2010年3月5日 学術研究の大型PJに関する作業部会
柘植綾夫(芝浦工業大学学長)
Q1.我が国の大学・大学共同利用機関を中心とする学術研究に対する現状認識について(海外との比較等との観点から)
A1. 日本学術会議日本の展望委員会が平成21年11月26日に公表した「第4期科学技術基本計画への提言」(文献1)、及び日本工学アカデミーが平成21年11月19日に公表した「21世紀日本新生に貢献する科学技術政策の提言」
(文献2)を参考資料にしてもらいたい。
前者は学術の視点から認識科学の育成にとどまらず、設計科学の育成の大切さと両科学の相互作用の重要性の視座に立って、教育と研究と社会への貢献(イノベーション)の三位一体的視座からの大学・大学共同利用機関のミッションと、それを支える行政のなすべきことを提言している。
後者は、工学的視点からの「社会のための科学」の実践、ひいては「持続可能なイノベーション創出能力の強化」に向けた学術のミッションと行政のなすべきことを提言している。
我が国の学術研究は、この二つの提言に共通する「基礎研究とイノベーション創出目的研究の両輪的振興の推進」(文献1、2‐3‐5節)において、世界の潮流に遅れていると言わざるを得ない。欧米においては、学術と基礎研究の多様性を保ちながらも、イノベーション創出に向けた競争原理も両輪的に確保されており、その結果、学術界にとどまらず産業・行政界にてもリーダーとして活躍する博士課程修了人材の輩出のメカニズムも活き活きと機能している。
この視点に立った日本における強化策として「それぞれの研究資金枠とその審査基準を明確化・適性化した上で、それぞれのファンディング・レベルを政策的に適切に取り仕切るポートフォーリオ的な推進方策を検討すべき。
同時に、基礎研究による新たな知の創造と、応用研究による社会経済的価値の創造との間の不連続的かつ不確実な結合メカニズムも考慮したイノベーション誘導政策の強化も重要である」(文献1、2‐3‐5節)
一方、科学技術駆動型のイノベーション創出人材の育成面においても、我が国の学術研究は海外と比較してその視座と貢献が希薄であり、学術界は教育と研究と社会への貢献(イノベーション)の三位一体的な推進文化の構築に向けた努力を強化する必要があり、これに対する行政の支援も強化せねば世界の潮流にますます遅れる。(文献2)
Q2.我が国における学術研究の大型PJの推進についてどのように考えるか。
A2.旧国立大学等が支えていた学術研究大型PJの企画と実行推進機能が、国立大学の法人化に伴う「法人事業経営の原理」によって壊されたにも関わらず、国策として別な制度設計がなされていない。科学技術行政がそれを看過していることも国策上重大な欠陥。
特に、以前からの潜在的制度設計上の欠点である、「新設備建設投資枠と設備運営保全投資枠とが別な責任と予算枠に分かれている」ことは、「法人事業経営原理優先」の現制度において益々その国家的欠陥を顕在化させている。
国が支えるべき学術研究大型プロジェクトは、学術界のリードによる透明性を持った企画と優先度付け意思決定に基づく「ゆりかごから墓場まで」的な視座で長期計画を立て、設備建設からミッション終了までの長期的予算枠を行政は確保すべきである。
第4期科学技術基本計画への日本学術会議の提言においても、「大型研究の推進と基盤的研究との調和を生む公正な仕組みを構築するとともに、大型プロジェクト・マネージャーの計画的育成など、計画支援の充実を図る必要がある。並行して大学等が必要としている中小規模の基盤的機器も、計画的に設置を進める方針を確立すべきである。また、既存施設の修繕・改良費枠を設定することは、研究費の効果的使用の面からも重要である。」(文献1、2‐3‐6節)と提言をしており、科学技術行政はこれを制度設計に具体化するべきである。
Q3.産業界の立場から大型PJの推進についてどのように考えるか。我が国の国際競争力を高める観点からの大型PJの推進について、どのように考えるか?
