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伝統校が積み上げてきた財産に改めて光を当て、少しずつ「変わっていく」組織運営へ

北海道札幌北高等学校

 「改革」、「パラダイムシフト」といった言葉は絶対に使わない。しかし、文科省AL拠点事業に取り組む前の札幌北高校とは明らかに職員室の雰囲気は変わっている。伝統校と言われる北高校の改革のきっかけと、スモールステップの変革を持続させる仕掛けとは。

北高校の取組を説明する福士教務部長(写真右)と若狭教諭(同左)

目次

サマリー(事例のポイント)

各論点のポイント

  • ビジョン

     伝統に敬意を払いつつも、生徒の気質の僅かな変化に気付き、「ブレインズオン」を目指す。

  • ミッション

    あえて1枚岩にせず、専門職員集団の中で、多様性を認めあい、個々人のベクトルを分解して方向性を共有。

  • アクション

    蓄積された取組を改めて評価し、光らせる。学内検討委員会(SPARK)、校内研修から、少しずつ変えていく。

  • リフレクション

    「活動あって学びなし」にならないよう、実践の積み重ねから導かれる本質的な評価へ。

  • プロモーション

    外への発信を通じて、北海道全体をリードする。そして発信を通じ、学校「内」も変えるきっかけに。

ロジックモデル

ロジックモデル

何を目指す?(ビジョン)

120年の伝統の上に立つ名門校が迎える、かすかな危機感の足音の訪れ

 札幌市中心部近郊に、新しく整備された校舎が目立つ、北海道札幌北高等学校。(以下、「札幌北高校」とする。)2013年から3年間、北海道教育委員会「北海道高等学校学力向上推進事業」の推進校にも指定され、高い進学実績を有する学校だ。1902年に設立。120年近い伝統を持ち、地域からも卒業生からも多くの期待を集める、長い歴史や伝統の上に立つ高校だ。
 そんな札幌北高校は、2016年に転換の大きなチャンスを迎える。
 それは、文部科学省「教科等の本質的な学びを踏まえたアクティブ・ラーニングの視点からの学習・指導方法の改善のための実践研究」の拠点校(以下、「文科省AL拠点事業」とする。)として、指定を受けるかどうかというものである。これまで、こうした事業に名乗りを上げることが少なかったこともあり、最初は、文科省AL拠点事業を受けることについて否定的な意見が職員室の大勢を占めた。
 しかし、教職員の間には、かすかな危機感があった。「生徒の気質が変わっている」、そう話してくれたのは札幌北高校に赴任して7年目の教務部長の福士先生だ。石狩の一学区制や私学の改革スピードの早さ等によって入学者層が変わってきていることを肌身に感じていた。さらに、学習指導要領の変化に伴い、小中学校段階で生徒たちが獲得している学びの蓄積にも変化を感じていた。生徒の求めるものが少しずつ、しかし確実に変わっている。
 これに対して、伝統校たる札幌北高校はどう対応していくか。

文科省AL拠点事業を変革のチャンスに。「ブレインズオン」の定義を共有する。

 文科省AL拠点事業を受けることになんとなく二の足を踏む雰囲気がある札幌北高校内の職員室。しかし、かすかな危機感の足音に気付く教職員たちは、この文科省AL拠点事業を変革のチャンスにしたいと思っていた。
 各教職員が「変えたい」という思い、そして各教職員がそれまでの前任校で経験してきた、「学校を変えることの難しさ」の知見も持ち寄り、作戦会議を開いた。その作戦会議で、最も気を付けるべきことと設定されたのは、「現状の否定から入らないこと」。

 連日の作戦会議、そして各教職員個人に蓄積された知見を活かし、文科省AL拠点事業の指す「アクティブ・ラーニング」を「ブレインズオン」(なんとか理解しようと、熱心に考え、もがいている状態)とし、札幌北高校独自に定義をした。独自の定義を設定するに至った背景には、「アクティブ・ラーニング」という外から与えられた言葉だけでは、「札幌北高校の取組」にならないのでは、という問題意識と、多様な解釈ができる外からの言葉に対して抵抗感のある教職員がいるという現状認識からだ。札幌北高校の新たに定義したブレインズオンは、これまでやっていた授業や指導の方法を否定するのではなく、また、アクティブ・ラーニングの「型」や「用語」だけを先走らせるのでもない。アクティブ・ラーニングの目指す本質的な「視点」を取り入れた。まさに、形ではなく本質を定義することを意識し、事業開始当初から「活動あって、学びなし」にならないようにと言うことを大きく打ち出した。アクティブ・ラーニングという手段が目的にならないよう、意識し続けた。

