提言 巨大複雑系社会経済システムの創成力強化に向けて

平成20年(2008年)6月26日
日本学術会議
総合工学委員会
巨大複雑系社会経済システムの創成力を考える分科会

 この提言は、日本学術会議総合工学委員会巨大複雑系社会経済システムの創成力を考える分科会の審議結果を取りまとめ公表するものである。

 日本学術会議総合工学委員会 巨大複雑系社会経済システムの創成力を考える分科会

委員長 柘植 綾夫 (第三部会員) 芝浦工業大学学長
副委員長 大和 裕幸 (連携会員) 東京大学大学院新領域創成科学研究科
副研究科長・教授
幹事 吉村 忍 (連携会員) 東京大学大学院工学系研究科教授
  後藤 俊夫(第三部会員) 中部大学副学長
  鈴木 篤之 (第三部会員) 内閣府原子力安全委員会委員長
  新井 民夫(連携会員) 東京大学大学院工学系研究科教授
  井口 雅一 (連携会員) 東京大学名誉教授
  井上孝太郎 (連携会員) 独立行政法人科学技術振興機構上席フェロー
  上田 完次 (連携会員) 東京大学人工物工学研究センター教授
  木村 逸郎 (連携会員) 株式会社原子力安全システム研究所
技術システム研究所長 
  久保田弘敏(連携会員) 帝京大学理工学部教授
  久米 均 (連携会員) 東京大学名誉教授
  関村 直人 (連携会員) 東京大学大学院工学系研究科教授
  藤井 孝蔵 (連携会員) 独立行政法人宇宙航空研究開発機構情報・計算工学センター長・教授
  松本洋一郎 (連携会員) 東京大学大学院工学系研究科教授

要旨

1 作成の背景

 科学技術の成果が社会に浸透し、相互の連関構造がますます複雑化、巨大化する21世紀において、工学は「ターゲットの拡散」、「スコープの拡散」および「ディシプリンの拡散」という3つの拡散現象の潮流に直面している。一方社会経済的視点では、我が国は、これまで自動車、電気・機械などの工業製品に代表されるように、人工物の創成に関して高品質、高信頼性などの面で世界的な優位性を保ってきた。
しかし、確実に予測される労働力人口の減少、エネルギー・環境、資源問題等に起因する国際産業競争力の低下問題という状況の下で、人工物創成力に関する我が国の優位性を維持、発展させるためには、21 世紀の社会と世界の求める高付加価値人工物の創成力を分析し、その一層の強化を図ることが求められている。
 インターネットに代表される人工物ネットワーク、原子力システムや宇宙システムなどの巨大人工システムは、空間的ないし物理的ないし社会的広がりが巨大であり、その中に内包される多数の要素の相互関係が複雑であり、かつ、その性能と信頼性は社会や経済に多大な影響を与える。このようなシステムを巨大複雑系社会経済システムと定義する。ここに、社会経済システムと呼ぶ理由は、このようなシステムは、経済的活動を通した社会システムとして我々に作用するからである。
 第3期科学技術基本計画等、国を挙げた科学技術創造活動の成果を、真の社会経済価値創造に結実させ、もって社会へ還元させるためには、巨大複雑系社会経済システムの創成力の強化を図ることが求められる。
 本報告においては、巨大複雑系社会経済システムの本質的特性を抽出するとともに、その創成力を強化するための方策について提言する。

2 現状及び問題点

 人工物ネットワーク、原子力システム、宇宙システムなどは、これまで個別独立した人工システムとして理解され、それぞれの構想、設計、製作、運用・管理問題が扱われてきた。また、これらのシステムが生み出す技術的、社会経済的課題の解決にあたっても、それぞれ個別独立に解決方法が模索されてきた。しかし、これらをともに巨大複雑系社会経済システムとして捉え、その共通特性を理解することこそが、これらのシステムが持つ社会経済的使命の重大性と、その確かな創成力を考える際の第一ステップである。
 人工システムは、それを取り囲む環境とその目的という視点から、次の三つのクラスに分類し捉えることができる。

■クラス1: 完全情報問題

目的および環境に関する情報が観測者にとって既知であり、問題を完全に記述できる。このクラスの問題では、最適解探索が中心課題となる。

■クラス2: 不完全環境情報問題

目的に関する情報は既知であるが、環境に関する情報が観測者には予測できず、問題を完全に記述できない。このクラスの問題では、環境の変化に応じて適応的解探索が中心課題となる。

■クラス3: 不完全目的情報問題

環境ばかりでなく、目的に関する情報も観測者には予測できず、問題を完全に記述できない。このクラスの問題では、目的も同時に定めていく必要がある共創的解探索が中心課題となる。

 巨大複雑系社会経済システムは、クラス2あるいはクラス3としての特性を有する。ただし、システム創成の初期段階から、クラス2ないしクラス3としての特性を持つインターネットのようなシステムもあれば、設計当初あるいは運用当初はクラス1のシステムとして構想され、設計・運用されたにもかかわらず、後天的にクラス2あるいはクラス3としての特性を帯びる原子力システムや宇宙システムのようなシステムもある。このような特性を有するシステムを創成し、その社会経済的使命を果たすには、その特徴を十分に斟酌した創成力が必須である。

3 提言の内容

 社会経済的使命を果たすシステム創成力としては、巨大複雑系社会経済システムの構成要素を正確に分析し理解するための、いくつかの深い専門能力(アナリシス力)と同時に、システム全体を俯瞰する力(俯瞰力)、その上でシンセシスや共創を実現するための力(シンセシス力や共創力)を必要とする。
 巨大複雑系社会経済システムの創成力を強化するための施策は、行政、科学者コミュニティー、大学、社会(産業界)の各セクターがそれぞれの役割を果たしながら協調して進める必要がある。そこで、主に人材育成と制度設計の観点から各セクターに対して以下の提言を行う。

