答申素案

平成20年1月15日

3.目指すべき施策の方向性

(1)国民一人一人の生涯を通じた学習の支援−国民の「学ぶ意欲」を支える

  •  1.及び2.の社会の変化・要請と今後、各個人がそれに対応していくために必要とされる力等を踏まえ、国民が生涯にわたって行う学習活動を支援する際には、その前提として、学校教育外で各個人が行う学習は強制されるものではなく、その自発的な意思に基づくものであることを踏まえる必要がある。しかしながら、個々の学習活動を選択するのは各個人の意思であっても、国及び地方公共団体等の行政が限られた財政的・人的資源を投入して生涯学習を振興するための施策を講ずるに当たっては、我が国社会全体の知識基盤を強固にするという観点や、上述した社会や地域からの要請をも踏まえて、重点的に国民の学ぶ意欲を支えていくという視点が必要である。
  •  すなわち、行政としては、国民の各々の学習ニーズ等の「個人の要望」を踏まえるとともに、「社会の要請」を重視して、国民の学習活動を支援する際に、各個人の職業能力や就業能力(employability)等、変化の激しい社会において自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力を身に付けることを支援するという視点や、それがひいては、我が国社会の知識基盤を強固なものとする視点を持つことが重要である。その上で、行政が生涯学習を振興する目的や対象をより明確にし、そのための学習機会の充実を図り、さらには、それらの学習活動の成果が適切に評価・活用されることを可能とすること等により、より一層国民の学習活動を促進し、その成果が社会で発揮されるようにしていくことができる生涯学習社会を構築することが重要である。

1今後必要とされる力を身に付けるための学習機会の在り方についての検討

  •  生涯学習は各個人の自発的意思に基づいて選択され、行われることを基本とし、その目的も様々なものがあり得るとの考えから、その具体的な内容が行政により強制されることがあってはならない。しかしながら、行政が提供する学習機会等について、その内容や学習効果を教育的観点等から検証・分析し施策に役立てることは、国民が社会の変化に対応し社会的な生活を営んでいく上で必要とする学習の機会の充実を図るものであり、「国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう」(改正教育基本法第3条)行う生涯学習の振興の基本的な考え方に沿うものである。また、行政が実施した施策の効果について把握することは、政策評価の観点からも今後必要である。
  •  この観点から、今後は、子どもの学校教育外の学習の在り方についても、子どもたちが「生きる力」を身に付ける上で、より効果的・効率的な社会教育のプログラムとその在り方、様々な発達課題を習得させる上で適切な時期や実施方法、そのための体制の在り方等について検討することが重要である。その際には例えば、放課後や週末等の活動として、子どもたちに安全な居場所と多様な学習・活動機会を提供する「放課後子どもプラン」(注1)の取組やこれまで各地域で行われた来た様々な体験活動等を参考にしつつ検討を行うことが考えられる。学校教育外で行われる学習は自発的意思に基づいて行われるものであるが、このような検討を行い情報提供することは、各地域社会における取組の参考となると考えられる。また、このように学校教育内外で、子どもたちがその発達段階に応じて身に付けることが望ましい能力を総合的にとらえ、その上で、学校教育外で育むことが望ましいものについて検討することは、生涯学習の理念に沿ったものであるといえる。

    • (注1)平成19年度より文部科学省の「放課後子ども教室推進事業」と厚生労働省の「放課後児童健全育成事業」(放課後児童クラブ)とが、一体的あるいは連携した総合的な放課後対策(放課後子どもプラン)として実施されている。「放課後子ども教室推進事業」は放課後や週末等に小学校の余裕教室等を活用して、地域の人々の参画を得て、子どもたちに学習やスポーツ・文化活動、地域住民との交流活動等の機会を提供する事業。
  •  また、「生きる力」の考え方で示されているような力を身に付けるためには、家庭とともに学校の果たす役割が非常に大きいが、改正教育基本法第3条の「生涯学習の理念」において示されているように、国民一人一人が自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるようにするためには、家庭や学校において培われた力を、各個人がその後の人生の状況等に対応してさらに発展させていくことができるような環境づくりが必要である。
  •  成人については、2.のとおり、これまでも政府内で成人に必要とされる能力について、「人間力」や「社会人基礎力」(注2)等の概念により、その把握や明確化の試みがなされているところであるが、国際的にもOECDにおいて、個人や社会にとって必要不可欠で普遍的な成人の技能について調査測定しようとする検討が進められている。このような国際的な動向等も踏まえつつ、我が国においても、総合的な生涯学習の視点をもって成人についても、社会の変化に対応し各個人が自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力について様々な施策を講じる際に検討することは、行政として生涯学習の振興を図っていく上で必要な視点である。また、このような考え方は、学校教育、社会教育及び各個人がその生活・職務等で身に付けた能力の総合的な検証を行うこととも関連し、我が国の今後の生涯学習振興行政において、大切な課題である。

