答申素案

平成20年1月15日

6.施策を推進するに当たっての基本的な考え方

(1)これまでの生涯学習の振興方策等について

  •  我が国におけるこれまでの生涯学習振興行政・社会教育行政の経緯については、別表のとおりである。我が国において「生涯学習」という言葉は概ね国民に定着しており、平成17年に内閣府が実施した「生涯学習に関する世論調査」(注1)によれば、「生涯学習」に対する国民の認知度は約8割にのぼっている。

    • (注1)内閣府(平成17年5月)
  •  生涯学習の振興のための施策の推進体制については、平成19年現在、全ての都道府県に生涯学習担当部局が設置され、38都道府県に生涯学習審議会が設置されている。11年には、全国生涯学習市町村協議会が発足し、19年4月現在134市町村が加盟(注2)している。

    • (注2)全国生涯学習市町村協議会調べ
  •  他方、社会教育行政に関する職員組織を見ると、社会教育行政において市町村の教育委員会が大きな役割を果たしているにも関わらず、市町村教育委員会に配置されている社会教育主事等(主事、派遣主事、主事補)は、平成10年の4,923人から、17年には2,961人と、顕著な減少が見られる。これには、派遣社会教育主事の経費の交付税化や地方公共団体の逼迫した財政状況等、さらには地方分権の進展や少子高齢化等に対応した市町村の行政体制の整備等を背景として促進された市町村合併等の影響があると考えられる。
  •  司書、学芸員等については、館数の増加に伴い、総数としては増えているが、非常勤職員の割合が高まっている。また、公立図書館、博物館等においても指定管理者制度の導入が進みはじめている。一方で、住民の学習意欲の高まりや地域課題等に対応するため、専門的職員が継続的に資質を向上させる研修等の重要性は官民ともに一層高まっているとの指摘がある。
  •  1.(2)のこれまでの行政の経緯を踏まえると、生涯学習振興行政・社会教育行政に関する基本的な現状認識として、以下が挙げられる。
    •  生涯学習という言葉は国民にも一定程度定着したが、行政において、生涯学習と社会教育の概念の混同があるなどの指摘もあり、関係者が共通理解をし、それぞれその役割を果たすためにも、生涯学習・社会教育・学校教育の関係等について、概念の整理が必要である。
    •  生涯学習の振興のための施策の推進体制については、生涯学習振興法の制定等により制度的には一定程度整備されたが、特にその中核を担う社会教育行政を担う組織については、地域による状況の差等が指摘されている。再認識されるべき社会教育行政の大きな役割や高まる学習需要に応えていくためには、社会教育を専門とする人材や社会教育施設等の在り方について検討する必要がある。
    •  生涯学習が「個人の要望」、すなわち各個人の自発的な意思に基づく広範なものという基本的な認識から、これまで「社会の要請」の視点から行政として特に重視すべき分野やその政策的な意義等について必ずしも十分に明らかにしてこなかった。このため、これらについて検討する必要がある。
    •  生涯学習の振興方策において、これまではややもすると推進体制の基盤整備や学習機会の提供等に重点が置かれ、学習成果の評価については必ずしも十分な対応がなされてこなかったことから、社会における活用や通用性を踏まえた学習成果の評価の必要性も踏まえ、その方策について検討する必要がある。
    •  改正教育基本法を踏まえ、生涯学習振興行政・社会教育行政について見直すべき点がないか検討する必要がある。

(別表)