(1) 行政、科学者コミュニティー、大学、社会と産業界が揃ってなすべきこと

 「社会のための科学技術」の視点から、本問題の国民的認識を深化させる活動を行うと共に、創成力を構成する要素のうち「俯瞰力、シンセシス力、共創力」の評価基準の開発を行い、関連する研究及び人材育成プログラムの妥当な評価に向けて共有化すること。

(2) 行政がなすべきこと

 創成力強化のための人材育成および制度設計という観点から、巨大複雑系社会経済システムを対象とした認識科学と設計科学の連携を可能とする産学官連携の俯瞰型人材育成プログラムを設定し、組織・分野を超えた行動を促すこと。
 巨大複雑系社会経済システムを扱う国家プロジェクトに参加する専門家には、システム全体に対する俯瞰力を有することを求め、その上で、狭くても深いアナリシスの専門家と、シンセシス力や共創力を持ったシステム専門家の両方をバランス良く存在させ、プロジェクト遂行に務めること。
 また、(1)において得られる「俯瞰力、シンセシス力、共創力」の評価基準をもとに、関連する研究プロジェクトの採択を促すこと。

(3) 科学者コミュニティーがなすべきこと

 巨大複雑系社会経済システムの共通特性や創成力、制度設計、人材育成プログラム、研究プロジェクトなどについて継続的に広く深く議論するための、認識科学と設計科学の連携を促すコミュニティーを構築すること。
 また、各個別専門分野で教育された人材を、既存分野に囲い込むことなく、上記の俯瞰型人材育成プログラムに送り込み、人材育成に取り組むこと。

(4) 大学がなすべきこと

 従来の学部・専攻・学科の枠を超えて、巨大複雑系社会経済システムの創成力の育成を主眼とする教育プログラムを立ち上げ、行政や社会(産業界)とも積極的に連携して、人材育成に努めること。

(5) 社会と産業界がなすべきこと

 社会と産業界は、上記の教育を受けた人材を積極的に雇用し、処遇すること。
また、大学および研究型独立行政法人と積極的に連携して、そうした人材育成プログラムに参加・貢献すること。併せて、本提言に沿って行われる諸研究と開発の成果を、自らが作り出す巨大複雑系社会経済システムの創成力強化に活用するとともに、そのプロセスに上記の大学と連携した人材育成プログラムも組み入れること。

 なお、巨大複雑系社会経済システムは国際的にも広がっているので、上記の人材育成においては、国際的な視点からの創成力育成が必要不可欠であり、国際的な環境での創成力強化に向けた人材育成プログラム設定が望まれる。
 また、このような人材養成は、博士課程だけでは速成は出来ないので、博士課程前期課程、博士課程後期課程、ポスドクの過程、さらには社会と産業界に出てからのキャリアをも含めた、産学連携プログラム設定が望まれる。 以上

目次

1 はじめに
2 巨大複雑系社会経済システムの特徴
 (1) 巨大複雑系社会経済システムとは
 (2) 巨大複雑系社会経済システムの特性比較
 (3) 人工システムのクラス分類
 (4) クラス2,3としての巨大複雑系社会経済システム
3 巨大複雑系社会経済システムの創成に関する方法論
4 社会・経済的価値と創成力
5 巨大複雑系社会経済システムの創成力の構成要素
6 巨大複雑系社会経済システムの創成力と評価基準
7 巨大複雑系社会経済システムの創成力の強化に向けた提言
添付資料:巨大複雑系社会経済システムの特性比較例
<用語の説明>
<参考文献>
<参考資料>

1 はじめに

 科学技術の成果が社会に浸透し、相互の連関構造がますます複雑化、巨大化する21 世紀において、工学は「ターゲットの拡散」、「スコープの拡散」および「ディシプリンの拡散」という3つの拡散現象の潮流に直面している。

ターゲットの拡散:

 従来は構築物や工業製品などの物象的人工物の設計と製造技術を専ら対象としてきた工学が、ソフトウェア、ヒューマンウェア、マネジメント、ロジスティックス、サービス、社会制度などの抽象的人工物の設計と実装にも関与するようになってきた。また、物象的人工物にも多様なソフトウェアやセンサーが組み込まれ、それらが他の人工物群や環境とネットワーク化されるなど、物象的人工物と抽象的人工物の融合も進んでいる。

スコープの拡散:

 人工物の大規模化、複雑化が進むにつれて、ミクロで局所的な相互作用からマクロで大局的な相互作用までを連続的に考慮することや、設計と製造だけではなく企画、維持管理、廃棄、再利用といった人工物のライフサイクルを扱う必要が生じてきた。

ディシプリンの拡散:

 科学技術の社会全体への影響が大きくなり、また抽象的人工物の設計と実装に関与するにつれて、従来の自然科学系、数理科学系の限定された知識や視点だけでは問題解決が困難になり、分野横断的および、分野特有の知識、視点、方法論が幅広く要求されるようになってきた。

