3.今後の産学官連携のあり方

(1)我が国の産学官連携における今後の方向性

1 個人の能力を最大限に活かした知的創造サイクルの確立

産業技術にブレークスルーを与え新産業創出に大きく寄与する独創的な技術シーズが次々と生み出されるような環境を醸成するためには、大学等において、評価による競争原理を基礎としつつ、研究者等(「個人」)の自由な発想と研究意欲に基づく多様で基礎的な研究が継続的に行われ、「知」の創造の源泉となる魅力的な「場」が確保されることが基本である。
一方、産・学・官(公)の各セクターやこれを支える社会的環境において、独創的な技術シーズの創造や技術・ビジネス革新の担い手となるべき「個人」の能力が最大限発揮でき、組織間の人材の移動や「知」の移転を容易にするよう、障壁の除去と有効なシステムの設計が必要であろう。
また、個人レベルの契約によらない産学官連携の限界を踏まえ、ルールに基づいた組織的な産学官連携への転換を図ることが必要である。各大学等においては、個人の取組を組織的に支援するシステムの整備を進め、大学等への適切な利益還元を確保するよう努めなければならない。同様に、企業等産業界側においても、このような大学等の取組に対する理解とともに、経営方針の柱としての産学官連携の位置づけ、企業側の産学官連携窓口の明確化等の組織的な取組を推進していくことが求められる。
すなわち、今後の産学官連携においては、
○評価による競争原理に基づき、「個人」の能力を最大限発揮する上での障壁を早急に取り除いて、「個人」の兼業や組織間の移動を阻害しない環境を整備し、
○民間的手法の導入による大学等の経営の飛躍的向上と組織的な取組を通じて、
○研究者が社会的ニーズ・課題に刺激されつつ、独創的な研究を推進し、
○そこから生み出される技術シーズが企業家の手によって新産業の創出や革新に結びつくとともに、
○その成果の対価が大学等や研究者等に適切に還元され、
○大学等が社会の信頼を得ながら組織全体としてその教育・研究活動を一層活発化できる。

というような、個人の能力を最大限に活かすための組織的支援と社会における「知」の創造と活用のダイナミックな循環状況、さらにそれに伴う連鎖的な新産業や技術革新の創出を目指すことが求められる。

2 大学等に期待される役割の公共性と産学官連携(利益相反・責務相反への対応等)

大学等は、教育や研究を通じて広く社会の発展に貢献することを本質的な役割とし、そのために公的資金(国立学校特別会計による予算措置、私学助成、独立行政法人に対する運営費交付金等)や税制優遇等によってその運営の基本的な部分を支えられており、その意味で極めて公共性の高い機関である。一方、企業の本質的な行動原理は私的経済利益の追求であり、経常的経費に対する一般的な支援はなく自助努力を基本とする。産学官連携はこのように役割の異なるセクター間での緊密な関係を求めるものであることから、大学等においては特定企業との連携を深めていく中で、その期待される役割の公共性とのバランスをいかに取っていくかが重要な課題となる。例えば、特定企業との提携や秘密保持、企業ニーズの重視等の必要性と学問の自由や研究成果の自由な交流による科学の発展、特に基礎研究の進展との調整を具体的にどう図るか、などである。
我が国の産学官連携はこれまで諸外国に比べても十分ではなかったため、このような課題が現実のものとして認識されず、推進方策を講ずることが優先的課題であったが、近年の産学官連携のめざましい進展に伴って、現在では、大学等の役割の公共性とのバランスにも考慮を払うべき段階に至ったものと言えるであろう。
これからの国・地方公共団体の施策においては、前述したような各セクターの基本的役割の違い、特に大学等の公共性に対する理解と配慮が必要である。また、各大学等においては、産学官連携活動の社会的適正を保つために、産学官連携のルールや活動状況について情報公開に努め透明性を高めるとともに、当該大学自らが点検・評価する努力を続けることが欠かせない。特に、後述の利益相反・責務相反については、各機関内にマネジメント・システムを整備して適切に対応することが必要である(なお、利益相反・責務相反については、今後の産学官連携を推進する上で特に重要な課題であることから、本委員会のもとにワーキング・グループを設けて集中的な議論を行い、その基本的な考え方を6.において詳述した)。
さらに、大学等は、公的資金によってその運営を支えられていることから、納税者への説明責任を積極的に果たしていくという姿勢も重要である。このような努力を積み重ねることにより、身近な納税者である地域社会との交流の活発化につながることも期待される。

