提言 21世紀日本新生に貢献する科学技術政策の提言 ‐持続可能なイノベーション創出能力の強化策‐

2009年11月19日
社団法人日本工学アカデミー

目次

提言の背景:我が国の危機的様相

要旨:21世紀日本新生を「教育・科学技術・イノベーション」の三位一体推進で実現 ―勝負はこの10年、改革は今!―

第1章 第3期科学技術基本計画のイノベーション創出能力強化に関する評価と課題

  1. 社会・国民に支持され、成果を還元する科学技術政策の評価
  2. イノベーション創出総合戦略の評価
  3. 科学技術政策とイノベーション政策との両輪政策の評価
  4. 教育・科学技術・イノベーションの三位一体的推進の視点での評価
  5. 総括

第2章 21世紀イノベーター日本像を描き、イノベーション牽引エンジンの明確化と国を挙げた実行の提言

  1. 現状認識
  2. 国を挙げて21世紀の日本像を共有し、その実現に向けたイノベーション牽引エンジンの明確化と実行に向けた提言

第3章 持続可能なイノベーション創出能力強化に向けた提言

  1. 科学技術駆動型イノベーション人材育成政策の強化に向けた提言
  2. 知の創造と社会・経済的価値創造を結ぶ「イノベーション・パイプライン・ネットワーク」構築・強化に向けた提言
  3. マネージメント部門の国際競争力強化に向けた提言
  4. 中堅中小企業、ベンチャーへのイノベーション創出人材支援の強化に向けた提言

第4章 持続可能なノベーション創出能力強化の推進基盤構築に向けた提言

  1. 内閣総理大臣を議長とする「教育・科学技術・イノベーション推進会議」の創設と、「イノベーションに対応する研究資金提供機関の一体化」に向けた提言
  2. 産業・教育界の合同イニシアチブによる「教育・科学技術・イノベーション推進協議会」の創設提言
  3. 国民的支持とイノベーション文化の浸透活動の提言

結び:―勝負はこの10年、改革は今!―

提言の背景:我が国の危機的様相

  1. 我が国は、バブル経済の崩壊以降の長い低迷を脱し、景気回復の途上にあったが、2008年の年初以降、急速に成長鈍化が進行している。サブプライムローンに起因する米国金融不良債権の世界的な影響が、我が国の実体経済にまで深刻な影響を及ぼし、産業の収益力低下や雇用問題はじめ国民経済に大きな影を落としている。また確実に予測される少子高齢化や労働力人口の急減に伴う社会負担の増大や、社会的な格差や世代間摩擦等の緊急課題を抱え、我が国は脆弱な社会・経済状況にある。
     一方教育面においても関連諸データは、我が国の科学技術分野の人材育成が初等・中等および高等教育全般に渡り劣化の傾向にあることを警告している。
     21世紀の今、日本の社会・経済は危機的状況にあるとの国民的認識が必要であり、日本新生を図るためには、社会・経済の質的転換に向けて「持続可能なイノベーション創出能力の強化」が喫緊の課題である。
  2. 世界的視点で見ると、持続的発展の制約条件として、環境、食糧、水、エネルギー、人口問題等の地球規模での取り組みを要する課題が迫り来る危機として顕在化しており、地球規模での持続的発展の命題と、我が国の持続可能な発展の実現とは両輪一体として捕らえて、一体的な解決に向けたイノベーション政策とその着実な実行が喫緊の課題である。
  3. 世界の各国・地域では、持続的発展の牽引力として、ナショナル・イノベーションの強化戦略が重視され、米国のイノベーション戦略の強化政策、欧州の統合による新たな市場創出とそれを支える科学技術振興統合政策、中国やインドの急速な進展等々、科学技術駆動型イノベーションの猛烈な進展が顕著である。
     この激しい世界の潮流の認識の下で我が国としては、競争と協調の両輪の下で科学技術駆動型イノベーション創出を持続・強化する必要がある。
  4. 一方、このような危機感のもとで我が国の科学技術関連人材育成の現状を見ると、従来の縦割り型学術ディシプリンの枠内の教育と研究に重きを置く余り、科学技術的知を活用し、社会的・経済的価値を創造するという、イノベーション創出の視点からの人材育成に向けた教育が決定的に欠けている。
    極めて憂慮すべき事態は、知の創造を社会経済価値創造に具現化するイノベーションプロセスに不可欠な社会科学的素養も備えた、統合型人的資源の育成のメカニズムが崩壊していることである。

 以上の日本の危機的な様相に対する認識のもと、日本工学アカデミーは「21世紀日本新生に貢献する科学技術政策」を「持続可能なイノベーション創出能力の強化策」の視点から以下を提言する。

提言要旨

1.科学技術駆動型イノベーション人材育成政策の強化に向けた提言

提言1.初等中等教育において「科学」と「技術」の両輪関係を体系的に教える理科・数学・技術の一体的な教育体系の再構築を行い、それを担う教員の養成システムの再構築を行う。

提言2.初等中等教育から「人間・社会・世界」に対する理解と、それを支える「科学」と「技術」の役割を各学年のレベルに応じて繰り返し体感させ、さまざまな社会的選択肢から自分の適性に合った道を選ぶ科学技術リベラルアーツ教育の再生を図る。

提言3.大学教育の大衆化に対応して、学部教育における理工学教育を、社会を支える理工学と技術への理解力、すなわち「理工学リベラルアーツ」教育の面でカリキュラムの再構築を図る。

提言4.科学技術的知の創造を、社会・経済的価値創造に具現化する、イノベーション創造人材:「Σ型統合能力人材」の育成強化に向けて、工学系大学は産業と研究型独立行政法人の参加・協力を得て、抜本的な工学教育研究改革に挑戦すべきである。国はそれを支援すべきである。

2.知の創造と社会・経済的価値創造を結ぶ「イノベーション・パイプライン・ネットワーク」構築・強化に向けた提言

提言1.目的基礎研究と、社会経済的価値化に具現化する応用研究開発活動とを、相互に垂直・水平的に結合する府省連携強化を、各府省がそれぞれ独立して持つ研究資金提供機関の間を双方向に結合するとともに、創出すべきイノベーションテーマごとに「産学官のプラットフォームを構成し、テーマの検討から推進調整を図るコーディネータ」及び「イノベーションコーディネータ」を配置する。

提言2.イノベーション創出にとって必須である産学官協働の“場”創りの強化を、国内だけでなく、アジア圏の視野に立って推進するべく、「アジア科学技術研究圏」構想を第4期科学技術基本計画にて打ち出す。