 一方、我が国の産業構造も従来の物象的人工物を対象とした「モノ造り」から、ハード・ソフト・サービスを包含した「知識創造型産業」や「高付加価値創造型ものづくり産業」へと変化を始めている。このような社会と産業構造の変化に対して、従来の物象的人工物の分類に基づいて組織化、体系化された伝統工学の枠組みだけでは、社会の要請に応えていくことが困難になりつつある。
 一例を挙げよう。多くの人工物は本来人間の意図のもとに社会や人間に果実をもたらすべく設計され製造されたはずであるが、しばしば予期せぬ複雑な振る舞いを示し、ときには大きなリスクをもたらす。昨今の複雑に利害関係者が入り組んだ高度情報化社会を見れば思い至るように、そもそもすべての人工物を意図通りに創れるかということも、おそらく自明とは言えない。このように観測や制御が困難となる人工物は往々にして巨大複雑系という特徴を有し、さらに社会や経済に大きな影響を及ぼす。その影響は本質的に相反する二方向に向う。一方では、低炭素社会創造に必須の原子力発電システムのように“創造”という新しい果実をもたらすが、他方ではチェルノブイル原発の事例のような“暴走”というリスクを招く。このような巨大複雑系という特徴を有する人工システムと社会経済が相互作用するシステムを、ここでは巨大複雑系社会経済システムと呼ぶことにする。
 我が国は、これまで自動車、電気・機械などの工業製品に代表されるように人工物の創成に関して高品質、高信頼性などの視点から世界的な優位性を保ってきた。
しかし、現在急速に進みつつある人口減少、環境問題の広がり、国際産業競争力の低下という状況の中で、人工物創成力に関する我が国の優位性を維持、発展させるためにも、21 世紀の社会と世界の求める高付加価値人工物の創成力を分析し、その一層の強化を図ることが求められている。国を挙げた科学技術創造活動の成果を真の社会経済システムに具現化し、社会的使命を果たすとともに、さらには我が国の産業競争力優位性を高めるためにも、巨大複雑系社会経済システムの創成力の強化を図ることが重要である。
 本報告においては、物象的人工物であるか抽象的人工物であるかを問わず、巨大複雑系社会経済システムを対象として、その本質的特性を抽出するとともに、巨大複雑系社会経済システムの創成力を強化するための方策について提言する。 

2 巨大複雑系社会経済システムの特徴

(1) 巨大複雑系社会経済システムとは

 はじめに巨大複雑系社会経済システムとは何かを考えてみよう。これは、空間的あるいは物理的あるいは社会的広がりが巨大であり、その中に内包される多数の要素の相互関係が複雑であり、かつ社会や経済に多大な影響を与えるシステムと定義する。この定義では、もともと自然システムである地球システムも巨大複雑系社会経済システムの一つと言える。そこで、ここではさらに、人間が作り出す人工システムが主たる構成要素となるシステムに限定し、巨大複雑系社会経済システムと定義する。ここに、社会経済システムと呼ぶ理由は、このようなシステムは、経済的活動を通した社会システムとして我々に作用するからである。巨大複雑系社会経済システムは、システムの巨大さ、複雑さ、社会経済との関係によって、いくつかの種類がある。第一は人工システムが単体として大規模複雑系であるもので、宇宙システムがこれにあたる。第二は単体として大規模であっても構造は複雑とは限らないが、社会経済と複雑に相互作用するので、巨大複雑系社会経済システムと考えるべきシステムである。原子力システムなどがこれにあたる。さらに、単体として規模は大きくないものの、人間の介在により結合されて巨大なネットワークを構成し、その間の関係性が複雑となり、社会経済システムに埋め込まれた人工システムがある。例としてはインターネットのような人工物ネットワークがあげられる。
 これらの巨大複雑系社会経済システムは、これまで個別独立したものとして理解され、それぞれの構想、設計、製作、運用・管理問題が扱われてきた。また、これらのシステムが生み出す技術的、社会経済的課題の解決にあたっても、それぞれ個別独立に解決方法が模索されてきた。たとえば、原子力システムと宇宙システムは、多数の要素技術を総合化することが要請される総合工学の典型例であり、その研究開発に巨額の資金が必要であり、国家プロジェクトとして位置づけられているという表層的な共通項は認識されている。しかし、それ以上に両者の本質的な共通特性が議論されることはなかった。また、誰が明確な設計者・意思決定者であるかという認識もないまま自律的に成長を続けるインターネットなどの人工物ネットワークについて、原子力システムや宇宙システムとの共通特性が議論されることも全くなかった。しかしながら、それらをともに巨大複雑系社会経済システムとして捉え直し、その共通特性を理解することこそが、その創成力を考える際にまず踏むべき必要なステップと考える。

(2) 巨大複雑系社会経済システムの特性比較

 そこで、原子力システム、宇宙システム、人工物ネットワークを選定し、さらに比較のために、社会経済的な影響が大きい金融システム、不特定多数のユーザが係る携帯電話システムをとりあげ、以上の5システムのケーススタディーを通して、巨大複雑系社会経済システムの共通特性分析を行った。具体的には、次の1.から5.項の5大特性項目、およびそれぞれの小項目を抽出し、それらをもとに分析を行った。

1.システムの特性

(1) 社会的影響力の内容・大きさ
(2) 安全性・信頼性・頑健性の内容・程度
(3) 広範複合領域の程度
(4) 開発期間のオーダー・システム寿命
(5) 開発(運用)期間中の社会的変動との関係
(6) 技術の波及性の内容・程度
(7) システムの副作用
(8) オープンシステム(※1)/クローズドシステム(※1)
(9) トップダウン型システム1/ボトムアップ型システム(※1)
(10) System of Systems Engineering1としての特性

