第一回イベントレポート | イベント

これまでの価値観が大きく変わり、暮らし方や空間づくりにおいても、社会に次々と新しい風景が生まれた昨今。一方で、子どもたちの生活環境に目を向けると、20年30年と経って、子どもたちを見守る世代となった私たちが過ごしてきたときと変わらない学校施設が使い続けられ、子どもたちを取り巻く環境は時代の流れに追いついていないというのが現状です。子どもたちにとって快適な教育環境や時代の変化に対応するハードとしての学校施設は、どのように実現することができるでしょうか。

今年度、文部科学省は学校施設の整備や活用を進めるための共有・共創の場づくりを目指し、未来の学校施設づくりを支援するプラットフォーム「CO-SHA Platform(コーシャプラットフォーム)」を立ち上げました。その事業の一環として、「柔軟で創造的な学習空間とは」というテーマで第一回目のイベントを開催。本レポートは、トークのポイントをまとめ、イベントの様子をお届けします。

執筆:さとう未知子

登壇者

  • 栗本 和良(文部科学省 大臣官房文教施設企画・防災部 施設企画課)
  • 赤松佳珠子(株式会社シーラカンスアンドアソシエイツ)
  • 前田明洋(株式会社オカムラ)
  • 町田 大樹(横浜市教育委員会事務局 学校教育企画部 教育課程推進室)
  • 松井 創(株式会社ロフトワーク)
  • 上野淳(東京都立大学 名誉教授)

※敬称略

前半は、これまでさまざまな学校施設を設計されてきた第一人者である建築家の株式会社シーラカンスアンドアソシエイツの赤松佳珠子さん、教育施設分野の研究者の株式会社オカムラの前田明洋さんにお話をいただき、その後、教育関係者として横浜市教育委員会より町田大樹さん、ロフトワークの松井創さんを交えてクロストークを展開。後半には、教育委員会、学校教員、学校建築に関わる設計者などの参加者同士が課題やアイディアを共有し対話する、ワールドカフェを実施しました。

イベントの様子は、こちらからご覧いただけます。

共創のプロセスこそが学校をつくる、CO-SHA Platform 設立の背景

時代に合わせて学校教育の現場は変わり続け、ICT化、さらにコロナ禍の影響もあり、従来の学校風景は一変しました。現在、学校教育の場では、子どもたちの可能性を引き出す個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実を図る「令和の日本型学校教育」の実現、そのための施設整備の推進が求められています。
ただし、日本では築25年以上を過ぎた公立学校が全体の約8割を占め、既存校舎特有の問題があるのが現状。老朽化と合わせて教育環境の向上を目指さなければなりません。

文部科学省大臣官房文教施設企画 防災部・施設企画課の栗本和良さんはCO-SHA Platform立ち上げについて、「地域それぞれの課題やニーズ、施設を使う主役となる児童生徒・先生の声に合わせて、学校設置に関わるさまざまな人たちと共に考え、共創するプロセスが重要になります。国としては、プラットフォームで施設整備を進め、子どもたちが行きたいと思うような学校づくりを進めたいと思います」と話しました。

学校全体を学びの場と捉え、空間を生かして新しい学びを展開する

シーラカンスアンドアソシエイツの代表取締役であり、法政大学デザイン工学部の教授を務める赤松佳珠子さんは、これまで多くの学校建築設計に携わり、地域・風土・ニーズによってさまざまに求められる教育環境を実現されてきました。

赤松さんのプレゼンでは、高度成長期に学校が量産されて行われていた一斉画一授業から、自発性・主体性をもつ探究的なこれからの学びに対応する空間づくりはどのようなことが必要かということが語られました。
「学校空間は、学習、生活、教職員の執務、そして地域社会との共創の機能を持ち、それらを有機的に結びつけていくこと。教室だけでなく外部空間を含めた学校全体を学びの空間としてどう活用するかを考え、また、建築だけでなく家具を一体的に考えていくことが重要になる。学校での教育・学びは、『教育活動=ソフト』と『学校建築=ハード』の両輪で成り立っていると言えます」と赤松さん。

ハードとしての質の高い学校建築の実現を目指すため、国土交通省はプロポーザル形式を推奨。質の高い建築を設計するために、設計業務の内容に最も適した設計者を選定することが重要だと言われています。
「設計者は設計時に、空間を生かしてどのように学びを展開していくのかイメージを共有する。ハードが出来上がったあとにいかにそれを使いこなし、そこから工夫して運用し続けることで、豊かな学びを実現していくことができると考えます」(赤松さん)

家具の工夫で空間をフレキシブルに活用

新しい学び・多様な学びのための環境づくりは、ハード面と合わせて、家具のディテール面の工夫により、状況に応じた空間に可変していくことが可能です。

続いては、株式会社オカムラ・ワークデザイン研究所、名古屋大学 未来社会創造機構の客員准教授の前田明洋さんより、家具の工夫によってフレキシブルに空間活用を行うことについて、実例を交えてお話がありました。

前田さんは、「自律的・主体的・協働的・創造的な学びを誘発するのは「居心地の良い空間環境づくり」であり、学びには児童生徒の心地よい居場所づくりが重要」と話します。

「居心地の良さとは、学習のしやすさ、心理的な「安心」、フィジカルな「安全」、生理的な快適さ、コミュニケーションを育むといった、創意工夫で生み出されます。
家具を「可変」させることによって、多様な特設空間を作り、児童生徒たち自身でも学ぶ環境をつくり変えることができる。低学年から高学年までの体格の違いや、学年の教育プログラムに応じて環境を変えていくことで、効果的効率的な教育を生み出すことを可能にします」(前田さん)