    • (注2)組織や地域社会の中で多様な人々とともに仕事を行っていく上で必要な基礎的な能力。構成する主要な能力として「前に踏み出す力」、「考え抜く力」、「チームで働く力」の3つを挙げ、さらにそれぞれの能力の具体的要素について提言されている(経済産業省社会人基礎力に関する研究会「中間とりまとめ」平成18年1月20日)

2多様な学習機会の提供及び再チャレンジが可能な環境の整備

  •  上記1のように、今後我が国においては、「個人の要望」や「社会の要請」に応じて、国民が必要とする力を身に付けるために必要な学習機会が提供され、人々の学習が円滑に行われることが必要である。その際には、生涯学習の理念の下、国民一人一人が生涯にわたって主体的に多様な選択を行いながら人生を設計していくことができるよう、いつでも「学び直し」や新たな学びへの挑戦、さらにはそれらにより得られた学習成果を生かすことが可能な環境整備を行うことが重要である。
  •  このような学習機会については、各個人が自己の充実・啓発等のために求める学習機会について環境が整備されていることが望まれるとともに、実社会のニーズに応じた多様な内容等、社会の要請が強い分野等についても学習機会が提供されることが重要である。現在、生涯学習の機会は、国や地方公共団体、大学、専修学校、社会福祉・職業能力開発施設、民間事業者、NPO等の多様な主体により提供されているが、今後は、それぞれ、社会の要請に基づく現代的な課題や地域社会、産業界等の要請を適切に把握した上で多様な学習機会が適切に提供されることが期待される。
  •  なお、社会の変化に対応するために必要な学習や公共の観点から求められる学習等については、学習者が必ずしも積極的に学習をしようとしない場合や、学習しようと思っても学習機会が十分にない場合、市場メカニズムに委ねていると民間事業者によって学習機会が提供されない場合等が考えられ、そのような課題については、行政が積極的に学習機会を自らが提供したり、学習者の興味・関心を育むための啓発活動を行ったり、また、様々な主体により提供される学習機会の把握に努め、国民の学習需要に応えられているか検証し、改善を図ることが必要である。このため、公民館、博物館、図書館、青少年教育施設等の社会教育施設の果たす役割は大きい。

3学習成果の評価の社会的通用性の向上

  •  国民一人一人の学習活動を促進するためには、各個人の学習成果が社会全体で幅広く通用し、評価され、活用できることが重要であり、そのためには学習成果を適切に評価する制度の構築が必要である。
  •  このような学習成果が適切に評価され生かされる方策の必要性・重要性については、平成2年の中央教育審議会答申(「生涯学習の基盤整備について」)でも明らかにされ、その後も3年の中央教育審議会答申(「新しい時代に対応する教育の諸制度の改革について」)における多様な学習成果を評価する仕組みを整備する必要性の指摘や、11年の生涯学習審議会答申(「学習の成果を幅広く生かす」)における、学習意欲を高めるためのみならず学習の成果を幅広く生かす観点から、学習成果を社会で通用させるシステムの必要性等の提言がなされている。さらに、改正教育基本法第3条の「生涯学習の理念」においては、生涯学習の「成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない」と、生涯学習の成果について新たに規定が設けられた。
  •  しかしながら、多種多様な主体が提供する学習機会について把握した上でそれらの学習成果を特定の者が客観的に評価することは困難であること等から、これまでの生涯学習の振興における方策は学習機会の提供・整備等の施策が中心となり、学習成果の評価やその社会的通用性の確立に向けた具体的な方策は講じられてこなかった。
  •  また、近年、民間事業者等を中心とした様々な学習機会(いわゆる「教育サービス」)が提供されており、学習者にとって多様な選択肢が用意されている。このような状況を踏まえ、様々な民間事業者等が提供する学習機会も含めて、その学習内容や学習成果等の質の保証や評価を行う方策、行政と民間事業者等との連携方策等について検討し、生涯学習の成果の社会的通用性を向上させる必要がある。