2.技術的特性

(1) 要素技術レベル
(2) システム技術レベル
(3) 可観測性の程度
(4) 可制御性の程度
(5) 非線形性・多目的性
(6) 人間系の関与の内容・程度

3.社会的価値の特性

(1) 近未来の産業的社会的価値
(2) 50 年後の産業的社会的価値
(3) 持続性社会の構築
(4) 設計の方式

4.人材育成・教育の特性

(1) 有効人材種類
(2) 有効人材育成法
(3) システムへの社会的関心(若者の関心)
(4) 専門職・技能者育成体制

5.セクターの役割・課題の特性

(1) 行政
(2) 民間(社会・産業界)
(3) 大学


※1 文末の用語集を参照のこと。

 この分析作業の結果得られたシステムの特性比較を、以下の考察への理解に資することを目的として、特徴的な部分を本提言の末尾に添付する。
 これらの5つのシステムの特性分析を通して、巨大複雑系社会経済システムについて次のような共通特性が明らかとなってきた。
 第一の特徴は、巨大複雑系社会経済システムにおいては、ある特定のシステムに着目しても、設計・開発段階や利用・普及段階、あるいはシステム創成の初期段階や発展段階によって、システムの主な特性が大きく変動するという点である。たとえば、原子力システムは、設計・開発段階ではシステムの設置者と規制側がトップダウン的に、しかも限られた専門家のみが関わりクローズドな状況で設計される。しかし、利用・普及段階では、様々な不特定多数の人間(ユーザであったり、地域住民であったり、保守点検にあたる検査官や作業員など)が係ることになることから、ボトムアップ的でオープンなシステムとしての特性が顕著になってくる。
 宇宙システムにおいても、衛星は事業者のトップダウン的かつクローズドなシステムとして設計・開発・運用されるものの、通信など社会への展開を考えるとボトムアップ的でオープンなシステムとなってくる。また、最近、各大学においてマイクロ衛星の設計・打ち上げ・運用を通した宇宙工学リテラシー教育も盛んであるが、これらはボトムアップかつオープンな人材養成の取り組みと言える。一方、携帯電話については、個々の機器を設計するプロセスはトップダウン的であるが、それがマーケットの中で利用され、そこで出される要望が設計・運用側にフィードバックされながら次第に成長するプロセスはボトムアップ的である。
 さらに技術の普及が進むと技術の標準化の機運が生じ、これはトップダウン的に進められる。すなわちボトムアップ的行為とトップダウン的行為が相互作用しながら、さらにシステムが成長する。
 第二の特徴は、巨大複雑系社会経済システムにおいては、さまざまなフェーズにおいて人間系が深く関与し、その関与の仕方がそのシステムの特徴付けに重要な役割を果たしているという点である。たとえば、少数の専門家が構想や設計に関連する場合から、多様な専門的バックグラウンドを有する専門職員や技術者、作業員が製作、運用・管理に関連する場合や不特定多数の一般ユーザがマーケットを介して関連する場合まで幅広い。また、社会や人間系との関係においてそのシステムの価値が決まってくる。したがって、人文社会系との相互作用の理解なしに、巨大複雑系社会経済システムの本質を理解することはできない。

(3) 人工システムのクラス分類

 (2)で述べた特性分析によって、巨大複雑系社会経済システムの共通特性が見えてきたが、さらに分析を進め、人工システムの特徴を、それを取り囲む環境とそのシステムの目的という視点から、次の三つのクラスに分類し捉えることとする。

■クラス1: 完全情報問題

目的および環境に関する情報が観測者にとって既知であり、問題を完全に記述できる。このクラスの問題では、最適解探索が中心課題となる。工場のスケジューリング問題はこの範疇になると考える。

■クラス2: 不完全環境情報問題

目的に関する情報は既知であるが、環境に関する情報が観測者には予測できず、問題を完全に記述できない。このクラスの問題では、環境の変化に応じて適応的解探索が中心課題となる。原子力発電システムの耐震性能問題はこの範疇になると考える。

■クラス3: 不完全目的情報問題

環境ばかりでなく、目的に関する情報も観測者には予測できず、問題を完全に記述できない。このクラスの問題では、目的も同時に定めていく必要がある共創(※2)的解探索が中心課題となる。インターネットはこの範疇になると考える。

 なお、原理的には、クラス2 の変異体として、環境に関する情報は既知であるが、目的に関する情報が観測者には予測できないクラス2'を考えることもできる。しかし、目的は環境に依存する部分も多く、環境の情報が既知であることによって、目的の予測がかなり容易になると考えられることと、クラス2'はクラス3に包含されることから、ここでは分類対象としては特に取り上げることはしない。
 クラス1は、環境と目的に対してクローズドなシステム、クラス2は、環境に対してオープンなシステム、クラス3 は目的(設計や管理の行動主体)に対してもオープンなシステムといえる。

(4) クラス2,3としての巨大複雑系社会経済システム

 巨大複雑系社会経済システムにおいては、人工システムを社会(環境)や人間(目的)から孤立した系として扱うことはできず、本質的にクラス2ないしクラス3のシステムとならざるを得ない。また、たとえ設計時にはクラス1の人工システムとしてクローズドな環境でトップダウン的に設計されたとしても、利用され、普及することによって、後天的にクラス2ないしクラス3としての特性を帯びるようになる。クラス2あるいはクラス3としての特性を有するシステムを、クラス1であるかのように認識し取り扱うときに様々な齟齬が発生する。
 したがって、個々の巨大複雑系社会経済システムの表層の特性に惑わされることなく、クラス2ないしクラス3 としてのシステムの本質的な特性を理解した上で、そのようなシステムを構想、設計、製作、管理・運用するための創成力を磨くことが肝要である。


※2 文末の用語集を参照のこと。

3 巨大複雑系社会経済システムの創成に関する方法論

 システムの環境の情報を完全に捉えることが困難であったり、システムの目的が不確定となるようなクラス2ないしクラス3の特性を有する巨大複雑系社会経済システムに対して、完全情報を前提として最適解を探るというクラス1のシステム創成のアプローチには自ずと限界がある。
 “設計“を中心とする工学の本質は、部分知から全体としての構造を見出すことにあり、アナリシスではなくシンセシス(※3)の行為にある。要求機能を発現する構造を決定するというシンセシスには、部分から全体の構成という捉え方が重要となる。既存の全体から部分知を切り出すアナリシスと部分知から新規の全体を構成するシンセシスには本質的非対称性があるという吉川[1]の主張は、このことを意味する。前者を認識科学、後者を設計科学という言い方も可能である[2]。
 人工システムはそれ自体では実は機能を発現せず、環境との相互作用のもとで発現する。これに関して、サイモン[3]は、外部環境へ適合する内部環境の設計問題を、人工物の科学の本質であるとし、ありうる多数のプロセスの選択肢から最適なものを選定する問題であるとした。ところが、人工システムが作動する環境について、設計者があらかじめ完全に知ってから人工システムの構造を設計するかといえば、そのような場合はむしろ多くはない。環境は変動し、設計者はそれを知覚することも予測することもできず、また、設計者の目的さえも未確定の場合がある。また、人工システムの利用・普及過程において多くの不特定多数のユーザやニーズが関与することになり、環境や目的の不確定性・未知要因が増大する。このような場合、既知への適合ではなく未知への適応が本質的な課題となる。
 このようなクラス2,クラス3問題では、多かれ少なかれ“創発(※3)”が本質的にかかわることになる。創発に関する議論は、歴史的には、既存のものに還元できない質的に新しい構造や機能の生成に関連づけたり、全体は部分の総和以上のものであるという複雑性の本質にも関係づけて論じられてきている。創発の性質を取り入れた新たな設計論を創発的シンセシスと呼ぶことができる[4]。創発的シンセシスでは、「創発とは、要素間の局所的な相互作用により大域的挙動が現れ、その大域的挙動が要素の振る舞いを拘束するという双方向の動的プロセスを通して、新しい機能形成や形質,行動を示す構造的秩序が形成されること」とされる。創発的シンセシスは、巨大複雑系社会経済システムの創成を扱うための一つの有望な方法論である。


