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第1章 法制問題小委員会

第1節 権利制限の見直しについて

4  図書館関係の権利制限について

 
1 第31条の「図書館資料」に,他の図書館等から借り受けた図書館資料を含めることについて

 
 問題の所在

   図書館等は,著作権者の許諾なく「図書館資料」(図書館等の図書,記録その他の資料)を用いて著作物を複製することができ,公表された著作物の一部分に限り,図書館等の利用者の求めに応じて著作物の複製物を提供することができる(第31条第1号)。
 国立国会図書館,公共図書館(地方公共団体が設置する図書館及び私立図書館をいう。),大学図書館(短期大学及び高等専門学校が設置する図書館を含む。)等の間では,総合目録(注3)を用いた図書館資料の現物貸借(注4)が実務上広く行われている。しかし,第31条に基づき図書館等がその複製物を提供できる「図書館資料」に,他の図書館等から借り受けた資料(注5)が含まれるかどうかが明確でない。このため,遠隔利用者等に対して資料の複製物を迅速に提供できるよう,現物貸借された図書館資料を,貸出先の図書館等で複製することについて認めてもらいたいとの要望がある。

(注3)  複数の資料所蔵機関(図書館,資料センターなど)の蔵書を一覧できるようにした目録。図書館間の資料相互貸借(ILL:inter-library loan)を行うために資料の所在を確認するツールとして作成する(日本図書館協会図書館ハンドブック編集委員会編『図書館ハンドブック 第6版』(日本図書館協会,2005)296頁)。主なものとして,NACSIS-CAT(後掲脚注9参照)や国立国会図書館総合目録ネットワークなどがある。
(注4)  国立大学図書館協議会現物貸借申合せ(国立大学図書館協議会平成元年6月29日採択)一定義参照。
(注5)  国立国会図書館が貸し出す資料については貸出期間が1月以内(国立国会図書館資料利用規則(平成16年国立国会図書館規則第5号)第47条第1項),国立大学図書館が貸し出す資料については20日間(国立大学図書館協議会現物貸借申合せ 七 貸出期間.A)と規定されている。
 なお,現物貸借された資料について,国立国会図書館資料利用規則第50条第2項では,「資料の貸出しを受けた図書館等は,当該資料を,当該図書館等が定めた利用規則等に基づいて,所定の閲覧室において閲覧させるものとし,複写その他の方法で利用させてはならない。」とされている。他の図書館等間の現物貸借においても,現行の著作権法制度の趣旨及び資料の安全管理の観点から,同様の取扱いが一般的に普及している。

 検討結果

   図書館等の間で図書館資料の現物貸借が行われている場合,現行法の下においても,(1)図書館資料を貸出先から貸出元の図書館に戻し,(2)複製を希望する図書館利用者から改めて複製の申請をさせ,(3)図書館資料を所蔵する貸出元の図書館において複製し,(4)申請者に郵送するという手順を踏むことで,利用者がコピーを入手することは可能である。しかし,公共図書館においては郵送による複製物の送付を行わない施設が過半数あり,現物貸借により文献を閲覧した利用者は実際にはそのコピーを入手できない場合が少なくない。

  【郵送複写の実態】
(出典:社団法人日本図書館協会『図書館における著作権対応の現状 「日本の図書館2004」付帯調査報告書』57頁)

 公共図書館数は増加傾向にあるものの,年間受け入れ図書冊数や資料費は伸び悩んでいる。図書館等が増え続ける資料数に対応し,地域住民の生涯学習の拠点としての役割を担っていくためには,図書館等の間での図書館資料の相互協力が重要であることに着目する必要がある。このため,現物貸借された図書館資料については,借用を依頼し現に責任を持って当該資料を管理している貸出先の図書館等において,著作権法第31条第1号の条件を満たす場合には,当該資料の複製をすることができるとする方向で権利制限を行うことが適当であるとする意見が多かった。
 他方,本件の複製を認めることとすると権利者の利益を害するおそれがあるとの懸念から,権利制限をするのであれば,絶版その他これに準ずる理由により一般に入手することが困難な図書館資料に限定すべきではないかとの意見があった。また,現物貸借において扱われている図書館資料やそれらのうちどのような図書の複製が求められているかについての実態が明らかではなく,更に,現在,権利者団体と図書館団体が,現物貸借された図書館資料の複製の取扱いに係る合意の内容について協議を行っているところである。
 したがって,本件については,権利者団体と図書館団体との間の協議における合意の内容・推移を見守ることとし,今後,この合意の下では図書館による複製が必ずしも円滑に行われないとして,なお権利制限の必要有りとされる場合には,その具体的な条件について,現物貸借において扱われている図書館資料や図書館の蔵書の実態などを踏まえて検討することが適当である。

