発想ひとつで環境を変えるには?
まず、東京理科大学創域理工学部建築学科 教授 垣野義典先生によるプレゼンテーション「学校に居場所空間をつくる方法」です。
学校空間を変えていく際に、いろいろな人を巻き込みながら、「みんなで考える」という方法があります。垣野先生が5年間関わってきた私立小中高大の改修・改築プロジェクトの例が紹介されました。
①身体を動かして考える:実際に物を動かしてみる。たとえば体育館を6つのゾーンに分け、光の入り方や窓の位置など空間を読み解きながら、各班の持ち場に家具を配置してみる。最後はそれぞれプレゼンテーションを行い、互いの考えをシェアしていく。これを引き金に、「自分の教室でやりたい!」と子どもたちから自発的に展開していくようになる。
②建築模型を作る:垣野先生の研究室に所属する大学院生に手伝ってもらいながら、建築模型を作成。それをもとにみんなで話し合うことで、想像が膨らむようになる。
「きっとみなさんは『児童・生徒がリラックスできる空間にしたい』『グループで活発に学習できる空間にしたい』『子どもが一人になれる空間を作りたい』『余っている部屋の使い方を考えたい』といった課題を抱えておられるかと思いますので、発想のタネとしてオランダの事例を紹介します」と語った垣野先生は、1つの部屋を6つにゾーニングして活用しているオランダの学校を紹介しました。
机に向かってタブレットを触っている子もいれば、友達と一緒に本を読んでいる子もいる。教室の中に様々な空間を用意しているので、子どもたちが自ら選択して勉強できるのです。
家具や設備の配置によって空間を仕切っている。
また、教室の外にはオープンスペースがあり、パソコンコーナーや図書コーナーなど、多様な学びができるようになっています。
廊下の壁の延長線上に「見えない境界」ができている。
ちなみに、このオープンスペースは、ただ広い空間があれば良いというわけではありません。せっかく広い空間があっても、家具や柱が目に見えない境界となってしまうからです。「このように、僕らはうまく空間を使いながら、相手との距離を保っています。建築に左右されるという前提に立ち、ガイドとなるような家具を意図的に仕込んでおくことで、この境界を壊すことができる。そうすればオープンスペースをもっと柔軟に使えるようになると思います」(垣野先生)
次に、子どもたちが一人になれる空間の作り方を考えてみましょう。
フィンランドの図書館や大学、オフィスなどには、オープンスペースに個人ブースが置かれているそうです。「こういうものがポコポコあると風景としてかわいらしいし、ちょっとしたときに子どもたちがポンッと入って学習したり、気持ちを沈めたりできるかなと思います」と話す垣野先生は、北海道の小学校で実際に設置されている個人ブースを提示しました。
カーテンを閉めれば視界を遮ることもできる。
図書館の中にある個人ブース
キャスター付きの棚で、逆の面は掲示ボード。教室の空間を仕切る。
また、「学校建築を学習教材のひとつとして捉えれば、空間の利用リテラシーを高めることもできます。こちらはスウェーデンの事例で、中学3年生の子どもたちによる話し合いの結果、家庭科で作ったクッションを置いて、自治の場を作った例です」(垣野先生)。
空間の使い方を子どもたちが主体的に考えるとこうなった。
このほかにも様々なアイデアを共有してくださった垣野先生。「建築は変わらなくても、発想ひとつで環境は変えられる。発想を自由に広げて学校の空間を変えていってもらえたら」と語り、プレゼンテーションを締めくくりました。
進化し続ける学校をつくろう
続いて、東京学芸大学教育インキュベーションセンター長 教授 金子嘉宏先生による「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の一体的な充実のための環境について」です。
まず、「個別最適な学び」と「協働的な学び」の関係を考える上では、学習方法と学習内容を分類しておく必要があります。
これまで学校で行われてきた一斉授業は、個別化の対極にある「標準化した学習方法であり学習内容」です。「個別最適な学び」と聞くと、一見、以下の図の左下を目指すように思いがちですが、学習指導要領の改訂では学習内容そのものに変更はありませんから、実は左上の「指導の個別化」を目指すことになります。
他方、「協働的な学び」を同じ4象限で示すと、標準化した学習方法のほうに位置付けられます。とはいえ、探求型の学び等は、子どもたちの興味・関心に合わせた学習を進める際には、「個性化した学習内容」になりますから、一斉授業にはなかった領域まで広がっていくイメージとなります。