3 国立大学法人における産学官連携のあり方

国立大学については、先般、国立大学法人法案等関係6法案が国会に提出され、平成16年度から非公務員型の国立大学法人に移行する予定である7。国立大学法人法案においても産学官連携は国立大学法人の重要な役割の一つとして位置づけられている。同法案ではTLO等を想定した出資の制度が盛り込まれているほか、人事・会計等における様々な規制も大幅に緩和され、法人化によって国立大学における産学官連携がより活性化することが期待される。
具体的には、現在審議中の国立大学法人法案等における制度の枠組みと産学官連携との関連概要は以下のとおりである。

ア)法人格の取得
各国立大学が法人格を取得して権利義務の帰属主体となることにより、特許等の研究成果を各機関(大学)に帰属させることが可能となる(法人法案第6条等)。これにより、個人帰属(原則)から機関帰属(原則)への転換を図り、研究成果の有効活用を推進する。

イ)非公務員型
教職員の採用や給与設定、兼業の扱い等につき各国立大学法人の判断で自主的に設定することが可能になる。

ウ)研究成果の活用の促進を業務として位置づけ
国立大学法人の業務として、研究成果の活用を促進する業務が法律上明確に位置づけられる(法人法案第22条第1項第5号等)。これにより、国立大学法人が主体的に技術移転やインキュベーション業務を行うことが期待される。

エ)国立大学法人からの出資
国立大学法人から研究成果の活用を促進する事業を行う者への出資が業務として規定され(法人法案第22条1項第6号等)、機動的・弾力的に技術移転事業等を行うことが可能となる。

オ)国立大学法人の特許料等の経過措置

  • 原則として、審査請求料及び1~3年目までの特許料については、1/2に減額、その他の手数料及び4年目以降の特許料については全額納付義務を負う(公私立大学と同様)(産業技術力強化法第16条)。
  • ただし、3年間の経過措置として、法人が国から承継した権利及び法人化後3年以内に出願・承継した権利については、従前どおり手数料及び特許料が免除される(国立大学法人法整備法案第44条、産業技術力強化法附則第3条)。

もっとも、国立大学法人における産学官連携は、地域から国際社会レベルに至る様々な環境のもとで、各大学毎の理念や特色に応じて多様な取組がなされることが基本である。大学は、産学官連携に取り組む際には、どのような活動に力点を置くかについて明確な理念や方針を持つと共に、主体的・戦略的に取り組む体制を整備することが必要である。具体的には、産学官連携の取組方針を各国立大学法人の中期目標や中期計画に明確に位置づけ、産学官連携が当該大学の果たすべき業務であることについて全学的な意思統一を図るとともに、必要な体制整備や活動経費について適切な資源配分を行うことが必要となろう。
また、教職員のインセンティブを高めるため、産学官連携が大学の責務である社会貢献の一形態であることについて、教職員全体の意識改革を図るとともに、産学官連携業務を担当する教職員等については職務として産学官連携活動が課されていることを明確にし、他の業務と同様に産学官連携に関する実績を評価や処遇に適切に反映することが必要となる。
なお、学内のルールづくりや体制整備にあたっては、言うまでもなく、法人化のメリットを最大限に活かすという姿勢で臨むべきであり、従来の国の制度や人材配置等の前例にとらわれず柔軟に対応することが求められる。
同時に、政府の施策においても、各国立大学法人の自由度を最大限認めるという原則を貫徹するともに、大学が組織として産学官連携を推進するために必要なソフト・ハードの基盤を整備する際には、適切な支援を行うことが重要であろう。
各大学における具体的な取組については、以下のような事項に留意の上、各国立大学法人においてそれぞれの個性・特色に応じて検討する必要がある。


