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3 「教科志向型」JSLカリキュラム

1.「教科志向型」JSLカリキュラムの基本的な考え方

 「教科志向型」JSLカリキュラムは、各教科における学ぶ力の育成を目指すものである。各教科には特有の学び方があり、教科の学習のためにはその学び方を具体物や体験を支えにして習得していく必要がある。「教科志向型」と呼ぶのは、このカリキュラムを教科学習の前提として位置づけ、かつその学習過程に特徴をもたせたいためである。教科の学習は、抽象的・概念的な命題の学習が多くなり、それを言葉や記号を通して理解していくことが多い。だが、日本語の力が十分でない子どもたちにとって、こうした抽象命題の理解は難しく、しかも抽象と具象とを結びつけていく学習過程も困難を伴うことが多い。このため体験を重視し、具体物に触れながら抽象化するという学習の過程をとることが効果的だと考えられる。そうした学習の過程を通して教科の知識、概念の理解を促進することが大切になのである。
 「教科志向型」JSLカリキュラムは、各教科の学習活動への参加を通して「学ぶ力」の育成を目指すものである。基本的には「トピック型」JSLカリキュラムと同様に、各教科の学習活動をいくつかの局面に分け、その中で教科を学習していく上で必要な活動(例えば、観察、情報の収集、思考、推測など)を組み立て、そしてその成果を日本語で表現できるようにすることがねらいである。その活動は、教科の内容と密接に関連している。教科における「学ぶ力」を育成する上で適切な単元、領域、内容を設定し、その内容について学習を展開していくことになるが、その際、具体物や体験、あるいは既有知識を支えにする必要がある。このように、教科の内容に関連する学習活動を組織するとともに、学習過程で子どもたちが理解したことを日本語で表現できるようにすることが重要になる。
 「教科志向型」JSLカリキュラムでは、教科の知識・概念を習得すること自体が目的ではなく、知識や概念を習得できるようにする過程が重要になる。そのためにも、学習の過程において、一人一人の子どもの理解に応じたきめ細かな学習支援と日本語支援を行っていく必要がある。このことを簡単に図示すると、以下のようになる。授業の各局面において具体的な活動を意図的に取り込むこと、そして、その学習の過程において的確に学習支援と日本語支援を行うことで、学習活動が成立する。子どもたちは、適切な活動と多様な支援のもとに、各教科における「学ぶ力」を獲得していく。したがって、通常の授業よりも、きめ細かな学習活動を組織するとともに、そこに適切な支援を行うことが「教科志向型」JSLカリキュラムでは重要になる。

図 「学ぶ力」の育成のための方策

図 「学ぶ力」の育成のための方策

2.「教科志向型」JSLカリキュラムの開発の基本的な枠組み

2.1 開発の基本的な原則

 「教科志向型」JSLカリキュラムの開発に当たり、各教科の特性を考慮しつつも次のような共通の原則を設定した。

  1. 多様な学習歴、生活歴、文化的、社会的背景をもった子どもたちが対象となっていることを十分に意識し、そうした多様な子どもたちを教科の学びに参加させるための工夫をする。
  2. 具体物や体験によって子どもたちの学習活動を支える工夫をする。
  3. 完成したカリキュラムを開発するのではなく、カリキュラムづくりを支援するツールを開発する。
  4. 子どもたちが自分から日本語を使って学習内容を表現、発信することを重視する。
  5. 教科内容、教科固有の学習活動にかかわる語彙、表現の取り扱いについて教科ごとに明確な方針をたてる。

 この原則に従い、各教科の固有性を認めつつ、「教科志向型」JSLカリキュラムの開発を行った。

2.2 「教科志向型」JSLカリキュラムのねらい

 「教科志向型」JSLカリキュラムの開発に当たり、まず、日本語を母語としない子どもたちにとっての教科の位置づけを明らかにした。子どもたちは、どのような点で教科の学習に参加できないのか、どのような点に留意すれば子どもたちの学習が成立するのか、そのためにはどのような支援が必要なのかといった点について検討した。その上で、各教科において、学習への参加を促進するための具体的な手だてについて検討することから始めることとした。これまでは、子どもたちのマイナス面だけを強調する傾向があったが、子どもたちの既有知識、母文化での体験などを積極的に活かそうと考えた。その上で、「教科志向型」JSLカリキュラムのねらいを明らかにした。いずれの教科においても、「教科志向型」JSLカリキュラムのねらいは、教科における「学ぶ力」を獲得できるように支援することである。ただし、「学ぶ力」の獲得のための支援のあり方については教科特有のものがある。
 国語科では、「言語活動への参加を通して、互いの立場や考えを尊重しながら言葉で伝え伝え合う力を高めること」、算数科では「算数科の学習活動に参加しながら算数科に関連する概念や思考力を伸ばすこと」、理科では「授業の流れに乗って他の子どもと協力しながら実験、観察などを行い、それを通して様々な体験を生み出すことと、そうして得られた体験を理科的な概念でとらえ直す活動に参加すること」、そして社会科では「調べ学習に代表される社会科の授業に参加できることと、子ども自身がそうした過程をたどって学ぶ力を育成すること」がねらいになる。
 いずれも、教科の知識・概念等を習得することがねらいではなく、教科に参加するための力を付けることをねらいにしている。結果的に教科のものの見方、考え方が育まれるような支援が必要であることを示している。

