生徒が輝き、教職員も輝く。山間僻地からの挑戦

福島県立川口高等学校

 奥会津地域に位置し、県の地域協働推進校として改革を進める福島県立川口高等学校。高校が立地する金山町だけでなく、周辺自治体とも連携した教育活動や、より深い学びを実現する探究活動への転換を進めている。山間僻地にある高校ならではの課題、そして魅力とは何か。
 自身も金山町の出身で、教員時代にも同校で勤務していたという、五ノ井平吉校長に話を伺った。

令和元年度題35回沼沢湖遠足

目次

サマリー(事例のポイント)

各論点のポイント

  • ビジョン

    奥会津地域ならではの魅力的な教育を通し、地域づくりを担う人材の育成を目指す

  • ミッション

    近隣自治体を巻き込んだチームづくり

  • アクション

    ・地域学習を、課題解決型の探究学習に転換
    ・生徒、教職員一人ひとりが輝く学校づくり

  • リフレクション

    教職員の多忙化につなげない、地域と一体となった仕組みを目指す

  • プロモーション

    情報発信の強化や卒業生の支援を通した関係人口の創出

ロジックモデル

ロジックモデル

挑戦者からのメッセージ

何を目指す?(ビジョン)

 会津若松駅から車で1時間、川霧に包まれる只見川沿いに、山間僻地での教育改革に奮闘する高校がある。令和元年10月に創立70周年を迎えた歴史ある高校、福島県立川口高等学校(以下、川口高校)だ。
 川口高校は、長らく存続が危ぶまれてきた高校であった。高校の立地する金山町の高齢化率は6割を超え、地域の中学生も学年数名の状況。学年30名程度の小規模な川口高校でさえ、地域の中学生が入学してくるだけでは存続できず、生徒の全国募集によって何とか統廃合を免れてきた。一方で、近隣4町村(金山町、昭和村、三島町、柳津町)にある高校は川口高校ただ1校。川口高校の存在が、地域に若者が残る生命線と言っても過言ではなかった。

地域づくりに貢献する高校

 平成31年2月、福島県においてはじめての高校再編計画(「県立高等学校改革前期実施計画」)が策定された。川口高校は「地域協働推進校」というグループに分類され、単独校として存続する代わりに、地域と協働した学校づくりの推進や、地域活性化の核となる人材の育成が求められることになった。令和2年度からは、コミュニティ・スクールの導入も予定されている。
 また、福島県では、令和2年度より県立高校の入学者選抜方法が刷新される。前期選抜の一つである「特色選抜」は、各高校が自校の特色に応じた「志願してほしい生徒像」を示し、受験生がそれに応じて受験したい高校を主体的に選択する方式だ。
「川口高校の特色として、若者がいない地域であることに着目しました。町は少子高齢化が進み、限界集落化している。金山町では地域づくりが喫緊の課題ですが、川口高校でもその課題を共有し、川口高校が地域づくりを手伝うことができるのではないかと考えています。」(五ノ井校長)
 同校が特色選抜で掲げる「志願してほしい生徒像」は、「豊かな自然に囲まれる奥会津地域の様々な体験活動に積極的に参加し、将来にわたり奥会津地域の発展に貢献できる者」。小規模校・山間部ならではの教育を提供するだけではなく、その成果を「地域に還元する」ことが、ビジョンの一つに掲げられたのである。

(写真)若桐寮クリスマス会

(写真)若桐寮クリスマス会

生徒に育てたい資質・能力とは?

 さらに、昨今の学習指導要領の改訂に対応する動きとして、「川高“AAA”project(かわこうトリプルエープロジェクト)」が始動している。「AAA」とは「Attentive(協調的な)」、「Autonomous(自主的な)」、「Active(活動的な)」の頭文字を取ったものであり、「協調的・自主的・活動的な学びを通して、思いやりと協調性を育み、コミュニケーション力、判断力と積極的行動力を高める」ことが目標に掲げられた。
 このプロジェクトは、教員の発案によって立ち上がったものだ。教職員全体で「AAA」というコンセプトや生徒に育てたい資質・能力を議論し、その実現のために必要な教育課程についての検討が進められている。

 高校再編計画に加え、入学者選抜方法の変更、そして学習指導要領の改訂。近年、川口高校はまさに変化の渦中にあった。このような高校を取り巻く環境の変化にも後押しされる形で、川口高校は地域協働推進校としての改革を推し進めていく。