※3 文末の用語集を参照のこと。

4 社会・経済的価値と創成力

 巨大複雑系社会経済システムは、社会や経済に大きな影響を与えるシステムと定義したが、その影響は「価値」として評価される。価値についての議論は、形式論的には、絶対的・相対的価値、肯定的・否定的価値、客観的・主観的価値などに分類され、意味論的には、経済的価値、論理的価値、倫理的価値、美的価値などとして論じられる。心の問題や民族的価値観などに言及すれば、議論はなおさら簡単ではない。しかし、価値を、新物質の発見などのように、自然界に潜んでおり、それを秘匿することに価値があるという捉え方に拘泥しないとすれば、人工物の創出行為に密接に関連して論じることができよう。
 機能性に優れた人工システム創出のために、工学、特に設計行為の意義がある。しかし機能性に優れた人工システムが、価値を生み出すとは限らないことが、より本質的な問題である。機能性に優れた製品が優れた価値を保証すると無条件に考えるのは、工学者や技術者が陥る楽観に過ぎない。人工システムは、環境(自然、社会)と人の構成する舞台にプレーヤーとして登場することによって、価値を生み出す。環境で作動し、市場で交換され、人に使用されなければ、単に人工的なモノでしかなく、価値を生み出さない。人工システムの価値とは社会経済的価値なのである。人工システムを人間や社会から切り離された孤立系として扱うことは、価値創成の観点からも、そもそも根拠がない。環境に開いたクラス2、及び、行動主体に開いたクラス3問題が重要なのは、巨大複雑系としての人工システムの不完全情報下でのリスク回避のためだけでなく、価値創成にとっても本質的だからである。

5 巨大複雑系社会経済システムの創成力の構成要素

 これまでの議論をまとめると次のようになろう。巨大複雑系社会経済システムは、空間的ないし物理的ないし社会的広がりが巨大であり、その中に内包される多数の要素の相互関係が複雑であり、かつ社会や経済に多大な影響を与えるシステムである。ここでは、人間が作り出す人工システムが主たる構成要素となるシステムに限定する。社会や経済への影響とは正ないし負の「価値」を有することを意味する。巨大複雑系社会経済システムは、人工システムの特性に基づくクラス分類にしたがえば、クラス2あるいはクラス3としての特性を有している。
 システム創成の初期段階から、クラス2ないしクラス3としての特性を持つシステムもあるが、設計当初あるいは運用当初はクラスIのシステムとして構想され、設計・運用されたにも拘わらず、様々な理由によって後天的にクラス2あるいはクラス3としての特性を帯びるようになるシステムがあることを認識することが重要である。クラス2のシステムは、システムを取り囲む環境に対してオープンな特性を有しており、環境に関する情報が予測できない。このクラスの問題では環境の変化に応じて適切な解を順次見つけていくという適応的解探索が中心課題となる。クラス3のシステムは、システムの目的に対してもオープンな特性を有しており、目的に関する情報も予測できない。このクラスの問題では、目的も同時に定めていく必要がある共創的解探索が中心課題となる。このようなシステムの特性付けには、人間の係り方が大きな影響を及ぼしており、意図せずに、不特定多数の様々な人間が関与するシステムとなっている。
 なお、ここで注意しなければならないことは、人工システムのクラス分類は自明ではなく、そのシステムをどのような視点から見るかによって変ってくる点である。
したがって、ある人工システムが「どのクラスに分類され」、しかもそれは「どのような特性を有する故か」を、認識することが第一に求められる。
 以上のような特性を有するシステムを創成するには、その特徴を十分に斟酌した創成力が必須である。創成力には、構想力、設計力、製作力、管理・運用力がすべて含まれなければならない。
 第20期日本学術会議対外報告「提言:知の統合 ‐ 社会のための科学に向けて ‐」[2]では、認識科学と設計科学の連携の促進が、「社会のための科学」にとって重要であると提言された。その理由として、認識科学によって導出された知が、設計科学による人工物や制度・方策の案出を経て社会化されることに加えて、このような連携が新たな知を生む場合が少なくないことが述べられている。この対外報告では、具体的な対象は特定されていないが、本提言では、巨大複雑系社会経済システムに対しても、まず、これらシステムの「あるもの」や「存在」を探求する認識科学が必要であること、様々な事例の分析を通して、巨大複雑系社会経済システムの認識科学を深めていくことが必要であることを強調したい。
そのようにして導出された知に基づいて、巨大複雑系社会経済システムの「あるべきもの」や「当為」を探求する設計科学が必要となる。このとき、もはやクラス1のシステムに対する設計科学ではなく、クラス2やクラス3としての特性を勘案した上でのシンセシス力や共創力が、巨大複雑系社会経済システムの設計科学の本質となる。つまり、認識科学と設計科学の連携を、巨大複雑系社会経済システムに対してこそ強力に推進すべきであると言える。
 創成力強化の観点から言えば、システムの構成要素を正確に分析し理解するための、いくつかの深い専門能力(アナリシス力)と同時に、システム全体を俯瞰する力(俯瞰力)、その上でシンセシス(※4)や共創(※4)を実現するための力(シンセシス力や共創力)を必要とする。これまでの教育や人材育成は狭い専門分野におけるアナリシス力の深化、強化に精力が注がれてきた。
前出の第20期日本学術会議対外報告 [2]では、使命達成型科学研究のマネジメントにおける留意点として、「イノベーションを意図した使命達成型科学研究において、研究マネジメントを担う研究リーダーは、研究成果の産業化や社会化について広い知を結集し俯瞰的に動作すること」、と提言されている。本報告においては、改めて、巨大複雑系社会経済システムの創成力における、俯瞰力、シンセシス力、共創力の重要性を強調したい。
 なお、巨大複雑系社会経済システムの創成においては、個々の要素技術よりも、これらのシステムのシステムコンセプト、システムアーキテクチャ、ビジネスモデル、デファクトスタンダード、サービスデザイン、リスク管理手法、成長するシステム(※4)などの創成力がより中心課題として浮上してこよう。


