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第1章 法制問題小委員会

第1節 権利制限の見直しについて

1  基本的考え方(検討の進め方)

   著作権制度は文化の発展に重要な役割を果たしているが,社会における他の価値や制度との調和の上に成り立っていることを忘れてはならない。もとより著作権は,それ自体重要な価値を有する私権であり,その制限については,著作物の通常の利用を妨げず,かつ,著作者の正当な利益を不当に害しないことが前提となることは言うまでもないが,その上で,時代によって変転していく社会的必要性に応じて一定の場合に権利を制限されることは,権利者の利益と社会一般の利益との調整を図りつつ,著作権法がこれからも社会的認知を受けていくためには必要なことである。

 今回,「著作権法に関する今後の検討課題」のうち,「権利制限の見直し」を課題として第一に取り上げ,検討を行うこととしたのも,著作権は他の社会的要請との調和の中で存在しているという認識に立つゆえである。一方で,真に必要な著作権保護のための制度改正を行うとともに,他方で,著作物の公正で円滑な利用を促進することにより,知的財産立国を推進することが,著作権法に関する政策を考える上で非常に重要な課題となっている。

 「権利制限の見直し」としては,本小委員会の委員及び関係団体等から,改正要望としてあげられた次の5点について検討を行った。

  特許審査手続に係る権利制限について
薬事行政に係る権利制限について
図書館関係の権利制限について
障害者福祉関係の権利制限について
学校教育関係の権利制限について

2  特許審査手続に係る権利制限について

 
1   非特許文献(注1)を出願人に送付するための審査官による複製について
2 審査官からの書類提出の求めに応じるための非特許文献の出願人による複製について
3 特許庁への先行技術文献(非特許文献)の提出による情報提供のための複製について
4 非特許文献を出願・審査情報の一環として電子的に保存するための特許庁による複製について

(注1)  非特許文献とは,特許公報に掲載など特許文献以外のすべてのものを指す。具体的には,論文,書籍,パンフレット,マニュアル,新聞等である。

 
 問題の所在

   著作物は,裁判手続のために必要と認められる場合には,その必要と認められる限度において,複製することができる(第42条)。ここにいう「裁判手続」には「行政庁の行う審判その他裁判に準ずる手続を含む」とされ(第40条第1項),このような準司法手続としては,例えば,特許審判,海難審判あるいは行政不服審査が含まれる。一方,「立法又は行政の目的」のために必要な場合については,「内部資料として必要」と認められる限度においてのみ複製が許容されている(第42条)。
 「特許審判」のうち「拒絶査定不服審判」は,特許審査において特許庁(審査官)から拒絶査定を受けた出願人が,拒絶査定不服審判を請求することにより開始される,特許庁(審判官合議体)が行う審理手続である。他方,「特許審査」は,「拒絶査定不服審判」等の特許審判の前段階にあって,特許出願における新規性・進歩性等の要件について特許庁が行う審査手続である。特許審査は,特許審判とは異なり,それ自体は「裁判に準ずる手続」ではないとされる可能性がある。そうなると,特許審査については,特許審判とは異なり,特許審査の目的のために内部資料として必要と認められる限度においてのみ,複製が許容されることとなる(第42条)。
 この特許審査において特許庁は,出願を拒絶する場合には出願人に対し事前に拒絶理由の通知を行うこととなるが(特許法第50条),「特許審査手続」は第42条にいう「裁判に準ずる手続」に当たらないとされるのであれば,審査官は,審査手続の一環として位置付けられる「拒絶理由の通知」に際して,先行技術が記載された非特許文献を,出願人に送付するために,無許諾で複製を行うことはできないこととなる。そのため特許庁は,そのような非特許文献があってもその出所を出願人に明示するにとどめており,こうした取扱いは,特許審査全体の的確・迅速な手続を図る上で障害となっている。特許権は排他的独占権という強力な対世的な権利であり,的確・迅速な審査を確保することは公益上不可欠である。このようなことから,拒絶理由の通知に際しての非特許文献の複製を認めてもらいたいとの要望がある。
 また,特許法第194条は,特許庁長官又は審査官は,当事者から必要な書類等の提出を求めることができるとしているが,この場合にも第42条の適用はないとすると,当事者は権利者の許諾なく複写することができず,そのために,的確・迅速な審査に支障を来すおそれがある。そのため,こうした複写に関しても権利制限の対象としてほしいとの要望がある。
 さらに,何人も,特許庁長官に対して,先行技術文献を提出することにより,出願公開がされた特許出願につき特許性が欠けることについて情報を提供することができる(特許法施行規則第13条の2)という法制度となっているが,上記の情報を提供しようとする者が著作権者の許諾を得られないことにより,先行技術文献の特許庁への提出に支障を来し,結果的には,本来新規性・進歩性等を欠き付与されるべきでない特許の付与を招き,一般国民の利益を損なうおそれがあるという理由で,上記情報提供のための複製を認めてほしいとの要望がある。
 以上のほか,審査の過程で審査官が審査目的で複製した資料については,これを電子化して他の出願書類とともに保存しておけば,将来の審査・審判手続において有効に活用され,手続の迅速化に資することが期待されることから,特許庁がこのような複製を行うことを認めてほしいとの要望がある。
 なお,特許出願のみならず,意匠登録出願,商標登録出願,実用新案登録出願,及び特許協力条約に基づく国際特許出願についても,同様な手続について権利制限を認めてほしいとの要望がある。