どのように進めていく?(ミッション)

近隣町村を巻き込んだチーム作り

 かねてより生徒の全国募集を行ってきた同校では、他地域からの留学生向けに、県立の寄宿舎が用意されていた。しかしながら、週末は寄宿舎が閉まってしまい、生徒を実家に帰さなければならなかったこと、舎監が教員で負担が大きくなっていたことなど課題も積み重なり、思い切った生徒の受け入れが出来ずにいた。そこで、地元以外の地域から広く生徒を募集することを目指して、金山町により平成26年に新たに町寮「若桐寮」が設置された。
「若桐寮が閉まるのはお盆と年末年始の期間だけです。これにより、生徒の募集の範囲も広がり、熱量もぐっと上がりました。さらに、生徒募集の新たな展開として、平成31年度から新たに『地域みらい留学』(※1)へ参加をし、令和2年度以降も継続していきたいと考えております。これまで、地道に入学実績のある中学等に声をかけていましたが、『地域みらい留学』への参加によって、首都圏の不特定多数の中学生にアピールできると期待しています。」(五ノ井校長)
 地域みらい留学のプロモーションにかかる費用は、金山町、昭和村、三島村、柳津町の近隣4町村から支援を募っている。また、近隣4町村の財政支援(主には金山町)によって、川口高校の後援会「桐径会」(とうけいかい)が設立されている。桐径会は、入学時や修学旅行、3年時の進路活動において各家庭にそれぞれ支援金を支給するほか、部活動支援、通学費支援、県の寄宿舎の食費補助も行っているという。奥会津地域における同校の存在の大きさを感じさせられる。

何をする?(アクション)

継続的な探究学習への転換

 協調的・自主的・活動的な学びを実現するため、また、豊かな自然環境を一層生かした教育を行うために、同校では令和2年度より従来の地域学習を課題解決型の「探究学習」へ転換させる。
「従来の地域学習は、地元を知ることはできるものの、生徒の『自主性』や『より深い学び』の点で、少し物足りなさを感じていました。令和2年度からは、学んで終わり、体験して終わりではなく、自分事として問いを立て、その課題解決方法まで考えてもらいたいと思っています。」(五ノ井校長)

(図表)奥会津課題探究プログラム(案)

(図表)奥会津課題探究プログラム(案)

(出典)川口高校提供資料「令和2年度 総合的な探究の時間の在り方に関する提案」

 これまで1年生の総合的な学習の時間の中で扱われていた地域学習は2年生にも拡大され、継続的な探究学習が計画されている。
「1年生の1学期では、まず金山町の風土や歴史・課題を知ってもらい、2学期以降で自らの『問い』を立ててもらいます。例えば、スポーツが好きな子であれば『町にあるスキー場の集客』、料理が好きな子であれば『特産の赤カボチャを使った商品開発』などでしょうか。2年生にかけては、実際に金山町に出かけて情報を得ながら、その問いを煮詰めていく時間としてもらう予定です。最終的には、近隣の首長に政策提言までできるようになるといいですね。」(五ノ井校長)
 五ノ井校長は、「山間僻地の奥会津地方だからこその良さがある」とも言う。
「少子高齢化の問題も大きいですし、高校の近くにはコンビニもありません。課題の宝庫と言っては何ですが、探究する素材には事欠かない地域だと思っています。それに、地域の人との距離が近い。地域住民は、都会からやってきた留学生もあたたかく迎え入れてくれますし、気さくに話をしてくれます。」(五ノ井校長)