提言3.科学技術的知の創造を社会経済的価値に具現化するためのメカニズム強化に向けて、「創造知」と「創造人材」を「フロー」させ、かつ重要な結節点で「ストック」させる仕組みを構築し、これに貢献する人材の評価の強化をする。

提言4.革新的科学技術創造の成果の活用と、イノベーション実現に向けた戦略的資源投入の強化を図るべく、欧米の垂直統合型国家予算投資システムも参考にしたシステム改革と、新領域や複合領域の価値の創造を促進する国家投資の強化をする。

提言5.イノベーションを強力に推進するため、公務員・大学の教職員等の人事考課にイノベーション推進活動の成果に対する評価を促進する施策を導入する。
並行して、イノベーションの実現・活用に向けた動機付けを奨励する諸施策も初等中等及び高等教育にわたり強化する。

3.マネージメント部門の国際競争力強化に向けた提言

 産学官各界におけるトップマネージメント部門の能力と生産性の向上を目指して、トップマネージメントの科学技術リテラシー力の向上と、イノベーション創出能力の強化を図るべく、たゆまざる組織内人材育成・訓練体制の強化をΣ型統合人材の育成と活用の視点から行う。

4.中堅中小企業、ベンチャー等へのイノベーション人材支援の強化に向けた提言

 画期的なイノベーション創出の主たる担い手として期待される中堅・中小企業及びベンチャー企業のイノベーション・マネージメントの国際競争力を向上させるべく「イノベーション推進リーダー」や「技術マネージメントリーダー」等を育成・派遣する仕組みに対する公的支援と、この諸施策を活用した大学院における「実践型技術者育成プログラム」に対する公的支援を行う。

5.持続可能なノベーション創出能力強化の推進基盤構築に向けた提言

提言1.総理大臣を議長とする「教育・科学技術・イノベーション推進会議」の創設と、「イノベーション創出促進研究資金提供機関の一体化」を図る。

提言2.産業・教育界の合同イニシアチブによる「教育・科学技術・イノベーション推進協議会」を創設し、政府の「教育・科学技術・イノベーション推進会議」との両輪を構築する。

提言3.21世紀の日本新生の重要性を盛り込んだ科学技術駆動型イノベーション文化浸透のための国民運動の推進を強化する。

国民的スローガンの提唱:21世紀日本新生を「教育・科学技術・イノベーション」の三位一体推進で実現 ―勝負はこの10年、改革は今!―

第1章 第3期科学技術基本計画のイノベーション創出能力強化に関する評価と課題

1.社会・国民に支持され、成果を還元する科学技術政策の評価

 第3期科学技術基本計画(文献1)は科学技術的知の創造を、社会的価値化、経済的価値に結び付けるべく、「人類の英知を生む」、「国力の源泉を創る」および「健康と安全を守る」という三つの国創りの理念の下で、科学技術によって切り拓く6つの大政策目標、12の中政策目標、及び60余の個別の政策目標を掲げた点において、科学技術駆動型イノベーション創出を狙った我が国の科学技術政策として新機軸を打ち出したと評価できる。
 さらに、同基本計画においては、科学技術投資の戦略的重点化を図る目的から、「ライフサイエンス」、「情報通信」、「環境」、「ナノ・材料」の4分野を重点推進分野とし、「エネルギー」、「ものづくり技術」、「社会基盤」、「フロンテア」の4分野を推進4分野として設定し、それぞれ重要な研究開発課題と戦略重点科学技術の二段階の重点化を図るとともに、取り組みを円滑に進め「活きた戦略」とすべく、各々の分野別推進戦略を精緻に立てている。
その分野別推進戦略においては、成果の社会還元とイノベーションの実現を視野に入れて、最終的な社会還元への成果目標と第3期基本計画終了時点での成果目標の二本立ての成果目標を明確に立てた点においても、社会・国民に支持され、成果を還元する科学委技術政策として、画期的であったと評価ができる。

 しかしながら、科学技術で生みだすイノベーションである具体的な個別の政策目標の達成は、上記の「重点推進4分野」と「推進4分野」の個別の科学技術革新それぞれ単独の成果だけでは不可能であり、複数の科学技術革新の組み合わせと統合が不可欠である。
換言するに、この複数の科学技術の組み合わせと統合による社会・経済的価値の創造に対する研究開発投資のメカニズムが伴わなければ、科学技術への投資が真の投資として具現化されない危険性がある。この視点に立って科学技術振興と学術の現状を見ると、このような“組み合わせ型・統合型研究”は伝統的な“要素還元的研究”と比較して学術的価値の主張が弱い傾向にあるために、科学技術関連投資のメカニズムが脆弱であると評価される。
一部に、社会還元プロジェクト(総合科学技術会議、平成19年4月24日)などの新たな投資枠が作られてはいるものの、数十億円規模の投資にとどまり、科学技術関連総予算に対する割合から判断しても、第3期科学技術基本計画の成果の社会・国民への還元に必要な十分な投資であるとは言えない。
 45ページ余の本文において“イノベーション”の表記を38ケ所も書かざるを得なかった第3期科学技術基本計画の実行が4年目に入り、第4期科学技術基本計画の策定準備が開始される今、この視点からの具体的な点検・評価と必要な是正政策の設計と実行が必要である。
第4期基本計画策定はこの点検・評価が不可欠である。