  【公共図書館数等の経年変化】
(出典:社団法人日本図書館協会『日本の図書館 統計と名簿 2004』27頁より)

年度(注釈2) 図書館数 年間受入図書冊数
(千冊)
資料費(注釈3)
決算
(億) (万)
1974 989 4,681 50 5788
1984 1,569 11,157 160 3538
1989 1,873 14,568 239 3605
1994 2,207 18,977 340 3027
1995 2,297 18,409 349 0813
1996 2,363 19,320 363 6370
1997 2,450 19,318 369 6972
1998 2,524 19,757 361 6139
1999 2,585 19,347 356 4338
2000 2,639 20,633 351 9525
2001 2,681 19,617 354 1654
2002 2,711 19,867 352 2070
2003 2,759 20,460  
2004 2,825    

注釈1  私立図書館を含む公共図書館の経年変化。
注釈2  図書館数については「年」を指す。
注釈3  資料費は経常的経費。

  【相互協力状況】
<公共図書館集計>図書館相互協力(2003年度実績)
(出典:社団法人日本図書館協会『日本の図書館 統計と名簿 2004』22頁)
  都道府県立 市区立 町村立 広域市町村圏 私立 前年度
貸出冊数 925,913 791,347 114,059 703 240 1,832,262 1,721,355
借受冊数 113,810 1,237,336 289,920 1,480 435 1,642,981 1,421,711

  <大学図書館集計>相互協力業務(2003年度実績)
(出典:社団法人日本図書館協会『日本の図書館 統計と名簿 2004』263頁)
  国立 公立 私立 大学計 短大 高専
図書貸借貸出冊数 57,943 7,112 62,313 127,368 1,432 121
図書貸借借受冊数 53,411 8,075 56,126 117,612 2,833 991

 
2 図書館等の間においてファクシミリ,電子メール等を利用して,著作物の複製物を送付することについて

 
 問題の所在

   大学図書館等間における文献複写に関する業務は,国立情報学研究所(旧文部省学術情報センター)(NII)が平成4年より提供するNACSIS-ILL(注6)を通じて,著作権管理団体との契約又は合意に基づき,ガイドラインに基づいて規律されており,郵送のほか,通信回線を利用した送信により複製物の無償提供が行われている。NACSIS-ILLの参加図書館数(平成16年現在で945図書館),複写件数は年々増加し,図書館実務において主要なものとなっていると考えられる。
 現行制度の下では,図書館等は,著作権者の許諾なく「図書館資料」を用いて著作物を複製することができ,公表された著作物の一部分に限り,図書館等の利用者の求めに応じて著作物の複製物を提供することができる(第31条第1号)が,著作物の複製物をファクシミリ送信,インターネット送信等の通信回線を利用する送信を通じて提供できることについて規定はない。このため,大学図書館等の間で実務上広く行われている,図書館等の間における通信回線を利用した文献複写(当該図書館等で所蔵していない図書館資料の複製物を,他の図書館等から取り寄せることをいう。)(注7)について,広く著作権者の許諾なく行えるようにし,遠隔利用者等に対して文献の複製物の迅速な提供という便宜を図ることが適当であるとの要望がある。

(注6)  NACSIS-CAT(オンラインによる共同分担目録,総合目録形成・提供サービス)で作成された総合目録データベースを利用して,参加機関間で相互貸借,文献複写の依頼,料金決済などを行うサービス(日本図書館協会図書館ハンドブック編集委員会編『図書館ハンドブック 第6版』(日本図書館協会,2005)301頁)。
(注7)  国公私立大学図書館間相互貸借に関する協定(平成12年10月12日実施国公私立大学図書館協力委員会決定)第2項及び国公私立大学図書館間文献複写マニュアル参照。