(2)社会全体の教育力の向上−学校・家庭・地域が連携するための仕組みづくり−

1社会全体の教育力向上の必要性

  •  国民が今後の社会の変化を生き抜いていくための力、すなわち子どもについては「生きる力」を、また、成人については、狭義の知識や技能のみならず他者との関係を築く力等の豊かな人間性を含む総合的な力を身に付けるためには、国民一人一人の学習の支援と共に、社会全体の教育力を向上させることが必要である。
  •  社会全体の教育力を向上させることは、それぞれの地域社会(注3)がその教育力(地域社会の教育力)を向上させることにほかならない。それぞれの地域社会には、様々な学習活動に関係する学校、家庭、社会教育団体、地域において活動する企業、NPO等が存在し、社会教育の充実に貢献してきているが、今後はそれぞれがその役割に応じて共通の地域の目標を共有することが求められる。

    • (注3)中央教育審議会生涯学習分科会・家庭・地域の教育力の向上に関する特別委員会「家庭・地域の教育力の向上に関する特別委員会審議状況について」平成18年9月19日より、「本委員会としては、地域の教育力について考える場合の「地域」とは、その住民間のコミュニケーションの総体として捉え、空間的な広がりとしては、基本的には小学校区程度と捉えることを前提として議論を進めるのが妥当であると考える。」との考え方を本答申でも踏襲することとする。
  •  例えば、子どもたちが身に付けるべき「生きる力」、すなわち、「基礎・基本を確実に身に付け、いかに社会が変化しようと、自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性、たくましく生きるための健康や体力などの力」は、学校教育の中のみならず、子どもたちが異なる世代の人々や他の家庭等の様々な人々と交流し、地域社会等における体験をすることがあいまって育まれるものである。そのような環境づくりは、学校や各家庭のみならず社会全体で取り組む必要がある。
  •  また、成人の様々な学習機会についても、従来型の教育機関、社会教育施設等の特定の主体によって提供され、固定的な特定の場で行われる機会のみでは十分でなく、多様な関係者が多様な機会を提供することが望ましい。
     例えば、大人の生涯学習は地域における子どもたちを育むための様々な活動に参加することによっても行われるものである。また、地域が抱える課題の解決等について、地域ニーズを共有し、地域の実情にも精通した地域の関係機関等が連携することにより関係者が学習をする機会をつくり、また学習した成果を関係者が生かすことにより課題の解決を図ることを可能とするなど、社会の教育力が貢献できる部分は大きい。さらに、このような各個人の学習参加を可能とするためのワーク・ライフ・バランスの確保のための企業との協力も必要であるなど、各個人が学習する機会や学習するための環境づくりに社会全体で取り組む必要がある。
  •  他方で、近年、少子化、都市化、情報化等の経済・社会の変化による地域社会の人間関係の希薄化や市町村合併等による地域社会自体の弱体化等、地域社会の教育力の低下の背景となる状況について指摘されており、地域社会の教育力を向上させる方策を検討することが急務となっている。そのような地域社会の教育力向上による地域社会の基盤の強化や再構築、社会の連帯の強化は、活力ある国家を支える基盤にもなり、その観点からも意義深い。
  •  近年、学習意欲や就労・就学意欲の低い青少年の増加等、青少年の社会的自立の遅れの増加等が指摘されているが、このような問題を解消し、健全な青少年を育成していくためには、社会全体がその責任を負い、すべての個人及び組織が、それぞれの役割及び責任を果たしつつ、相互に協力しながら取り組むことが必要であり、このためにも地域社会における教育力の向上が不可欠である。
  •  また、地域社会を構成する要素の一つであり、全ての教育の原点である家庭教育は、基本的な生活習慣や生活能力、自制心や自立心、豊かな情操、他人に対する思いやり、基本的倫理観や正義感、社会的なマナー、学習に対する意欲や態度等の基礎を子どもたちに育むものであり、その重要性には多言を要しない。しかしながら近年その家庭の教育力についても、少子化、都市化等の家庭を巡る状況の急速な変化により、親の過保護・過干渉や無責任な放任、育児不安の広がりやしつけへの自信喪失等、様々な問題が生じているとの指摘もなされており、社会全体で支援していくことが求められている。