※4 文末の用語集を参照のこと。

6 巨大複雑系社会経済システムの創成力と評価基準

 巨大複雑系社会経済システムの創成力の構成要素として、これらのシステムの存在を正確に分析し理解するための、いくつかの深い専門能力(アナリシス力)と同時に、システム全体を俯瞰する力(俯瞰力)、その上でシンセシスや共創を実現するための力(シンセシス力や共創力)を抽出した。創成力強化の提言に先立ち、アナリシス力と、俯瞰力、シンセシス力、共創力の評価上の課題に対して注意を喚起したい。
 最近の行政上の施策は、競争的研究資金に代表されるように、公募テーマを設定し、一般から多数の提案を応募させ、ある基準のもとに評価を行い、評価の最も高いものから順次提案を採用するという方式がとられる。このようなプロセスは、集まる提案すべてを同一基準で評価できる場合には、比較的公正で公平な仕組みということができるであろう。もし、応用分野が異なる提案を複数評価せねばならない場合には、あらかじめ応用分野ごとの採択枠を分けて設定し、それらの間の優先順位付けを行いながら、枠ごとに評価・採否決定を行うということがなされる。この場合にも、複数の応用分野の枠を設定できる限りは特に問題は起こらない。
 一方、同一応用分野において、たとえば「アナリシス力」強化を謳う提案と「俯瞰力」強化を謳う提案を比較するとなるとどのようなことが起こるであろうか。おそらく現在よく採用される評価基準は、この提案が「世界一かどうか」、「過去に例が無いかどうか」、「新規性はどうか」、「過去の成果(論文実績)はどうか」、「3年ないし5年後の成果はどうか」、「目標と成果は明確か、定量的かどうか」であり、このような評価基準に照らし合わせると、「アナリシス力」強化を謳う提案のほうが「俯瞰力」強化を謳う提案より圧倒的に有利となる。同様のことは、アナリシス力と、シンセシス力や共創力との比較においても起こる。これは、両者の評価基準が互いに異質なものであるにもかかわらず、それを「アナリシス力」評価の基準の上で評価し、公正公平であると思い込むという、従来の評価基準策定法の一つの大きな欠陥と言える。
次章で述べる様々な施策の実施にあたっては、同時に「俯瞰力やシンセシス力、共創力」の評価基準の開発・採用が求められる点に注意すべきである。

7 巨大複雑系社会経済システムの創成力の強化に向けた提言

 前章までの議論を踏まえた上で、巨大複雑系社会経済システムの創成力を強化するための施策の提言を行う。なお、このような施策を実施するにあたっては、行政、科学者コミュニティー、大学、及び社会と産業界の各セクターがそれぞれの役割を果たしながら協調して進める必要がある。そこで、主に人材育成と制度設計の観点から各セクターに対して以下の提言を行う。

(1) 行政、科学者コミュニティー、大学、社会・産業界が揃ってなすべきこと

 「社会のための科学技術」の視点から、本問題の国民的認識を深化させる活動を行うと共に、創成力を構成する要素のうち「俯瞰力、シンセシス力、共創力」の評価基準の開発を行い、関連する研究及び人材育成プログラムの妥当な評価に向けて共有化すること。

(2) 行政がなすべきこと

 創成力強化のための人材育成および制度設計という観点から、巨大複雑系社会経済システムを対象とした認識科学と設計科学の連携を可能とする産学官連携の俯瞰型人材育成プログラムを設定し、組織・分野を超えた行動を促すこと。
 巨大複雑系社会経済システムを扱う国家プロジェクトに参加する専門家には、システム全体に対する俯瞰力を有することを求め、その上で、狭くても深いアナリシスの専門家と、シンセシス力や共創力を持ったシステム専門家の両方をバランス良く存在させ、プロジェクト遂行に務めること。
 また、(1)において得られる「俯瞰力、シンセシス力、共創力」の評価基準をもとに、関連する研究プロジェクトの採択を促すこと。

(3) 科学者コミュニティーがなすべきこと

 巨大複雑系社会経済システムの共通特性や創成力、制度設計、人材育成プログラム、研究プロジェクトなどについて継続的に広く深く議論するための、認識科学と設計科学の連携を促すコミュニティーを構築すること。
 また、各個別専門分野で教育された人材を、既存分野に囲い込むことなく、上記の俯瞰型人材育成プログラムに送り込み、人材育成に取り組むこと。

(4) 大学がなすべきこと

 従来の学部・専攻・学科の枠を超えて、巨大複雑系社会経済システムの創成力の育成を主眼とする教育プログラムを立ち上げ、行政や社会・産業界と共に、積極的に連携して、人材育成に努めること。