 検討結果

   本件の要望は,NACSIS-ILLを通じて大学図書館等において行われている複製物の提供方法と同様に,大学図書館等に限らず,利用者が身近な公共図書館等を窓口として所蔵館からの所蔵資料の複製物を受け取る方法として,ファクシミリや電子メール等を利用した送信を可能にしようとするものである。特に外国からの複製依頼に関して郵送のみによる対応に限定することは,研究活動等の著しい制限になり不合理であり,我が国が文化の発信に消極的であるとの批判を受けかねないことから,利用者の便宜を拡大することが強く望まれるとする意見があった。
 このようなことから,最終的な利用者に,窓口となる図書館から紙媒体による複製物1部を交付した後,中間的に発生した電子的複製物は所蔵館におけるものを含めてすべて廃棄することを条件に,認めてはどうかとする意見が多かった。ただし,大学図書館等に関しては,現状でもNACSIS-ILLを通じて,適切に運用されていると考えられるが,それ以外も含めて広く権利制限を行うことの適否については,大学図書館等間その他公共図書館等間におけるファクシミリ送信等の利用実績・ニーズを踏まえ,現行制度における権利処理の限界,権利制限の対象となる権利の種類,具体的な権利制限の規定の在り方,図書館における執行上のルールなどについて,具体的な問題点の整理が必要である。また現在,権利者団体と図書館団体との間で,図書館がファクシミリ等により複製物を提供できるようにすることについて,協議事項としている。
 したがって,本件については,上記の点を踏まえた,図書館関係者による具体的な提案が得られた段階で,権利者団体及び図書館関係者間の協議の状況も踏まえつつ検討することが適当である。

 なお,図書館等の間の送信だけでなく,更に進んで,所蔵館から利用者に直接通信回線を利用した送信をすることについて権利制限を行うべきとの見解もあったが,これについては,そもそも図書館の機能を超えているのではないか,権利者の利益が相当に害されるのではないかという指摘があった。

  【参考】NACSIS-ILLシステムについて−ILLシステムでの処理概念図
(出典:国立情報学研究所『ILLシステム操作マニュアル第5版2.ILLシステムの概要と運用』(http://www.nii.ac.jp/CAT-ILL/INFO/ILL/MAN5/ILL5/02/02_01.html(※国立情報学研究所ホームページへリンク)

  【NACSIS-ILLによる依頼レコード件数及び参加組織数の推移】
(出典:国立情報学研究所『NACSIS−ILL利用統計』(http://www.nii.ac.jp/CAT-ILL/contents/nill_stat_reqnum.html(※国立情報学研究所ホームページへリンク)

  【参考】大学図書館間協力における資料複製に関するガイドライン(平成17年7月15日 国公私立大学図書館協力委員会)(抄)

7. 受付館は,当該資料の複製ができるとき,以下の(1)又は(2)のいずれかの方法によって複製物を作成して依頼館に送付する。
 
(1) 受付館は当該資料の複製物を作成し,それを依頼館宛に郵便又は宅配便により送付し,依頼館は申込みをした利用者に渡す。
(2) 受付館は当該資料の複製を行い,依頼館宛に通信回線を利用して送信し,依頼館は紙面に再生した複製物を申込みをした利用者に渡す。通信回線を利用する送信とは,ファクシミリ送信,
インターネット送信(画像イメージを電子メールに添付して送信することを含む(注8))を含み,
当該資料の版面の画像イメージを電気信号に変換して電話回線あるいは専用回線などを用いて電送することをいうが,著作権管理団体との契約及び合意の趣旨にかんがみ,利用者には紙面に再生された複製物のみを提供すること,本ガイドライン第8項に従って中間複製物を破棄することの2点を必ず履行するものとする。いかなる場合にも受付館は,利用者に対して電気信号そのものの電子的乃至磁気的な記録としての複製物は提供しない。
(注8)  例えば,米国INFOTRIEVE社が提供するArielがあり,このソフトにより「LANに接続されたWindows PCを用いて,論文や写真などの様々なドキュメントをスキャンして作成した電子的なイメージデータを,FTPやE-mailを介して他のPCと送受信することができる」と説明している(http://www.maruzen.co.jp/home/irn/library/ill/ariel.html(※丸善ホームページへリンク))。

(中間複製物の破棄)
8. 前項(2)の場合,当該資料の版面の画像イメージの中間複製物を作成する必要がある場合があるが,そのような中間複製物は,その種類にかかわらず破棄する。すなわち,受付館は,送信のために紙面に再生した複製物又は電子的乃至磁気的な記録としての複製物の一方または両方を中間複製物として作成することになるが,そのいずれも破棄することとし,依頼館は,通信回線を利用する送信を受信したとき,利用者に渡す紙面に再生した複製物以外にも電子的乃至磁気的な記録としての複製物を中間複製物として作成する場合があるが,それも破棄するものとする。

(契約及び合意の内容)
10. 著作権管理団体との契約及び合意において規定されている,以下の点について留意しなければならない。
 
(1) 契約及び合意の当事者について
   現在,契約を締結している相手方は,株式会社日本著作出版権管理システムであり,合意書を取り交わしている相手方は,有限責任中間法人学術著作権協会である。