ア)組織

  • 国立大学法人は、リエゾン機能、契約機能、TLO機能及び初期段階のインキュベーション機能等を業務として行うことが可能であるが、どこまでを大学自らが行うか、あるいは組織形態やアウトソーシングのあり方については、大学自らが判断し戦略的に取り組むべきである。ただし、少なくともリエゾン機能と契約機能については、大学の主体的な取組が求められる。
  • TLOについては、内部に関連組織を置くこと、契約関係によって外部委託すること、さらに外部のTLOに出資関係を持つこと、といった多様な形態が考えられる。
  • ベンチャー起業の文化を醸成するために、大学自らの主体的判断により、大学の成果を基に将来の起業を支援する仕組みを持つことも必要である。起業前段階の支援を中心とした初期段階のインキュベーションについては、大学自らが主体的に、外部人材等を活用しつつキャンパス内で実施することも考えられる。一方、大学発ベンチャーそのものへの支援など起業後の本格的なインキュベーションについては、民間のインキュベータやベンチャーキャピタルによる投資やノウハウの導入が効果的であり、これら専門機関が関係大学との連携のもとに大学隣接のリサーチパーク等キャンパス外で実施することも期待される。
  • 大学発ベンチャーの設立に際しては、民間のベンチャーキャピタルとの連携、基金の活用等のほか、限定的な条件のもとで、当該大学がストックオプション等の取得8、施設の貸与等により支援することも考えられる。
  • 産学官連携はビジネスとの直接的関連があり、また、契約会計処理等組織的な対応が必要であることなどの理由により、大学における意思決定過程は教学面での意思決定過程とは区別し、機動的な判断が求められる。研究面での産学官連携活動に積極的に取り組む大学においては、産学官連携担当副学長のもとにリエゾン機能と契約機能を有する部署を置き産学官連携窓口の明確化と意思決定の迅速化を図ることも考えられる。
  • 各機関において教育・研究上有意義と認められる場合には、組織的なコンサルティング事業、技術者等による計測分析受託、企業等を対象とした最先端設備・機器の活用、産学官連携関連情報の収集のための拠点の設置など国立大学の施設・設備・人的資源を活用した各種事業を行うことが期待される。

イ)人事

  • 大学の自律的な判断により、少なくとも週一日(平日)程度は定期的に兼業ができるルールや、短時間勤務制度(週30時間勤務等)、一年のうち一定期間(例えば3ヶ月)は大学の職務を免除される(ただしその期間の給与は大学から支払われない)というような柔軟な勤務形態、年俸制の導入や長期ベンチャー休業制度、休職制度等、産学官間の流動性を促進する勤務形態や人事制度を盛り込んだ服務規定を定めることが期待される。
  • 利益相反・責務相反のルール化と必要な体制の整備が求められる。
  • 専門性の高い人材を外部から受け入れるために、各大学で職制と処遇を工夫し、業績に応じた給与体系等のインセンティブを設けることが期待される。
  • 従来の職種区分にとらわれず、広く人文社会から理工系分野の人材を対象に、産学官連携や研究戦略・管理・評価活動等に携わる専門的な職を新たに儲け、新しいキャリアパスの機会を作ることが期待される。
  • 非公務員化することにより、国立試験研究機関、公務員型独立行政法人等との人材交流に支障が生じないよう、退職金の算定にあたってはこれらの機関の在職期間を通算できるよう措置することが求められる。

ウ)財務会計

  • 受託研究における間接経費の活用等により産学官連携組織・活動の充実を図ることが期待される。
  • 共同研究・受託研究等においては、特許権の帰属、費用の分担、施設設備の使用等について柔軟に取扱うことが求められる。
  • 複数年度にわたる契約や経費の支払いなど機動的な会計処理を行うことが期待される。

エ)知的財産権等研究成果の取扱い

  • 特許等は国立大学法人有を原則とし、法人有特許の取扱いや不実施補償のルールなど、特許等の活用促進のために企業の理解を得つつ柔軟に対応することが期待される。
  • 随意契約(相手方を特定しての契約)の積極的導入により効果的かつ迅速な活用を図ることが求められる。

