「高校こそコミュニティ・スクールを導入すべき」理由とは?

和歌山県教育委員会

 全国でもまだ珍しい、高校における「コミュニティ・スクール」の導入を、平成29年度に決断し、平成30年度には全ての県立高校への導入が完了した和歌山県教育委員会。その背景と狙い、取り組みが形骸化してしまわないための工夫について、県教育委員会の川嶌氏(県立学校教育課 課長)、岸本氏(同課 指導主事)、田中氏(総務課 副課長)、下村氏(同課 教育政策班 班長)、藤下氏(同班 政策推進員)の5名にお話を伺った。

目次

サマリー(事例のポイント)

各論点のポイント

  • ビジョン

    コミュニティ・スクールの推進と、高校再編整備方針との両輪による、地域と連携した高校づくりへのシフト

  • ミッション

    ・県の伴走支援によるコミュニティ・スクールの急速な全県展開
    ・仕組みを形骸化させないためのメッセージの発信

  • アクション

    各地・各校の創意工夫を促し、共有する仕組みづくり

  • リフレクション

    学科再編等も視野に入れた地域ぐるみでの「学校のあり方」の検討

  • プロモーション

    全教職員の多忙化解消に繋がる、そして生徒の主体性を引き出すコミュニティ・スクールへ

ロジックモデル

ロジックモデル

挑戦者からのメッセージ

何を目指す?(ビジョン)

高校と地域を繋げる

 「高校こそ、コミュニティ・スクールを導入すべきです。」
 「こんなに可能性と自由度がある制度を、使わない理由がないと思います。」

 平成29年度より、県内公立学校全校へのコミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)導入を進めている和歌山県。なぜそのような決断に踏み切ったのか、その狙いをうかがいに足を運んだ先でもらった言葉は、ある意味で、拍子抜けするほど明快な答えだった。

 コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)とは、文部科学省が推進している、「地域とともにある学校」を実現するための仕組みである。具体的には、仕組みの中核となる学校運営協議会の主な役割として、①校長が作成する学校運営の基本方針を承認する、②学校運営に関する意見を教育委員会又は校長に述べることができる、③教職員の任用に関して、教育委員会規則に定める事項について、教育委員会に意見を述べることができる、といった3点が定義されている。

コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)の仕組み

コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)の仕組み

出典)文部科学省ホームページ「コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)について」より引用

 ところがこの仕組みは、最近になるまで、高等学校での導入状況は低調であった。およそ5年前の平成26年では、導入高校はわずか10校。その後、平成29年から30年にかけて317校が新規導入するなど、急速に普及の兆しが見えているが、和歌山県がその一翼を担っていることは間違いない。

全国の高等学校におけるコミュニティ・スクール導入状況

全国の高等学校におけるコミュニティ・スクール導入状況

注)各年4月1日現在の数値
出典)文部科学省「コミュニティ・スクールの指定状況」

 高校においてコミュニティ・スクールが浸透してこなかった理由には、高校と地域の、制度上の繋がりにくさが一因として考えられるという。「公立高校の設置主体の多くは県であるため、高校の所在する地元市町村との関わりがほぼないということが挙げられます。地元自治体との関わりが薄いために、地域と連携する体制が整っていないのです」(田中氏)。しかし和歌山県は、こうした状況を「やらない理由」ではなく、むしろ「やる理由」として捉えた。「(高校と地域が繋がりにくいという)状況を打破するため、また全国で先んじて高校と地域との連携を進めるために、コミュニティ・スクールの全県導入に踏み切りました」(同氏)。

地域に必要とされる高校へ

 和歌山県では、なぜこれほどまでに、高校と地域の繋がりを追求するのか。もちろん、コミュニティ・スクールという仕組みが導入される以前から、こうした地域との繋がりによって成果を挙げていた高校や、平成29年度にモデル事業として試験的にコミュニティ・スクールを導入した6校において好感触を得られたということもあるだろう。しかし和歌山県には同時に、地域の急激な人口減少への対応という、別の要因も存在していた。

