生徒自身が舵を取り、教員の「手放す力」が支える島の高校の魅力化

広島県立大崎海星高等学校

 生徒数減少に直面し、高校の魅力化に取り組み始めた大崎海星高校。その主体であり推進力は、校長でも教員でもなく生徒自身。その徹底ぶりには目を見張るものがある。活動の経緯や込められた思いについて、校長の中原先生、「みりょくゆうびん局」顧問の兼田先生にお話を伺った。

大崎上島の最高峰、神峰山から望む瀬戸内の多島美

大崎上島の最高峰、神峰山から望む瀬戸内の多島美

目次

サマリー(事例のポイント)

各論点のポイント

  • ビジョン

    持続可能な高校の魅力化により、大崎上島を活性化するための「新たな価値」を生み出す生徒を育成

  • ミッション

    持続可能な活動の展開のため、生徒の、生徒による、生徒のためのチーム作り

  • アクション

    失敗も含め、生徒にとにかく場数を多く踏ませ、内発的な気づきと動機づけを促す

  • リフレクション

    生徒への伴走を通じて、教員自身も自らの指導のあり方を手放し、見直す

  • プロモーション

    生徒の「やらされ感」を徹底的に排除し、教員が未来図を示すことはしない

ロジックモデル

ロジックモデル

挑戦者からのメッセージ

魅力を伝える活動をしている「みりょくゆうびん局」の生徒が地域を巻き込んで作成した高校のPR動画です。大人目線ではつくれない生徒目線の高校の魅力を是非ご覧ください。大崎海星高校の取組はこの動画に凝縮されています。

何を目指す?(ビジョン)

 広島県立大崎海星高等学校(以下、大崎海星高校)が位置する大崎上島は、瀬戸内海の中央に浮かぶ離島である。有名なしまなみ海道のように、橋によって島と本土が繋がっているわけではないものの、フェリーを利用して約30分で本土に繋がり、広島空港にも近い立地から実は東京にも日帰りで行って帰ってくることができるという、意外にも利便性の高い土地でもある。島内最高峰の神峰山(かんのみねやま)から眺める瀬戸内の多島美、温暖な気候を活かしたブルーベリー等のフルーツ栽培、造船業など、多面的な資源や魅力を持つ島である。
 我々が高校を訪れた日は、大崎海星高校が企画、主催する「第2回 SCH(スーパーコミュニティハイスクール)シンポジウム in 西日本」の開催日であり、西日本をはじめとする国内各地域から、地域と高校の協働に取り組む教員やコーディネーターたちが大崎海星高校に集結していた。その忙しい合間を縫って、校長の中原健次先生、そして大崎海星高校に赴任して3年目となる兼田先生にお話を伺った。

「輝志海星」に込められた思い

 大崎海星高校の学校案内によると、「海星」というフレーズは「海に囲まれた豊かな自然の中で、清新で希望に満ちた若人が、星のように輝き、自律的に学習していくことを願い」名付けられたという。そんな大崎海星高校が現在掲げているスローガンが「輝志海星」。文字通り、生徒一人ひとりが志を持って自らを輝かせていくことを目指していることが読み取れるが、どうしてもその読みからは「起死回生」というフレーズも同時にイメージされる。
 「とにかく、生徒が来ませんでした。1学年40人定員のところ、18人、19人といった時期もありました。大崎海星高校は平成10年に木江工業高校と大崎高校が統合してできた高校ですが、統合直後は、1クラス20人を割り込むような時期がありました」(中原校長)。その要因について校長は続ける。「つまるところ、高校に『通いたい』と思わせる魅力がなかったのでしょう」。
 後に続く校長先生のお話の中でも、「失うものは何もなかった」という言葉がたびたび登場する。それだけ深刻だった生徒数減という状況からの「起死回生=輝志海星」。大崎海星高校が切った舵は、地域との協働による高校の魅力化であった。「『大崎上島』で学んだことに誇りを持ち、胸を張って『大崎上島』を語り、多くの人々と協働して、『大崎上島』を活性化するための『新たな価値』を生み出すことのできる生徒」。高校のホームページに掲載されている学校長挨拶には、育成したい生徒像としてこのような言葉が力強く表されている。

お話を伺った中原校長先生

お話を伺った中原校長先生

どのように進めていく?(ミッション)

