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目標の再設定とパフォーマンス評価を軸とした、「指定校終了後」の自律的・継続的改革

石川県立工業高等学校

 2014~2016年度にかけてスーパー・プロフェッショナル・ハイスクール(SPH)に指定され、様々な改革に取り組んできた石川県立工業高等学校。SPHの期間中に得られた改革の成果を、指定終了後に下火にさせることなく継続したいと願った教員たちは、生徒の育てたい資質・能力を自ら再設定し、パフォーマンス評価を軸に、自律的・継続的な学校改革・授業改善を図っている。この取組を軌道に乗せていったプロセスはどのようなものだったのか。
 同校での取組を牽引する、副校長の島村勝彦先生、テキスタイル工学科の長田英史先生に話を伺った。

石川県立工業高等学校の校舎(上)と、正門前に建つ初代校長の「納富(のうとみ)介(かい)次郎(じろう)」像(下)
(資料)納富介次郎像の写真は石川県立工業高校ウェブサイトより

石川県立工業高等学校の校舎(上)と、正門前に建つ初代校長の「納富 介次郎(のうとみ かいじろう)」像(下)
(資料)納富介次郎像の写真は石川県立工業高校ウェブサイトより

目次

サマリー(事例のポイント)

各論点のポイント

  • ビジョン

    自校のアイデンティティと社会・産業構造の変化を踏まえた「育てたい資質・能力」の再設定

  • ミッション

    校内公開研究授業などを通じた教員の「自分事」化/わからないことを認め、挑戦を支える雰囲気づくり

  • アクション

    学校設定科目「工業技術探究」と「課題研究」を中心に、各教科でのスポット的なルーブリックの活用を推進

  • リフレクション

    評定への活用よりも教員と生徒相互の気づきを重視したルーブリックの運用

  • プロモーション

    10年先を見据えた、自律的・継続的改革風土の継承

ロジックモデル

ロジックモデル

挑戦者からのメッセージ

何を目指す?(ビジョン)

SPH指定校として設定した「育む資質・能力」

 石川県立工業高校は、1887年(明治20年)に創立された日本で最も歴史のある工業高校であり、石川県内の製造業をはじめ、地域社会・各産業種に数多くの専門的人材を輩出し続けている高校である。
 同校は2014年度に文部科学省「スーパー・プロフェッショナル・ハイスクール(SPH)」に指定され、高等教育機関と連携したフロンティア職業人育成プログラムを開発した。
 SPHでは、学校教育法に定められている学力の3要素を軸に、育む資質・能力を7つに整理し、それぞれの資質・能力の育成に対応する科目(主に「工業技術基礎」「先端科学技術」「課題研究」)が位置付けられていた。
 育む資質・能力を身に付けるため、北陸先端科学技術大学院大学に加え、金沢工業大学、金沢美術工芸大学等とも連携して、PBL(Project Based Learning)や発想ワークショップ等を実践してきた。これらの取組の成果は、それぞれの資質・能力の定着状況を評価するルーブリックにより把握し、授業改善に活かしてきた。
 当時の状況を長田先生はこう振り返る。「育む資質・能力の設定、パフォーマンス評価により、何を教えるか(授業内容)だけでなく、どう教えるか(授業づくり)に教員の意識が向き始めるなど、SPHでの取組には大きな成果を感じていました。と同時に、SPH指定の終了とともに、以前の状態に戻ってしまうことへの懸念もありました。」

SPH指定終了後の自律的・継続的な取組に向けた課題

 長田先生には苦い思い出がある。同校では2004年~2006年にかけて文部科学省「目指せスペシャリスト(スーパー専門高校)」に指定され、様々な取組を行い、改革の成果を感じ始めていたものの、指定終了後に改革の動きは下火になってしまったことがあるという。
 その後、同校はSPHの指定を受け、長田先生はSPH事業の一環で、ある高校に視察に行った。そこで、「目指せスペシャリスト」指定をきっかけとして大きな改革を成し遂げていた高校の姿を目の当たりにした。
 「指定終了とともに下火になってしまった本校との差は何なのか、と考えました。その結果、私は「教職員が自分事と捉えられていたかどうか」が大切なのではないかと考えるようになりました。そこで、本校のSPH指定時には、育む資質・能力を各科担当教員の意見を集めるボトムアップ形式としました。その結果、先生方の当事者意識は醸成できたものの、まとまった資質・能力は「てんこもり」と通称されるほどボリュームの多いものとなってしまい、生徒には混乱をきたしてしまいました。そこで、指定期間終了後を見据え、生徒にわかりやすい「簡素化」を念頭に置きながら、育てたい資質・能力の再設定と評価するルーブリックの設定を改めて教員とともに進めることにしたのです。」(長田先生)