 先述したモデル校による取り組みが始まる1年前の平成28年4月、和歌山県教育委員会は、「県立高等学校再編整備基本方針」を公表した。全国的に人口減少が進行する中で、同様の方針は全国の教育委員会において検討、公表されているところであるが、和歌山県も例に漏れず、生徒数の急速な減少への対応を迫られていた。加えて、南北に広大な県土に起因する県固有の事情もあった。「和歌山県では、仮に1つの高校を統廃合したとすると、隣の高校まで50kmは離れてしまう、という地域もあり、再編が一筋縄ではいかないという事情があります。」(下村氏)。実際に高校の配置状況を地図で見ると、特に紀中から紀南にかけて、高校が減ってしまうことの地理的なインパクトを実感することができる。

和歌山県立高等学校(全日制課程)配置図

和歌山県立高等学校(全日制課程)配置図

出典)和歌山県教育委員会「県立高等学校再編整備基本方針(平成28年4月)」より引用

 こうした事情を踏まえて、先の再編整備基本方針中、「県⽴⾼等学校再編整備の基本的な考え⽅」において、「全日制高等学校の望ましい学校規模(適正規模)を「1学年当たり4学級から8学級」を基本」にすると明確に定義するとともに、同時に以下の弾力化方針が示されることになった。高校再編の議論の中に明確に高校と地域の連携の推進を位置づけた上で、その具体的な実現方策として、コミュニティ・スクールの導入に舵を切ったという背景があったのである。

適正規模の弾力的な運用について

適正規模の弾力的な運用について

注)下線、太字は引用者
出典)和歌山県教育委員会「県立高等学校再編整備基本方針(平成28年4月)」より引用

どのように進めていく?(ミッション)

モデル校による実践から全県展開へ

 先述したように、和歌山県におけるコミュニティ・スクールの導入は、平成29年、比較的コミュニティ・スクールの素地があった6校での試験的導入が端緒となっている。他の高校は、平成30年度からの本格導入に向けて先行6校の視察にいくなどし、丸1年をかけて、自校にとって望ましいコミュニティ・スクールのあり方を検討する時間があったことが、その後の全県展開のスムーズな進展に繋がったという。
 一方で、急速な全県展開の過程において、戸惑いを見せる高校もあったという。例えば、「地域」の定義は高校により異なり、ゆえに地域との連携をどの単位で進めていけばいいか分からないという声もあった。こうした声に対しては、「地域を和歌山県全体と見る場合もあれば、市と見る高校もあり、もっと小さな範囲を見る場合もある。学区が決まっている小学校、中学校であればそうはいきません。このような自由度があるところが、高校でコミュニティ・スクールを導入する特徴であり、各学校の腕の見せどころです」(田中氏)と、逆に高校の創意工夫を促し、勇気づけていった。

点から円へ。学校運営協議会の構成メンバー

 各地、各校のコミュニティ・スクール導入においては、委員の人選が要となる。学校の目指す将来像、育てたい生徒像を見据えたうえで人選を行う必要があるため、その主導権は当然高校にあるが、県教委としては、原則として、会長には校長以外を置いてほしいと伝えている。この意図については、「学校運営協議会は校長に対して意見を言う場ではなく、皆が主体となって学校をどうしていきたいか、生徒をどう育てたいかを協議する場。校長を会長にしてしまうと、他の人たちがお客さんになってしまう」とのことであった。
 もう1点、人選のうえで意識しているのが、地域の小中学校との連携である。地域の小中学校の校長が高校の運営協議会委員に入っていれば(逆もまた然り)、小中学校と高校との関わりは自然と生まれてくる。

 「高校がコミュニティ・スクールになることは地域にとっても、地域の小中学校にとっても大きな転換となります。これまでは高校は地域にとって縁遠い存在でしたが、コミュニティ・スクールになることで、小中学校と高校との連携が実現しやすくなります。高校と地域との連携を、点ではなく円にする。これを和歌山県の特色として出していきたいと思っています」(田中氏)