生徒主体の持続可能なチームづくり

 中原校長は、自らのことを「二代目」と称する。これは、大崎海星高校が高校魅力化に舵を切った先代の校長時代の取組を引き継いでいることを表している。自らがバトンを渡された存在であるからこそ、中原校長先生の中には、「持続性」という言葉が常に根幹にある印象を受ける。
 「高校の魅力化に取り組み始めた当初は、広報活動がメインでした。また、校長や教員が対外的に宣伝を行う、トップセールスのような形式が多いのが実態でした。しかし私は、大人が取り組む魅力化では、生徒らに魅力が伝わりきらないためこの取組が持続しない、と思いました。そこで、教員が主導していた広報活動を抜本的に見直し、生徒ら自身が主体的に魅力化を進めていく取組に切り替えることを考えました。生徒たち自身が主体となって発信をすることで、生徒が高校の魅力をありのまま伝える今のスタイルが確立したのです」。
 中原校長の着任初年度である平成29年度。生徒主体の活動を持続的にすべく、校長が提案したのが、活動の組織化であった。「地域との協働に関心のある生徒を集めて、「何かやりなさい」、と(笑)。特に何をやるかは決まっておらず、先に部活動をつくるという枠組みだけを提示しました。活動内容も、チームの名前もすべて、生徒たちに決めてもらいました」。生徒の話し合いにより決まった名前は「みりょくゆうびん局」。大崎海星高校や大崎上島の魅力を、校内外に広く紹介するために集まった生徒主体のチームである。
 「みりょくゆうびん局」は、平成30年度には同好会、令和元年度には部活動に昇格し、活動の幅を広げている。「教員だけの取組では、その教員の異動で活動が途切れてしまうかもしれない。取組が生徒のものになれば、先輩から後輩へ、活動を受け継いでくれるようになると考えました」。

何をする?(アクション)

失敗してもいい。とにかく場数を踏ませる

 これまでのエピソードに表れているように、大崎海星高校では、活動を生徒の主体性に任せ、委ねる姿勢を貫いている。「たとえ失敗したとしても、生徒が場数を踏む、ということが重要です。教員は、それを待てるか、許容できるか試されています。時として教員が引っ張ることはあっても、どこかで生徒の主体性に火をつけるきっかけを与えるにすぎません。一度その流れに乗れば、あとは生徒が生徒にその熱を伝えていきますから」(中原校長)。
 「みりょくゆうびん局」顧問の兼田先生も口を揃える。「意見を求められたときに少しアドバイスをする程度で、基本的に、極力口は出さないようにしています。例えば外部講師を依頼する時など、どうしても教員が担う必要のある部分は手伝いますが、基本的には生徒自身がやりたいことをやらせます。ここまで生徒に委ねるというのはなかなかないことかもしれません。でも、例えば地域の方に何かお願い事をするとき、我々教員がお願いするよりも、生徒自身がお願いする方が興味を持ってもらえたりしますね。普通は教員があれもこれもとしてしまいそうになりますが、それが教員にとっても負担になって、持続的な活動ではなくなってしまう場合もあるのではないでしょうか。
 実際に、我々が参加した「第2回 SCHシンポジウム in 西日本」でも、前日の島の案内や、受付、そして司会進行や参加者へのインタビューまで、ほとんどすべてを生徒が運営していた。それどころか、このシンポジウムの企画、発案も生徒自身であるというから驚きである。魅力化推進コーディネーターの取釜さんは言う。「山形県の東北芸術工科大学で開催されたSCHシンポジウムに生徒を連れて行ったら、そこで、『自分たちがこのシンポジウムの西日本版をやります!』とその場で宣言しちゃったんですよ(笑)それで実際に開催しちゃうんですから。すごいことじゃないですか?