2.イノベーション創出総合戦略の評価

 第56回総合科学技術会議(平成18年6月14日)は第3期科学技術基本計画の成果の社会・経済的価値化の着実な推進と加速を目的として、「イノベーション推進総合戦略」(文献2)を策定した。
その実行施策として、1.イノベーションの源の潤沢化、2.イノベーションを種から実に育て上げる仕組みの強化、3.イノベーションを結実させる政策の強化、4.イノベーション創出に向けた制度改革の推進、5.イノベーションを支える人材の強化の5本の主柱が打ち出されたことは大変意義深い。
 一方、この戦略が実効ある作戦にブレークされて、実践されているかの議論が第60回総合科学技術会議(平成18年10月27日)においてなされ、民間有識者議員から以下の課題の指摘がなされた。
 その第一点は、重点課題1の「イノベーションを加速する研究開発」の具体化に向けた課題の指摘である。すなわち、これまでの第1期、第2期の10年にわたる科学技術基本計画の投資によって生み出された“イノベーションの種”を“社会・経済的価値という実”に仕上げる「イノベーション実現作戦」と、これと同時並行的に、これから10年、20年は必要とされる「新たなイノベーションの種つくり作戦”の二面作戦を同時に推進すること。
さらに、我が国の科学技術駆動型イノベーションプロセスの弱点は、そのプロセスの上流と下流の間で双方向のパイプラインがつながっていない部分が多いこと。その結果、イノベーションの源である学術研究が目的基礎研究、さらには目的応用研究につながり、社会的・経済的価値創造に結合しないケースが多い。一方、出口側の社会・経済的ニーズから入り口側の学術研究へのバック・ツ‐・サイエンスのパイプも詰まっている部分が多い。この“知の創造と社会・経済的価値の創造とを結ぶイノベーション・パイプライン・ネットワーク”の構築・強化を誘発する施策が肝要であるとの指摘である。
その誘発施策として、「府省連携施策の強化・充実」と、現在各府省がそれぞれ独立して持つ「研究資金供給機関(ファンディング・エイジェンシー)の双方向結合改革」の有効性が提起され、第3期科学技術基本計画の分野別推進戦略を効果的に推進する方策として提案された。
 指摘事項の第2点目は、イノベーション・パイプライン・ネットワークの強化策として有効な“先端融合領域イノベーション創出拠点事業”の強化である。平成18年度から新たな施策として開始されたこのイノベーション創出加速を狙った新事業は、PDCA サイクルの実践において取捨選択を行うとともに、科学技術総投資額に見合ったイノベーションを創出するべく、成功事例の水平展開と拠点および総投資額の一層の増加・充実が必要である。
 第3期基本計画の実行が4年目に入った現下において、これらの施策の実行が弱体化しているのではないかと危惧される。この視点からの現状評価と、その強化策の再構築が第4期基本計画の策定に向けて必要である。

3.科学技術政策とイノベーション政策との両輪政策の評価

 平成22年度から、新たに開始される予定の第4期科学技術基本計画の策定に向けた準備作業が、関係府省で開始されており、その柱に、科学技術政策とイノベーション政策との一体化の方向が出されつつあることは、国民の目線からみて歓迎すべきと言える。この方向の原点は、第3期科学技術基本計画の基本思想「科学技術のより切り拓く6つの政策目標と国民・社会・世界への貢献」にあり、その思想の具現化に向けた一層の強化の視座として「科学技術・イノベーション政策」は妥当と言えよう。
 しかしながら、科学技術駆動型イノベーションの源流として重要な「絶えることなき知の創造」を担う学術の世界に対する視座も科学技術行政は忘れてはならない。
 この視座で第3期科学技術基本計画の推進状況を見ると、実際の研究資金提供機関(ファンディング・エイジェンシィ)のファンディング審査の現場で、研究者の自由な発想に基づく基礎研究提案が、政策目的型研究と同じ土俵の競争的原理にさらされてしまっている問題が指摘されている。科研費の世界でも5年という期間で短期的な成果を要求する、あるいは社会にどう役に立つのかということまで、純粋基礎研究の段階から問われてしまうという弊害が現場で起きている。
第3期科学技術基本計画でうたわれている「基礎研究の多様性と継続性を確保する」ということと、「社会に成果を還元する科学技術という政策目的型研究」が、ファンディングのレベルでも、研究の審査でも、はっきり仕切りをしないためにそれぞれに弊害ができてしまっていることが、最も問題である。
すなわち、純粋基礎研究に命をかけている研究者が、「社会のための科学技術=イノベーションに結びつく科学技術」の論議に嫌悪感すら覚える実情の源流に、このファンディングと審査の現場の欠陥があり、これを丁寧に是正する政策誘導が第4期科学技術基本計画で不可欠である。

 一方では、第3期科学技術基本計画において「科学技術駆動型のイノベーションにより社会的な価値、経済的な価値を具現化する」とうたわれているが、科学技術振興への投資が納税者に対する還元にならない可能性が強くなっていく危険がある。その源流には、4つの重点推進分野と4つの推進分野に対する投資の仕方が、前述の「基礎研究と政策目的型研究との仕切りが不鮮明」のために、基礎研究重視の方の思想に引っ張られてしまい、アウトカムまでつなげ、イノベーションの実現責任を持つ行政部署や産業政策にまで結び付けていくという「科学技術政策とイノベーション推進政策の軸あわせ」の思想の希薄さが存在する。
 「社会のための科学技術」ということを掲げたのであれば、誰かが責任を持たなければならないのに、誰も責任を持ってPDCAサイクルを推進していない恐れがある。この原因は、研究者から見ると自分の学術領域で課題設定し、研究を行い、レポートを書けば投資に見合ったということで成果があったと評価される今の評価システムに欠陥がある。
研究資金提供機関(ファンディング・エイジェンシィ)にしても、きちんと研究資金を払った上で、それに対する成果を評価し、その成果が当該研究領域の成果として上がっていれば、成果が上がったと評価してクローズしている。これでは「12の中政策目標や60数個の設定された個別の政策目標の実現に向けて」という社会のための科学技術行政の本来の出口に対しては、だれも取り組まない恐れが大きい。
 この問題の解決の為に、イノベーション・パイプライン・ネットワークの視座に立った成果の「フロー」と、イノベーションの次のステージに橋渡しをする「インターフェース」の視点からの、研究企画審査と研究成果に対する評価システムと、その評価責任体制の構築・強化が必要である。

 一方、学術界における競争の世界では、社会的なニーズに対してあるべき姿を探求する研究(設計科学)や、科学技術駆動型のイノベーションを創出する知の統合や、統合の仕組みの強化に対する研究提案が、純粋科学(認識科学)と同じ土俵の競争原理の場では、生き残れない状況がある。これは、複数の科学的知を統合して社会的価値化に力点を置く研究者に対する評価が、引用論文数も含めて、今の学術の主流の評価システムからは低く評価されており、その結果、当該分野に対する基礎的研究資金投入や人材育成も含めて学術的インセンティブも希薄になっているということに起因する。
この問題に対する認識は、第3期科学技術基本計画においてもされており、その分野別推進戦略を推進する際の留意事項として「行政はこの観点からの知の統合、横断的、社会的技術に向けた研究を支援すること」と明記されているにも関わらず、学術の世界ではそれが実効ある形では実践されていない問題が指摘される。
 こうした社会的価値化に力点を置く設計科学的な研究企画に対する投資の評価基準を、認識科学の研究企画に対する評価基準とは別に固め、ファンディング審査の現場にもそれを実践させる必要がある。

 以上、科学技術政策とイノベーション政策の両輪的な推進を行うにあたり、学術界に対するポートフォーリオ的政策投資と同時に、行政側の投資判断に向けた評価システムの改革が必要である。