A3.1.エネルギー・環境分野、宇宙開発・利用分野、健康・先進医療開発分野等の国家基幹技術的な出口指向の大型PJは、政治・行政・産業リードのトップダウン的な意思決定プロセスで企画・推進がなされ、大学等の教育研究法人は得意分野でそれに参加することが望ましい。その参加は、高等教育の実質化にも貢献する「活きた金」となる大学院生の育成に向けた制度設計の改革が必要。
2.一方、巨大科学分野については学術界が透明性と説明責任を持ってボトムアップ的に行政に対して長期計画とロードマップを提示する機能も含めた学術界としての自主性、自律性が必要である。学術的に高度かつ複雑になった巨大科学分野においては、科学技術行政にその機能は求めては国際競争の視点からも遅れをとると危惧する。
3.1.項と2.項の大型PJの価値の評価基準が自ずと相違することを考えると、国の科学・技術関連投資枠においても「大型科学技術PJ投資枠(国家基幹技術)」と「大型基礎科学PJ投資枠(大型学術研究PJ)との別な予算枠を決めることが必要。
国家の科学・技術関連投資総額をGDPの1%を目標とする方向の第4期科学技術基本計画において、この二つのPJ投資枠を、世界の先進国の趨勢に照らして数値目標を決めるべきである。そのための調査を至急することを提案する。
尚、「どのようにして、いずれのPJに振り分けるのか?」の議論が出るであろうが、それは「提案する個人・組織が自ら旗幟鮮明にして、そのPJ枠内で競争する」ことが良い。
4.「大型基礎科学PJ投資枠(大型学術研究PJ)の学術界における企画提案と決定は新生日本学術会議の機能に期待したい。それは、新生日本学術会議の社会から負託された使命である。
尚、旧日本学術会議ではその機能は実現不可能であったが、新生日本学術会議は、そのミッションに対して「日本の科学者コミュニティを代表する唯一の機関である日本学術会議は全力を尽くす」(文献1、p18)との意思表明をしていることを付言する。
Q4.今後、産業界が期待する大型PJの候補について
A4.先ずはQ3,A3の実現への枠組みと実行への確かな制度設計、予算枠取りを願う。
大型基礎科学PJへの投資(大型学術研究PJ)内容は学術界に負託したい。
産業界はそれを様々な面から支援するべき。
一方、産業界は社会・経済的価値創造(イノベーション)の視座に立った「大型科学技術PJ投資(国家基幹技術)」の投資効果の最大化に参画と責任を持つべき。特に、第3期科学技術基本計画における国家基幹技術に対する大型投資は、その後の地球環境とエネルギー・経済問題の急激な進展に照らしても加速する必要性はあるものの、大枠は持続・継続すべきと考える。
尚、「大型科学技術PJ投資」の際には、細分化した学術体系における学術競争においては育ちにくい、「巨大複雑系システムの創成力とその人材育成」の視座に立った教育と研究が大学においても並行して行われるよう、特別の配慮が必要である。(文献3)
又、第1期から第3期科学技術基本計画までの10数年にわたる40兆円にも上る基礎研究投資と応用研究投資の結果を評価し、社会・経済的価値の創造(イノベーション)に結びつく可能性が高まった成果の見える化を行い、それに対する「大型科学技術PJ投資」も第4期科学技術基本計画策定に求められる。
但し、省庁に跨る投資を今までの行政の縦割り体質のままで継続すると、投資効果は低くなる。次代の人材育成も視座に入れて、教育(人材育成)と研究開発(技術革新)と社会・経済的価値創造(イノベーション)を三位一体的に推進する司令塔機能の構築が喫緊の課題である。
制度設計中の国家戦略本部に、現在の「総合科学技術会議」を発展改組して「科学技術・イノベーション・教育推進会議」を、内閣総理大臣を議長として設けること提言する。(文献2、第4.章1項、p21)
以上
高橋、中村、谷村
電話番号:03-5253-4111(内線4295)、03-6734-4169(直通)
-- 登録:平成22年04月 --