下、「文科省地域協働事業」という。)の指定を受けることとなった。いずれの研究内容も「未病」と「防災」をキーワードとして、探究の授業開発を行う。
 探究の授業を主に実施しているのは1年生であるが、1年の学年主任、野秋総括教諭に現在の課題を尋ねたところ、「課題が分からないことが課題」と話してくれた。掲げたビジョンを現実のものに落としていくことに奮闘している様子が伺えた。

 ただ、山北高校が分かっていることは既にいくつかある。そのうちの一つは、これまで「地元から」課題を提案してくれていた山北高校が、今度は、「山北高校から」課題を提案すべきということだ。「山北町から愛され、信頼され、求められてきた山北高校ですが、いま、その山北町から産業や雇用が消え始めています。生徒の目前には、『愛着を持っている地元に就職したくても、働き口がない』そんな厳しい現実が広がっています。今こそ、山北町と共にこれまで培ってきたものを改めて見直し、今度は『山北高校から』山北町へ提案する番です。生徒たちが、どんな課題を提案するのか、とても楽しみです。」と藤田校長は話してくれた。

山北を古くから知る教職員と、新しい知見を持つ教職員で体制を作る

 山北高校は、臨時的任用や再任用の職員が多く、職員の年齢構成は50代以上と、20代~30代前半に二極化している。ミドルと言われる30代後半~40代の層が少ないという特徴を持つ。歴史ある伝統校ゆえに「例年通り主義」があると話してくれる教職員もいた。若手教職員とベテラン教職員の橋渡しに課題を抱えているようだが、 野秋総括教諭はこのように話してくれた。
 「今は、新しいものや新しい言葉に対する抵抗感や壁を壊していく段階ですね。正直に申し上げると、批判的な教職員もいる中で、どうやって協力してもらうか、奮闘中です。ただ、僕の役割は、若手の思いやアイディア、要望を吸い上げ、実現させることだと思っています。僕のエンジンは、若手の思いを引き上げることです。」
数少ない40代の野秋総括教諭の言葉には、闘志が伺えた。
 藤田校長もこのように話してくれる。
「体制作りは管理職が行うが、取組自体は若手教職員を中心にしたボトムアップで進めることを意識しています。管理職は教員を予算や人員の獲得などによって支援していくことが、一番の役割だと思っています。それに、この学校でSDGsを一番知っているのは他でもない、2年目の小川教諭です。」
 小川教諭は大学卒業後、本校に着任し今年で2年目となる。1年生の学級担任をしている他、SDGsコーナーを設けるなど全校向けの取組も行っている。小川教諭に持続的な高校改革のヒントを伺ったところ、このように話してくれた。

 「山北高校は、神奈川教育委員会SDGs事業にしても、文科省地域協働事業にしても、とにかく初めて。しかも、昨年度に定年や異動が重なり、ほぼ半数の教職員が異動し、学校にとってだけでなく、教職員にとっても初めて。初めてだからこそ、なんでも出来ると思っています。大学で学んできた途上国開発の知識や経験を、この山北で活かしたいと思っています。途上国開発への関心が私のエンジンです。神奈川県の西の端から、世界にまで視野を持っていける、そんな生徒を育てたいと思っています。新しい挑戦は、自分の『痕跡』が残ると信じています。だからどんな小さなことでも『形にする』ことを心がけています。」

 小川教諭の目は輝き、ワクワクした様子で語ってくれた。

(図表)SDGsコーナーの写真

(図表)SDGsコーナーの写真

(出典)山北高校提供資料

 昨年度は職員の半数が異動し入れ替わる、まさに人員の転換期を迎えた。これをピンチではなく好機とした。藤田校長をはじめとした教職員が、新規採用者であっても若い先生の力を信じ、新たな探究に挑戦する1年生の担任陣に、ベテラン教職員だけでなく、ミドル、若手の教職員を積極的に配置し体制を構築した。
 藤田校長をはじめとしたベテラン教職員は、「地元の活性化、地元の核となる学校づくり」という、ミドルや若手とはまた異なるエンジンを持つ。それぞれの持つエンジンは異なるが、異なるエンジン同士だから、お互いに共鳴し合い、答えのない改革に向けて山北高校という車が走り続けられつつあるのではないだろうか。