 
3 図書館等において,調査研究の目的でインターネット上の情報をプリントアウトすることについて

 
 問題の所在

   図書館等は,著作権者の許諾なく「図書館資料」を用いて著作物を複製することができ,公表された著作物の一部分に限り,図書館等の利用者の求めに応じて著作物の複製物を提供することができる(第31条第1号)が,それと同様に,図書館等が利用者の求めに応じ,図書館等が設置するインターネット端末からインターネット上の情報をプリントアウトして提供することについても,著作権者の許諾なくできるようにすることが適当であるとの要望がある。

 検討結果

   第31条第1号に基づく著作物の複製が図書館等による行為と解されるのに対して,図書館や公民館等に設置されたインターネット端末を使用して情報をプリントアウトする行為については,その端末の利用者が行為主体であると考えられる。したがって,利用者のこうした行為が,第30条第1項の「私的使用のための複製」に該当する場合や,インターネット上の情報の複製に明示又は黙示の許諾があると考えられる場合など,現行法の枠組みでも自由に行い得るケースが存在するという意見があった。また,図書館等に限り権利制限を行うとした場合,反対解釈により他の目的や施設では不可能と解されるおそれがあるとの意見もあった。
 現在までのところ,企業活動を目的とする場合を含めて,インターネット上に公開された情報のプリントアウトについて紛争になったことはほとんどない状況である。また,このようなインターネット端末からインターネット上の情報をプリントアウトして複製物を提供する施設は,社会教育施設における利用者用コンピュータの設置や情報システムネットワークの整備等に伴い,図書館等のみならず公民館,博物館等にも広がっており,本件は図書館等に限った問題ではない。
 したがって,図書館等のみならず一般的にどのように提供されているのか,現行法の枠組みで十分であるか否か,どのような手法により対応することが適切か等について,今後必要に応じ検討することが適当である。

  【社会教育施設の情報化の状況(平成14年度)】
(出典:文部科学省『データからみる日本の教育2005』37頁)


 
4 「再生手段」の入手が困難である図書館資料を保存のため例外的に許諾を得ずに複製することについて

 
 問題の所在

   近年,記録のための技術・媒体の急速な変化に伴う旧式化により,SPレコード,5インチフロッピーディスク,ベータビデオのように,媒体の内容を再生するために必要な機器が市場で入手困難となり,事実上閲覧が不可能となってしまうような状態が生じていることから,新しいメディアに媒体を移し替えて保存するための複製をできるようにすることが適当であるとの要望がある。

 検討結果

   再生手段の技術革新が進むことによって,図書館等で利用できる資料が減ってしまうことになるため,図書館等の使命にかんがみて,本件要望の趣旨に賛同する意見が多数であった。
 ただし,当該著作物について新形式の複製物が存在する場合は除くべきではないか,また,入手の困難性に関して判断基準を明確にする必要があるのではないかとの指摘があった。また,現行の第31条第2号は,「図書館資料の保存のため必要がある場合」は著作権者の許諾を得ることなく複製が可能であることを規定しており,このような現行法の枠組みで対処が可能ではないかとの意見もあった。
 したがって,このような現行法の枠組みや権利処理の取組により,どこまで対処が可能であるかの限界や,どのような場合に対処可能であるかの判断基準について,今後必要に応じ検討することが適当である。

 
5 図書館等における,官公庁作成広報資料及び報告書等の全部分の複写による提供について

 
 問題の所在

   図書館等は,著作権者の許諾なく「図書館資料」(図書館等の図書,記録その他の資料)を用いて著作物を複製することができ,公表された著作物の一部分に限り,図書館等の利用者の求めに応じて著作物の複製物を提供することができる(第31条第1号)が,官公庁広報資料等(国若しくは地方公共団体の機関,独立行政法人又は地方独立行政法人が,一般に周知させることを目的として作成し,その著作の名義の下に公表する広報資料,調査統計資料,報告書その他これらに類する著作物をいう[第32条第2項参照]。)については,一般への周知を目的としていることから,図書館等において報告書等の全部分の複製物を提供できるようにすることが適当であるとの要望がある。

 検討結果

   官公庁作成広報資料については,資料の性格上国民が利用しやすい形で提供すべきではないか,広範に読まれることに意味があり全文の複写はむしろ歓迎すべきことではないか,本来公益目的で作成されたものであり,第32条第2項の対象となる資料については自由に複製を認めて差し支えないのではないか等,本件要望の趣旨に賛同する意見が多数であった。また,米国著作権法第105条の規定(注9)を踏まえて,図書館に限らず一般的に全部分の複製を認めるべきとの意見もあった。
 ただし,官公庁が作成した報告書等について図書館等が全部分の複製物を提供できるように権利制限を行うに当たっては,いかなる機関又は法人が,一般への周知を目的として作成し,そのような権利制限を課すことが適当であるかを検討し,対象となる官公庁の範囲について整理する必要がある。
 本件については,基本的に何らかの措置を検討すべき事項と考えるが,著作権者である国等が「図書館における複製可」などの表記を行えば問題は解決し,あえて権利制限規定を見直す必要はないという意見もあったところであり,今後,「自由利用マーク」(注10)等の積極的な活用も含め,著作権処理の運用が適切に行われない場合には,複写の実態を踏まえ,権利制限を行うべき官公庁(国若しくは地方公共団体の機関,独立行政法人又は地方独立行政法人)の対象範囲などについて,必要に応じ検討することが適当である。