4.教育・科学技術・イノベーションの三位一体的推進の視点での評価

 我が国においては、教育の質の向上への政策や教育現場での創意工夫がなされ、科学技術創造立国に向けた施策も一層の充実化されつつあり、イノベーション政策も強化されようとしているが、それらは各々個別に推進されているのが現状である。持続可能な科学技術駆動型イノベーション創出能力を強化・維持するためには、「教育と科学技術とイノベーションという国創りの三大要素の三位一体推進の構造」が必要であり、現在の日本はこの視座に立った国策に欠けていると言わざるを得ない。欧米や発展途上国の国策には、この三位一体推進構造が陰に陽に組み込まれている。この視座に立った第4期科学技術基本計画の策定が極めて重要である。
 特に21世紀の今、フロントランナーに立つ我が国の科学技術駆動型イノベーションは、ほとんどが「巨大複雑系社会経済システム構築」の範疇にあり、日本学術会議はその実現に向けて、次の提言を公表している。

1.行政、科学者、コミュニティ、大学、社会でそろって成すべきことは、社会のための科学技術の観点に立ち、創成力を構成する要素のうち「俯瞰力、シンセシス力、共創力」の評価基準の開発を行い、関連する研究と人材育成プログラムの妥当な評価に向けて共有化することである。

2.行政がなすべきことは、この評価基準をもとに関連する社会経済的価値創造を目的とした研究プロジェクトの採択を促すことが求められる。

 一方、全入時代を迎えつつある大学の学部の4年間の間で人文社会系、自然科学系両方において、「科学技術リベラルアーツ」をもっと学ぶべきである。「科学技術リベラルアーツ」とは伝統的なリベラルアーツに対して、「科学技術の成果が深く生活と社会に深く浸透した21世紀において、市民が自らの意思で判断し、自らの意思で発言と行動ができる科学技術的教養」と定義される。 また、理学、工学を学ぶ学生についても、入学後の専門教育の導入部において、何故その専門教育を受けねばならないのか、専門教育は社会とどのように関係があるのかということに対する理解力を身につけさせる必要がある。そのために伝統的な「リベラルアーツの教育」に加えて、「科学技術リベラルアーツ教育」の強化を、科学技術政策と教育政策の両輪のもとで打ち出すべきである。
 成人の科学技術リテラシーについては、初等・中等教育と大学の学部教育の4年間で身につけさせないと遅い。文系でも科学技術と社会との係わりに対する理解力を身に付けることを義務化した教員免許を取得させれば、それが初等中等教育の現場に活かされ、生徒たちも科学技術リテラシーを身につけるという、好循環が実現するようになる。
従来の教育再生会議や教育基本計画においては、このような視点に立った施策の強化策が希薄である。第3期科学技術基本計画も科学技術関連人材育成の重要性をうたっているが、「教育と科学技術とイノベーションの国創りの三大要素の三位一体的推進」の視座に欠いている。
第4期科学技術基本計画の主軸に、「教育(人材育成)と科学技術(技術革新)とイノベーション(社会経済的価値の創造)の三位一体的推進力の強化」を置き、初等・中等教育段階から大学の学部・大学院教育研究の各教育段階に合わせて、カリキュラム等の創意工夫をする必要がある。

5.第3期科学技術基本計画のイノベーション創出能力の視点からの総括

以上、第3期科学技術基本計画のイノベーション創出能力強化に関する評価と課題を総括すると、

  1. 科学技術革新の成果を国民・社会・世界に還元するという第3期科学技術基本計画の思想は、科学技術駆動型イノベーション創出を国民と世界に約束をしたものと高く評価される。
  2. しかしながら、学術的・科学技術的知の創造の成果を、社会・経済的価値創造に具現化する「持続可能な科学技術駆動型イノベーション創出」の視点からは、第3期科学技術基本計画はその視座を持ちながらも、実践機能において弱体であると評価せざるを得ない。また、その弱体の真の原因の究明と対策が今求められている。
  3. この原因の究明と対策に基づき、第4期科学技術基本計画においては、より明確に科学技術政策とイノベーション政策とをリンクさせてPDCA サイクルを実践する産学官・研究型独法にまたがる広範囲かつ明確なシステム改革が必要である。
  4.  同時に「持続可能な科学技術駆動型イノベーション創出能力」を構築するために必須の、「教育と科学技術とイノベーション創出の三位一体的推進」の仕組み・体制つくりにおいて、第3期科学技術基本計画は欠けており、同様に「教育再生」や「イノベーション政策」においても欠けていた。
  5. 第4期科学技術基本計画においては、「持続可能なイノベーション創出能力の構築・強化」を目指して、「教育と科学技術とイノベーションの三位一体的推進」を新機軸とし、行政の縦割りを排除して、府省横断型の一体化推進に向けた諸施策を具体化すべきである。

第2章 国を挙げて21世紀の日本像を共有し、その実現に向けたイノベーション牽引エンジンの明確化と実行に向けた提言

1.現状認識

 21世紀の今、我が国は明治維新、敗戦後の戦後復興に次ぐ第三の国創りの重大変革期に入っている。まさに「平成イノベーション」の創造の成否に、21世紀にも持続可能な発展を遂げる日本の運命がかかっていると言っても過言ではない。
 国内的視点では、確実に予測される少子高齢化と労働人口減少のもとで、国力の源を創り、健康で安全を守りつつ、如何に国・自治体の財政と企業の財政と家庭の財政の三位一体的な健全化を回復するかという、ナショナル・サステイナブル・イノベーションの達成が必須である。
 世界的視点では、環境・エネルギー・食糧等々の迫りくる地球規模の危機の解決に日本が如何に貢献するかとの視点に立つ、グローバル・サステイナブル・イノベーション・エコシステムの構築である。
この二つのイノベーションの実現のタイムスパンの面で極めて重大なことは、この10年が勝負であるということである。この10年を無為に過ごした場合、日本は最早、グローバル・サステイナブル・イノベーション・エコシステムの構築に貢献するどころか、ナショナル・サステイナブル・イノベーションの達成への余力すらも残されないことである。イノベーション創出能力強化とその実践への緊急性に対する危機感を、アカデミアも行政も産業も一層持って、日本再生に必須の科学技術駆動型イノベーションを実現せねばならない。