何をする?(アクション)

教育委員会による継続的なメッセージの発信

 1つの仕組みを全県で展開しようとする際には、当然高校から多様な意見が寄せられたであろう。学校の教育方針を「承認」したり、人事にも携わったりと、高校からは、コミュニティ・スクールが「難しいもの」として捉えられている傾向があったという。県としては、「コミュニティ・スクールは学校の育てたい生徒像を「共有」する場であり、それを実現するための方法を、地域との協働という手段も含め議論していく場として考えています。また、人事権を持つといっても、特定の先生を異動させるようなものではなく、「このような人材が必要だから導入してよ」という意見を出すようなイメージです」というように、コミュニティ・スクールの持つイメージをことあるごとに丁寧に説明するなど、研修会等を積極的に実施したり、こまめな伴走支援にあたっている。また、教育長からも、常にコミュニティ・スクールが形骸化しないよう呼びかけを行うなど、学校を気にかけているというメッセージを発信している。

高校間でノウハウを共有する「ヒント集」

 各校の学校運営協議会の様子は、HPで公表してもらうよう、高校に要請している。また、2019年3月には、小・中学校や特別支援学校も含めた各学校の取り組み(メニュー)やノウハウをまとめた「ヒント集」を作成し、全学校に配布することを予定している。今回掲載する学校は30~40校に上り、高校も10校掲載される。仕組みの自由度の高さゆえ、今後は、高校間の情報共有によって、コミュニティ・スクールの取り組みをいっそう豊かにしていくことがポイントになりそうだ。

どう振り返る?(リフレクション)

再編の可能性も踏まえた議論へ

 最近、県教委からは校長会に対して、コミュニティ・スクールで学科の改編等も含めて議論をしてほしいということを周知しているという。これは、コミュニティ・スクールにおける議論を学校の存続を前提として続けるのではなく、再編整備の可能性も視野に入れながら、高校を魅力的にしていくための議論を積極的に行ってほしいというメッセージが込められている。
 「このような議論を、地域の産業に関わる人、地元中学の校長など、様々なメンバーが集まる学校運営協議会の場で行うことに意義があります。今後はこうした学科再編等の方針について、地域の総意を校長が代表して表明していくようなあり方になるかもしれません。」

もう一歩先へ!(プロモーション)

全教職員の多忙化を解消する仕組みを目指して

 コミュニティ・スクールを導入するにあたり、少なからず管理職や事務長の業務負担は増えている。特に、委員の日程調整を行う人物の負担が大きくなっている点が課題である。また、現状では管理職以外の教職員に対し、管理職が中心となって進めているコミュニティ・スクールの取り組みが十分に理解されていない状況があるのも事実であるという。今後はいかに全教職員の理解を得て、取り組みを全校的に広げていくかが課題となる。コミュニティ・スクールが軌道に乗ることで、各授業においても地域との連携がしやすくなるなど、教員の多忙感が解消されるという仕組みになっていくことが期待される。

高校生が主役となる地域連携へ

 県が高校にコミュニティ・スクールを導入する理由の1つに、高校生に当事者意識を持ってもらいたいという願いがある。
 「高校生になると、自分たちで地域課題を認識して、課題解決に取り組むことができます。地域と関わりを持つことで、自己肯定感を持ってもらいたいと考えています。」既に各校において、夏休みに地域の小学校で、児童の宿題を見る、地域の子ども食堂に生徒が関わる、地域の新聞で生徒会が主体的な発信を行うなど、高校生が積極的に地域に出て、課題解決に取り組む事例が生まれているという。各校の創意工夫と生徒の主体性、そしてそれを情報共有する仕組みによって、全国の多くの地域が抱える課題を解決する新しいモデルが、ここから生まれてくるかもしれない。