(注9)  「第105条 著作権の対象:合衆国政府の著作物 本編に基づく著作権による保護は,合衆国政府の著作物には及ばない…。」(『外国著作権法令集(29)アメリカ編』(社団法人著作権情報センター,2000年)〔山本隆司・増田雅子共訳〕21-22頁)
(注10)  著作者が自分の著作物を他人に自由に使ってもらってよいと考える場合にその意思を表示するためのマーク。自由利用マークには,「コピーOK」,「障害者OK」及び「学校教育OK」の3つの種類がある。(https://www.bunka.go.jp/jiyuriyo(※文化庁ホームページへリンク)

 
6 著作権法第37条第3項について,複製の方法を録音に限定しないこと,利用者を視覚障害者に限定しないこと,対象施設を視聴覚障害者情報提供施設等に限定しないこと,視覚障害者を含む読書に障害をもつ人の利用に供するため公表された著作物の公衆送信等を認めることについて

 
 問題の所在

   第37条第3項は,専ら視覚障害者向けの貸出しの用に供するために,著作権者の許諾なく著作物を録音することができる旨を規定しているが,対象施設としては,視聴覚障害者情報提供施設等に限られ,公共図書館等は含まれていない(著作権法施行令第2条)。また,録音データの公衆送信については権利制限規定がないため,著作権者の許諾を得る必要がある。
 一部の公共図書館,点字図書館では,視覚障害者等に対して,著作権者の許諾を得た録音データのインターネット配信を実施している。現行制度は貸出しの用に供するための複製の方法は録音に限定されており,録音以外の複製やこのような録音データ等の公衆送信については著作権者の許諾が必要である。
 また,現行制度では,視聴覚障害者情報提供施設等に当たらない国立国会図書館,公共図書館,大学図書館等においては,視覚障害者向けの録音資料の作成につき,著作権者の許諾が必要である。
 さらに,現行制度では,上肢障害でページをめくれない人,高齢で活字図書が読めない人,ディスレクシア(難読・不読症),知的障害者等,読書の手段として録音資料を利用している視覚障害者以外の障害者に対して貸し出すために録音資料を作成するには,著作権者の許諾が必要である。
 このような,図書館が障害者に対して行う資料の提供について著作権者の許諾なく行えるようにし,多様な障害者の情報環境の改善を図ることが必要であるとの要望がある。

 検討結果

   障害者による著作物の利用を促進するという趣旨に対しては支持する意見が多数であった。
 ただし一方で,一般に読書に障害を持つ人々の用に供するために図書館が複製や公衆送信を自由に行い得るとすることは問題がある,要望の範囲が広範に過ぎる,目的外利用されないようにどのように担保されるかが明らかにされていない,趣旨の明確化が必要であるなどの指摘があり,現行法の基本的な枠組みを変更することなく,障害者への一層の配慮をどのように具体化し得るのか,整理が必要である。
 また現在,権利者団体と図書館団体との間で,録音図書の作成に関してガイドラインが締結され,一定の条件の下で公共図書館での複製が可能となっており,あえて権利制限規定を見直す必要性は小さいという意見があった。
 したがって,本件については,図書館関係者から障害者にとっての権利制限の必要性を十分踏まえた,より具体的で特定された提案を待って,権利者団体及び図書館関係者間で行っている協議の状況や,国民全体が均等に,より高いレベルでの文化の享受し得るという観点も踏まえつつ検討することが適当である。

5  障害者福祉関係の権利制限について

 
1 視覚障害者情報提供施設等において,専ら視覚障害者に対し,公表された録音図書の公衆送信をできるようにすることについて

 
 問題の所在

   点字図書館等は,専ら視覚障害者向けの貸出しの用に供するために,公表された著作物を録音することができる(第37条第3項)が,公衆送信することはできない(第37条第2項)。
 視覚障害者に係る情報環境は,点字本から録音図書に大きく変化してきており,また,視覚障害者のうち点字を読むことができる者があまり多くない状況であることから,視覚障害者の多くが録音図書を必要としている。
 しかし,現状では,録音図書は権利者の許諾なくして公衆送信できないため,視覚障害者情報提供施設等では,録音図書を視覚障害者の自宅へ郵送することで対応している。だが,この郵送の方法は,当該図書を手にとることができるまでには,申込み,順番待ち,受け取りといった手順が必要であり,視覚の障害のある者にとって大きな負担であるとともに,随時必要な情報が入手できないことが問題となっている。そこで,視覚障害者情報提供施設等において,専ら視覚障害者に対する,郵送による貸出方法の代替手段として,公表された録音図書の公衆送信をできるようにしてほしいとの要望がある。