4 産学官連携活動に対する評価

産学官連携へのインセンティブを向上させるためには、大学等や教職員の産学官連携活動に関する功績について適切な評価を行うことが必要不可欠である。
社会的評価の点でみれば、産学官連携に対する社会の意識は、近年の施策の進展につれてかなり高まっているものの、大学が産学官連携を通じてビジネスに関与することに対する戸惑いがないとは言い切れず、引き続き政府において積極的な広報活動が必要である。また、特に優れた試みについて顕彰することも有効である。
大学に対する機関評価においても、産学官連携が教育・研究の活性化につながること、大学の責務としての社会貢献を実現するものであること等を踏まえ、産学官連携を大学の任務としてその理念に掲げる大学に対しては、教育や学術研究の実績と同様に産学官連携の取組・実績についても適切に評価することが重要である。大学評価・学位授与機構が行う国立大学等の機関別評価や法人化後におかれる国立大学法人評価委員会における評価、さらに、今後導入される民間の認証評価機関における評価9においては、この点について十分考慮が払われるべきである。
機関による各教職員の評価については、各自の任務・責務を明確にした上で、産学官連携の職務を担う者については、産学官連携の実績を適切に評価し処遇に反映することが必要となろう。
なお、評価の手法については、共同研究の件数や特許の取得件数といった単純な数量的比較評価ではなく、成果の活用が当該事業分野において与えた具体的なインパクトや実施料収入といった質的評価を目指すことが肝要であるが、具体的にいかなる指標を用いるかについては、各機関相互の密接な情報交換や今後の議論の進展に期待する。

5 大学等発ベンチャーの創出

大学等発ベンチャー創出のためにはインキュベーション業務の充実が不可欠である。大学等の研究成果は企業の研究成果と異なり事業化を想定してなされたものでないことから、事業化につなげるために育成していく作業が不可欠であり、このためには、大学等にインキュベーション機能を備えることが有効である。また、学内にインキュベーション機能があることは、教職員の起業に関する意識の向上につながり、大学等の技術シーズや人的資源を基にした起業が生まれる環境を醸成することにもつながる。また、インキュベーション機能を大学の外で整備充実することが有効であると考えられる場合は、適宜公的性格付けを与えることで、円滑な事業実施を図ることも有効であろう。
大学等における取組としては、事業化の可能性の大きい研究成果の特許等の取得促進、兼業制度の活用による大学等の研究者のベンチャー参加促進、起業家やベンチャーの経営を支援する専門人材の育成、起業を支える専門機関との関係づくりなどにおいて、ベンチャー創出に向けた組織的な支援体制の強化が求められる。
なお、これらによるベンチャー創出の環境整備に加えて、ベンチャーの契機となる評価(目利き)を的確に行うことがなによりも重要であり、この点では市場経験のある産業界の「目」に期待する。
また、ベンチャー企業一般への支援としては、研究開発や経営資金調達の支援の助成制度や税制改正、会社の設立・運営を容易にするための会社法制、証券取引・金融法制、労働法制等の見直し、再起を可能とするための倒産法制の見直し等のベンチャー起業や新産業創出を促進する経済・社会環境の整備も併せて図ることが必要である。さらに、ベンチャーを対象とした政府調達の推進等によりベンチャー企業の事業活動を支援していくことも有効であろう。もとより、ベンチャーを起業し、いわゆる「死の谷10(the valley of death)」を越えて軌道に乗せることは容易な事業ではなく、起業を志す者のあらゆる条件下における努力と効果的な公的支援が一体となった取組が必要なことは言うまでもない。

6 人文社会分野での産学官連携

これまでの産学官連携は、科学技術基本法が人文科学のみに係るものを対象外としていることや、大学等技術移転促進法や産業技術力強化法の制定といった「技術」に着目した施策が中心であったこともあり、人文社会分野の産学官連携は必ずしも十分でないのが現状である。
特に経営・法律等の社会科学については、教員の知見を社会で活用するという観点のみならず、学問的発展や社会に有為な人材の養成という観点からも、実社会における研究成果の実証や情報収集は極めて重要である。したがって、今後は、専門職大学院等を中心に、人材交流や共同研究、インターシップ等の日常的な産学官連携に積極的に取り組んでいくことが求められる。また、MOT(Management of Technology:技術経営)など人文社会系と自然科学系の融合分野についても今後の取組が求められる。