 科学技術駆動型イノベーションをもって実現する21世紀イノベーター日本の姿については、第3期科学技術基本計画(文献1)において6の大政策目標、12の中政策目標、及び60余の個別の政策目標を立てて、その実現した社会の姿を具体的に描いている。
また、日本学術会議は対外報告「科学者コミュニティが描く未来の社会」(平成19年1月25日)(文献3)において、日本が目指すべき社会と推進すべきイノベーション像を次の9項目にまとめている。

(1) 健やかに生きるための社会基盤
(2) 人々の安全・安心の確保
(3) 文化・ライフスタイル
(4) 情報・コミュニケーション
(5) 新たなものつくりと基盤科学技術の創生
(6) 国土・自然・地域の再生
(7) 地球環境問題とエネルギー問題への対応
(8) 水・食糧問題への対応
(9) 限界を突破する夢の実現

 これを受けて政府は長期戦略指針「イノベーション25」‐イノベーションでつくる日本の未来を策定し、閣議決定(平成19年6月1日)をした。(文献4)長期戦略指針「イノベーション25」においては、2025年の日本の姿を描き、イノベーション立国実現に向けた政策ロードマップとして、「社会システム改革戦略」と「技術革新戦略ロードマップ」を策定し、併せて「イノベーション立国」に向けた内閣総理大臣を本部長とする「イノベーション推進本部」の創設を決めたことは、まさに科学技術政策とイノベーション政策との軸を合わせた画期的な政府方針と評価出来よう。
 しかしながら、最近の行政、政治および学術界を見ると、「持続的イノベーション創出と、その創出能力の強化」への執念が薄れていないかと危惧される。換言すれば、どれほど「持続的イノベーション創出能力の強化が、第3期科学技術基本計画の成果の社会還元実現にとって重大な命題」であるかを産学官ともに再認識せねばならない。
 今、これらのイノベーション創出に向けた国策と、産学官連携のダイナミズムは休眠をしてはいないと言えるであろうか?
行政においても、いつも「戦略つくり」と「計画策定」に終始して、真のPDCAサイクルを回すことへの執念が希薄化していないだろうか?
欧米や新興国の科学技術駆動型イノベーション創出に向けた大きな潮流に日本は大きく後れをとることがあってはならない。

2.21世紀の日本像を明確にし、イノベーション牽引エンジンの明確化と国を挙げた実行に向けた提言

 以上、現状を見るに、科学技術駆動型イノベーションによって実現する日本の姿の議論と概念的な計画は、すでにかなりのスパンと深さとにおいてなされており、今は、この中から日本再生に向けた勝負のこの十年の間に何を重点的に実行すべきであるかの選択と、決断の時期にあると言える。
 日本工学アカデミーは、この認識に立って緊急提言「日本再生と低炭素社会実現に向けて」(平成20年3月13日)(文献5)において、以下の「イノベーション牽引エンジンの設計と実行」提言をしている。

提言1.「環境モデル都市」の実現
 低炭素社会の国民的な支持を得るプロセスをこの政策の中に組み込み、日本型イノベーションを迅速かつ強力に推進する。

提言2.「生産システムの変革」の実現
 低炭素社会実現に向けて、生産システムを変革し、炭素負荷の少ない生産の仕組みを実現する。

提言3.「自己革新能力強化の為の戦略」の強化
 革新的科学技術創造の成果を活用し、新領域や融合分野での活性化を促進するために、“産業リードの産学官連携への投資配分強化”や、“新領域・融合分野教育のカリキュラム体系化の促進と指導教員の育成助成”等の戦略的予算配分や促進策を展開する。

また、科学技術人材は1990年代と比較して半減しており、科学技術分野の大学志望者も減退している。この流れを食い止めるとともに、今後重要性が増すことになるイノベーション創出リーダー人材を育成する政策として、
1) 科学技術人材の育成基金への税額控除
2) 産・学・独法連携によるΣ型統合能力人材育成の強化
(例:テクノロジー・アーキテクト育成プログラム)
3) 日本型Converging Technologies 人材の育成

以上のイノベーション牽引エンジンを日本工学アカデミーは提言している。

 “勝負はこの10 年”の視点に立って、これらの21 世紀イノベーター日本の姿から焦点を絞り、イノベーター牽引エンジンを具体的に設計して、それを実現する科学技術政策とイノベーション政策及び次代を担う人材育成に向けた教育政策の「教育・科学技術・イノベーションの三位一体推進」を実行することが、持続可能なイノベーション創出能力強化と日本再生において喫緊の重要課題である。

第3章 持続可能なイノベーション創出能力強化に向けた提言

 第1章では第3期科学技術基本計画の実行状況を、科学技術的知の創造を社会・経済的価値の創造に具現化する科学技術駆動型イノベーション創出能力の面で評価し、課題を掘り下げた。
 また、第2章では科学技術駆動型イノベーションで創る21世紀の日本の姿に対する今までの国を挙げた諸検討の状況を俯瞰し、すでにかなりの社会的・地球的視点からの「日本の姿」の掘り下げと体系化がされており、「日本再生に向けたイノベーター日本の姿」は、産学官の連携のもとですでに具体的に描かれていることを俯瞰した。
 同時に、「日本再生に向けたイノベーター日本の姿」の実際の実現に向けた行動は、科学技術行政においてもイノベーション促進行政においても、さらには教育・人材育成行政においても、世界の潮流に後れをとっていることが指摘された。
 本章ではその原因が「我が国の持続可能なイノベーション創出能力の弱点」にあるとの視点から、その強化に向けた提言をまとめる。

1.科学技術駆動型イノベーション人材育成政策の強化に向けた提言

提言1.初等中等教育において「科学」と「技術」の両輪関係を体系的に教える理科・数学・技術の一体的な教育体系の再構築を行い、それを担う教員の養成システムの再構築を行う。
その実現のために、現状の理科・数学教育を担う教員資格を工学修士・博士課程終了者にも取得しやすい制度改革を行う。

提言2.初等中等教育から「人間・社会・世界」に対する理解と、それを支える「科学」と「技術」の役割を各学年のレベルに応じて繰り返し体感させ、さまざまな社会的選択肢から自分の適性に合った道を選ぶ科学技術リベラルアーツ教育の再生を図る。その一環において、先端科学者のロールモデルと併せて、社会システムを創る技術者・工学者のロールモデルも見せて、科学者と技術者への憧れと社会的地位の向上を図る。

提言3.大学教育の大衆化に対応して、学部教育における理工学教育を、社会を支える理工学と技術への理解力、すなわち「理工学リベラルアーツ」教育の面でカリキュラムの再構築を図る。
解説:現状の工学学部教育は「伝統的な一般教養教育」と「専門教育」の二元的なカリキュラム編成が多い。科学技術が社会に深く浸透した知識基盤社会における工学の学部教育においては、「伝統的な一般教養教育」と「専門教育」との谷間に橋を架ける役割を担う「理工学リベラルアーツ教育」の重要性が増している。