  【視覚障害者施設にある図書の種類】(出典:厚生労働省)

  【視覚障害者をめぐる状況】(出典:厚生労働省)

 なお,「びぶりおネット」という,録音図書の公衆送信を行う録音図書配信サービスが平成16年4月から実施されているが,スキームはあるものの,17年9月現在において,日本点字図書館で製作した配信可能な録音図書は,3,278タイトルあり,そのうち,許諾が得られて公衆送信できているものは1,564タイトル(48パーセント)であり,一括許諾を承認しない著作者や外国人作家等に関しては個別の契約が必要であるというのが実態であり,十分機能しているとはいえない。

  【びぶりおネット概略図】
(出典:日本点字図書館ホームページ(http://daisy.nittento.jp/configuration.html(※日本点字図書館ホームページへリンク)))
録音図書ネットワーク配信システム概略図

 検討結果

   視覚障害者による録音図書の利用をインターネットにより促進することが情報通信技術のもたらす利益を社会的弱者に広く及ぼすという意味で,極めて大きな公益的価値を有すると認められるため,本件要望の趣旨に沿って権利制限を行うことが適当であると考える。
 ただし,権利制限を認める場合には,対象者が専ら視覚障害者に限定されることや目的外利用を防ぐこと等を条件にすることとし,権利者の利益を害しないような配慮が必要である。

 
2 聴覚障害者情報提供施設において,専ら聴覚障害者向けの貸出しの用に供するため,公表された著作物(映像によるもの)に手話や字幕による複製について
また,手話や字幕により複製した著作物(映像によるもの)の公衆送信について
3 聴覚障害者向けの字幕に関する翻案権の制限について,知的障害者や発達障害者等にもわかるように,翻案(要約等)することについて

 
 問題の所在

   現在,聴覚障害者情報提供施設において,聴覚障害者用に字幕・手話入りビデオ,DVD等の貸出を行っているが,複製権との関係から,実質,多くの作品には字幕や手話を付与することは行われていない。また,字幕の公衆送信はリアルタイムによるものに限られていることから,字幕や手話を付した複製物を公衆送信するには許諾が必要である。これらについて,権利制限を認めてもらいたいとの要望がある。
 また,聴覚障害者向けに字幕により自動公衆送信する場合には,ルビを振ったり,わかりやすい表現に要約するといった翻案が可能(第43条第3号)であるが,文字情報を的確に読むことが困難な知的障害者や学習障害者についても,同様の要請がある。特に,教育・就労の場面や緊急災害情報等といった場面での情報提供に配慮する必要性が高いため,知的障害者や発達障害者等にもわかるように翻案(要約等)することを認めてもらいたいとの要望もある。

 検討結果

   上記2件の要望については,障害者による著作物の利用の促進という観点から一定の意義があると考える意見が多かった。
 ただし,例えば,権利制限の範囲の限定,その必要性の明確化(契約による権利処理の限界),障害者にとっての当該利用の意義などについて,更に趣旨を明らかにすべきという意見があった。
 したがって,本件については,聴力障害者情報文化センターと関係放送局,映画会社,権利者団体との間の契約システムの現状と上記意見を踏まえた上で,提案者による趣旨の明確化を待って,改めて検討することが適当である。

  【聴覚障害者/知的障害者/発達障害者をめぐる状況】(出典:厚生労働省)

 
4 私的使用のための著作物の複製は,当該使用する者が複製できることとされているが,視覚障害者等の者は自ら複製することが不可能であるから,一定の条件を満たす第三者が録音等による形式で複製することについて

 
 問題の所在

   視覚障害者,聴覚障害者又は上肢機能障害者等(以下「視覚障害者等」という。)は,自らが所有する著作物を自らが享受するためであっても,当該障害があるために,自ら,録音又は当該著作物の複製に伴う手話・字幕の付加を行うことが困難なことがある。そこで,一定の条件を満たす第三者によりそれらの行為が事実上なされたとしても,視覚障害者等自身による私的使用のための複製として許容されることが適当であるとの要望がある。

