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第2章 心のケア 各論

4 外傷体験・危機的事態への対処法

1. 外傷(トラウマ)体験・危機的事態への対処

   外傷体験・危機的事態に遭遇した時に生じる「異常事態に対する心身の正常な反応」であるトラウマ反応も、ストレス反応と同じ心身のメカニズムによって生じている。また、外傷性ストレッサー、生活環境ストレッサー、心理的ストレッサーが複合的に影響を及ぼしている。従って、外傷体験や危機的事態に対する対処は、第2章―2「ストレスへの対処」で述べたように、ストレスの発生の各要因に働きかけることが効果的な対処方法であるといえる。 しかし、外傷体験や危機的事態に対する心のケアとしてさらに配慮しなければならない項目がある。本章では第2章―2「ストレスへの対処」の各方法を基本的対処法としたうえで、さらに配慮すべきことを取り上げる。

 
(1) 「安全と安心の保障」
   外傷体験や危機的事態による恐怖や緊張状態にある者に対するケアで最も優先しなければならないことは、「安全と安心の保障」である。まず、安全の確保を優先しなければならないが、いままでの危機管理の考え方では、安全が確保されても、安心の確保に対する十分な配慮はなされていなかった。心のケアを考えた危機管理では、「安全と安心の保障」が重要な視点になる。
 「安全と安心の保障」には、次のことが大切になる。
  【環境的安全の確保】  生命の安全を確保するための避難行動
【身体的安全の確保】  身体的な負傷の手当てなど医療的援助
【精神的安心の確保】  精神的な安心をもたらすことは、その後のトラウマ反応や様々な問題を予防する大切な援助行為である。
 特に、精神的安心の確保のために、次のような対処が必要になる。
   落ち着いた行動と対処
 子供は、大人達のパニックや混乱している姿をみて、どれほど異常な事態であるかを察知する。従って、大人が落ち着いて行動することは、子供達にストレッサーが脅威でないことを伝えることになる。
 また、子供は、自我機能が育っていないので、落ち着くために、大人たちの励ましや支えが必要になる。
 正確な情報の伝達
 「今何が起きているか」、「自分はどのように行動してよいかがわからない」時に精神的混乱(パニック)が生じる。子供達が理解できる言葉と内容で、「何が起きたのか」「どのように行動すればよいのか」を説明し、「大人達が守っているので安心していいこと」を伝える。
 海外での震災などの場合、言葉の問題から現地語のニュースが理解できずに、不安が増大することがある。正確な情報の把握と伝達が大切である。
 不安な感情などを受け止める
 不安や恐怖の感情を表現した時には、しっかりと話を聞き、感情を受け止める。また、このような感情やストレス反応は、「異常な状況に対する正常な反応である」ことをはっきり伝え、安心させる。

(2) 生活環境ストレッサーの低減
   震災やテロ事件などの外傷体験による直接的影響だけでなく、災害による家屋、仕事、安定した日常生活の喪失などの生活環境ストレッサーは、被災者の生活全般の健康度を低下させる。また、外傷体験に生活環境ストレッサーが加わることで、PTSDやストレス障害が発症しやすくなるので、生活環境ストレッサーを低減することは、予防上大きな意味がある。また、生活環境の回復が安心の回復につながる。被災直後では、避難所での居食住などライフラインの確保が大切であり、その後の復興の過程では、仕事や住居、対人関係の回復などが心理的な安定につながる。

(3) 飲酒や嗜癖行動を避ける
   被害者は、ストレスからの逃避として、飲酒、喫煙、過食、衝動的な買い物などの嗜癖行動が増加する。特に、飲酒行動は、アルコール依存になることがあり、注意が必要である。

(4) 心身の緊張を低下させる
   ストレス反応、トラウマ反応は、いずれも交感神経系が過活動の状態にある。従って、心身の緊張を低下させることが、回復への重要なプロセスである。しかし、被害者には、心理的ケアを必要としていても、心理的援助を受けたくない気持ちがあることがある。身体的ケアは比較的受け入れやすく、心のケアに抵抗感が感じられる場合は、心身の機能回復や、リラクセーションなどの身体的ケアから行うとよい。

(5) 自己コントロール力を取り戻す
   自己の対処能力を超えた出来事を体験したショックから、それまでできていた日常生活の様々な行動ができなくなることがある。それは、自己コントロール力の低下によるものである。また、恐怖、不安、緊張などの情動を自己コントロールできないことから、事態をさらに脅威的であると認識してしまう。
 ストレスマネジメントについて学習し、ストレス反応やその対処方法について理解することや、リラクセーションなどのセルフケアのスキルを体得することは、自己コントロール力を向上させることになる。自己コントロール力が低下している時は、日常生活の中で、自分でできることを自分ですることからはじめ、次第に自立した責任のある行動をとれるようにしていき、自己コントロール力を回復させる。

(6) 抑うつや過度の自己否定的な考えに注意する
   家族、大切な人、友人、自分の家などの喪失体験により、元気がなくなり、過度の無力感や強い罪悪感を持つ場合がある。喪失体験を自分のせいだと思い込んでしまい、自傷行為を行うことや、将来の希望や生きる自信がなくなり自殺を考えることもある。このような時は、良く話を聞き、過度の自己否定的な考えを取り除くことや、思いつめた行動はしないように約束すること、周囲の人が見守ることが必要である。

(7) 安定した人間関係を築く
   外傷体験により、社会や人に対する信頼感が失われ、人間不信になることがある。煩わしい対人関係を回避し、孤独感が強くなる。部屋に閉じこもり、家族とも話さないなど引きこもりに発展すると、社会生活への適応が次第に困難になる。外傷体験を受けた人が孤立しないよう温かな気持ちで関わり、気持ちを受け止め、人への信頼関係が回復できるよう援助することが大切である。また、困難な状況下での相互扶助や人に対する思いやりが、子供達の失われた信頼感を回復させる。

(8) 人生への再統合を計る
   外傷体験は不快な体験であり、思い出さないよう抑圧しようとする心の働きが生じる。しかし、心の奥底に閉じ込めておくことは、心の傷を持ち続けることになる。気持ちが安定できる範囲で、経験・感情を表現していくことが大切である。また、その出来事を、自分の人生のストーリーに再統合していかなければならない。そのためには、表現したことを温かく受け止めてくれる人が必要である。大切な人を失った悲しみは消えることはないが、その喪失体験が自分の人生にとって意味を持つことを自覚し、その経験を糧として人生を前向きに生きる気持ちを持てることが、心のケアの最終目標といえる。
 人生の目標や希望の発見を行うことは、現在の困難な状況を乗り越える力を与えてくれる。信頼できる人と、あるいは同じ体験を持つ人と共に支えあう体験を通じて、また、仕事、趣味、遊び、運動や様々な活動を通じて、将来を肯定的に生きる夢・希望・目標・信念が持てるよう援助していく。

(9) スクリーニングと専門的ケア
   精神症状・身体症状について、PTSDチェックリスト「IES-R(改訂出来事インパクト尺度)」p.41参照)などを用い、スクリーニングを行い、症状の強い被害者には重点的ケアを実施する。トラウマ反応の症状が強い時は、早期に専門的ケアを受けることが必要である。

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