2地域社会全体での目標の共有化

  •  このような地域社会の教育力の向上のためには、その地域社会の各関係者(例えば、学校、家庭、社会教育団体、地域社会において活動する企業、NPO等)が、子どもたちの「生きる力」をその地域で具体的にどのように育成するのか、そのために地域社会でどのような仕組みを作ってその教育力を向上させていくのかなどについて、当該地域社会におけるニーズを踏まえ目標を共有化することが必要である。
  •  そのための行政の役割としては、各地域社会の目標設定に資する情報の提供及び普及啓発を行うことや、一定の関係者間内の連携にとどまらず、広くこれまでの関係の枠内にとどまらない積極的な調整を行い、さらにそれを発展させ具体的な活動を触発する「調整者(コーディネーター)」として各関係者の連携を促進すること等が重要と考えられる。
  •  このような目標設定は、各地域社会ごとにその事情や地域住民の要請・ニーズを踏まえて決定されるべきものであり、その目標に応じて、地域社会ごとの各関係者の役割分担を考える必要がある。例えば、各地域社会において、NPO等が学校教育における学習の支援をどの程度まで行うのか、放課後の子どもの居場所において民間事業者の協力をどの程度まで得るのか、家庭教育支援の施策について首長部局やその関連機関とどのように連携を図るのかなどの具体的な役割分担の在り方は、各地域社会の事情や地域住民の要請・需要により判断されるべきものである。
  •  このような地域社会の教育力の向上を図るための具体的方策としては、例えば、家庭教育支援に係る事業や「放課後子どもプラン」、学校を支援する事業等が考えられ、これらの事業を各地域において実施することにより、関係機関等の具体的な役割分担や連携の在り方等の仕組みが当該地域に根付いていくことが期待される。
  •  なお、上述のとおり、各関係者の具体的な役割分担の在り方は地域社会ごとに決めるべきであるが、これまで我が国においては、どちらかといえば子どもの学習について、学校が抱え込んでしまう傾向があるのではないかという指摘や、地域社会の支援する役割が少ない、あるいは定着していないという指摘がなされてきた。学校は教育機関であり、地域社会における子どもの教育機能の中心的役割を担い、教育について大きな責任を負うのは当然であるが、今後は、目標を共有することにより、学校だけではなく、地域社会の様々な構成員からのより積極的かつ具体的な貢献が求められる。
  •  各地域における教育力の向上の必要性が高まる中、多様な関係者・関係機関が連携し、様々な学習機会が各地域において提供されることが望まれる。その際に、行政は、公民館、図書館、博物館、青少年教育施設等の社会教育施設をこれまで以上に活性化し、様々な教育課題や行政課題について新たな学習機会を提供するとともに、NPO等との一層の連携を進めることが望まれる。

3連携・ネットワークと行政機能に着目した新たな行政の展開

  •  地域における教育力の向上を図る上で、行政がその調整役となり、関係者が連携をし、多様な地域の課題等に応じた機能を持つネットワークを構築することにより、個別の課題に関係する地域の人々が目標を共有化した上で連携・協力し、課題解決等を図っていくことは有効である。
  •  そのようなネットワーク型の行政を推進することにより、これまでの個別の社会教育施設等において提供してきた行政サービスをより柔軟・機動的にそれを必要としている者等に行き届くようきめ細かい対応をすることが可能となり、今後は、地域社会の住民等のニーズに応じて、このようなネットワーク型の行政を活用し、必要とされるところに積極的に出向いていく行政を推進することも期待される。
  •  例えば、家庭教育支援については、支援を必要としている家庭等に対して訪問型による育児相談や情報提供、学習機会の提供等、きめ細かな家庭教育支援を行うことや、公民館等においても施設に来る対象者に対するサービスの提供の視点のみならず、その機能を核として民間事業者等と連携した「出張型」の講座等を実施すること、学校支援においても新たな課題について社会教育との緊密な連携を積極的に企画する等、地域のニーズに応じた様々な取組が考えられる。
  •  これまでも、福祉や学校教育等における他の行政分野においては、各地域において関係者の連携ネットワークを構築した上で、例えば問題を抱えている児童生徒等への訪問型の支援を行うなど、支援を必要としている対象者に行き届くきめ細かい行政への取組が行われているところである。しかしながら、生涯学習振興行政・社会教育行政においては、個人の自主的な意思を尊重するとの基本的考え方が強いこと等から、一部例外はあるものの、基本的には社会教育施設等の特定の機能を持った場においていわば固定的にサービスを提供する取組が主体であった。言うまでもなく、生涯学習及び社会教育は、学校教育等とは異なるものであり、強制されることがないよう留意する必要はあるが、他の分野における取組等も各地域において参考としつつ、今後は社会教育行政においてもこのような「機能」に着目し、支援を必要としているが自ら積極的に来ない者や来たくとも来られない者等に対する取組が期待される。行政の側がより積極的に「出むいて行く」ことにより、支援を必要としている者へのよりきめ細かい対応期待される。

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