提言4.科学技術的知の創造を社会・経済的価値創造に具現化するイノベーション創造人材:「Σ型統合能力人材」の育成強化に向けて、工学系大学は産業と研究型独立行政法人の参加・協力を得て、抜本的な工学教育研究改革に挑戦すべきである。

解説:工学教育において、科学技術革新に立脚した知識基盤社会システムの構造(アーキテクチャー)に対する理解力と実践力を教えることの重要性が益々高まっている。
現状、益々細分化する学術の潮流に影響されて、工学教育研究現場もますます細分化され、その結果工学を学ぶ学生は細分化・深化した学術に消化不良を起こすか、視野の狭い技術者に育っている傾向がある。
学部における上記提言3.の「理工学リベラルアーツ教育」段階において、「知の統合化による社会経済的価値創造」の視点も加えて、「その統合化能力を有するΣ型統合能力人材」に対する選択肢を理解させる。
並行して修士課程、博士課程において、従来の「差異化科学技術創造人材:D型人材」、「可能化科学技術創造人材:E型人材」育成とは別に、さまざまな創造された知を体系化・統合化し、それを利活用して、社会的課題解決に向けた処方箋を設計する統合能力人材:「Σ型統合能力人材」育成に向けた大学院教育との複線化と、その柔軟な選択を可能にする大学教育の国策的育成を提言する。

2.知の創造と社会・経済的価値創造を結ぶ「イノベーション・パイプライン・ネットワーク」構築・強化に向けた提言

第3 期科学技術基本計画(平成18 年3 月閣議)と、イノベーション創出総合戦略(平成18 年6 月総合科学技術会議)を策定した折に、同会議において有識者議員より指摘と議論がされたように、我が国の科学技術政策面で改革すべき点は、「今までの10 年以上にわたる国の投資によって育まれてきたイノベーションの“芽”を、社会経済的価値という“実”に仕上げる作戦」と、「これから10 年、20 年は必要である不確実でかつ不連続的な革新性を持つイノベーションの“種”を育てる作戦」の二面作戦を並行して行うことが大切である。
さらに、「わが国のイノベーション創出のプロセスの弱点は、知の創造から社会経済的価値の創造に至るプロセス自身が上流、下流の間で相互に繋がっていない」こと。その結果、「イノベーションの源である学術研究が、目的基礎研究から社会経済価値に結合していないケースが多い」こと。その一方で、「出口側の社会経済ニーズから入り口側の学術研究へというバック・ツー・サイエンスのパイプも詰まっている部分がある」こと。これらの「知の創造と社会・経済的価値創造の結合パイプライン・ネットワークの欠陥」とも表現出来る弱点を十分に認識して、このイノベーション・パイプラインネットワークを構築・強化する施策が肝要である。
この視座に立って、以下の提言を行う。

提言1.イノベーション・パイプライン・ネットワーク強化に向けて第一の施策は、「主に文科省が投資する目的基礎研究と、社会経済的価値化に具現化する責任省庁が投資する応用研究開発活動とを、相互に有機的に結合する府省連携強化」である。
このため、現状の府省連携施策群マネージメントを、イノベーション・パイプライン・ネットワークの観点から構築・強化すると同時に、各府省がそれぞれ独立して持つ研究資金提供機関(ファンディング・エイジェンシィ)との間を双方向に結合する施策を強化する。
また各府省の科学技術施策の縦割りを打破するために、創出すべきイノベーションテーマごとに「産学官のプラットフォームを構成し、テーマの検討から推進調整を図るコーディネータ」及び「イノベーションコーディネータ」を配置するなど、科学技術連携施策群の一層の強化を行う。

解説:この視点に立って平成18 年11 月の総合科学技術会議では、「府省連携施策群の科学技術経営手法は第3 期科学技術基本計画の分野別推進戦略を効果的に推進するために極めて有効であり、これを活用する」方針を決定しているが、行政における縦割りの風土によってその実行状態が懸念される。
総合科学技術会議がこの点からの府省連携施策の現状点検とタイムリーな是正をすることを提言する。

提言2.イノベーション・パイプラインネットワーク強化に向けて第二の施策:「イノベーション創出にとって必須である産学官協働の“場”創りの強化を、国内だけでなく、アジア圏の視野に立って推進する」アジア圏の視野に立った推進の場として「アジア科学技術研究圏」構想を第4期科学技術基本計画にて打ち出す。

解説:第3 期科学技術基本計画の一環で開始された“先端融合領域イノベーション創出拠点事業”においても、このような“オープンな協働の場”の構築と機能強化によって成果が上がっているが、一方では、これに逆行して、現在の科学技術行政はこの先端融合イノベーション創出拠点事業を縮小しようとしているのではないかということが懸念される。進行中の拠点事業の数を絞るだけではなく、内容の質と実際の実施状況ベースで評価・選択し、同時に件数等の事業規模全体を、この10 年のスパンでのイノベーション創出と産業競争力強化の観点から、一層拡充すべきである。
 更なる懸念事項は、平成19 年6 月に閣議決定した「イノベーション推進本部」の活動が不明確になったために、我が国の「科学技術政策」と「イノベーション政策」との連携作戦が不鮮明になったことである。
我が国の弱点である「教育政策(人材育成)と科学技術政策の連動の視点の弱体」と相俟って、このままでは「教育と科学技術とイノベーションの三位一体推進政策」を強力に進めつつ在る世界の大きな潮流に日本は大きく遅れをとることになることが危惧される。
 欧州圏のEUにおける科学技術・イノベーション振興の統合化の動向を見ると、最早日本一国の枠にとどまらず、国境を超えた科学技術・イノベーション振興策の重要性を認識せねばならない。このために、「アジア科学技術研究圏」構想を具現化し、その財源として「アジア科学技術研究財団」の創設を提言する。その活動スコープは「競争段階前:Pre‐competitive」のアジア圏内の協働を促す「共同基礎研究」への支援や、「3E問題:エネルギー、環境、経済」や「教育・科学技術革新・イノベーションの三位一体的推進活動」等の公共的な教育・研究開発活動になろう。
 行政も政治も教育研究界も、そして産業界もこの現状の深刻さを正面から直視し、「勝負はこの10年! 改革は今!」の覚悟を持って、今こそ日本新生に向けた真の産学官連携の強化を図ることを提言する。