 こうして同校はSPH指定終了後の2017年度から公益社団法人全国工業高等学校長協会や石川県教育委員会と連携して、専門的職業人として必要な資質・能力の設定とその評価方法を実践研究していくことになる。

自校のアイデンティティと社会・産業構造の変化を踏まえた「育てたい資質・能力」の再設定

 育てたい資質・能力の再設定に当たっては、前述した「簡素化」という基本方針に加え、「学校として変えていいものと、変えるべきでないもの」を根本的なところから議論、整理した。
 校訓(敬愛協和を尚ばう、創意工夫を凝さう、衿持責任を有たう)など、学校として「変えるべきでないもの」がある一方、社会や産業構造の変化、職場で求められるスキルの変化などを踏まえて「変えた方が良いもの」も加味して、SPH指定時の育む資質・能力7項目18の目標を「コミュニケーション力、思考力、創造力」の3つに収斂させたのである。
 「SPH指定時の育む資質・能力は、ボトムアップ形式としたため幅広いものとなっていました。そして、必ずしも評価基準に適していない項目も含まれていたように思います。今回は、ルーブリックを活用する機会は、言語化しにくい、あるいは通常の試験では評価しにくい観点を大切にしようという視点で3つの能力に絞っていきました。」(長田先生)

(図表)石川県立工業高等学校で設定した「育てたい資質・能力」(SPH指定時とその後の比較)

(図表)石川県立工業高等学校で設定した「育てたい資質・能力」(SPH指定時とその後の比較)

(注釈)「先端科学技術」は平成30年度から「工業技術探究」に名称変更
(出典)石川県立工業高等学校提供資料より作成

どのように進めていく?(ミッション)

専門高校の教員の特徴を踏まえたチームづくり

 生徒の育てたい資質・能力を自ら再設定し、パフォーマンス評価を機軸に授業改善を図ることになった同校。しかし、授業改善を進めていく上で、専門高校ならではの特徴が立ちふさがる。
 「10年ほど前、石川県教育センター在席時に、工業科の先生を対象に研修の講師として授業作りに取り組んだことがありますが、工業科の先生は「どう教えるか(授業づくり)」や授業評価にあまり関心が高くないという印象をもちました。その要因を考えてみると、専門高校の先生は、そもそも教育内容の専門性が高く、「何を教えるか(授業内容)」の価値を特に大切にする傾向があること、教員養成課程を経ず、民間企業から転職してきている先生が比較的多いこと、また、教員養成課程を経ている先生も、ボリュームゾーンの50歳代は学生の頃に授業づくりや授業評価は重視されていなかったなどの背景があり、関心が高くない傾向にあるのではないかと思います。」(島村副校長)
 このような特徴をもつ教員を巻き込みながら、自律的・継続的な改革を推進する上で、長田先生が心掛けていることがある。「とにかく足を運んで、時間は短くても、各先生と1対1のコミュニケーションの機会を創るようにしています。各教科・学科の担当教員が集まる会議も月1回ありますが、教員間の温度差もあり、その場ではなかなか意見が言いにくいものです。そのため、こまめに足を運んで話をする機会を積極的に設けています。」
 自律的・継続的な改革の裏では、こうした地道な取組が続けられている。

校内公開研究授業などを通じた教員の「自分事」化

 SPH指定後の「育てたい資質・能力」とルーブリック評価については、学校研究推進室が中心となって進めているが、SPH指定校の時期の取組においては、SPHに主として関わる教員とそれ以外の教員の間に垣根のようなものが存在していた反省を踏まえ、今回は全教員が「自分事」として捉えることができるよう丁寧に進めている。
 その特徴的な取組の1つが、新たに定めた3つの育てたい資質・能力の実現に向けた授業づくりのため、2018年度から同校が自主的に始めた「校内公開研究授業」である。
 2019年度からは、校内の分掌組織である学校研究推進室が作成した手引き「専門的職業人としての資質・能力の育成に向けた授業改善と学習評価の充実」も配付し、各教科と工業に関する学科の特質を生かした学習指導案を作成し、パフォーマンス評価を実施できるよう後押しする根幹の取組である。
 「校内公開研究授業はかなりエネルギーが必要な取組ですが、SPH当時の担当教員も異動で年々減少している実態もあり、SPHでの実践で得られた成果を学校の文化として定着させていくためには、こうした取組や新任の先生に個別に伝え、自分事として捉えてもらえるようにしていくことが大切だと考えています。」(長田先生)