 検討結果

   自ら複製することができない障害者が他人の助けを借りることは当然であり,一般利用者との格差を解消する必要があるとして,権利制限に積極的な意見が多数であった。なお,非営利目的かつ無報酬で行われる場合に限定すべきとの意見もあった。
 一方で,本件の複製は,実態上はおおむね家庭外で行われる複製であり,「私的使用のための複製」(第30条第1項)の問題とすることは不適当ではないか,一定の条件を満たす第三者の範囲をどう特定するのかなど,十分な検討が必要との意見があった。
 ただし,これらの点について検討するためには実態を踏まえる必要があるが,実際にどのような場合にどのような第三者により複製が行われているか等,実態は必ずしも明らかではない。
 本件については,実態を十分踏まえた上で,「私的使用のための複製」の解釈による対応を考えるのか,あるいは,一定の障害者向けのサービスについて特別な権利制限を考えるのか,基本的な方向性に関しての議論を深め,具体的な問題点の整理を行った上で検討することが適当である。

6  学校教育関係の権利制限について

 
1 eラーニングが推進できるように,学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く)の授業の過程で使用する目的の場合には,必要と認められる限度で,授業を受ける者に対して著作物を自動公衆送信(送信可能化を含む)することについて

 
 問題の所在

   授業を直接受けている者がいて,かつ,その授業が別の場所で同時中継される形態で遠隔授業が実施される場合には,その授業を直接受ける者に対して提供・提示等されている著作物については,別の場所で当該授業を同時に受ける者に対し,原則として公衆送信(自動公衆送信の場合にあっては,送信可能化を含む。以下同じ。)をすることができる(第35条第2項)。
 同項が新設されたことにより,同時中継型の授業は,より円滑に展開し得るようになったが,同項の規定は,サーバ内に授業内容をあらかじめ蓄積しておき,任意の時間帯,任意の場所(在宅も含む)で学習できる形態のeラーニングには適用できない。そこで,そのような授業形態のeラーニングを推進するためには,現行第35条第2項は存置したまま,新たに,要件をより厳格化した上で,当該授業を受ける者に対して著作物を公衆送信できるようにすることが適当であるとの要望がある。

 検討結果

   eラーニングの実態を勘案すると,異時送信による利用にも権利制限を及ぼすべきであるとする意見もあった。しかし,履修者の数が大きくなれば,実質的に「著作者の正当な利益を不当に害することとなる場合」に該当してしまうのではないか,著作物が授業を受ける者以外の者に流通し著作権者の利益に悪影響を及ぼすのではないかなどとして,慎重な検討が必要とする意見があった。また,仮に法改正を検討する場合には,恣意的な解釈による運用を回避するために,教育機関の種別や態様に応じたガイドラインを設けるなど明確化を図る措置が併せて講じられるべきとする意見があった。一方,教育現場における著作物の利用に関しては,権利者・教育関係者の間で補償金による権利処理の実験的な取組が行われているところであり,実態も十分踏まえた上で検討する必要があるとの意見があった。
 したがって,本件については,著作権の保護とのバランスに十分配慮するため,いかに要件を限定しつつ,eラーニングの発展のために必要な措置を組み込むべきかなどについて,教育行政及び学校教育関係者による具体的な提案を待って,検討することが適当である。

 
2 第35条第1項の規定により複製された著作物については,「当該教育機関の教育の過程」においても使用できるようにする(目的外使用ではないこととする)とともに,教育機関内のサーバに蓄積することについて

 
 問題の所在

   教育を担任する者及び授業を受ける者は,その授業で使用するために,一定の限度で,著作物を複製することができるとともに(第35条第1項),当該複製物の譲渡をすることもできる(第47条の3)。しかし,当該複製物は,「その授業の過程」においてのみ使用できることとされており,他の目的に使用することは,原則として許容されていない(第49条)。
 第35条第1項の規定に基づいて授業の過程で使用された複製物について,学内で有効活用し,教育的効果の向上を図るため,当該複製物を「当該教育機関の教育の過程」においても使用できるようにする(目的外使用ではないこととする)とともに,当該教育機関内のサーバに蓄積して,見ることができるようにすることが適当であるとの要望がある。