1これまでの生涯学習振興行政の経緯
(「生涯教育」の概念の提唱)
  •  「生涯学習」の考え方に先立って、昭和40年にユネスコの成人教育に関する会議において、「生涯教育」が、人生の諸段階、生活の諸領域におけるフォーマル、ノンフォーマル、インフォーマルな教育・学習の全てを含む総合的な概念として提案されている。提案者のポール・ラングランは教育が児童期・青年期で停止するものではなく、人間が生きている限り続けられるべきものであり、このような方法によって、個人及び社会の永続的な要求に応えなければならないと、「生涯教育」の必要性・重要性を説いた。このような概念はその後国際的にも普及していった。
(我が国における「生涯教育」、「生涯学習」の概念の提起)
  •  我が国では、昭和46年の中央教育審議会(「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」)及び社会教育審議会答申(「急激な社会構造の変化に対処する社会教育のあり方について」)で生涯教育が検討課題として提議されたほか、56年の中央教育審議会答申(「生涯教育について」)において、初めて本格的に「生涯学習」の考え方が取り上げられている。この答申において、「生涯教育」は、「国民一人一人が充実した人生を送ることを目指して生涯にわたって行う学習を助けるために、教育制度全体がその上に打ち立てられるべき基本的な理念である」とされている。
  •  また、「生涯学習」は、「今日、変化の激しい社会にあって、人々は、自己の充実・啓発や生活の向上のため、適切かつ豊かな学習の機会を求めている。これらの学習は、個々人が自発的意思に基づいて行うことを基本とするものであり、必要に応じ、自己の適した手段・方法は、これらを自ら選んで、生涯を通じて行うものである。この意味では、これを生涯学習と呼ぶのがふさわしい。」とされており、この考え方は、平成2年の中央教育審議会答申(「生涯学習の基盤整備について」)をはじめ、その後の答申等においても踏襲されている。
  •  昭和59年から62年にかけて設置された臨時教育審議会の4次にわたる答申においては、学歴社会の弊害の是正と新たな学習需要の高まりに応え、学校中心の考え方を改め教育体系の総合的再編成を図るという「生涯学習体系への移行」が、「個性重視の原則」、国際化や情報化という「変化への対応」と並ぶ教育改革の3つの基本理念の一つとして提言された。
(生涯学習を推進する体制の整備)
  •  これらの答申等を受け生涯学習を推進する体制の整備が進み、昭和63年には文部省(当時)に生涯学習を担う局が置かれた。また、平成2年の中央教育審議会答申を受け、同年「生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律(生涯学習振興法)」が制定されたことにより、都道府県を単位とした全国的な体制整備が図られ、あわせて、文部大臣の諮問機関として、生涯学習に係る機会の整備に関する重要事項を調査審議する生涯学習審議会が設置された(13年1月の中央省庁再編により、中央教育審議会生涯学習分科会に再編)。
  •  生涯学習振興法には、国における生涯学習審議会の設置のほかに、都道府県について、1教育委員会が生涯学習の振興に資するために必要な体制の整備を図りつつ、事業を一体的かつ効果的に実施するよう努めること、2地域生涯学習振興基本構想を作成することができること、3都道府県生涯学習審議会を置くことができること等が規定されている。また、市町村については、関係機関及び関係団体等との連携協力体制の整備に努めることが規定されている。
(これまでの生涯学習の振興に係る提言等)
  •  その後は、平成3年に中央教育審議会答申(「新しい時代に対応する教育の諸制度の改革について」)において、学校教育をも含めた社会の様々な教育・学習システムを総合的にとらえ、人々の学習における選択の自由を拡大して、生涯にわたる学習活動を支援していくことが重要であるとの認識の下、それまでの生涯学習の振興のための基盤づくりや機会の充実等のみならず、生涯にわたる学習の成果を評価する仕組みの必要性について指摘がなされた。
  •  そのほか、近年においては、生涯学習審議会等の答申として、地域における生涯学習の振興のための地域の拠点整備や地域への貢献について提言した「地域における生涯学習機会の充実方策について」(平成8年)や、「生活体験・自然体験が日本の子どもの心をはぐくむ」(11年)、「学習の成果を幅広く生かす」(11年)、「新しい情報通信技術を活用した生涯学習の推進方策について」(12年)、「青少年の奉仕活動・体験活動の推進方策等について」(14年)等、様々な提言が行われている。また、今後の生涯学習の振興方策について、16年に生涯学習分科会の審議経過の報告が行われており、生涯学習を振興していく上での課題等について指摘がされた。