Idea Kit

ブレインズオンとは、「生徒が何とか理解しようと、考え、もがいている状態」、つまり、脳がオンの状態でアクティブに学んでいる状態を示す。
 例えば、以下のような状態はブレインズオンとは言えない。

  • ・授業を聞いているような姿勢を示していても別のことを考えている。
  • ・何も考えずにグループワークをしている
  • ・実験の際に手順に沿っているだけで実験の意味を理解しようとしていない。

(出所)北海道札幌北高等学校 説明資料

どのように進めていく?(ミッション)

職人肌の職員だからこそ、良さを打ち消し合わないように

 「札幌北高校は、生徒の学習意欲も高いため、教職員にとっては教え甲斐のある、居心地の良い学校です。教えるスキルの高い先生もとても多いですね。」そう話してくれるのは、福士先生と共にSPARK委員会の運営を先導する、若狭教諭だ。札幌北高校に赴任して10年以上、という教職員も確かに多い。
 札幌北高校の教職員は、学ぶ意欲の高い生徒からも日々刺激を受け、教えることについては職人のような専門性や質の高さを誇っている。それと同時に、これまでやってきた教科教育についてはプライドもある。
 そんな職人気質の教職員集団だからこそ、文科省AL拠点事業を実施する際には、「改革」や「パラダイムシフト」、「転換」といった言葉は絶対に使わなかった。これまで職人たちが積み重ねてきたものをゼロにするのではなく、積み重ねてきたものを活かし、さらに積み上げていくという方向を取った。教員の持つ良さが、一つの言葉(アクティブ・ラーニング)によって打ち消されるのではなく、違うベクトルを向いていても、1つの方向に緩やかに向かっていく方法を見いだした。

「一枚岩にしない」、を基本的認識として持ち、個人の持つベクトルを分解する

 違うベクトルを持つ教職員たちを1つの方向に、緩やかに向かわせるために、福士先生が考えたのは、それぞれのベクトルを分解する、というアイディアだ。福士先生は元々物理の教員だが、前任校で情報の授業も行う中で、物理の知識を基盤とした組織運営の在り方を研究していた。そんな福士先生の捉える札幌北高校の教職員たちは、職人気質の集団だ。だからこそ、個々人の持つベクトルを無理に折ることも、完全に変えることも出来ない。しかしベクトルは分解できる。分解すると、長さの違いはあれど、組織の方向性と同じ要素を各人が持っている、と考えた。学校としての方向性と揃う部分を見つけ、多かれ少なかれ思いを共有化することを目指した。

図表 ベクトルの分解

図表 ベクトルの分解

(出所)北海道札幌北高等学校 学校視察用説明資料

 このベクトルの分解に至ったのは、組織のメンバーが職人気質であり、一枚岩にしないという基本的認識がある。一枚岩にするのではなく、個々人の個性を活かすことに、組織運営の主眼を置いた。

何をする?(アクション)

SPARK委員会をゆるやかに「影」のごとく張り巡らせ、個々の教職員のこれまでの実践に「光」を当てる

 文科省AL拠点事業を実施するに当たって、札幌北高校の中にSPARK委員会というものを設置した。SPARKの意味は火花、ひらめき、活気、才気を指し、「Student,Partnership, Active-learning, Research, sapporo-Kita」の頭文字を取った札幌北高校の生み出した言葉だ。
 札幌北高校では、このSPARK委員会を、大きな打ち上げ花火のような改革主体にすることはしなかった。委員会のメンバーも公募制を採用し、「やりたい人がやる」という強制力の低い委員会とした。そして、SPARK委員会は、ブレインズオンという旗印から「新規改革」をするのではなく、元々持てる取組や各教員が元々持つ火種、火花を「再評価」し、光を当てるという形でアクションを促した。
福士先生はこのように話す。

