和歌山県立南部高等学校
地元生徒の進学・就職状況、地域の主要産業の構造などの変化を踏まえ、平成29年度に従来の3専門学科制(生産技術科、園芸科、服飾デザイン科)を抜本的に改編し、「食と農園科」を新設した南部高校。創立115周年を迎える老舗の同校が、従来の縦割りを打破した新たなコンセプトの学科・教育に挑戦する想い・実情について、校長の浜野先生、教頭の西下先生、中野先生、農場長の谷口先生にお話を伺った。
地域に根ざし、地域に貢献する生徒を輩出し続ける専門学科であること
従来の学科の枠を超えた横断型の検討チームを組成。学科を超えた実務者協議の積み重ね。
・農業学科と家庭科を融合させた食文化探究コース
・新学科のコンセプトを体現する実習棟の整備
・教員の協働、授業の深化を支える「農場会議」
・きのくにコミュニティスクールの導入
実習棟の整備を契機とした地域とのつながり強化
全国の梅生産の6割以上を占める一大産地・和歌山県において、南部高校が立地するみなべ町は「みなべ・田辺の梅システム」として世界農業遺産に認定された梅生産の本場である。南部高校自身も、ブランド梅「南高梅(なんこううめ)」の誕生に深くかかわるほか、今日でも専門学科を卒業した生徒の8割が地元就職するなど、技術面・人材面の双方で地域の梅産業や関連産業の発展に貢献してきた。
しかしながら、梅生産者の高齢化が進展し、耕作放棄地の増加とともに生産量は減少傾向にある。「今後も日本一の生産量を維持できるかわからない。梅産業の若い担い手の育成、また、関連産業に若い人材を送り出していくことが本校の使命です」と浜野校長は語る。
今日から遡ること10年。当時は日本の農業改革として、生産だけでなく、加工や販売までを見据えた事業収益性を志向する「6次産業化」の重要性が叫ばれていたが、こうした社会変化を反映するように、同校の生産技術科(当時)の卒業生で農業(一次産業)に就業する生徒が減少する一方、食品加工業(二次産業)への就業が増えていた。
もう一つの専門学科であった服飾デザイン科(当時)も、アパレル産業の産業構造転換で手縫い需要が減少し、就職先の減少から志望者数も減少していたこともあり、同校では両専門学科のコンセプトを見直すことが迫られていた。
当初は生産技術科、園芸科(以下、農業科)、服飾デザイン科(以下、家庭科)は別々に見直しを検討し、家庭科は調理師免許を取得できる学科の新設を模索したが、人材や施設面でのハードルが高く実現には至らなかった。「それでも伝統ある家庭科をなくしたくないという家庭科教員の想いが、次第に両科を歩み寄らせながら、お互いの専門教員の強みを活かす方策を模索していく原動力になった。」と当時の検討の中核にいた中野教頭は懐かしみながら語る。
地域の基幹産業である梅をはじめとした農業の活性化(6次産業化)に、両科の専門教員を持つ強みを活かすという視点から議論を深めるうち、「食」というキーワードを軸に学科を抜本的に再編する方向性が固まっていった。
「食」を軸に学科を再編する構想ができてから、実際に「食と農園科」が発足するまでには5年の月日が流れていた。これまで基本的には別組織であった農業科と家庭科が連携した学科再編は、全国でもほとんど例がなく、構想としては理解されても、その実現に向けては様々なハードルが存在していた。
この困難な検討のために、農業科、家庭科からそれぞれ2名の代表に教頭が加わる学科横断型の検討チームが組成された。その中核を担った西下教頭は、前任の県教育センター学びの丘勤務時から産業教育支援プロジェクトを通じて南部高校の再編構想に携わっており、本校赴任後も谷口農場長らと県外の参考事例の視察を重ねながら構想を具体化させてきた。
「学科の壁があったのは確かです。現在も言語の違い、指導方針の違いを感じることはしばしばある。異なる文化の学科が協働するためには、そもそも教員同士が本音で議論を重ねつつ、仲良くならないといけなかった。」と西下教頭は振り返る。
同校の校舎と実習農場はJR紀勢本線によって物理的に隔てられており、それまで家庭科の教員は実習農場を「線路の向こう側」と表現するように、その敷地に足を踏み入れたことがなかったという。しかし前述の通り、各学科での再編が困難であるという「背水の陣」であったこと、また、家庭科の教員は元々服飾よりも調理を専門とする教員が多かったため、「食」はより自身の専門を活かせる面があったこともあり、次第に家庭科の教員も線路を超えて実習農場側の教室で議論を交わす機会が増えていった。この対話のスタイルが定着していく中で、具体的な新学科の形が見えていく。この実習農場での学科を超えた会議は「農場会議」との愛称で、現在もリフレクションの機会(後述)として機能している。