7 教育面における産学官連携

前述のように11、産学官連携活動は大学の教育の活性化にも大いに資するものである。したがって、共同研究やインターンシップ等を通じて学生が企業と交流する機会を積極的に設けるとともに、産学共同による教育プログラムの開発や企業経験者の招聘など、大学教育の場において産業界の視点や協力を得ることは、実践的教育を推進し、産業界をはじめとする社会のニーズに応える人材を養成していく観点からも有効である。また、ベンチャー起業・新産業創出を支える人材を養成するため、大学における起業家教育の充実も求められる。
なお、大学の本来的使命が人材養成にあることからすれば、これらの場面以外でも、教員が産学官連携活動を通じて得た知見や経験は教育活動を通じて最終的には学生に還元されるべきことは言うまでもない。

8 地域における産学官連携

地域の研究開発に関する資源やポテンシャルを活用した技術革新・新産業創出は、地域科学技術振興及び我が国の経済活性化のために重要であり、知的クラスターの整備等により地域の関係機関の有機的連携を図ることが求められている。その際、各地域の特性や地域産業の状況などを生かした、地方公共団体の自主的な取組も重要である。
また、全国各地域の中小企業には大企業にはないものづくりのノウハウが蓄積されているため、大学等の技術を直接事業に活かすことができ、産学官連携の効果が現れやすい。中小・ベンチャー企業との産学官連携は双方にとって有意義であり、積極的に取り組むべきである。ただし、中小・ベンチャーにとっては大学等の研究成果・研究テーマの情報収集が困難であることから、大学等の研究情報のデータベース化と活用の促進や交流の機会の確保を図ることが重要である。

9 人的交流の促進

産学官連携を推進する観点から、各セクター間の人的交流は極めて有効であり、人材の円滑な交流を妨げる要因を除去することが必要である。
国の研究機関等は、「研究者の流動性向上に関する基本的指針」(平成13年12月総合科学技術会議)を踏まえ、任期制及び公募制の適用方針を明示した研究人材流動化の促進に関する計画を策定し、人的交流の推進に努めるべきである。また、国立大学については弾力的な人事制度を実現する観点から非公務員化される予定であり、研究開発を行う特定(すなわち公務員型の)独立行政法人においても非公務員化の可能性も含めて人材流動の促進策を検討すべきであろう。
大学等においては、任期制、公募制や兼業制度等の活用を促すとともに、他のセクターとの人事交流が退職金の算定や給与の設定にあたって不利とならないよう努めなければならない。特に、国立大学が法人化され非公務員型となることによって、国立試験研究機関・特定独立行政法人との人事交流に支障が生じないよう配慮が必要である。また、人事交流が可能となるようなポストを積極的に用意することも重要である。

(2)我が国の産学官連携の将来像

(大学の多様な発展)

学術研究の高度化、学習需要の多様化、社会の価値観の多様化、国際化・情報化の進展等の中で、今後、我が国の大学は、国公私立の設置形態の枠組みにとらわれず、競争的環境の中でそれぞれの個性や特色を明確にしながら、全体として多様な発展を遂げていくものと思われる。この傾向は、18歳人口の減少や雇用情勢の変化等の社会経済の動向や国公立大学の法人化等の大学改革の進展に伴い、ますます加速していくものと予想される。
この「多様性」は、大学毎のみならず、個々の教員レベルでも求められる。教育、研究、社会貢献(「社会」は地域社会、経済社会、国際社会等の諸要素からなる。)、組織運営等大学の様々な使命や役割の中で、教員一人一人が担う具体的な役割・機能は多様であり、また時宜に応じて可変的であり得る。その多様な役割・機能の組織としての総体が大学としての個性・特色となる。
各大学の個性・特色(経営戦略)と個々の教員の自発的創意に基づく活動との間の調整は、主として学内合意の形成過程や人材の流動化によってなされる。従来のような、一人の教員が特定の大学に長期間在籍し、小講座制によって研究後継者を養成するといったスタイルから、個々の教員が自己により適した教育・研究環境を求めて大学間を流動する中で、各大学毎の支援体制が(自然に、あるいは戦略的に)個性化・差別化され、大学自身の個性・特色が明確になっていくというスタイルへの転換が進むものと思われる。

(大学における知的財産の機関帰属・機関管理の定着)