  【特許審査手続の全体像】(出典:特許庁)

  【特許審査における非特許文献の利用状況】(出典:特許庁)

  【諸外国の状況】(出典:特許庁)
1 非特許文献を出願人に送付するための審査官による複製について
 
国名 拒絶理由通知書等への引用文献の添付 備考
米国 まる 米国著作権法第107条の「フェア・ユース」に該当。
英国 まる 英国著作権法45条において「裁判における手続」における使用のために無償で複製することが許容されており,審査手続きは「裁判における手続」に入ると解釈して運用。
独国 まる 独国著作権法第45条第1項の,「官庁の手続きにおける使用」の規定により無償で複製することが可能。

2 審査官からの書類提出の求めに応じるための非特許文献の出願人による複製について
 
国名 著作権侵害と
ならないか
備考
米国 まる ・この点についての判例は見つかっていない。
・元米国特許商標庁幹部の回答の要旨:米国著作権法第107条の「フェア・ユース」に該当する。
英国 不明 ・この点についての判例は見つかっていない。
・日本と違い,審査官は出願人に文献の提出を命令する権限を持たない。
独国 まる ・この点についての判例は見つかっていない。
・ドイツ著作権法のコンメンタールには,ドイツ著作権法第45条により複製が許される者に,「関与する当事者」が含まれる点,また官庁の命令は必要でない点が示されている。なお,独国の弁護士からも同様に,出願人,異議申立人,代理人等が複製を行う場合,求められて行うか自発的に行うかに関わらず,ドイツ著作権法第45条第1項における「官庁の手続きにおける使用」のために無償で複製することは許される旨の回答をいただいている。

3 特許庁への先行技術文献(非特許文献)の提出による情報提供のための複製について
 
国名 著作権侵害とならないか 備考
米国 まる ・この点についての判例は見つかっていない。
・米国の弁護士の回答の要旨:複製の目的や性質,著作物の価値への影響を勘案すると,米国著作権法第107条の「フェア・ユース」に該当する。
英国 不明 ・この点についての判例は見つかっていない。
独国 まる ・この点についての判例は見つかっていない。
・ドイツ著作権法のコンメンタールには,ドイツ著作権法第45条により複製が許される者に,「関与する当事者」が含まれる点,また官庁の命令は必要でない点が示されている。なお,独国の弁護士からも同様に,出願人,異議申立人,代理人等が複製を行う場合,求められて行うか自発的に行うかに関わらず,ドイツ著作権法第45条第1項における「官庁の手続きにおける使用」のために無償で複製することは許される旨の回答をいただいている。

4 非特許文献を出願・審査情報の一環として電子的に保存するための特許庁による複製について
 
国名 電子化の有無 備考
米国 まる ・この点についての判例は見つかっていない。
・元米国特許商標庁幹部の回答の要旨:「フェア・ユース」に該当する。
英国 ばつ ・電子化されていない。
独国 ばつ ・電子化されていない。
こめ なお,フランスは無審査主義のため調査の対象としていない。

 検討結果

   要望の1及び2については,知的財産法の柱である特許法において,特許要件を満たしたものでなければ特許を与えないという非常に強い公益的な要請があり,的確・迅速な審査手続の確保の観点から非特許文献の複製について,権利制限を行うことが適当である。
 要望の3は,情報提供の主体が広範に及び複製の量も大きくなるおそれがあることから,補償金制度の導入についても検討すべきとの意見も一部にはあるが,これは,特許の保護要件である新規性・進歩性等の審査をより完全なものとすることにより,本来付与されるべきでない特許の付与を回避するものであって,将来の紛争防止につながる公益性の極めて高い重要な手続であることから,特許庁長官に提出する非特許文献の複製について,1及び2と同様の扱いとすべきとの意見が多かった。
 要望の4についても,権利制限の対象とすべきであるとの意見が多かった。これは,第42条の「行政の目的のための内部資料として必要と認められる場合」に該当するため,現行法でも可能と考えられるとする意見が多かったが,他方,出願・審査書類は閲覧等の対象となり得るために,行政の内部資料目的の複製とみるには困難性があるとの疑義もなくはないので,このような疑義を払拭すべく,上記の電子的保存のための複製が権利制限の対象となることを立法的に明示すべきであるとの意見もあった。