 「札幌北高校独自のアクティブ・ラーニング、これを全員の先生に義務として課すことは絶対にしませんでした。これまで各先生がされている授業の中での工夫が『先生、それがもう既にアクティブ・ラーニングなのではないですか』という風に提案をしました。『あ、これもアクティブ・ラーニングなのね。』と各先生はこれまでの取組に一層自信を持って進めることができます。まさに再評価ですね。
また、各先生には「『使って効果的だ』 と思えるときにだけ、アクティブ・ラーニングの視点を入れてください」と伝えるようにしました。使いたいときに、使いやすいように使われるものが、アクティブ・ラーニングであり、アクティブ・ラーニングは目的ではありませんからね。手段の一つにすぎません。」

 SPARK委員会は、コーディネーターという役割を担う4名と、ファシリテーターという役割を担う5名によって構成されている。コーディネーター、ファシリテーター共に、各教職員のこれまでの取組を再評価し、緩やかで、個々の教職員ごとの可能な範囲で、ブレインズオンという手段をじわじわと、広げていった。
 「多分、SPARK委員会のメンバーを正確に知っている教職員は少ないと思いますよ。各教職員の間にアメーバ状にいて、影のようにひっそりと、でも確実にあるのがSPARK委員会です。独特な立ち位置ですね。
 SPARK委員会が学校組織の隙間に入り込むことで、個別の実践の、今ある悩み、課題にいち早く気づきます。本校の取組を持続させる工夫の一つとして、研修機会がありますが、ここ数年の研修テーマは、SPARK委員会のメンバーが、他の教職員から聞きつけた情報を基に設定しています。教職員の生の声をベースに、テーマ・講師設定が出来ているので忙しい教員でも参加してくれます。」

参加してよかったと思える、ベネフィットの多い研修機会を積み重ねる

 福士先生によれば、SPARK委員会のメンバーが学校組織の隙間に入り込むからこそ、「参加してよかった。また参加したい。」と思える研修を企画し続けられる。忙しい高校教員同士だからこそ、いつ頃であれば、どんなテーマであれば、参加できるかを熟考し計画できるのだろう。職人気質の教職員を少しずつ緩やかに変化させていったことに、研修の機会が継続的に持てたことが非常に大きかった、と福士先生は話してくれた。
 「研修は、忙しい先生にとってはコストだと思うでしょうが、それ以上のベネフィットが与えられる場だと一度理解してもらえば良い。そのためには、いかに反発を少なく、研修を開催するのか、ということがとても大事です。SPARK委員会に在籍する各先生方は、前任校などで「反発を受ける」経験をお持ちですので、その知恵や経験を持ち合わせ、反発を少なくする方法などもよく相談します。
 SPARK委員会はその意味では、当初の成り立ちと同じく、作戦会議の場であり続けています。でも「公開」の作戦会議場です。公開させることも反発を避ける一つのポイントですね。」
福士先生の穏やかな表情、和やかな雰囲気からは、確かな計画性・戦略が感じられた。
 SPARK委員会は、当初は文科省AL拠点事業に対応するものだったが、現在では、この研修企画も含め、課題解決型の「ユニット」という2~3名の組織がある。機動力があり、課題がなくなり次第ユニットは解散する。課題テーマは、研修だけでなく、教育課程、資質能力、高大接続など学校の教育課題とも直結する内容が多い。各教職員に、教科教育を超え「学校経営」に少しでも関わらせることで、教職員自身の秘めた資質・能力を光らせ、学校経営のシーンでも自己有用感を得やすい仕組みとなっている。
 少しずつ「変わっていく」、という実感が教職員自身にも得られるようになってきた。
ユニットに協力してほしいと誘って断られるという経験がほとんどないこと。
 こういったユニットがアクティブ・ラーニングを超えて、実際に多く運用され、活動していること。
 ここ数年を経て、職員室の雰囲気は徐々に変わり、オープンに議論できる環境になっていったという。

どう振り返る?(リフレクション)