2.3 「教科志向型」JSLカリキュラムの開発の流れ

 「教科志向型」JSLカリキュラムは、まず「ねらい」を明確にし、その「ねらい」を教科の特性を踏まえてより具体化した。つまり、各教科の中で日本語を母語としない子どもたちがその教科の活動に参加するための力を明確にした。次に、その力を育成するために適切な学習活動を検討し、その学習活動を組織できる方策を考えた。すなわち、「教科志向型」JSLカリキュラムでは、内容と活動は一体のものであり、各教科の内容に即して活動を展開していく必要がある。そこで、教科ごとにどのような学習活動を展開するかを明確にした。ただ、この学習活動をどのレベルで構想するかが教科によって異なっている。各教科とも子どもたちの行動レベルに応じた活動単位(AU)を設定しているが、それは「トピック型」JSLカリキュラムにおける活動単位であるAUとは必ずしも一致しない。
 「教科志向型」JSLカリキュラムの各教科の授業づくりは、基本的には「トピック型」JSLカリキュラムと同様の手続きで行うことにした。「学習活動」の局面の明確化、学習に参加できるようにするための支援と授業づくりのツールの明確化である。この順に簡単に手順を示す。

〈「学習活動の局面」の明確化〉

 「教科志向型」JSLカリキュラムでも、「トピック型」JSLカリキュラムと同様に、各教科の学習活動をいくつかの局面に分けて、それを授業の基本的な構造にすることにした。算数科、理科、社会科は、基本的にこの授業の構造が時間の流れに沿っており、展開過程として明確することができる。算数科、理科、社会科の授業の構造を示すと次のようになる。

  • 算数科
     「問題を把握する→解決の計画を立てる→計画を実行する→実行した結果を検討する」
  • 理科
     「課題の把握→予想→観察・実験・調査、結果→考察→発表」
  • 社会科
     「課題をつかむ(課題把握)→調べる(課題追及)→まとめる(結論付け)」

 ただし、国語科は、他の教科と異なり授業の展開が多様であるため、3領域1事項である「話す・聞く」「書く」「読む」「言語事項」に注目し、その領域・事項の「指導事項」ごとにどのような学習活動を組織すればよいかを明らかにした。

〈学習に参加できるようにするための支援〉

 子どもたちが各教科固有の学習活動として展開されている授業に参加し、各教科の「学ぶ力」を習得するには、多様な支援が必要になる。基本的には「トピック型」JSLカリキュラムと共通である。その支援は、大きく学習支援と日本語支援の2つに分けられる。無論、この両者は現実には密接に関連しており、子どもたちの教科内容の理解を促進するための支援と同時に、日本語で表現するための支援が必要になる。この点を踏まえ、学習内容と子どもたちの体験とを関連づけること、授業の展開過程が意識できるようにすること、そして、具体物や体験に支えられた学習を進めることを基本にして、教科ごとの支援を開発した。
 日本語支援として、教科内容の学習で学ばせたい言語表現に注目し、活動を通して日本語表現を身に付けさせるという支援を行う必要であるが、そのツールとして今回開発した各教科のAUを活用されたい。また、「トピック型」JSLカリキュラムにおいて開発した活動単位であるAU(Activity Unit)も利用できる。
 そして、理解と日本語での表現を同時に支援するものとして、教科によっては、ワークシートなどを用意した。

〈授業づくりのツール〉

 「教科志向型」JSLカリキュラムは、開発の基本原則に示したように、カリキュラムづくりを支援するツールだが、その内容は各教科によりやや異なっている。国語科では、「国語科AU」一覧を「話す・聞く」「書く」「読む」「言語事項」の3領域1事項ごとに示した。算数科でも同様に、「算数科AU」を作成した。理科では、「理解支援」「産出支援」「評価支援」という支援の構造に応じて、AU、ワークシートなどを作成した。社会科も同様に「社会科AU」を作成し、それぞれカリキュラム開発のためのツールとした。
 このように各教科とも「教科AU」を作成したが、この使い方は「トピック型」JSLカリキュラムと基本的で、実際の授業づくりの中で使うものである。子どもたちにとって、どのような学習活動が欠けているか、あるいはどのような学習活動があれば次の学習に結びつくのかといった点を考慮し、授業のアウトラインを決定することになる。そして、学習活動を組織する際に、どのような支援が必要かを明らかにする。その際、各教科でAUの一覧を示してあるので、そのAU一覧から応用できるものを選択する。さらに、活動に合わせた具体的な言語表現を準備し、教材・教具などを用意するといった手続きを踏んで授業づくりを行っていくことになる。

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