何をする?(アクション)

一度に全ての学年は限界がある、だからこそ学年進行で進めていく

 神奈川県教育委員会SDGs事業も、文科省地域協働事業も、いずれの取組も、山北町・地元自治会・地元企業・近隣大学等を構成員としたコンソーシアムの協力を得ながら地域課題(未病・防災等)を探究し、検討した課題解決方法を自治体に提案、実現を目ざすことにより、地域人材の育成を図るものだ。教育課程としては、「総合的な探究の時間」を事業の中心に据えている。
 しかし、山北高校の生徒、そして教職員の現状を踏まえ、一度に全ての学年に探究の時間を取り入れることはしなかった。未病、防災をテーマにした探究は、始まったばかりであり、それは生徒だけでなく、教職員にとっても初めてのチャレンジである。だからこそ1学年に対象範囲を限定し、3年後の新学習指導要領全面実施に合わせて地に足のついた取組を順次、学年進行で全校のものにしていくことを目指している。

地域との協働の研究開発例

 山北高校は、平成31年度から文部科学省の「地域との協働による高等学校教育改革推進事業」に採択された。その事業における計画内容は、地域課題をテーマにしながら、SDGsにも焦点を当てている。

【平成31年度地域との協働による高等学校教育改革推進事業の山北高校事業計画概要】
(図表)山北高校事業計画概要

(図表)山北高校事業計画概要

(出典)山北高校 提供資料

生徒も先生も一緒に地元を学んでいく

 山北高校の生徒は、地元に愛され、部活動を通じた「目配り・気配り・心配り」が出来ている「素直な生徒」だと教職員は口を揃えて話してくれた。この生徒の素直さゆえに、生徒も教職員も、次の一歩への課題を抱えている。
PTAとの窓口も行う露木総括教諭はこのように話してくれた。
 「これまで、山北高校の生徒は地元から愛され、求められてきました。例えば地元の消滅しそうなお祭りに参加してほしい、と求められ、積極的に参加しそのお祭りを再興させたこともあります。しかし、『やってくれ』と頼まれたことに素直に応じているだけでなく、これからは『自分たち自身で課題を見つけ、考え、行動し、提案していくこと』が必要になると思っています。教職員も同じで、素直な生徒に教える喜びを感じている教職員が『教えることをぐっと我慢する』、『安易な課題設定をさせない』ということが必要になってきます。僕は山北高校の元生徒でもあるので、思い入れもひとしおですが、山北の歴史を知らない教職員がいるのも事実です。」
 また、山北高校は昨年度に職員の半数が人事異動により入れ替わり、山北町、県西地域の歴史や文化に関する知識がない教職員がいるのも、やむを得ないことだろう。このことについて、「山北町は、役場でも各課に1冊しか配布されない山北町の総合計画を、本校に多く提供してくれています。これを生徒だけでなく、教職員も熱心に見て、一緒に地元を学んでいます。」と話してくれた。
 新たな取組を始めるときは、生徒だけでなく、教職員もまた挑戦者なのである。その時に、地に足をつけ、足元から見ることは重要だろう。「足元から見る」、藤田校長が何度も話してくれたが、確かに山北高校のアクションは、足元からよく見て、着実に、限りある資源を最大限有効に活用しようとしているように感じた。ここに高校改革のヒントがあるかもしれない。