2これまでの社会教育行政の経緯
(我が国における社会教育関係法の制定)
  •  社会教育行政は、戦後、憲法及び教育基本法(旧教育基本法)の理念に基づき、昭和24年に制定された社会教育法等の関係法令にのっとり、住民の自主的な社会教育活動を尊重しつつ、その奨励・援助を行ってきた。
  •  社会教育法の目的は、社会教育に関する国及び地方公共団体の任務を明らかにすることであり、その任務は、すべての国民があらゆる機会、あらゆる場所を利用して、実際生活に即する文化的教養を高め得る環境を醸成するよう努めることとされている。また、社会教育が学校教育及び家庭教育との密接な関連性を有することにかんがみ、学校教育との連携の確保に努めるとともに、家庭教育の向上に資するよう必要な配慮をするものとされている。
  •  また、社会教育法には公民館について定められており、その事業、運営方針、公民館運営審議会等について規定されている。昭和21年には、「公民館の設置運営について」という文部次官通牒が発出されており、公民館が、社会教育法制定以前から社会教育の拠点として重視されていたことがわかる。
  •  社会教育法第9条において「社会教育のための機関とする」とされ、「必要な事項は、別に法律をもつて定める」とされていた図書館及び博物館については、昭和25年に図書館法が、26年に博物館法が制定され、その目的、事業、専門的職員等について規定されている。改正教育基本法第12条の「社会教育」においても、この2つの施設は公民館とともに社会教育施設であることが明確にされており、社会教育の重要な拠点であることも同様である。
(その後の社会教育行政の改革等)
  •  社会教育法は、制定以来今日までに、昭和26年、34年、平成11年、13年と4度の主要な改正を経ている。すなわち、社会教育関係職員の充実を図るため、昭和26年に一部改正が行われ、社会教育主事及び社会教育主事補に関する規定を加え、これらの職に法的根拠を与えた。
     また、昭和34年には、社会教育行政の一層の充実を図るため、市町村について社会教育主事を設置する義務を課し、社会教育主事講習の充実に関する規定を置いたほか、国及び地方公共団体から社会教育関係団体への補助金禁止規定の削除、公民館、図書館及び博物館に対し、必要な経費を補助できるよう規定の整備等が行われた。
     社会体育に関しては、昭和36年にスポーツに対する国民の関心の高まりに応えて「スポーツ振興法」が制定され、積極的な振興、助成策がとられることになった。
  •  昭和30年代の半ば以降、経済の高度成長に伴い、社会構造は著しく変化し、これに対応する社会教育の在り方が問われるようになった。昭和46年の社会教育審議会答申(「急激な社会構造の変化に対処する社会教育のあり方について」)では、生涯教育と社会教育の関係について整理をした上で、社会教育が担うべき役割に関する基本的な方向を示し、1社会教育の考え方の拡大、2生涯教育の観点からの体系化、3多様な要求に対応する教育の内容、4団体活動、ボランティア活動の促進、5社会教育行政の重点(施設と指導者の拡充)等を提言した。
  •  平成10年の生涯学習審議会答申(「社会の変化に対応した今後の社会教育行政の在り方について」)においては、社会教育行政は、生涯学習社会の実現を目指して、その中核的な役割を果たしていかなければならないとの指摘の下、地域社会の需要に的確に対応した社会教育行政を展開するための地方分権・規制緩和に係る改革の方向性について提言が行われた。これを踏まえ、平成11年に「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」による一部改正が行われ、社会教育委員の構成に関する規定の簡素化、公民館運営審議会の必置規制の廃止等が行われた。
     なお、同答申においては、社会教育と学校教育の連携を強化するための「学社融合」の推進、社会教育行政を通じた地域社会の活性化、ネットワーク型行政の推進等についても指摘している。
  •  さらに、平成12年の生涯学習審議会社会教育分科審議会報告「家庭の教育力の充実等のための社会教育行政の体制整備について」や教育改革国民会議報告(平成12年12月22日)等を受けて、13年に一部改正が行われ、1家庭教育の向上に資するための社会教育行政の体制の整備、2ボランティア活動等社会奉仕体験活動、自然体験活動等の体験活動の促進、3社会教育主事の資格要件の緩和等が行われた。