(写真)探究学習でのはし作り

(写真)探究学習でのはし作り

生徒、教職員、一人ひとりが輝く学校に

 同校では、小規模校の特性を生かして、生徒一人ひとりに寄り添った教育が行われている。習熟度別の授業のほか、福祉に関する専門授業、国公立大学進学から就職までの多様な進路希望に対応した選択科目等がその例だ。さらに五ノ井校長は、「生徒一人ひとりが活躍できる場や機会が大きいことが特徴」と言う。少人数であるが故に、全員が何らかの役割を担わなければクラスや行事の運営ができず、必然的に生徒一人ひとりの活躍の場が増え、お互いに認め合う関係性ができるのだそうだ。それは同時に、教職員がよく生徒を「褒める」ことにもつながっており、教職員と生徒との親密な関係性を醸成している。
「教職員においても、同じことが言えます。うちは教職員の数も少ないですが、全員が担任として生徒に関わっている。生徒との親しい関係性を築けることは、『子どもたちのために何かしたい』という教職員の想いを押し上げます。山間部なので地元出身の教職員が少なく、赴任当初は『こんな山奥に…』と驚く先生もいるのですが、2~3か月もすると目の色が変わってきますよ。」(五ノ井校長)
 同校の学校パンフレットにも「一人ひとりが光り輝く主人公」という言葉がある。生徒や教職員一人ひとりに役割があり、活躍の場があるという環境が、同校の教育を一層魅力的なものにしている。

どう振り返る?(リフレクション)

教職員だけではない。力を合わせてよりよい一歩を

 「新しい取組を進める際に、教職員の負担が増えてはいけないと思っています。教職員は、基本的に熱意にあふれる人が多い。放っておけば、つい頑張りすぎてしまいます。」
五ノ井校長は、このように改革を進める際のポリシーを語ってくれた。
「地域には豊富な地域資源がありますし、協力してくれる地域住民もいます。ただ、これまではネットワークが十分とは言えなかった。地元出身の教職員が少ないこともあり、授業に協力してくれる人脈を広げることは簡単ではありません。教職員の負担も大きかったでしょうね。これからは、コーディネーターの存在が不可欠だと思っています。コーディネーターが学校と地域をつないでくれれば、教職員の異動があっても継続的な学びも実現できるはずです。」
 五ノ井校長の言葉からは、これまでの取組について内省しつつ、よりよい一歩を踏み出そうとする強い意志が感じ取れた。教職員だけで学びを構築するのではなく、外部人材や地域の人々の力を借りながら継続的な学びを実現していく。これが川口高校の目指す「地域協働推進校」の姿なのかもしれない。

もう一歩先へ!(プロモーション)

関係人口を増やす

 令和2年度には、「地方創生交付金」を活用したさらなるチャレンジも計画されている。前述した「地域みらい留学」への参加のほか、コーディネーターの確保、学校HPの更新による情報発信強化、卒業生への支援など、様々な取組の後ろ盾となる予定だ。さらには、KPI(※2)を設定し、年度ごとの振り返りと教員内での共有も行うつもりだという。
「川口高校が存在感を高めていくためには、HPで魅力的な教育活動を行っていることをもっと発信していかなければならないと思っています。中学生へのアピールにもなりますし、なにより在校生の保護者に還元することが必要です。」
 五ノ井校長は次のようにも言う。
「少し先になるかもしれませんが、今後は卒業生への支援も行っていきたい。川口高校で探究学習をした子どもたちが縁あって金山町に戻ってくれば、高校で学んだ課題を目の当たりにすることになります。そんな時、何かしたいと思う若者が出てきたときに、地域にそれを支援するコンソーシアム的なものがあるとよい。高校の探究学習への支援にとどまらない、町も巻き込んだ課題解決のプラットフォームになればと思います。そこまで連続的に関わっていくことができれば、本当に地域を担う人材の育成ができるでしょうね。」

未来への確信

 同校の改革はまさに始まったばかり。地域を担う人材の育成というビジョンを胸に、取組を一歩ずつ進めていく。
「生徒数を500人に戻す必要はありません。そうではなくて、豊かでよい関わりを持ちながら過ごすことのできる地域コミュニティになればよいし、そのような地域づくりを担う人材が一人でも出てくれればいいと考えています。そして、そのような人材は出てくると確信していますね。生徒がどんなふうに成長してくれるか、ワクワクしています。山間部で不自由を感じることもありますが、豊かな資源もある。『今に見てろよ!』という気持ちです(笑)。」
 校長の力強い言葉が印象的だった今回の取材。課題を把握しつつも、それを生かしたよりよい一歩を踏み出そうとする姿勢に、希望を感じずにはいられなかった。近い将来、奥会津地域の小規模校に、注目が集まる日が来るかもしれない。

  1. ※1 (一財)地域・教育魅力化プラットフォームによる、都道府県の枠を超えた高校進学の支援事業。(https://c-mirai.jp/
  2. ※2 「Key Performance Indicator」の略。目標の達成に向けて適切なプロセスで進められているかを測定する指標のこと。