提言3. 科学技術的知の創造を社会経済的価値に具現化するためのメカニズム強化に向けて、イノベーション・パイプラインネットワークを効果的に機能させるために、「創造知」と「創造人材」を「フロー」させ、かつ重要な結節点で「ストック」させる仕組み・制度を構築することを提言する。

解説:フローさせる仕組みとしては、

  1. All Japanで人材を活用する人材プール(バンク)の構築を行い、所属組織だけではなく、様々なセクターが人材を活用できるような仕組みを構築する。
  2. フローにより自己実現に向けたステップアップが可能となるインセンティブを与えるような仕組みを構築する。
  3. フローによって個人が不利にならないように、年金、退職金、給与等の評価に対する考え方を一元化する仕組みの構築が重要となる。
  4. ストックの仕組みとしては、様々なデータベースの構築を徹底して行い、活用のために効果的な検索システムを整備することが重要である。
  5. さらに、フローとストックを促進する仕組みを定量的に理解することは、現状の進捗状況を把握し、さらに活用するために重要であり、このダイナミズムを評価するための共通ツールとしての指標(イノベーションインデックス)の開発が重要である。
    以上の視点に立った「教育(人材育成)システム」と「研究(科学技術革新)システム」と「イノベーション・システム」との三位一体的推進の仕組みとその実現に向けた制度改革を提言する。

提言4.革新的科学技術創造の成果の活用と、イノベーション実現に向けた戦略的資源投入の強化を図るべく、新領域や融合分野での活性化を促進する。その実行に向けて欧米の国家予算投資システムも参考にして、戦略的な資金、人材の投入を図る助成策に向けた以下の改革を行う。
1)産業リードによる産学官連携への資源の戦略的投入
2)融合分野成果活用促進のための、試作開発および関連ソフト開発への公的資金の戦略的投入
3)大学等における新領域・融合分野カリキュラム体系化の促進と指導教授の育成助成

提言5. イノベーション創出への動機付けの強化
イノベーションを強力に推進するために、イノベーション推進者の育成・強化と、その活動の成果に対する評価を促進する施策を強化する。
並行して、イノベーションの活用に向けた動機付けを奨励する諸施策も強化する。
そのために以下の改革を行う。
1)公務員、独立行政法人、大学の教職員等の人事考課に、「科学技術的知の創造を活用し、イノベーション創出に向けた活動に対する成果」も評価し処遇に反映する制度の導入・促進する。
その評価において、特に「価値のフローとイノベーションの各フェーズ間のインターフェース役に関わる諸活動の成果」を重視することが求められる。
2)初・中等および高等教育の各段階において、社会革新・技術革新・イノベーションの一体的な体験型教育の充実に向けた振興策
3)イノベーター人材国際交流奨学金制度の充実

3.マネージメント部門の国際競争力強化に向けた提言

 我が国の産学官等の各界におけるマネージメント部門の能力と生産性の向上が、我が国の持続可能なイノベーション競争力の強化に必要不可欠である。即ち、各企業等においてトップマネージメントを支えるツールとして運営されている情報管理システム(IMS)、技術経営や危機管理等の経営関連緒システムは、個々にはそれなりの効果を挙げているが、経営トップのイノベーション創出への意思決定を直接支える統合された仕組みとしては必ずしも十分に効果を発揮してはいないケースが多い。このため、以下の諸対策を産学官等の各組織において速やかに講じる必要がある。

提言1. 産学官各界におけるマネージメント部門の能力と生産性の向上を図るために、以下の強化策と改革を誘導する。
1)経営関連諸システムを経営トップの意志決定支援システムへ再構築することによる、トップマネージメントのイノベーション創出構想力の強化、及び環境変化への迅速かつ的確な対応力を強化する。
2)組織内外の「有形・無形の知的財産」を新たな価値を生む事業目的達成に向けて、統合・活用する能力を持つ「知恵者:差別化技術創造人材やΣ型統合能力人材等」と、それを支えるグローバルな社会経済と市場動向変化に洞察力を持つ「環境・情報アナリスト」の組織内での養成と確保策を行う。
3)以上の実現のために、経営トップ部門の科学技術リテラシー力の向上とイノベーション創出能力の強化を図るべく、たゆまざる組織内人材育成・訓練体制の強化をΣ型統合人材の育成と活用の視点から行う。

4.中堅中小企業、ベンチャー等へのイノベーション人材支援の強化に向けた提言

 イノベーションの主たる担い手として期待される中堅・中小企業及びベンチャー企業等のイノベーション・マネージメントの国際競争力を向上させる必要がある。
このため、以下の国策的対策を講じることを提言する。

1)「イノベーション推進リーダー」や「技術マネージメントリーダー」等を育成・派遣する仕組みに対する公的支援
2)これらの人材を中小企業、ベンチャー等が雇用する際の公的助成制度の創設
3)これらの諸施策を活用した大学院における教育研究への活用による「実践型技術者育成プログラム」に対する公的支援

第4章 持続可能なノベーション創出能力強化の推進基盤構築に向けた提言

 第3章においては、日本再生に必須の「持続可能なイノベーション創出能力の強化に向けた提言をまとめた。それらの諸提言を具体的な施策に具現化し、国を挙げての推進に向けた司令塔となる国家的な推進基盤の構築がきわめて重要である。
この視点からの提言を以下に行う。

1.総理大臣を議長とする「教育・科学技術・イノベーション推進会議」の創設と、「イノベーション創出促進研究資金提供機関の一体化」に向けた提言

 我が国の持続可能なイノベーション創出能力強化を実現する為に、従来政府内に、教育改革と科学技術革新とイノベーション推進の個別の司令塔を持っている現状を改め、「教育(人材育成)」と「科学技術振興(研究開発)」と「イノベーション推進(社会・経済的価値創造)」の国創りの三大要素の一体推進の司令塔役を担い、かつ「社会経済安定成長」政策の推進基盤も併せ持つ「教育・科学技術・イノベーション推進会議」を内閣総理大臣の直轄組織として創設し、産業界との推進のプラットフォームを形成する。
 「教育・科学技術・イノベーション推進会議」には産学官の実力ある有識者の参加のもとで、国家的に総合的かつ一体的な司令塔機能を持たせるべきである。
 同時に、この司令塔機能を実効ある形で発揮させるべく、米国のシステムを参考にして、イノベーション分野ごとに、入り口から出口まで一貫した研究開発資金供給を担うファンディング機関の統合を提言する。
 尚、その際に第1.章3節にて提起した「純粋基礎研究の資金枠の確保と評価基準の差異化と明確化」を忘れてはならない。