 また,非特許文献については入手困難なものも多く,様々な著作物が対象となるのであれば,現在の管理事業者等が管理を行っている著作物を用いて対応することは限界があり,提出先・利用目的が非常に限定的であるため,仮に要望の1から4の権利制限を行ったとしても,権利者の正当な利益を不当に害しないと考えるのが適当である。
 ただし,権利制限を行うに当たっては,制限規定に基づいて作成された複製物が関係手続外で利用されることがないような配慮が必要であるとの意見があった。

 また,特許法のみならず,実用新案法,意匠法,商標法及び特許協力条約に基づく国際特許出願についても,基本的に同様の規定があるものについては(注2),特許審査手続の場合と同様に考える必要があるとの意見があった。

 なお,法改正を行うことになった場合,権利制限規定を置く際には,対象となる手続を著作権法に列挙するのではなく,一般に「行政手続のために必要と認められる場合」を制限規定として加え,具体的には政令で個別の根拠規定を列挙するという方法を検討することが適当であるとの意見があった。

(注2) 実用新案法第55条,意匠法第68条,商標法第77条,特許協力条約に基づく国際出願等に関する法律第9条参照

3  薬事行政に係る権利制限について

 
1 承認・再審査・再評価制度において,申請書に研究論文等を添付する必要があるため,研究論文等の複写を作成し,国等に提出することについて
2 副作用・感染症報告制度・治験副作用報告制度において,期間内に副作用等の発現に係る研究論文等の複写を作成,調査し,国等に提出することについて
3 医薬品等の製造販売業者は医薬品等の適正使用に必要な情報を提供するために,関連する研究論文等を複写し,調査し,医療関係者へ頒布・提供することについて

 
 問題の所在

   著作物は,裁判手続のために必要と認められる場合には,その必要と認められる限度において,複製することができる(第42条)。ここにいう「裁判手続」には「行政庁の行う審判その他裁判に準ずる手続を含む」とされ(第40条第1項),このような準司法手続としては,例えば,特許審判,海難審判あるいは行政不服審査が含まれる。一方,「立法又は行政の目的」のために必要な場合については,「内部資料として必要」と認められる限度においてのみ複製が許容されている(第42条)。
 一方,薬事法では,医薬品の使用によってもたらされる国民の生命,健康への被害を未然に防止するため,医薬品の品質,有効性及び安全性を確保するために必要な各種関連情報の収集,評価,報告,保存を製薬企業等に義務付けている。具体的には,薬事法上の手続として,1製造販売を行う医薬品の承認・再審査・再評価手続における申請書への研究論文等の添付(薬事法第14条,第14条の4,第14条の6),2副作用・感染症の報告に係る制度(薬事法第77条の4の2)や治験に関する副作用等の報告制度(薬事法第80条の2第6項)がある。また,3医薬品等の製造販売業者には,医薬品等の適正使用に必要な情報の収集,検討及び医療関係者への提供について,努力義務が課せられている(薬事法第77条の3)。
 これらの手続は,第42条における「裁判に準ずる手続」とは言えず,その過程で必要とされる文献を権利者の許諾なく複製することはできない。しかし,医薬品の効果や,副作用等の評価を適時・適切に実施するためには,製薬企業における副作用,感染症等の情報収集・分析・報告等が十分に,しかも迅速に行われることが必要であり,その際には,関連する研究論文等の複写の作成・頒布が必要となる場合が多い。このため,薬事法上の各種手続について,第42条に定める権利制限を認めてほしいとの要望がある。

  【薬事法上の各種手続の概要】(出典:厚生労働省)
1 承認・再審査・再評価制度の概要
 

2 副作用・感染症報告・治験副作用報告制度の概要
 

3 医薬品等の製造販売業者による研究論文等の配付
 

  【諸外国の状況】(出典:厚生労働省,日本製薬団体連合会)
 
1  承認・再審査・再評価制度において,申請書に研究論文等を添付する必要があるため,研究論文等の複写を作成し,国等に提出することについて
2  副作用・感染症報告制度・治験副作用報告制度において,期間内に副作用等の発現に係る研究論文等の複写を作成,調査し,国等に提出することについて