建築と家具と一体で空間をつくる

赤松さん、前田さんから教育空間づくりの実例を踏まえたプレゼンを伺った後は、横浜市教育委員会事務局学校教育企画部の町田大樹さん、株式会社ロフトワークの松井創さんを交えてのトークセッションが行われました。

まずは、ロフトワークの松井さんから赤松さんへ「学校設計において、これは絶対的に外してはいけないこととは」という質問が向けられました。

赤松 自治体によっても、設計の進め方や学校の位置付けはさまざまで、それぞれの場所で、その学校施設が何を必要としているか、教育委員会や先生がたと議論をしていかなければなりません。
その中でも、家具は通常「備品扱い」になり、設計とは別として考えられることが多いのは問題です。家具も建築と一体として、どのような学びにどのような家具を使い、どのような空間をつくるか、と考えていくことが絶対的に必要だと思っています。

前田 家具は学習ツールの一つと捉えることができるので、低価格を優先して家具を選ぶと、結果的に良い建築を建てても空間として機能できないことになってしまいます。

町田 ひとつの家具や空間にしても、意味や機能を複数持つことで、一人一人にあった空間づくりができるようになることが非常に面白いと感じました。

松井 共創ということを考えても、学校がオフィスに近づいているとも言えるのではないでしょうか?

前田 オフィスと学校は同一化していとる言えます。学校とオフィスを企画したときに、サイズが違うだけで機能は同じ家具を入れていたりします。アメリカでは、大学の共創空間がそのままオフィスで生かされている。スタンフォード大学で開発された家具が、GoogleやAppleでそのまま使われています。

松井 学校がオフィスに近づくというよりは、両サイドから近づいている方が近いかもしれないですね。

学校を共に育てる仕組みづくり

さらに、トークは学校づくりにおける難しさや、課題へと話が展開しました。

松井 学校づくりにおいて難しいと感じたところは何でしょう?

赤松 設計者は竣工したら手が離れてしまいます。学校は先生方の任期があり、全く違う教育体制になってしまう。時間が経つと設計の意図が伝わらないまま、空間が上手く使われなくなってしまう。設計者も継続的に空間を一緒に作っていく立場として関わり続けられるのが理想です。

松井 つくっておしまいではなくて、どの学校もいかに共に育てていけるかという仕組みづくりが重要ということですね。

町田 教育の中身を考える人と、外から学校を考える人たちが協働するこのような場が非常に重要だと感じました。そういった意味でもこのCO-SHA platformは意義のあるものだと思います。せっかくつくったオープンスペースも使われなくなってしまったらもったいない。ただ、一方で、集中できない子もいる中では、オープンスペースの機能だけでなく、「集中」と「発散」が交代できる空間づくりが必要で、子どもの個性や多様性に対応できる大らかな教育環境を目指していきたいです。

「柔軟で創造的な学習空間とは」キーワード出し

クロストークの最後は、続けて行われる参加型のワールドカフェに向けて、学校づくりに重要なキーワードが出されました。

  • 1人1台端末と、共創の両立を目指す「デジタル化に対応した空間」
  • 子どもの体験を中心にデザインし「子どもの学びに空間を合わせる」
  • ポジティブな居心地感をつくりだし「行きたくなる学校施設を目指す」
  • 家具の工夫で自分たちなりの空間をつくる「カスタマイズできる空間」

つながりを育むプラットフォーム

プログラムの最後に行われたワールドカフェ。今回のトークイベントに参加した約50人の学校設置に関わる関係者たちが7つのグループに別れ、前のプレゼンで聞いた「柔軟で創造的な学習空間とは」を考えるキーワードをもとに、自由に意見を出し合い対話する場となりました。

教育委員会、教職員、建築家、家具や空間に関わるデザイナー、そしてその他企業から集まった人々が子どもたちの未来に思いを馳せ、会場が心地よい熱気に包まれてさまざまな議論が生まれました。

最後に、長年に渡って教育と建築の領域の研究を続けてこられ、このプラットフォームの発足のきっかけを与えた東京都立大学名誉教授の上野淳さんより講評をいただきました。

「ワールドカフェでは、これからの学びに対応する学校をつくるにはどうしたら良いか、どんな体制を構築したら良いかと、さまざまに議論がおこなわれました。空間をつくるだけでなく、児童生徒や先生たちに対して、新しい使い方、空間の生かし方を発信する場づくりが重要だと思っています。場所が学びのアクティビティを触発し、学びのヒントを与えられる。そういう場づくりを、教育家と建築家、家具デザイナーが関係を構築してつくり上げていただきたいと思います」(上野さん)

共に想い、創る未来の学校が、社会を変える

イベントが終了に近づくにつれ、会場が熱気に包まれながら参加者たちは目を輝かせて語り合う、子どもたちにとって「明日また行きたい学校づくり」とは。
皆、誰もが子どもだった頃の経験があり、自分たちの良い経験も、辛かった経験も、全ては未来の子どもたちのために生かしていくことができます。学校づくりは、あらゆる人たちが当事者となって考えることができる社会の課題ということを感じ、会場を見守りながらも、子どもたちの未来を考える一員となったように感じる時間でした。

子どもたちのためを想う熱意をもったつながりが、ハードとしての学校施設だけでなく、教育の仕組みや新たな価値を創造するきっかけとなり、これからの学校教育の風景を変えていく。結果、それが子どもたちだけでなく、自分たちの住む地域を変え、新しい社会の風景が全国に広がっていく。
日本の教育を豊かに育む土壌を、立場も専門も違う人たちみんなで耕していく、こうしたつながりやプロセスが、学校という共創の学びの場をつくりあげていくのではないでしょうか。