2.産業・教育界の合同イニシアチブによる「教育・科学技術・イノベーション推進協議会(仮称)を創設し、政府の「教育・科学技術・イノベーション推進会議との両輪を構築する。

3.国民的支持とイノベーション文化浸透活動に向けた提言

 我が国では、イノベーションを担う推進主体が明確な役割分担をしているのではなく、むしろ互いに連携することで、相互の役割が明確になり、相互に力を発揮できるようになっている。つまり、欧米の二項対立型ではなく、調和を尊しとする考えの中で、固定的な役割分担ではなく、相互・協働プロセスの中で最適な役割分担の割り振りが行われる。その意味では起業家、キャピタリスト、技術者、経営トップという明確な、かつ固定化した役割分担では機能せず、先に述べたような知の創造や、その成果の利活用の両面において、リテラシーをもち、また様々な幅の広い興味と柔軟性を持つ人材を育成し、相互のネットワークを機能させて集積させることが最も重要な政策の要諦になる。
 イノベーションの国民的な支持を得るプロセスをこの政策の中に組み込むためには、相互の役割や科学技術的知の創造とその成果の利活用の両面において、リテラシーを持ち、また様々な幅の広い興味と柔軟性を持つ人材像を明確にした上で、イノベーションを迅速かつ強力に推進する科学技術駆動型イノベーション文化の醸成の必要があることを国民に明確に示し、それに対する理解を得る必要がある。
 この視点に立った以下の提言を行う。

提言1.未来創造を推進することの重要性の意義を盛り込んだ科学技術駆動型イノベーション文化浸透のための国民運動の推進

提言2.参加型イノベーション政策の形成と取り込み(例えば「国民参加」等による異分野・異業種の融合場の推進と評価)

提言3.グローバル化、オープン化の視点を堅持しつつ、日本型イノベーションを推進するトップマネージメント人材の育成強化と社会・国民への見える化促進

以上

 

結び

 現在の我が国のイノベーション創出政策と関連する国の文化は、世界各国の激しいイノベーション創出の潮流と比較して脆弱と言っても過言ではないだろう。
この危機感の産学官民の共有化と、本提言に掲げた「持続可能なイノベーション創出能力強化」の諸施策を、21世紀の日本の活路の開拓(ナショナル・サステイナブル・イノベーション)とともに、持続可能な世界の発展に向けたイノベーション(グローバル・サステイナブル・イノベーション)実現への貢献に向けた複眼的視野のもと、早急に強化・再構築し、その実行・展開が国家として焦眉の課題である。

 エネルギー・環境・経済問題等々、日本を取り巻く世界の環境は急速に変化している。こうした時代における科学技術駆動型イノベーション実現とその創出能力強化に向けた先駆的な役割こそ、我が国の国家戦略の基本とせねばならない。
その国家戦略の一環として、国内にとどまらずアジア圏における「イノベーション・パイプライン・ネットワーク」の中核となる「アジア科学技術研究圏」構想を提言した。

 我が国は、科学技術的知の創造を社会・経済的な価値へ結合・具現化する強力なポテンシャルと、伝統の「和を重んじる文化」に裏打ちされた地球的課題を解決する「知の統合」能力を持つが、それらが現状、十分に活かされてはなく、それを担うイノベーション人材育成も崩壊の危機にあるとの国民的危機感を共有せねばならない。
 今こそ産官学と国民が一体となって取り組むべき「教育・科学技術・イノベーションの三位一体的総合政策」と「持続可能なイノベーション創出能力強化政策」の国内的視野とアジア圏的視野に立った実行が極めて重要な時期である。

 我が国は、明治維新、第2次大戦後の戦後復興に次ぐ、第3の国創りの重大変革期を迎えている今、「勝負はこの10年! 改革は今!」の国民的スローガンのもとで、本提言の確実な実行によって「日本新生」と「アジア圏の持続可能なイノベーション」の実現を図ろう。

以上

参考文献

(1)第3期科学技術基本計画、閣議決定(平成18年3月28日)
(2)イノベーション創出総合戦略、総合科学技術会議(平成18年6月14日)
(3)科学者コミュニティが描く未来の社会、日本学術会議(平成19年1月25日)
(4)長期戦略指針「イノベーション25」、閣議決定(平成19年6月1日)
(5)緊急提言「日本再生と低炭素社会実現に向けて」~持続可能な自己革新能力強化策~、社団法人日本工学アカデミー、(平成20年3月13日)
(6)提言「持続的イノベーション創出能力強化による日本新生」、社団法人日本工学アカデミー(平成20年8月)

日本工学アカデミー政策委員会 「第4期科学技術基本計画への提言」タスクフォースメンバー

幹事:柘植 綾夫(日本工学アカデミー理事、芝浦工大学長、三菱重工特別顧問、前総合科学技術会議議員)
副幹事:旭岡 勝義(日本工学アカデミー政策委員、社会インフラ研究センター代表取締役)
委員:有信 睦弘 (日本工学アカデミー政策委員、株式会社東芝顧問)
委員:有本 建男(日本工学アカデミー政策委員、科学技術振興機構社会技術研究開発センター長)
委員:井上 孝太郎(日本工学アカデミー政策委員、科学技術振興機構上席フェロー)
委員:大来 雄二(日本工学アカデミー政策委員、金沢工業大学客員教授)
委員:小舘 香椎子(日本工学アカデミー政策委員、 日本女子大名誉教授)
委員:小林 信一(日本工学アカデミー政策委員、筑波大学教授)
委員:諏訪 基(日本工学アカデミー政策委員、国立障害者リハビリテーションセンター研究所長)
委員:長島 昭(日本工学アカデミー政策委員、中部大学特任教授)
委員:平澤 泠(日本工学アカデミー政策委員、 平澤事務所所長)
委員:前田 正史(日本工学アカデミー政策委員、 東大理事・副学長)
委員:松見 芳男(日本工学アカデミー政策委員、伊藤忠先端技術戦略研究所長)

アドバイザー
委員:川崎 雅弘(日本工学アカデミー副会長、リモート・センシング技術センター理事長)
委員:鈴木 浩(日本工学アカデミー、GEエナジー 技監)
委員:久田 安夫(日本工学アカデミー、株式会社ゼネシス名誉会長)

以上

お問合せ先

研究振興局学術機関課企画指導係

高橋、中村、谷村
電話番号:03-5253-4111(内線4295)、03-6734-4169(直通)

-- 登録:平成22年04月 --