 欧米いずれの国においても,重篤な副作用に関する症例情報等について,行政官庁への提出の義務を課している。このように国が提出を義務付けている資料に関しては,ドイツでは,著作権の権利制限の範疇としてとらえている。米国では「fair use」の範疇でとらえられるかどうかは裁判で争うことができるが,法や規則によって強制的にコピーを提供することを義務付けている場合,著作権の侵害とならないとした判例(SmithKline Beecham v. Watson Pharmaceuticals, 211 F.3d 21 (2nd Cir.2000))(注)がある。
注)  FDA(米国・食品医薬品局)への一般医薬品の承認申請の際に,同一の先行医薬品でFDAの承認を受けているラベル(当該医薬品に附属するパンフレット等も含む)と同一のラベルを,FDAに提出することが義務付けられている事案

例: ドイツ著作権法
 
45条   制限規定
  1項 1裁判所,仲裁,公共機関における手続に使用される目的での文献のコピーは権利の例外となる。
 
製造承認取得の目的で作成される書類(文献コピーの添付を含む。)は権利制限に含まれる。
更に,上記手続に使用するために必要な書類を前もって準備し,保管することも許可される。
3項 1上記1の目的で使用するために提供することも許可される。
 
製造承認取得の目的で厚生省に提出することも許可される。
  2更に,上記1の申請時点で,医師等の意見を求める場合には,当該医師等への提供も許可される。

3 医薬品の製造販売業者は医薬品等の適正使用に必要な情報を提供するために,関連する研究論文等を複写し,調査し,医療関係者へ頒布・提供することについて

 どの国も医療機関への文献提供を明確に義務付けていない。

 検討結果

   要望12については,国等への迅速な情報伝達により国民の生命,健康への被害を未然に防止するという観点から,現に支障が生じているものについては,権利制限を行うことが必要とする意見が多かった。
 現行法でも,第42条は,内部資料として必要な限度で行政目的の複製を認めていることから,厚生労働省等が内部資料として,様々な文献の複写を権利者の許諾なく行うことは可能であることから,このような制限規定を置いたとしても,権利者にとっても結果的に被る制約は現状と同程度であると考えられる。したがって,権利制限を認めても,著作物の通常の利用を妨げず,かつ,著作者の正当な利益を不当に害することにはならないと考えられる。

 要望3については,国民の生命・健康を守るために,薬事法に規定された努力義務を果たすために行われる医療関係者への情報提供であり,複製した者が複製物から直接的な利益を得るものではないことから,権利制限の対象とすることに賛成する意見があった。また,権利制限を認めない場合には,権利者の許諾を得るのに時間がかかりすぎるのではないか,権利者が探索できない場合は利用ができず,結果的に患者にしわ寄せがいくのではないかとの意見もあった。医薬品等の製造販売業者による情報提供が果たしている社会的役割にかんがみ,権利者側においては,利用者側の利便への一層の配慮が求められる。
 ただし,利用する際には,権利者の許諾が必要であるという原則にたてば,情報提供のために関連する研究論文等を複製することは,医薬品等の製造業者の自己責任で実施すべきであり,権利制限については,複製主体も頒布先も特定されておらず,学術論文全部分の複製になることも予想され,かつ複数文献の数も多数になる可能性があることから,慎重な検討が必要ではないかとする意見があった。また,仮に権利制限するとした場合でも,複製文献の数が多いために権利者への影響が大きく,無償とすることは困難ではないかなどの意見があった。
 現在,権利者側は,著作物の複製利用促進の観点から,日本複写権センター,学術著作権協会並びに日本著作出版権管理システム等の管理団体に対して複写に係る権利の委託を行い,利用者に許諾を与えると同時に利用料を徴収し,権利者へ分配するという,権利委託と許諾システムに積極的に取り組んでいる。したがって,当面は,関係者の最大限の努力の下,構築されているシステムが利用料の徴収の観点から有効に機能し著作権処理の適正化が行われていくか注視することとするが,医薬品等の適正使用に必要な情報提供の複写の実態を十分踏まえた上で,著作権者等への影響を勘案して,適切な措置について引き続き検討を行うことが適当である。

  【参考:理工学書(特許審査関連),医学書(薬事行政関連)出版物委託状況】
(出典:社団法人日本書籍出版協会等調べ)

  【参考:薬事法上各種手続申請・報告件数】
(出典:厚生労働省調べ)
・平成16年度承認申請件数:約1,900件
・平成16年度再審査申請件数:66件
・平成16年度再評価申請件数:約1,060件(ただし,文献を添付したものはない)
・平成16年度副作用・感染症報告:約25,000件
・平成16年度治験時副作用等報告:約37,000件
・平成16年度感染症定期報告:約1,100件

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