食と農園科には園芸コース、加工流通コースに加え、食文化探究コースが設置されている。食文化探究コースは、調理や製菓の基礎・基本と献立などを学ぶ「フードデザイン」、食品に関わる衛生管理と栄養について学ぶ「衛生と栄養」、日本・世界・地域の食文化を学ぶ「食文化」など、農業の6次産業化に求められる要素と、家庭科の教員が持つ専門性を活かした内容になっている。
「食文化探究コースで教える内容は、『家庭総合』などの科目で教える調理の内容を超えているので、家庭科の教員自身も新たな学びに挑戦しています。調理のエキスパートの先生が1名いたことが大きかったかもしれません。」(中野教頭)
2019年度は「食と農園科」の生徒が3学年揃う初年度となるが、同年夏には新たに実習棟が開設される予定である。同施設は、農業の6次産業化に対応するように、食品製造から販売までを学習・体験できる加工実習室や販売用のカフェなどを備えている。同カフェは地域住民や観光客の利用を想定しており、地域とのつながりの強化や地域活性化への貢献など、同校のビジョンを体現する施設となることが期待されている。
「食と農園科」の設置にあたって誕生した「農場会議」。「農場会議」は新学科発足に伴って消滅することはなく、新学科発足後は、週1回定期的に設定される重要な対話の場となっている。新学科発足後、カリキュラムを運用していく中で農業科教員と家庭科教員の感覚の違いを相互に感じることが多く、それを擦り合わせることが大きな課題となっている。
新学科発足の際の経験を踏まえ、「互いの意見を聞いて、刺激を受けて、自身の意見を変えていく。そうしてひとつのものを作り上げていくのは大変だがとても重要である。」との信念から、しばしば長時間の会議となる「農場会議」が重要なリフレクションの場となっている。
具体例として、旧学科時代には家庭科の実習に農業科の生産物を使用することはほとんどなかった。一方、農業科では出荷しきれない生産物を廃棄することもあった。しかし、農場会議での対話を通じ、お互いのニーズが見えた現在、食文化探究コースでは、農場でとれた作物を調理実習で活用している。
「家庭科の先生が実習服を着て指導している姿は新鮮だった。逆に、農業科で野菜を作っていた先生が、調理の手伝いをしたり、調理実習を見据えて栽培する作物のレパートリーを増やそうとしたりする姿も見られるようになっている。」と中野先生は目を細めながら嬉しそうに話す。
「食と農園科」が設置された平成29年度には、和歌山県教育委員会が推進する「きのくにコミュニティスクール」のモデル校の一つとして、学校運営協議会も新たに設置された。同協議会の会長は県PTA連合の元会長(地元企業社長)が務め、構成員は校長、PTA会長、みなべ町教育委員会、南部中学校長、みなべ町役場職員、お菓子店を経営するみなべ町観光協会会長、JA紀州職員、ウメ食品会社役員(レストラン経営者)など計10名である。校長をはじめ、10名のうち8名が同校OB/OGであり、母校に対する熱い想いから白熱した会議が重ねられている。
運営協議会では、授業の見学、生徒へのヒアリング、教員との意見交換の機会を重ねてきており、その中から、既にレストラン経営者でもある委員からは高校生が作った商品の販売方法のアドバイスを受けたり、ケーキに使うシロップ漬けの梅の実を格安で仕入れることのできる事業者につないでもらったりと、具体的な成果もみられるようになってきている。
「PTAは子どもが卒業すると関係性が途切れてしまうことが多いが、コミュニティ・スクールでは関係性が継続するので、良い積み重ねができていく」と浜野校長は語る。
また、コミュニティ・スクールとして位置づけられることで、学校運営協議会委員からは、学校に意見を持っていきやすくなったという声も聞かれている。地元関係者が授業講師として来校して、高校教員が地元の勉強会に講師として参加するなど、相互に学びあいながら学習できるようになってきている。
新学科設置後も、1期生は120名定員のうち118名、2期生は91名と、入学者は定員には満たない状況が続いている。「新学科設置に際して地元中学校等への説明に力を入れてきたので、学科の改編があったという事実は周知されているが、新学科がどのようなコンセプトを持っているかまでは伝えきれていないことに大きな課題意識をもっています。」(浜野校長)
2019年夏にオープンする実習棟は、カフェや直売所を通じて地域とのつながりを強化することにつながるため、イベントなど様々な機会を通じて地域住民に新学科のコンセプトを知っていってもらうことが、今後の地元生徒の進学希望者増加に向けて重要な取り組みになっていくだろう。