 検討結果

   授業の質を高めるために,同じ教育機関の内部で情報の交換・相互利用は有意義であり,可能な限り認められるべきだとする意見もあった。しかし,「当該教育機関の教育の過程」の定義が不明確ではないか,教育機関のサーバに蓄積することにより得られる利益に比して目的外使用の危険性がきわめて高いことなど権利者の利益を不当に害することがないかという点の検証が必要ではないか,教育機関(利用者側)のサーバに大量の他人の著作物を蓄積することの意味を明確にする必要があるのではないか,教育機関内で著作物を蓄積して繰り返し使用する必要があるのならば,購入または許諾を得て複製するべきであるなどとして,慎重な検討が必要であるとする意見があった。また,サーバへの情報の蓄積及びその情報の利用に関する詳細なガイドラインを設定することが必要ではないかとの指摘があった。
 以上のことから,本件については,教育行政及び学校教育関係者からの,教育機関におけるサーバ蓄積に係る利用についての具体的な実態を踏まえた運用の指針等を含む具体的な提案を待って,改めて検討することが適当である。

 
3 同一構内における無線LANについても,有線LAN同様,原則として公衆送信にはあたらないこととすることについて

 
 問題の所在

   有線LANのように,有線電気通信設備での同一構内における著作物の送信は「公衆送信」としては原則的に位置付けられていない(第2条第1項第7号の2)。これは,従来より同一構内で行われる著作物の有線送信(注11)については,演奏権・上演権等で捉えるべき行為と考えられてきたからである(同条第7項)。一方,無線LAN(注12)を利用した著作物の送信については,無線による送信は一般的に同一構内に限定されるものではなかったことから,有線LANと異なり,法律上は「公衆送信」から除外されていない。
 しかし,技術の発達・無線LANの普及等も踏まえ,安価であること等,利点の多い無線LANについても,有線電気通信設備である有線LANによる場合と同様に,同一構内の端末間の著作物の送信については,原則として公衆送信に当たらないとすることが適当であるとの要望がある。

(注11)  旧第2条第1項第17号(平成9年改正前)「有線送信 公衆によつて直接受信されることを目的として有線電気通信の送信(有線電気通信設備で,その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には,同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信を除く。)を行うことをいう。」
(注12)  有線ケーブルの代わりに,電波を利用することでパソコン同士を接続し,LAN(Local Area Network)を構築しようとするもの(総務省『〜安心して無線LANを使用するために−参考資料』(平成16年)4頁)。

 検討結果

   教育機関においては,普通教室のLAN整備率が全学校種合計で37.2パーセントであり,特に高等学校においては61.2パーセントと,過半数の普通教室で整備されている。また,無線LANは,個人においては17.1パーセント,LANを導入している企業においては62.1パーセントの企業が導入している。
 このように,無線LANの導入は,教育機関のみならず個人や企業等一般社会においても需要が高まっていると考えられ,本件については,教育機関における権利制限としてではなく,一般的な公衆送信の定義に関する問題として検討する必要がある。

 同一構内のLANにおいては,サーバー等に複製したファイル等を同一構内の端末へ送信して利用する形態が多い。ファイル等が著作物に当たる場合には複製について許諾が必要であるが,無線LANの場合,その複製物を送信する場合には公衆送信に該当し,送信に当たって公衆送信権が働き,個別に許諾が必要となる。
 しかし,同一構内で行われる送信については,公衆送信権ではなく,演奏権・上演権等で捉えるべき行為であるため,有線LANによる送信について公衆送信の定義から除かれている。そこで,無線LANについても,送信の機能や技術が有線LANと同等のものになっていると評価できるという観点から,有線LANと同様に,無線設備で「同一の構内」にあるものによる送信については「公衆送信」の定義から除外することが適当であるとする意見があった。
 今後無線LANへの移行が増え続けると考えられるとする意見もあったところであり,本件については,同一構内の無線LANにおけるファイル等の著作物の送信については公衆送信に当たらないとすることが適当である。

  【参考:LANの導入状況について】
<学校におけるインターネット及びLANの整備状況(平成15年度)>
(出典:文部科学省『データから見る日本の教育2005』31頁)

  【個人の無線LAN導入率(平成17年1月調査実施)】
(出典:総務省編『平成17年版 情報通信白書』(ぎょうせい,2005年)88頁)

  【LAN導入企業の無線LAN導入率(平成17年1月調査実施)】
(出典:総務省編『平成17年版 情報通信白書』(ぎょうせい,2005年)88頁)
学校におけるインターネット及びLANの整備状況(平成15年度)

7  その他

 
規律の明確性を確保しつつ,対応の迅速性・柔軟性を備える法制を目指して,権利制限のうち適当な事項を,政令等へ委任することについて

  検討結果

   現在の著作権法は細かすぎる面もあり,すべてを法律に書き込むのではなく,社会情勢の急激な変化等にも迅速に対応できるように,技術的な事項については,積極的に政令等に委任することを考慮すべきである。
 なお,柔軟かつ機動的な対応を確保する観点から,制度の運用に関するガイドラインの策定等を行うことについても検討していく必要があるとの意見があった。

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