持続可能な高校改革のために「カネ」「情報」を集める、「場」を作る

 限りある資源は今ある資源だけで満足して良いという意味ではない。山北高校は、新たな「カネ」「情報」を集めることにも貪欲だ。平成30年度から「「目指せ!山高」応援基金」を藤田校長が立ち上げた。
スポーツリーダーコースが募集停止になってからも、引き続き、同窓会、PTAから愛される山北高校であり続け支援を受け続けられるように、と学校が事務局となり、同窓会を主体とした新たな基金を立ち上げた。スポーツ以外にも使えるように使途を拡大したことも特徴だ。
 生徒の躍動感溢れる姿が掲載されたチラシも、金融機関との調整も藤田校長が担ったと言い、まさに皆が動ける「カネ」を確保してくるという校長の役割を、様々な段階で実現していると言えよう。
 防災を探究する観点からは、ドローンにも着目しているようだ。「役場では有志によるドローン研究会が始まったらしい」などと新たな情報が藤田校長の口からどんどん出てくる。協働する情報・チャンスを常に探しているようにも感じ取れた。
 そして校舎の一棟を、今後は地元住民の集まれる場や防災やこの事業の中心の場にしたいと考えているという。そのために、地元と学校との連携を図るための地域人材の活用を予定している。

山高応援基金

 山北高校の校長が発案者となり、学校に事務局を置く、同窓会を主体とした新たな基金を立ち上げた。
  PTA、同窓会役員を運営委員会の構成員とし、集まった基金の使途を運営委員会に諮っている。委員会に了承されれば、スポーツ以外にも生徒の教育活動向上のために自由に使うことが出来る、自由度の高い財源だ。

どう振り返る?(リフレクション)

大学、民間企業の分析スキルを最大限活かす

 学校評価制度も、もちろん行っているが、それだけでは振り返りは十分ではないと考えた。山北高校の中にある既存の方法では、今回の探究の取組は評価できないと考え、民間企業、大学に声をかけた。
 民間企業にはアンケート紙を用いた調査手法により、生徒の学習面、生活面、意識面のアンケートを、実施から分析まで行ってもらい、生徒の学習成果を定点観測することを目指している。
 また、文科省地域協働事業については、プロジェクトのためのルーブリック評価を開発することを考えており、早稲田大学や東海大学の教員・学生陣の知見を最大限活用する予定だ。
 新たな評価方法に違和感を示す教職員もいる中で、まだ手探りの段階だが、こういった評価や振り返りを通じて、ビジョンの骨組みがより堅固なものになることを目指しているように伺えた。藤田校長はこのように話す。
 「平成28年に出来た山北高校のグランドデザインから、その後、平成29年度にスポーツリーダーコースが募集停止になり、山北dreamという中学生向けのビジョンは出来上がりました。しかし、取組が学年進行であることもあり、全校に共通したビジョンを言語化し、共有することはこれからだと思っています。こういった振り返りを通じて、なんとなくある、育てたい人材像の骨組みが、より強くなっていくのだと思います。
 僕は、生徒には山北高校で地元や地域の課題を見つけてほしいと思っています。まずは課題を見つけ、種を持った状態で、次の進路に進んでほしいんです。課題解決のためのスキルや知識を大学や社会などで学び、いつか、その課題をどこかで解決してくれることを期待しています。Uターンで居住してくれることだけを地域協働の目標にするのではなく、間接的にでも県西地域を牽引してくれる、そんな人材を育てたいと思っています。
 細かな取組の目標を固めすぎるのではなく、むしろ目標の骨組みを強く堅固にすることの方が重要なのだと思います。」

もう一歩先へ!(プロモーション)

山北町の子どもではなく、県西地域の子どもを育てる

 山北高校の取組は始まったばかりだ。地元から愛され、素直な生徒が多いという特徴を抱えながらも、少子高齢化、地元の存続の危機、高校統廃合の危機、教職員の世代の二極化など、困難とも言える状況はしばらく続きそうだ。
 しかし、山北高校も所属する県西地域の校長会議での合言葉は「県西地域の子どもは県西で育てる」である。高校を変える、町を変えるだけではないのだ。足元から、地域を変えていく。
 そして、山北高校の取組の背景にあるものは、学校が「地域創生人材育成学校」になることであり、地域協働を目指す高校にとって、他人事ではないだろう。この取組をいかに県西に、神奈川県に、全国に展開させていくか。足元から確実に、山北高校の奮闘は続く。