島村副校長・長田先生

(図表)資料「専門的職業人としての資質・能力の育成に向けた授業改善と学習評価の充実」

(図表)資料「専門的職業人としての資質・能力の育成に向けた授業改善と学習評価の充実」

(出典)石川県立工業高校資料より

わからないことを認め、挑戦を支える雰囲気づくり

 一般的に「評価」は、その信頼性・妥当性さが求められるが、同校で現在運用されているルーブリックは後述のとおり、SPH指定校の時期と比べても、比較的緩やかな運用がなされている。言い換えると、現在のルーブリックを完成したものと位置付けず、検証して改善し続けていこうというスタンスが見てとれる。なぜ、このようなスタンスを採っているのか、その背景には印象的なエピソードがあった。
 「SPH指定校の時期に「先端科学技術」の授業で協力を求めていた北陸先端科学技術大学院大学の先生から、『「わからないことを乗り越える、乗り越えようとする力」をあなたたちは身に付けようとしているのであるから、「わからないことをわかるようする結果」にこだわる必要はない』という話があったのです。この言葉に触れたとき、どのように改革に取り組めばよいか悩んでいた自身の肩の荷が下りたような感覚となったのです。わからないことを無理にわかるようにして得る結果よりも、わからないことを乗り越える過程こそが力の育成に重要だと感じました。それ以来、軸がぶれなくなりました。」(長田先生)
 教員も「わからないことを乗り越える力を付けていこう」。そのためには、まずわからないことを乗り越える取組を始めてみよう。島村副校長、長田先生をはじめ、授業改善や評価を推進する方々のスタンスは少しずつ校内に広がり、現在の同校には「完全なものではなくても、できつつあるものでもまずはやってみよう」という挑戦を支える雰囲気が育まれつつある。

何をする?(アクション)

3つの資質・能力に対応したルーブリックの設定

 前述した3つの資質・能力に対応するように、S~Cまでの4段階(Aが到達目標レベル)で基本となるルーブリックを設定している。

(図表)コミュニケーション力・思考力・創造力のルーブリック(2019年度現在)

(図表)コミュニケーション力・思考力・創造力のルーブリック(2019年度現在)

(出典)石川県立工業高等学校提供資料より作成

学校設定科目・「課題研究」を中心に、各教科でのスポット的な活用を推進

 2019年度現在、3つの資質・能力に対応したルーブリックを全面的に取り入れているのは1年生の「工業技術基礎」、2年生の学校設定科目「工業技術探究」、3年生の「課題研究」である。
 これらの科目では、3つの資質・能力と基本となるルーブリックを踏まえつつ、それぞれの科目に合わせた形で4~6の目標に分解し、それぞれA~Cの3段階でルーブリックを設定している。

(図表)「工業技術基礎」で用いられているルーブリック

(図表)「工業技術基礎」で用いられているルーブリック

(出典)石川県立工業高校資料

 同校では、各科目へのルーブリックの導入も進めているが、その導入方法にも特徴がある。各科目では、前述の3科目とは異なり、3つの資質・能力すべてに目標を定めてはいない。各科目で、年間の授業の1コマでも、ルーブリックの一部でも、活用できそうな授業については、まずはスポットを当ててやってみる、のスタンスでルーブリックを取り入れている。

(図表)各科目で用いられているルーブリックの例(創造力のみ選択の例)

(図表)各科目で用いられているルーブリックの例(創造力のみ選択の例)