「実践の積み重ねがないと評価はできません」

 札幌北高校は、ブレインズオンの取組をどのように評価するか、という点に現在の課題を抱えている。緻密に、計画されてきたここまでの話からすると、意外にも感じたが、そこにも理屈があった。
 「ブレインズオンだけを評価しても意味がないと思っています。あくまでブレインズオンは手段ですし、目指すべきは生徒の資質・能力の向上です。評価すべきは、21世紀を担う人材を育成できているか、という点です。まだ実践も道半ばの状況で、評価ありきで実践が制約されることは避けたいと思っています。学校教育の中にアセスメントの文化が根付いておらず、一つの評価軸で出された結果が絶対の価値判断基準のように思えてしまう、そんな教職員も生徒も保護者もいるのが実態です。こういった実態も踏まえながら、拙速で断片的な評価をするのではなく、実践の積み重ねから徐々に積み上がり見えてくる評価の軸を大切にしたいと思っています。」
 この話からも、SPARK委員会立ち上げ時の「活動あって学びなし」の基本姿勢がぶれていないことがうかがえる。ブレインズオンはあくまで手段であり、手段だけを評価するのでは、本質的とは言えないという考えが読み取れる。

もう一歩先へ!(プロモーション)

 3年という短い期間で、じわじわと変わり続けている札幌北高校。この変わり「続ける」組織が、次なる一手を紡ぐためのヒントを2つ教えていただいた。1つは外へ開くことで内を変えるアイディアを得ること、そしてもう1つは心身ともに健康な状態を創ることだ。

外へ開くことは、内を変えるきっかけに

 札幌北高校の教職員集団は、「生徒のためになることを目指す」という共通の軸で切磋琢磨しあう教職員集団である。生徒の知的好奇心や学習意欲に刺激を受け、教職員自身もまた、学び続ける集団のように感じた。しかし、教職員の中には学校外部との繋がりを持つことを、「生徒(内)を見ないこと」と同義であると、誤解する者もいる。
 しかし、「外とのネットワークを継続しないと、組織は停滞していく。」と福士教諭は言い、札幌北高校の校長である、宮下校長は次のように話す。

 「北海道全土のアクティブ・ラーニングの拠点校として本校は指定されており、拠点となって以降、多くの視察を受けています。その経験を通じて分かったことは、『外への発信』は『内への発信』にも直結するということです。視察に来てくださる学校から得るものはとても多く、内を変えるきっかけになります。外向けの資料についても、自分たちのやっていることを、分かり易くまとめないといけませんので、自分たちの取組の本質を振り返る機会になるんですよね。良いものは外に出した方がいいですよ。」

 宮下校長は北海道高等学校長協会の会長も歴任している。札幌北高校から、北海道を変えていく、良い取組は広げていく、とプロモーションにかけるエネルギーを相当割いているように見受けられた。そして、このエネルギーが、また次なる札幌北高校への変化のアイディアを掴むのだろう。

スモールステップを積み重ね、変わり続けられる持続可能な組織へ

 変わり続けられる組織は、常に動いている。札幌北高校も同様で、札幌北高校の教職員は確かに忙しい。これは何も札幌北高校に限ったことではなく、多くの学校現場が抱える課題の一つだろう。活躍の場や、自己有用感を得られる場が「教室」や「教科教育」といった限られた場所になっていると、その場で難しい状況を迎えると、心がぽきっと折れてしまう。だからこそ、「学校経営や組織運営といった、教室とは別の「活躍の場」を持っていることが必要。自分から手を挙げる勇気まではない教職員に対しても個別に声かけをし、ユニットなどの「活躍の場」を提供することが重要です。」と、福士先生は話す。
 また、宮下校長は、次のように、変わり続けられる組織における校長の役割について話してくれた。
 「校長も一人の人間ですからね。任期も短く、限界がある。校長一人で学校を変えられるわけがない。校長の果たすべき役割は、学校にいる教職員をいかにエンパワメントし、もともと持つ個性や良さを『光らせ、気付かせる』か、ということですよね。それくらいですよ、それ以外の役割は、僕以外の教職員の方が、きっと上手く果たしていると思いますよ。(笑)」
 多様な個性を持つ教職員を一枚の頑丈な岩にするのではなく、緩やかでじわじわ変わり続けられる組織にしていく。
 
札幌北高校の目指す北極星は、「21世紀のリーダーに足る人材を育成する」だ。しかし、そこに向かう道のりの、途中の目標は変わっても良い。伝統や歴史、積み重ねへの敬意、教職員の個性といった「財産」を重んじながら、これからも、少しずつ1歩ずつ、しかし確実にスモールステップを重ねていくのだろう。