(5) 社会・産業界がなすべきこと

 社会と産業界は、上記の教育を受けた人材を積極的に雇用し、処遇すること。
また、大学・研究型独立行政法人と積極的に連携して、そうした人材育成プログラムに参加・貢献すること。併せて、本提言に沿って行われる諸研究と開発の成果を、自らが作り出す巨大複雑系社会経済システムの創成力強化に活用するとともに、そのプロセスに上記の大学と連携した人材育成プログラムも組み入れること。

 尚、巨大複雑系社会経済システムは国際的にも広がっているので、上記の人材育成においては、国際的な視点からの創成力育成が必要不可欠であり、国際的な環境での創成力強化に向けた人材育成プログラム設定が望まれる。
 また、このような人材養成は、博士課程だけでは速成は出来ないので、博士課程前期課程、博士課程後期課程、ポスドクの過程、さらには社会と産業界に出てからのキャリアをも含めた、産学連携プログラム設定が望まれる。 以上

添付資料 巨大複雑系社会経済システムの特性比較例

 本分科会における作業において、巨大複雑系社会経済システムの代表例として5つのシステム(原子力システム、宇宙システム、人工物ネットワーク、金融システム、携帯電話システム)を取り上げ、次の1.から5.項の5大特性項目、およびそれぞれの小項目を抽出し、それらをもとに分析を行った。

1.システムの特性

(1) 社会的影響力の内容・大きさ
(2) 安全性・信頼性・頑健性の内容・程度
(3) 広範複合領域の程度
(4) 開発期間のオーダー・システム寿命
(5) 開発(運用)期間中の社会的変動との関係
(6) 技術の波及性の内容・程度
(7) システムの副作用
(8) オープンシステム/クローズドシステム
(9) トップダウン型システム/ボトムアップ型システム
(10) System of Systems Engineering1としての特性

2.技術的特性

(1) 要素技術レベル
(2) システム技術レベル
(3) 可観測性の程度
(4) 可制御性の程度
(5) 非線形性・多目的性
(6) 人間系の関与の内容・程度

3.社会的価値の特性

(1) 近未来の産業的社会的価値
(2) 50 年後の産業的社会的価値
(3) 持続性社会の構築
(4) 設計の方式

4.人材育成・教育の特性

(1) 有効人材種類
(2) 有効人材育成法
(3) システムへの社会的関心(若者の関心)
(4) 専門職・技能者育成体制

5.セクターの役割・課題の特性

(1) 行政
(2) 民間(社会・産業界)
(3) 大学

 本添付資料は、それぞれの特性比較分析を行った結果のうち、巨大複雑系社会経済システムに対して特に特徴的なものをまとめたものである。
 分析内容は今後さらに精緻化する必要があるとの認識の下、本提言の趣旨をより具体的に理解されるための補助として添付する。

大項目1:システムの特性

小項目(3):広範複合領域の程度

原子力システム:

 これには核分裂連鎖反応、原子力発電所、放射性物質を扱う複雑かつ巨大な化学プラントの再処理施設等が含まれ、基礎から応用に至る縦の総合面と、複合科学の横の総合面を有する。

宇宙システム:

 典型的な総合工学分野であり、システムとしてバランスをとった開発が不可欠である。

人工物ネットワーク:

 ハード、ソフト、人間系、社会系のさまざまな分野が関係するが、それらのネットワーク内での役割分担や影響の与え方が不明確なまま、相互に影響する。

金融システム:

 基盤システムとしての金融システムは単純であるが、人間系としての金融システムは複雑である。

携帯電話システム:

 比較的限られた技術領域におけるシステムである。

小項目(5):開発(運用)期間中の社会的変動との関係

原子力システム:

 発電所の寿命は数十年、廃棄物の管理は数百年以上にわたり、社会変動よりも長いあるいは極めて長い。このため、長期の開発期間中の資金投資のリスクは一企業では負担が困難である。

宇宙システム:

 構想から実現までに長期間を要し、開発前に必要技術を明確にする必要がある。このため急速に変化する分野では、最新技術がしばしば利用できない。

人工物ネットワーク:

 社会的変動と連動し、相互作用しながら変化していく。その結果、提供側で設計された機能がネットワーク内で提供側が意図した通りに使われるか保証がない。

金融システム:

 基盤システムとしての金融システムは固定されたシステムであり、高度の信頼性と安全性が要求されるが、社会的変動の影響をあまり受けない。一方、人間系としての金融システムは、社会変動と強く相互作用する。

携帯電話システム:

 開発・利用のサイクルが短く、社会的変動と比較的関連する。

小項目(8):オープンシステム/クローズドシステム

原子力システム:

 クローズドシステムとしてデザインしようとしているが、社会の受容性や廃棄物知り問題等、関連する領域が複雑広範囲にわたるため、オープンシステムとしての要素が入り込む。

宇宙システム:

 社会における利活用が未成熟な段階なのでクローズドシステムと見えるが、将来の利用を見据えると次第にオープンシステムになっていくと予想される。

人工物ネットワーク:

 インターネットシステムの例に象徴される如くオープンシステムの典型である。

金融システム:

 基盤システムとしての金融システムはクローズドシステムである。一方、人間系としての金融システムはオープンシステムとしての特性が顕著である。

携帯電話システム:

 システムのデザインはクローズドシステムであるが、人間・社会系における利用方法はオープンシステムである。

小項目(9):トップダウン型システム/ボトムアップ型システム

原子力システム:

 トップダウン的にデザインしようとしているが、社会に与える影響が極めて大きく、社会的関心も高いため、ボトムアップ型システムとしての要素が入り込み、システム創成力としては両面からの創成力の強化が求められる。

宇宙システム:

 宇宙開発はトップダウン型システムでスタートしたが、宇宙開発から宇宙利用の段階に入りつつある21 世紀においては、地上の社会経済システムとの相互作用の観点からボトムアップとトップダウンの両者が絡み合った巨大複雑系社会経済システムと捉えることが必要である。

人工物ネットワーク:

 機器やサービスの設計者側はトップダウンで設計可能と考えているが、実際には不特定多数のユーザーが関わっており、ボトムアップで新機能の発現ならびに進化が起こる。システム創成力を考える際、この相互作用への洞察力が必要である。

金融システム/携帯電話システム:

トップダウン型システムであるが、人工物ネット

 ワークの一要素システムとしての観点に立つと、ボトムアップ型の社会経済システムとの視点が求められる。

大項目2:技術的特性

小項目(3):可観測性の程度

原子力システム:

 限界性能の観測に限界がある。たとえば、部分の実証は可能であるが、全体破壊テストは困難である。また、放射線やその影響は観測が難しい。

宇宙システム:

 所定の軌道に打ち上がるかどうか、所定の機能を発揮するかどうかは、打ち上げなければわからない。また、無人のシステムでは観測できない部分も多い。

人工物ネットワーク:

 表面的な観測は比較的容易であるが、多重(多段階)の因果の連鎖を経て現象が生起するので、原因を特定することが困難である。

金融システム:

 比較的容易である。

携帯電話システム:

 比較的容易である。

小項目(6):人間系の関与の内容・程度

原子力システム:

 設計・開発・建設段階においては特に人間系の関与が大きい。また、働く人間の数も種類も多く、非常に複雑な人間関係がある。人間系と機械系の齟齬や組織間の齟齬が大きな社会経済的問題に結びつく。

宇宙システム:

 運用、リスク時などには限られた情報で判断せざるを得ないため、現状では人間系が強く関与する。将来、宇宙利用が拡大すると、人間系の関与がより強くなる。

人工物ネットワーク:

 人工物の相互作用において、人間を仲立ちとする場合も多く、人間系が強く関与する。

金融システム:

 システムの構築や利用プロセスにおいて人間系の関与は大きい。

携帯電話システム:

 システムの構築や利用プロセスにおいて人間系の関与は大きい。

以上

<用語の説明>

オープンシステム:

 システムの設計要件が外部環境から影響を受けて変化し、構成要素も外部環境との間で出入りがある。このため、システムは外部環境から常に影響を受けている。環境変化に対応して柔軟にシステムの変化や進化が起こる、また、後発の要件や構成要素を取り込めるという利点がある反面、意図的な制御が困難になるという欠点もある。

共創:

 狭義には、複数の主体の相互作用によって、有効な解を創出することであり、普通、主体の組み合わせには、人工物と人工物、人と人工物、人と人、組織と組織などがある。ここではさらに、環境や目的に関する情報が不完全な状況下において、成立可能な人工システムの機能と、環境や目的を同時に創出すること。

クローズドシステム:

 システムの設計要件や構成要素(人間系を含む)が確定しており、それらの情報のみで自己完結的にすべてが決定されるシステム。統合度を高められるという利点がある反面、システムの変更がしにくいという欠点がある。

System of Systems Engineering:

 異分野におけるシステム理論の統合のこと。機械システムや経済システムなどのように数学的なモデル化が進んでいる対象のシステム工学に限定することなく、法律、心理、人事、サービスなどの分野でのシステム構築方法を融合・統合したシステム、ならびにその解析・設計の方法論。

シンセシス:

 使用環境においてシステムの機能が目的を満たすようにシステムの構造を決定すること。人工物の創出のための広義の設計。

成長するシステム:

 システムの性能や属性が固定化されておらず、意図的であるか自律的であるかを問わず、状況変化に応じて性能が時間とともに向上していくシステム。

創成:

 はじめてでき上がること、作り上げること。

創発:

 多数の要素から成るシステムにおいて、要素間の局所的な相互作用によりシステムの大域的挙動が現れ、その大域的挙動が要素の振る舞いを拘束するという双方向の動的過程を通して、要素の単純な総和にとどまらない新しい機能や形質、行動を示す秩序が形成されること。

トップダウン型システム:

 比較的少数の設計者によって、問題設定、要求仕様設定、設計、構築の順に構築されるシステム。

ボトムアップ型システム:

 個々の構成要素や個々の設計要件に埋め込まれた情報を手がかりとして、システムが自発的に構成されるシステム

<参考文献>

[1]吉川弘之他:「産業科学技術」の哲学、東京大学出版会、(2006)
[2]中島尚正他:「提言:知の統合‐社会のための科学に向けて‐」、日本学術会議 科学者コミュニティと知の統合委員会、(2007)
[3]H.Simon:The Science of the Artificial,MIT Press, (1969), 訳本「システムの科学」、稲葉元吉他訳、パーソナルメディア、(1987)
[4]K. Ueda et al: Emergent Synthesis Methodology for Manufacturing, Annals of the CIRP, 50/2, p.535, (2001)

<参考資料>

総合工学委員会巨大複雑系社会経済システムの創成力を考える分科会審議経過

平成18年

12月21日
 日本学術会議幹事会(第30回)
 巨大複雑系社会経済システムの創成力を考える分科会設置

平成19年

1月25日
 日本学術会議幹事会(第32回)
 巨大複雑系社会経済システムの創成力を考える分科会委員の決定
2月13日
 分科会(第1回)
 審議の進め方、事例について
3月30 日
 分科会(第2回)
 ケーススタディー報告と審議
7月6日
 分科会(第3回)
 ケーススタディー報告、特性比較表審議
10月9日
 分科会(第4回)
 特性比較表審議

平成20年

1月31日
 分科会(第5回)
 創成力について
3月7日
 分科会・役員会
 対外報告の執筆方針について
4月14日
 分科会(第6回)
 対外報告案について
6月26日
 日本学術会議幹事会(第58回)
 巨大複雑系社会経済システムの創成力を考える分科会提言「巨大複雑系社会経済システムの創成力強化に向けて」について承認

お問合せ先

研究振興局学術機関課企画指導係

高橋、中村、谷村
電話番号:03-5253-4111(内線4295)、03-6734-4169(直通)

-- 登録:平成22年04月 --