特許等の知的財産の帰属に関しては、機関帰属(大学法人や学校法人が発明等を行った研究者(原始的な権利者)から権利を承継し、知的財産の帰属主体となった上で法人の名義・責任において活用や処分を行うこと。)が原則となる。一方、例外としての個人帰属(大学法人や学校法人が権利を承継せず、発明等を行った研究者がそのまま知的財産の帰属主体となること。)も許容され、機関帰属と個人帰属の比率や判別基準等の具体的なあり方については、大学毎の合理的な判断に基づく多様性が尊重される。したがって、中には、個人帰属となる知的財産の割合がむしろ高く、そのことを研究環境の魅力の一つとして有力な研究者を招聘しようとする大学もあり得よう12。ただし、政府の各種支援策は、大学で創出される知的財産全体の一層の活用を図る見地から、機関帰属を前提とするのが通常の形となるものと想定される。
大学教員は論文発表前に発明を知的財産本部等の担当部署に相談・報告することが慣行として定着し、学内の担当部署において特許化の可能性や論文発表のタイミング等について日常的に教員の相談に応ずる体制が整備される。また、各教員においては、将来の特許係争に備えて研究過程の記録を保存することも必要となろう。
各大学では、それぞれの知的財産管理ポリシーに基づいて、また、費用対効果を十分に見極めながら、届け出られた発明等の帰属を検討する。機関帰属となる知的財産に関しては、知的財産担当者が発明等を行った教員と一体となって、TLO等と連携しつつ、届け出られた発明等の権利化や活用方策について迅速に処理を行うこととなり、また、各担当職員にはその高い専門性に応じて一定範囲で判断権が付与される等迅速・柔軟な意思決定のシステムが確立される。機関帰属となった権利について、一定期間経過後、または一定の検討を経た後に、活用の可能性を十分に見出せなかった場合等には、大学が負担する維持費用の軽減を図るとともに当該権利の更なる活用方策を探る等の観点から、権利の譲渡や放棄も含めた適切な措置が採られることとなろう。知的財産の活用方策を探る上では、私企業とは異なり、教育・研究機関としての公共性を有する大学の立場を踏まえ、単なる経済的利益の追求でなく、研究成果の社会還元を重視する姿勢を堅持することが重要であることは改めて言うまでもない。
各大学においては、それぞれの規模や知的財産創出の実績等の状況に応じた知的財産マネジメント体制が整備される。外部人材を活用した大学知的財産本部の整備や、各種のコーディネーター・アドバイザー等の受入れによって、企業等経験者や弁理士・弁護士・公認会計士等の専門的人材が直接・間接に大学経営に参画する一方、これらの人材との日常的な協同作業を通じて、大学内部の人材のOJT効果も期待できる。更には、大学知的財産本部の整備が契機となって、知的財産及び大学経営に関する知識・経験の豊富な人材を、各大学がその専門性に応じた高い処遇で、教員でも事務員でもない新たな職種として任用(外部招聘も内部登用もあり得る。)する動きが一般化し、これらの職種を流動する人材やMOT等を通じて養成される人材等によって、ライセンス・アソシエイトとも言うべき人材層が我が国において新たに形成されていくことが期待される。

(日本型TLOの多様なあり方)

現在、国立大学のTLOは(大学が独立の法人格を有していないため)大学の外部に置かれている。それぞれの設立経緯を反映して、大学との関係については、個別の大学と密接な関係を有するTLOと地域の複数の大学と関係を有するものが、また、組織形態については、株式会社・有限会社形態のものと公益法人形態のものが存在する。私立大学にはTLOを学外に置かなければならない制度論上の制約が存在しないため、学校法人自身がTLO承認を受けて内部にTLO組織をもつ場合がある。
今後のTLOと大学との関係については、米国の主要大学のように内部TLOとする場合(現在の我が国の私立大学はこの形。)、大学とは独立の法人格を有する外部TLOであって大学法人や学校法人からの出資を受ける場合、外部TLOであって大学法人や学校法人から契約に基づく業務委託を受ける場合、複数の大学と提携する地域型TLO、専門分野に特化した技術移転を担う専門型TLOなどの多様な形が考えられる。
各大学や各TLOは、それぞれが置かれた状況を踏まえ、各大学の個性・特色や運営方針等に応じて、その主体的な判断により最も効率的・効果的と考える体制を選択する。また、体制は固定的ではなく、学内外の状況の変化や、知的財産管理・産学官連携に関する知識・経験の蓄積の度合いに応じて柔軟に見直されるのが通例となるものと考えられる。
特に、国公立大学が内部型TLOを選択する場合の前提として、大学内部において人事・会計上の特別な配慮(例えば、関係職員の人事異動の範囲を限定すること、専門性に応じた高い処遇が確保されること、経理を区分して独立採算的な運用とすること等。)が確立していること、大学法人がエクイティ(個々の企業の株式や新株予約権)を取得・保有することが可能となるよう弾力的な制度となっていることが重要である。