(出典)石川県立工業高校資料

塗りつぶし型のルーブリックによる自己認識の促進

 前述のパフォーマンス評価に加え、2019年度からは補足のような形で「塗りつぶし型」ルーブリックを導入している。前述のルーブリックは、自らの到達状況を評価・確認するものであるのに対し、塗りつぶし型ルーブリックは、生徒自身が「できたこと」に○を付けていくことで、生徒が「わかった・できた・身に付いたと実感できる授業」を目指している。
 また、前述のルーブリックは学期に一度などの評価であり、この少ない機会だけでは生徒が適切に自身を評価することが難しいという課題もあった。そこで授業ごとに簡易な塗りつぶし型ルーブリックを実践することで生徒が自己認識を重ねることができることも意図している。
 塗りつぶし型ルーブリックは、一番左列に「見方・考え方」を配置しており、どんな力を付ける授業かという見通しを立てることができるようにしている。その見方・考え方に対応する具体的事例、3つの資質・能力に対応したルーブリックが用意されており、生徒は「できる」「身に付いた」と思う項目に○を付けることができるようになっている。また、ルーブリックの右列には空白を用意することで、授業中に生徒が自ら気づいたことを自由に書き込めるようにしている。
 これは生徒にとっては「わかった・できた・身に付いたと実感できる」一方、教員によっては生徒の自己認識の目線では、「今回の授業で何が足りなかったのか」を振り返る上でも効果的なツールとなっている。

(図表)塗りつぶしルーブリックの例(創造力が選択されている例)

(図表)塗りつぶしルーブリックの例(創造力が選択されている例)

(出典)石川県立工業高校資料

どう振り返る?(リフレクション)

評定への活用よりも教員と生徒相互の評価よりも気づきを重視したルーブリックの運用

 ここまでに紹介したとおり、同校では現在、3種類のルーブリックを運用している。しかし、そのルーブリックでの評価は、生徒の資質・能力を体系的に、厳密に測り、評定に活用するということよりも、各科目や授業で一番スポットがあたるところにルーブリックを用いて、生徒が自ら目標を立て、生徒、教員共に振り返りをすることで、常に3つの資質・能力を意識し、その修得を意識できること(気づき)を大切にしている。
 例えば、学校設定科目「工業技術探究」や「課題研究」で用いられているルーブリックは、各学期末等に生徒の自己評価と教員評価との相互評価を行い、目標の到達状況を互いに把握できる仕組みとなっている。例えば、3年生の「課題研究」の授業では、進捗について対面により伝える際にルーブリックを用い、教員は生徒の学習状況から目標に到達していないことに気づくことができるため、育てたい資質・能力を身に付けるための授業となる。

もう一歩先へ!(プロモーション)

10年先を見据えた、自律的・継続的改革風土の継承

 SPHの指定校時代の改革、指定後の自律的・継続的な改革は、同校教員の意識を少しずつ変化させ、同校の風土になろうとしている。しかし、島村副校長、長田先生は次なる課題への対応を見据えている。
 「本校は50歳代の教員が多いため、10年度には教員の年齢構成バランスが大きく変わる。今のうちに若手を巻き込んでいくことで、これまでの改革で得られた成果を風土として本校に定着させていきたい。」(島村副校長)
 このため、同校では、石川県教育委員会が推進する「若手教員早期育成プログラム(通称:若プロ)」も活用しながら、教員採用10年以内の教員を対象に、校長が授業を見てから面談をしてサポートしたり、年配の教員が5分程度の立ち話でも悩み相談にのる仕組みを作ったりするなど、「若手が1人で抱えるわからないという気持ちを、ぽろっとつぶやける」雰囲気づくりも進めている。
 「まずは通常の授業力を高めるところからスタートしているが、いずれ「育てたい資質・能力を意識したパフォーマンス評価」と連動させていきたいと考えています。こうした取組を通じて、10年単位で県工の未来を担う人材を育成していきたいと思っています。」(長田先生)

 最後に、これまで長きにわたり同校の自律的・継続的な改革を牽引してきた長田先生に「なぜここまで続けることができたのですか」と問いかけてみた。
 「これまでの改革は大変でしたけど、楽しかった。それ以前の教員生活では知らなかったことを知って、わかって、できるようになっていく。大学の教授と最先端の話をしているととても刺激を受ける。そして何より、生徒が楽しそうに一生懸命取り組んでいく姿をみていると、この改革の意味がわかってくる。」(長田先生)

 「学び続ける教師」。自律的・継続的な改革を支える教員の姿がそこにあった。