(2)生涯学習の理念等についての基本的考え方

  •  今後、関係施策を推進するに当たり、「生涯学習」と社会教育・学校教育の関係を改めて整理する必要がある。この関係はそれぞれの分野を担当する行政の関係と不可分であり、各行政が適切な役割分担の下、相互に連携して効果的に施策を推進するためには、今一度これらの関係を整理することが重要である。

(生涯学習と生涯教育)

  •  まず、生涯学習と社会教育等との関係を整理する前提として、「生涯学習」、「生涯教育」及び「生涯学習の理念」についてそれぞれ整理・明確化しておく必要がある。
  •  「生涯学習」は、「生涯教育」を学習者の視点からとらえ直した考え方・理念であると言われることがあるが、これについては、昭和56年の中央教育審議会答申(「生涯教育について」)でも明らかにされているように、「生涯学習」が生涯にわたって行われる「具体的な学習活動」を指すものであるのに対し、「生涯教育」が「考え方・理念」を表すものであるので、同質の対称的な概念として両者をとらえることは適切ではない。生涯教育という「考え方・理念」に対応する概念としては、改正教育基本法第3条に新たに規定された「生涯学習の理念」が適切である。

(生涯学習に関する定義)

  •  また、生涯学習という言葉の表す活動の幅があまりにも広範であり、その具体的な内容が定義されていないという指摘があるが、これについては、平成2年の中央教育審議会答申において指摘されているように、生涯学習は各個人が自発的意思に基づいて行うことを基本とし、手段についても必要に応じて、可能な限り自己に適した手段及び方法を自ら選びながら行うものとの考え方があることに留意する必要がある。
  •  あわせて、多種多様なかたちで実現されるべき生涯学習の具体的な内容を、法律上定義することはその性質上適当ではないとして、これまでも法律上の定義を置かなかった経緯があること、実態上も国民に生涯学習という言葉が一定程度定着していること等も考慮する必要がある。
  •  これらを踏まえれば、生涯学習の具体的な内容そのものを定義することよりも、行政として生涯学習を振興するに当たって、どの分野を対象とするのかなどを検討することが、今後の生涯学習振興行政にとって重要である。

(生涯学習と社会教育・学校教育の関係)

  •  このように整理した上で、生涯学習と社会教育・学校教育の関係を整理すれば、各個人が行う組織的ではない学習(自学自習)のみならず、社会教育や学校教育において行われる多様な学習活動を含め、国民一人一人がその生涯にわたって自主的・自発的に行うことを基本とした学習活動が生涯学習である、ということができる。この場合、概念的には、社会教育や学校教育そのものではなく、そこで行われる多様な学習活動が、生涯学習に包含される対象であることに留意する必要がある。

(生涯学習振興行政と社会教育行政・学校教育行政の関係)

  •  また、改正教育基本法において明らかにされているように、国や地方公共団体が学校教育や社会教育に関する施策等を実施する際には、生涯学習の理念に配慮する必要がある。
  •  このことを踏まえれば、生涯学習振興行政は、生涯学習の理念に則って、その理念を実現するための施策を推進する行政であるといえる。そのため、その行政に関する施策は、社会教育行政や学校教育行政によって個別に実施される施策を中心として、首長部局において実施される生涯学習に資する施策等に広がっている。これらの各分野ごとの施策において、それぞれ生涯学習の理念に配慮しつつ、各施策を推進することは必要であるが、その全体を総合的に調和・統合させるための行政が生涯学習の理念を実現させるための、生涯学習振興行政の固有の領域であると考えられる。
  •  その内容として、これまでも整理されているように、1国民一人一人がその生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができる社会の実現のための生涯学習の機会の整備のための施策(学習情報を提供することや学習者のための相談体制を整備すること、潜在的な学習需要を持つ人々に対しても適切な配慮を行い学習意欲を高めるための啓発活動を行うこと、関係行政機関等の各種施策に関し連絡調整を図る体制を整備すること等)、2生涯学習の成果を適切に生かすことのできる社会の実現のための施策(成果を生かす場や成果を生かすための評価のための制度の構築等)が具体的な施策として挙げられる。
  •  これらの施策は、学校教育、社会教育等のそれぞれの固有の行政の中の一部として実施することができるものもあるが、国全体、または地方公共団体全体の学習機会の整備や学習成果の活用方策等をとらえるためには、一般的には、一括して総合的に行政を行う方が、生涯学習の理念の実現を図る上でより効果的・効率的である。
  •  なお、「社会教育」が社会教育法第2条において、「学校教育法に基き、学校の教育課程として行われる教育活動を除き、主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動(体育及びレクリエーションの活動を含む。)をいう。」と定義されていることからも、社会教育行政は、学校教育として行われる教育活動を除いた組織的な教育活動を対象とする行政である。これは、いわば国民一人一人の生涯の各時期における人間形成という「時間軸」と、社会に存在する各分野の多様な教育機能という「分野軸」の双方から、学校教育の領域を除いたあらゆる組織的な教育活動を対象としており、その範囲は広がりを持ち、生涯学習振興行政において社会教育行政は中核的な役割を担うことが期待されている。
  •  生涯学習の理念に配慮しつつ、学校教育行政や社会教育行政等の実施する各施策全体を総合的に調和・統合させるための行政が、生涯学習振興行政の固有の領域であることを踏まえれば、本審議会においては、1生涯学習振興行政の固有の領域に係る施策について検討・提言することと、2学校教育や社会教育等の各施策について、生涯学習の振興の観点から検討・提言することの双方が考えられる。本答申においては、1についての検討・提言を行うほか、2については、学校教育に関して、本審議会の他の分科会において現在進められている審議や答申において具体的に検討・提言されていることにかんがみ、主に社会教育に関する検討・提言を行うこととしている。

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