(人的交流や国際化の進展)

教員の人材流動化に関しては、大学と他の研究機関や企業との間の人材交流が恒常的に活発化し、定期的な人事交流のシステム整備が期待される。大学等においても公募制・任期付きによる採用が定着し、特に産学官連携や知的財産マネジメントを担当する職員は、国内外を問わず様々な機関やセクター間を異動することが一般的となろう。
また、研究者間の国際的な人的ネットワークを活かして、欧米やアジア等広く海外の研究機関との研究交流が活発化するとともに、外国企業との共同研究、研究員の受入れ・派遣等が日常的に行われる。世界的な市場が見込まれる技術について積極的な外国出願と外国企業への実施許諾件数の増加も期待される。各機関における知的財産の取扱いに関するポリシーや組織的管理体制の整備、知的財産に関する教職員の意識の向上等も国際的な交流の進展に寄与することとなろう。

(経済情勢に左右されない恒常的な連携)

産学官連携は、大学の個性・特色の一環である。大学の使命・役割は前述のように多岐にわたるものであり、産学官連携や知的財産管理はその一局面に過ぎないことは銘記されなければならない。
しかしながら、同時代的・社会的な存在としての自己を強く認識し、社会に積極的に貢献するとともに、教育・研究上の刺激を不断に得ようと考える大学であれば、産学官連携や知的財産管理に正面から取り組むことが有効である。このような一群の大学は、総じて、高い研究ポテンシャルを背景に外部からの研究資金を豊富に獲得しながら、人材も活発に流動し、大学経営に外部者が参画する程度も相対的に高いといった傾向を持つことが予想される。
このような大学の存立を恒常的に支え、我が国経済の活性化に資する産学官連携活動は、時どきの経済情勢・景気動向にかかわりなく、恒常的に推進されなければならない。例えば、大学発ベンチャーの創出は、一時的なブームとしてではなく、絶えざる新陳代謝を通じて初めて、新産業創出や雇用拡大につながり得る。また、地方大学、特に国公立大学にあっては、その役割にかんがみて、地域の中小企業等との連携による共同研究や技術相談・コンサルティング等に力を発揮することが強く期待される。

