第10節 科学技術の活用を通じた文化芸術の振興

 科学技術や情報通信技術の急速な発展は,新たな芸術の創造や文化財の保存・活用などの様々な場面において大きな影響を与えており,科学技術を活用した多様な文化芸術の振興が図られています。
 例えば,コンピュータ技術の発展により,コンピュータ・グラフィックス(CG)のような新たな表現手段を用いた多彩な文化芸術活動が可能になるなど,創造活動のけん引力となっています。また,情報通信技術の発達により,資料や記録などを電子化して保存するなど,文化芸術に関する情報の膨大な蓄積ができるようになり,インターネット等を用いて人々の利用に供するなど,遠く離れた文化財や,伝統芸能などの情報を得ることも可能になっています。
 このような科学技術の活用は,文化芸術の創造活動のみならず,その成果の普及や享受を通じて人と人との結び付きを強め,多様で広範な文化芸術活動の展開に貢献するものです。現在,科学技術の活用を通じた新たな文化芸術の保存・活用・創造を進めるため,様々な取組が行われています。

1.文化財の保存修復技術

 最近の科学技術を活用した保存修復技術の確立は,文化財の保存や修復の質的向上に寄与しています。
 例えば,非破壊・非接触を前提とした文化財の調査においても,保存修復技術の開発が大きな役割を果たしており,近年,文化財の科学的調査が盛んに行われるようになってきました。それには次の三つの目的があります。1文化財に使われている材料を特定することで修理・修復に利用する適切な材料・技法を知ること,2その作品に最も適した保存・保管の環境(温度・湿度等)を設定すること,3その作品の技術水準を知ることで作品の価値判断に資することです。以下に,具体的な文化財の科学的調査の事例を紹介します。

○尾形光琳筆「紅白梅図屏風」の材質調査

 「紅白梅図屏風」の調査に利用されたのは,文化財研究所が文化財の調査を目的として開発・導入した機器です。その一つが持ち運び可能な蛍光X線分析装置であり,この機器は元素レベルで画材の特定やその存在量の評価を行うことができます。また,デジタルX線画像撮影装置や高精細デジタル画像撮影装置など最先端のデジタル画像機器も積極的に利用され,さらに,蛍光撮影や赤外線撮影などの特殊撮影も行われました。これらの機器によって得られた調査結果を総合的に判断すると,「紅白梅図屏風」はこれまで考えられていたものとは全く異なる材料・技法によって描かれていることが明らかになりました。
 「紅白梅図屏風」には金色地部分にも,黒色の水流部分にも箔を重ねたような筋がほぼ規則正しく縦横に見えます。このため,金色地には金箔,黒色部分には銀箔を硫黄で反応させて黒くしたものが使われているという説が有力視されていました。しかし,今回の調査結果からは,この屏風には金箔も銀箔も使われていないことが明らかになり,金色地はごく少量の金と大量の有機染料によって描かれ,屏風中央の水流部分については黒色地も金色の水流文様もすべて有機染料だけを使って描き出されていることが突き止められました。

▲「紅白梅図屏風」
(国宝,MOA美術館所蔵)

▲「紅白梅図屏風」部分
(撮影:城野誠治)

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