このような関係のなかで、指導の個別化と協働的な学びの両立をどう図っていけば良いのでしょうか。その答えのひとつが、GIGA端末の活用です。「GIGAスクール構想によって1人1台タブレットが配られている今、もはや黒板やプロジェクターのような大きな掲示装置は不要ではないか」という議論があります。
しかし、協働的に学ぶ上では、大きな掲示装置は必須です。その理由について、「『共視』がとても大事だから」と金子先生は強調します。一人ひとりが自分の端末の画面を見ているのでは、「共視」の体験はできません。加えて、PowerPointを使うと細切れになった正解しか掲示できませんが、黒板には学んだプロセスが記録されていく利点があります。黒板に手書きすることが大事なのではなく、「プロセスを振り返りながら学習を進められる大きな掲示装置」が必要なのです。
もうひとつ、「ICTの活用法によっては、対話が起きなくなる危険がある」と金子先生は警鐘を鳴らします。「対話とは刺激と思考の繰り返し。正解らしきものをドンッと見せられてしまうと、その時点で対話は起きなくなってしまう。『協働的な学び』においては、どんなふうに対話が起きるのかを考えて、環境をつくっていくことが大切です」。
対話を起こすために大きな掲示装置を活用している東京学芸大学附属竹早小学校。
指導の個別化には「可変性・ハイブリッド・マルチ画面・学校外からの授業参加」、協働的な学びには「共視・対話・共有」が必要だということがわかりました。では、これらを一体的に充実させるための教室とは、具体的にどんなものなのでしょうか。
それが、金子先生が進めておられる「未来の学校 みんなで創ろう。PROJECT」から生まれた「SUGOI部屋」です。この教室には壁一面を埋め尽くす巨大スクリーンがあり、指導の個別化と共同的な学びに必要な要素をすべて満たしたものになっているそうです。
「この部屋をつくるために、難しい技術は使っていません。テクノロジーに明るい先生じゃなくても使えるものじゃないとダメだと思っています。“誰でも使える”というのがポイント。コモディティ化したものですから、予算をかけられない公教育において、費用を抑えられるメリットもあります」(金子先生)
Smart Unlimited Growing Open Innovationの頭文字から成るSUGOI部屋。
最後に、「学校を完成させるのは、やめませんか?」とメッセージを投げかけた金子先生。たとえば、なにかおもしろいことをやりたくて、イベントを立ち上げると祭りになる。祭りになると伝統化して、変えてはいけないものになり、どんどんおもしろくなくなってしまいます。同様に、みんなで対話をしながら新しい学校をつくっても、完成の翌年以降に入学してくる子どもたち・保護者・教職員には、学校という環境を自分たちの手で変えられる感覚は生まれません。
「学校というステークホルダーが次々と入れ替わる場所だからこそ、『完成させる必要はない』くらいの感覚で、環境づくりに取り組んでもらいたい」と語り、金子先生はプレゼンテーションを終えました。
ゲストプレゼンテーションの後は、Zoomのブレイクアウトルームを使って、参加者同士のミートアップセッションを行いました。
実際にミートアップを体験した文部科学省の五十嵐さんのグループでは、オープンスペースの活用法について議論がされていたとのこと。「オープンスペースを教育空間だけではく教職員のスペースとしても活用したい」という話が上がり、金子先生から『完成させないことが重要なんだよ』『使い方が決まっていないなら、雑談する場所にしておけば、そのうちきっとやりたいものが出てくるはずだよ』といったお言葉をいただきました。オープンスペースを使う人たちの興味・関心によっても、準備すべき物やスペースの活用法が変わってくるなと思いますし、まさに金子先生のおっしゃる通りだなと感じました」と感想を述べていただきました。
CO-SHA Platformでは、今年度からの取り組みとして、公募制の「CO-SHA ソウゾウ プロジェクト」が始まっています。「学校の改築」「学校の改修」「教室の空間レイアウトの更新」などに取り組みたいと思っている、また、取り組む予定であるものの「何から手をつけたら良いかわからない」「ノウハウがない」「専門の職員が足りない」といった課題を抱えている学校設置者や教職員の皆様を対象とした取り組みです。ぜひこちらのプロジェクトにもご注目ください。