(3)産業界に期待される事項

産学官連携は「産」「学」「官(公)」の各セクター間の双方向的な「対話」であり、今後各セクター間で継続的に協力関係を築いていくためには、大学等が産業界側の要望や意見に真摯に耳を傾けながら自らの改革を推進すると同時に、大学等から産業界へ期待する事項について積極的に発信していくことも必要である。
我が国の企業の国際競争力向上のためには、ブレークスルー実現のためのパートナーあるいは研究開発や人材育成の委託先として、企業が我が国の大学等を育て、自主性を尊重しつつ、その能力を最大限に活かすという姿勢が必要不可欠である。日本の大学等と連携し、これを支援することは、大学等の研究水準の向上を通じて、また、それに伴い(特に大学においては)優れた学生が育てられることとなり、優れた研究成果のみならず人材育成の強化を通じて、中・長期的な観点から企業が総体として二重の利益を受けることになろう。我が国の企業は、自前主義の限界を強く認識し、企業外の知的資源の価値を十分に評価すべきである。
そのためには、企業側においても、従来型の契約によらない形の産学官連携からルールにのっとった組織的連携への転換を積極的に図り、産学官連携による利益を大学へ適切に還元していく姿勢が求められている。特に、知的財産の管理・活用に関しては、各企業は横並び意識を排しつつ、市場原理・競争に根ざした目利き機能を適切に発揮し、国際的視野に立った活用を図るなど、大学等にとって心強いパートナーとしての役割を果たすことが期待される。
また、産業界から国内外の研究機関等への研究開発支出の現状を見ると、我が国の企業は社外の研究開発組織への投資額の実に3分の2以上を海外の大学等に振り向けている。一方で、我が国の大学の中には、海外に産学官連携拠点(事務所等)を置く例が出始めている。こうした中、研究開発費の流出による「知の空洞化」を防止する観点から、平成15年度税制改正において、産学官連携の共同研究・委託研究に係る税額控除制度が創設された。これは、企業が国内の大学等や国立試験研究機関、特定独立行政法人等との共同研究や委託研究について投じる試験研究費の総額に係る税額控除率を他の場合よりもかさ上げ(10~12%→15%。うち2%は3年間の時限措置。)するものである。企業側がこの制度を積極的に活用することが期待される。
各企業においては、産学官連携を自社の経営方針の中に明確に位置づけるとともに、外部経営資源としての大学を適切に評価する努力を積極的に行い、国内の大学等の活動公開・評価の進展や産学官連携の制度改善・ルールの整備に応じて、産学官連携活動への積極的参加が期待される。その際、例えば、企業と大学との共有特許に関して大学やTLOへの還元など大学の特性に配慮した連携のあり方への理解を前提として、寄附金等を活用した大学等への寄附講座の設置、オン・キャンパス又はオフキャンパスでの産学官共同施設の整備等財政的支援や、企業と大学との連携大学院の設置促進、大学等への経営人材・専門家等の派遣、教育プログラムの産学共同開発への協力、インターンシップの受入れ等が求められる。
また、「学」「官」との人事交流を促進する観点から、これらのセクターからの研究者の積極的な受入れに努めるとともに、年功序列型の給与制度の改善や年俸制度の導入、退職金の算定方法の見直し、年金のポータビリティ確保といった我が国の雇用慣行の改善の工夫も求められる。
より広い意味での大学に対する理解と支援という観点からは、早期の就職活動がもたらす教育上の弊害について企業と大学が協調して適切な対応策を講じることが不可欠である。また、企業における博士課程修了者の積極的な採用や博士課程でのインターンシップの受入れ、期限付きポスドクの採用等に努めるべきである。さらに、例えば技術系人材のライフステージを全体としてとらえ、工学部教育・MOT教育・博士後期課程教育と企業内での管理職への登用や転職、あるいは起業等との有機的結合を視野に入れたキャリアパスの開発など、人材養成に関して産学が連携する場を設け、実践的な取組を推進することが必要である。
さらに、地域の産業関連団体等により、中小企業群による大学等への支援グループを形成するほか、企業側の産学官連携窓口の明確化を図るなど、産学官連携の機会づくりへの協力体制の整備が必要である。

用語説明

7なお、公立大学についても、独立の法人格を有する公立大学法人制度の創設が検討されており、今国会に地方独立行政法人法案が提出されたところである。
8現行制度上学校法人(すなわち私立大学)からはベンチャー企業への直接出資が可能である。国立大学法人については、現在国会審議中の国立大学法人法案では、TLO等の株式取得は可能だが、ベンチャー企業の株式取得は認められていない。したがって、国立大学については、TLOを介してベンチャー企業に出資する、あるいはベンチャーの新株予約権を取得して(権利行使をせず)予約権のままで他者に譲渡する等によって、エクイティを活用したベンチャーへの技術移転を行うことが考えられる。
9「大学の質の保証に係る新たなシステムの構築について」(平成14年8月5日中央教育審議会答申)第3章参照。
10大学・企業等での研究成果を事業化するにあたっての、実用化研究開発や経営のための資金調達等の問題。
111.産学官連携の意義 「知」の時代における大学等と社会の発展のための産学官連携 (3)大学等から見た産学官連携の意義 参照
12このような方針を採る大学は、大学の役割の公共性に鑑みて、国公私立を問わず、納税者に対する説明責任の観点から、後述(6.外部連携活動のルール化と「知」の自律 参照)の利益相反に関する取組を十分に行うことが必要となろう。

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