第2回 SCHシンポジウム in 西日本の様子

第2回 SCHシンポジウム in 西日本の様子

シンポジウム中の一コマ。参加者のへのインタビューも生徒が行う。

シンポジウム中の一コマ。参加者のへのインタビューも生徒が行う。

生徒の主体的な活動は授業まで波及

  「みりょくゆうびん局」の活動は、東京で開催された広島県の移住定住フェアへの参加からはじまり、中学生を対象とした学校見学ツアーの開催や、地元小学校の保護者や広島大学での高校紹介、そして先述のシンポジウムの開催など、生徒の自主性をベースとして幅を広げている。
 そして、こうした生徒に委ねるという一貫した姿勢は、ついに授業にも波及するようになった。「みりょくゆうびん局」で活動する生徒らがプロジェクトを授業で生徒全員に対して行いたいということで、総合的な学習の時間のうち、2時間を生徒たちが自分で設計するという試みを行った。しかも、学年を越えた1,2年生合同の総合的な学習の時間であった。生徒の有志が、ゼロからこの時間の使い方を考えて、企画書を学校長に提出した。
 生徒が企画したのは、「100の職種プロジェクト」。大崎上島の100人の職業人の話を聞くという会である。大人(職業人)に高校まで来てもらい、生徒が5~6人のグループで順番にインタビューしていくという形式も、生徒が自分たちで考えた。第1回の開催時には、生徒自ら、交番に勤める警察官、寮の調理師、農家の方など島の大人に声をかけてアポイントメントをとり、計14人の大人が参加した。
 「当日は、授業はじめのあいさつや趣旨説明なども、すべて生徒が行いました。校長先生がやったこととしては、来校者への控室での挨拶くらいでしょうか」(兼田先生)。参加者からは、ずっとインタビューされて疲れる、という声もあったようだが、「そうした意見をもらうこともよい経験となりました」(兼田先生)。

どう振り返る?(リフレクション)

生徒を信じて教員が「手放す」

 それにしても、ほとんどのことを生徒に任せるというこの一貫した姿勢を支える信念はどこからくるのか。教員にとって、こうした「委ねる」ということは、これまでの指導のあり方に大きく変更を迫るものではないのか。そこに、不安や恐れはないのか。率直な疑問を校長にぶつけたところ、返ってきたのは以下のような答えだった。

 「この高校では、教員が生徒に対して『失敗させまい』とすることによって、かえって生徒の学習意欲に繋がらないといった『失敗』も経験してきました。本校の生徒にしても、これまで受け続けてきたような座学の授業によって学習の動機づけを得られる生徒は必ずしも多くはありません。そういう意味でも、ある意味で失うものはなかったので、これまでの教員のあり方・やり方を手放すことへの恐れはありませんでした。先生がどれだけ『手放す』ことができるかが重要だったのです。

 「はじめ、広島県の移住定住フェアに生徒を3、4人連れて行ったときは、原稿を作って読み上げる形をとりましたが、うまくいきませんでした。その失敗の経験や、他校の生徒が上手にプレゼンを行っている姿を見て吸収した結果、2学期の終わりには、生徒は原稿なしで自信を持って島や高校の魅力を語れるようになりました。このように、生徒にとっては、失敗して場数を踏むということが、動機づけにつながります。それを待てるか、許容できるか。教員自身が試されています」。

 こうした点について、兼田先生からも、次のような言葉を聞くことができた。
 「生徒主体で動くこと、生徒のできる力を信頼しても大丈夫、という自信を持つこと。今後の教員人生において大事にしたいことをこの高校で学びました」。

 教員が、生徒を信じ、待つことができるか。この言葉の中に、本当の意味での活動の継続性を求める、大崎海星高校の信念を見る気がした。

もう一歩先へ!(プロモーション)

生徒が舵を切り、切り拓く魅力化の未来

 生徒が主体的に舵を切る、大崎海星高校の魅力化。今後のあり方についても、当然教員主導ではなく、生徒が切り拓いていくことになる。「生徒には、地域や高校の魅力などの情報発信に必要な、知識、語彙について勉強してほしいと思っています。もう少し、語彙力をつけていかないと、活動にも飽きがやってきてしまうのではないかと思っています。ただ、これを生徒に言ってしまうと、生徒にとっては「やらされている」ことになってしまいます。どうにか自分で気づいてほしいですね。
 魅力化「二代目」である中原校長に、「三代目となる校長には、魅力化をどのように引き継いでいきますか?」と質問を投げかけたところ、「生徒が引き継いでいけばいいですよ」と、シンプルかつ、芯の通った回答が即座に返ってきた。生徒の内発的な気づきに対する、徹底的でブレない期待と信頼。「時代の航”界”士になろう」という生徒へのメッセージを胸に、教員自身もこれまで持っていた羅針盤を手放し、新たな航海に旅立とうとしている。